あき、ひとつ
目の前の大きなパフェは秋限定の栗とさつまいも味。紅はるかと安納紫芋のペーストが層になるように敷き詰められて、間にはたっぷりキャラメリゼされたさつまいもがごろごろと隠されている。上に乗った和三盆ソフトの傍らに大きな栗の渋皮煮と芋けんぴが仲良く並んで。コーンフレークはグラスの底でお芋たちを支えている。
運ばれてきた秋の宝石箱のようなパフェを、細長いスプーンですくい取って口に運べば、お芋のねっとりとした濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。ザクザクとした食感もたのしい。
「おいしーい‼」
んーっと美味しさを表現するように頬に手を当てながら率直に感想を口にする。なにこれ、おいしい。とってもおいしい。ソフトクリームだけでもおいしいけど、お芋と一緒に食べたら更に美味しくてほっぺたがとろけ落ちそう。
秋を堪能していれば前に座る荒船がセットのグリーンティを飲みながら「よかったな」と返した。目の前には抹茶のパフェ。お茶とお茶。冷奴やお茶といい、荒船の好みはちょっぴり渋い。
「特にこのお芋のペーストがおいしい!」
「へえ。後で一口くれ」
「もちろん! 荒船のもほしいな、その抹茶ブラウニーの部分」
「これをやるならお前の栗と交換になるな」
「く、栗は勘弁して……!」
「……ふ、冗談だ。一個しかねえ栗を奪うほど鬼じゃねえよ。奪わねえからそんな顔やめろ」
「そんなって、どんな顔してたの」
「朝一の授業で小テストがあると言われた瞬間に似ていたな」
「絶望じゃん」
「絶望は言いすぎだろ」
その栗は大事に最後まで取っておくんだろ、そう言ってくつくつと楽しそうに笑う荒船は、欲しいといったブラウニーを譲ってくれた。一口でよかったのに一個丸々もらっちゃって。荒船のブラウニーも二個しかないのに……。
「またすげえ顔してたぜ今」
「一個差し出せる荒船の心の広さに感服してました!」
「まあ、一個あれば十分だからな」
「なんか申し訳ないから芋けんぴ一本とお芋あげる」
「芋と芋じぇねえか」
「お芋はいくらあってもいいじゃんか。秋って感じがするし、きっとその抹茶にも合うよ!」
「んじゃ、ありがたくいただくぜ」
「はあい。こうやってお互いの頼んだものを交換するのも恋人みたいでたのしいね」
「みたいじゃなくて恋人だろが」
間髪入れずに返されて、そうだねと頷いた。友達歴が長かったから、恋人という肩書きにはまだ少し慣れなくて、ちょっと照れくさい。胸の奥がじんわりと熱くて、ごまかすようにソフトクリームを口に運ぶ。あまい。
パフェ専門店というわけではないけれど、パフェの種類がかなり豊富なこのカフェは、わたしがずっと来たかった三門で最近人気のお店で。店内は女性客やカップルがほとんどだった。パフェ目当てできているお客さんが多いけれど、男性向けにか甘すぎないスイーツもいくつか置いてある。荒船の食べる抹茶パフェも一つだ。確かソフトクリームは抹茶味ではなく甘さ控えめな緑茶味らしい。
映画を見に行ったり誰かのプレゼントを買いに行ったり、付き合う前から二人でお出かけすることもあるにはあったのだけれど、でも、こういった恋人向けのお店には一度も行ったことがなかったから。彼氏と一緒にカフェにいくの、憧れだったんだ。だからまた一つ夢がかなった。
「一緒に来てくれてありがとうね。荒船とずっと来たかったんだ」
「秋はおいしいものがたくさんで、食べ尽くすのがたいへんだ」
さつまいも、くり、柿、梨、さんま、ぶどう。秋は美味しいものがたくさんだから。余すとこなく全ての美味しいものを食べ尽くしてやりたい。
ふゆ、ひとつ
布団に包まったまま枕元に置いてある目覚ましのアラームが鳴り響く携帯を手に取った。今日はやけに寒かったから、布団から出たくないなあなんて思いながらも音を止めて、開くと通知が一件。
「んえ……なに、あらふねからだ」
