うつくしい黒
なかつ先輩は正しくて、きれいな人だ。よく言えば素直、悪く言えば単純な人だと思う。先輩の口から嘘が漏れているのを見たことがなかった。もわもわと漏れる黒い煙が出ないから、なかつ先輩の表情はいつもよく見える。
──それなのに、漏れた黒はほんの一瞬、自分の本音を隠すように、堪えるように、なかつ先輩の口から揺蕩う。ふむ。と考え込みながら空間に溶けて消えてゆく黒を眺めた。
視線の先にいるのはあらふね先輩と、それから、C級隊員だろうか。狙撃手ではなく攻撃手の子らしいが。白の隊服の彼女はペンを持ち必死に何かをメモしているようだった。その姿をじっと見つめるなかつ先輩に声をかけたのがきっかけで。わ!と驚いたように肩を震わせて振り向いたなかつ先輩は「なんだ空閑くんか」とほっとしたように笑みを浮かべる。
「どーもどーもゴブサタしてます」
「どうもこちらこそ! だれかと約束?」
「予定があいてひまだったので、かげうら先輩たちがいたら一戦交えようかと思いまして」
「へえ!カゲ!空閑くん、すっかりカゲのお気に入りだね」
あんなに楽しそうなカゲ見るのもひさしぶりだよ、となかつ先輩は先程の曇った表情を瞬時に吹き飛ばして嬉しそうに言う。かげうら先輩となかつ先輩は二人ともスコーピオンがメイントリガーだし、面白い戦い方をするから勉強になる。特になかつ先輩はしゅんやおれと同じようにグラスホッパーを入れているから、見ていて面白いのだ。話を聞けば入隊当初のしゅんにスコーピオンを教えたのはなかつ先輩だと言う。
「うーん。でも残念、カゲは今日はいないみたい。村上くんもいないし、緑川くん……はさっきまでいたんだけど防衛任務入ってるからって先程旅立っていきました」
「それはざんねん。でも代わりになかつ先輩がいたのでラッキーでもある。お時間あるなら手合わせ願いたい」
「わたしか!それはもちろんいいよ!」
「あとあそこにあらふね先輩がきているから声をかけてみようか悩む」
指をさして言えば、少し遅れてなかつ先輩も顔を向ける。
「ふむ。でも、なんだか忙しそうだな」
「そうなんだよね。なんか最近個人ブースでよく見かけるようになって。ほら今も、C級の子に教えてる」
またほんのすこしだけ寂しそうな目を向けながらも、感情を感じさせないように声音は明るく。
「さっきね、だれかになにかを教えてるのを見るのは村上くん以来だなあて思って眺めてたの」
「ふむ。あらふね先輩のおしえかたはわかりやすいとむらかみ先輩が言っていた」
「うんうん、そうなんだよ。さすが荒船だよね!」
「おお、なんだかほこらしげ」
「誇らしいですから」
なかつ先輩がふふんと鼻を鳴らして笑う。もちろん、彼女の口から黒は出ていない。
「でも、なんであらふね先輩なんだ?」
元攻撃手でマスタークラスだとはいえ今は狙撃手であるあらふね先輩に教えを乞うなんて、彼女であるなかつ先輩は見ていて面白いものではないはずなのに。そう思って聞けば、また、寂しげに笑みを落とした。
「おお、空閑くんってば痛いところ突くなあ……あの子ね、荒船のね、中学時代の後輩らしいの」
久しぶりに会って、教えてもらいたいんだって。知らない人に教えてもらうよりは知ってる人のが安心だもんね。なかつ先輩が言う。その声音はいつもと変わらないなかつ先輩らしい明るい口調で仕立てられているが、浮かんだ表情にはどこからしくない寂しさを孕んでいて。
ふうん。そうなんだ。と返せば、なかつ先輩は慌てたように「おっと」と声を弾ませる。
「もしかしてなんか気にしてそうに見えた!?だいじょうぶだよ、そんなことないから」
ああ、──黒だ。ほんのすこしだけ。じわりと漏れたそれはすぐに空気に溶けて消えていったけれど、たしかにおれの目には見えた。
黒が消えた先に見えた表情はいつもと変わらない明るい笑顔のなかつ先輩。この件について触れておくべきかと少しだけ考え込んで、でも、なかつ先輩がそう言うのならこれ以上入り込む必要はないなと結論付ける。
「うむ。それならいいんだが」
「うむうむ。まあでもねえ、残念なことにせっかく同じ攻撃手なのにあの子は弧月らしいからわたしが教えるのもできなくて、ただこうして見ていることしかできないのだけど」
「それはまた寂しいですな」
「うむ。スコーピオン布教しよかな」
「お。スコーピオンの人員が増えるのはいいことですな」
「だよね! スコーピオンメインで使う人って癖強い人多いからどこか避けられちゃってるのかも」
「くせがつよい」
「空閑くんも癖が強いに含まれております」
「なんと」
スコーピオンを使う人たちを思い浮かべてみる。かげうら先輩をはじめ確かに言われてみればみんなそれなりに癖がある面々だ。自由が効く分そういうトリッキーな戦い方をする人に好まれる武器なんだろう。おれも自由度の高さで選んだわけだが。
「よーし、空閑くん!わたし行ってくるよ!」
「突撃?」
「突撃!布教しに!ねえ、空閑くんも協力してよ。あのブーメランみたいなやつ見たらあの子もきっと惚れるよ、スコーピオンに」
「じゃあなかつ先輩もお得意のやつ決めていこう」
「……そのお得意のやつって、メテオラのことじゃないよね?」
なかつ先輩が笑う。明るくて、太陽みたいで、正しくて、きれいなひと。そんなひとには黒は似合わないな、とおれは思う。どうかあらふね先輩とのわだかまりをはやく解消して、いつもの透明な先輩を見たいものだ。
「なかつ先輩ってあらふね先輩のことそーとー大好きだな」
「えっ、と、とつぜんですね……? うん、だいすきだよ。だから、ときどき苦しくなってしまうこともあるけれど、それも含めて好きだから、ね!」
「ほう」
「なんて!こんなこと空閑くんに言っちゃって恥ずかしい!わすれて!」
これは嘘ではなかった。すべてセンパイの本心で。くるしくなってしまうこと、きっとこれが初めてではないのだと思う。幾度となく苦しんで、言葉を隠してきたのだと察する。言えばいいのにな、カノジョなんだから。まあでも、これは二人のことだから口を挟むことではないので、何も言わないけれど。