眠たい目を擦りながら内容を確認すれば、荒船からメッセージが入っていた。『外を見ろ』の一言だけ書かれていて、一時間ほど前に送られてきていたそれを眺めながらふあ、と欠伸を溢した。荒船は早起きだなあ。そう思いながらしぶしぶ布団から出る。さむい。
荒船が朝からわたしに連絡をしてくるのは持参し忘れたら先生にどっぷりと怒られてしまいそうな提出物がある日の朝だったり、寝坊したら大変な日だとかで。だいたいわたしがピンチになりそうなときに連絡が来ていたから。えー、なにかやらかしたっけと寝ぼけた頭をひねるものの特に何も思い出せなかった。もしかして小テストがある……? でもそれだと外は関係ないはず。うーん。なんなんだろう。
パジャマだけでは寒くて震えてしまうから上着を羽織って、窓の方へ歩み寄った。心当たりはないけれど荒船から連絡が来るんだ、外で何か起きているのは確かだろう。一時期問題になっていたイレギュラー門関係のことであれば諏訪さんからも連絡が入りそうだから、きっとそうではないのだとは思うけれど……ボーダー関係のことだったら大変だ。脳裏に浮かべた惨状は、あの雨の日のこと。わたしは運良く回避出来たけれど、テレビを付ければ報道ばかり、耳をすませばどこかから泣き声が聞こえてきそうな日々のことを不意に思い出してしまった。今日ほどではないけれど、あの日も確かこんな風に寒かったなあって。そう思いながらカーテンを開けると、ぱあっと眩しい朝日とともに真っ白に染まった世界が視界にうつりこんで。わあっと思わず声が漏れる。
「雪!」
わあ! 雪だ! すごい! 積もってる! 暗く沈みかけていた思考が一気に浮上し、眠気が吹き飛んだ。考えていた不穏な思考も一緒にひとっ飛び。
三門でもたまに雪が降ることはあるけれど、積もるほど降るのは珍しくて。何年ぶりだろうか。もう2月の終わりかけなのに、そういう点でも珍しかった。窓を開けて乗り出して、遠くを眺めれば、ふわり、ふわりと大きな牡丹雪が開いた窓からひらりと迷い込んで、室温で溶けた。雪が降っただけなのに、見知った町並みがまるで別の知らない街のように思えてしまう。不思議。
あ、そうだ、返事しなくっちゃ。
枕元に置きっぱなしだった携帯を手にして「雪降ってる!!!」といつもより多くびっくりマークを付けて返事をすれば、数秒後にすぐに既読がついた。
「今起きたのかよ。溶けて無くなる前に見れてよかったな」
字面を見ただけで荒船の呆れたような表情と笑い顔があたまに浮かぶ。冬は寒くてなかなか起きれなくって、なんて返しながら雪の様子を部屋から眺めた。今もかなり積もっているように思えるけれど、もしかしたら荒船が起きたときは今よりももっと積もっていたのだろうか。
「まだまだ積もるよ! 雪合戦できるかな」
「この雪の量じゃ流石に厳しいんじゃねえか。つか誰とするんだよ」
「荒船と犬飼と会長」
「やらねえよ」
「けちんぼ」
ざんねん、と書いて悲しそうな顔をした犬のスタンプを荒船に送って、わたしも同じ顔をしながら携帯を閉じた。そろそろ着替えて準備をしないと遅刻してしまうかもしれない。
それからしばらく間が空いてからぴろんともう一度通知が鳴った。朝ごはんを食べているときにちらっと内容を確認すれば「滑って転んで怪我するなよ」と送られてきていて。ああ、なんだ。荒船が朝から連絡をしてきた理由はこれだったのか。
星が綺麗な夜だったり、大きな月が夜空に浮かんでいた日も、なにか見てほしいものがあるときはわたしから連絡を送ることが多くて。雪が積もっていた朝に、外を見ろ雪降ってるぞって理由だけで荒船が連絡してくるのは珍しいなと思ったんだ。だっていつもだったら、なんでもない日に綺麗だねって連絡をするのはわたしのほうだから。
雪を見て、はしゃいだわたしが転んで怪我をするのではないかと心配に思ったんだろう。そう考えて、胸のあたりがじんわりとあたたかくなる。
そうだね、いつもより道は滑りやすくなってるし、滑って転ぶだけならいいけれど、事故も多いかもしれないから巻き込まれないようにしなくっちゃ。いつもより気をつけていこう。
ご飯を食べながら機嫌よくにこにこと笑っていれば、お母さんから「そんなに雪がうれしいの?」と尋ねられた。雪も嬉しいけれど、荒船からのメッセージが嬉しいんだよ。
朝起きて、外の雪を見て、一番にわたしのことを考えてくれていたんだ。こんなに嬉しいことはないなって。友達時代から時々連絡は来ていたけれど、関係が変わってからは言葉に乗せられた優しさが伝わってくるから。わたしは荒船の優しくて面倒見が良くてちょっと心配性なところが好きなんだ。こういう一面を知れるのは恋人の特権だなあ、って思ったり。
朝のニュースは雪一色。全国各地、色んな場所で雪が積もっているらしい。
京都の清水寺、金閣寺、貴船神社。立派な日本の文化遺産たちが雪の化粧で幻想的に映し出されている様子が中継されていた。その雪景色がとっても綺麗で、おもわず目を奪われる。わあ、行ってみたいなあ。荒船はこういうの興味あるのかな。誘ったら夏祭りのときみたいにいっぱい調べて用意したりしそう。何年に建設されて、ここら一帯は焼け野原になって。応仁の乱、本能寺の変、織田信長、わびさび……と思い浮かべた単語は誰でもわかるようなものばかりだけれど、きっと荒船先生による歴史の授業はもっと変に細かくて、わかりやすくて、たのしいんだろうなって。清水の舞台から飛び降りてやるぜって言う荒船を想像したら面白くってふふふっと笑ってしまった。
学校指定のローファーは想像以上に滑りやすくて、走ったら危ないなあと思いつつも、新雪に靴のあとを残すのがたのしくて、わざと蛇行しながら歩いてみたり、誰も足をつけていない場所を狙って進んでみたり。道の端に小さな雪だるまを発見した。きっとここらへんの近所の子が少ない雪をかき集めて作ったんだろう。かわいいな、と立ち止まった途端、肩をとんと叩かれる。
振り向けばそこには傘を差した犬飼がいた。ブレザーの上から黒のロングコートを羽織っている。首元にはチェックのマフラー。ネックウォーマーではなくマフラーを選ぶあたりが大人っぽくて犬飼らしいなと思った。
「犬飼だ、おはよ!」
「おはよ。中津ちゃん、肩に雪すごい積もってるよ」
「え、あ、ほんとうだ」
ダッフルコートの上に雪が形になって残っていた。傘の角度が悪かったからか、それともまっすぐ歩いていなかったからか。雪はふわふわと舞うから全てガードするのは難しい。肩についた雪を片手でぱらぱらと振り落とした。
「あはは、頭にも乗ってるよ」
「わっ」
犬飼の手が耳の上あたりに伸びて、さらっと触れる。髪に引っかかっていたらしい。
「はい、取れた」
「ありがとう! えへへ、こんなところに付いちゃうなんて、傘さしてる意味ないかもね」
「まあまあ。顔は守られるからいいんじゃない?」
マフラーに埋めたまま「そうだね」と言って笑った。白い息がぼわぼわと冬の乾いた空気に溶け込んで、空に揺蕩う。もうすっかり冬だね、なんて言って犬飼はそのままわたしの横に並んで、一緒に歩き出すから、わたしも止めていた足を動かした。身長差があるしわたしよりずっと歩幅が大きいはずなのに、置いていかれる様子はないから合わせてくれているんだろう。そういうことをさらっとやってのけるのが犬飼澄晴という男だ。
「犬飼は今日防衛任務の人?」
「いや? 休みだけど。なにかあるの?」
「ううん、なにかあるわけじゃないんだけど。今なら誰も足を踏み入れていないきれいな新しい雪、踏みたい放題だなって思って。ほら、警戒区域内はボーダーの独擅場だから」
「うわー。中津ちゃんらしい考え方だ」
わたしらしいってなにさ。くつくつと笑う犬飼に向かってジト目を送れば、馬鹿にしたわけじゃないよと返ってくる。
「そんな固まっていないコンクリートの上を歩く猫みたいなことやるの中津ちゃんくらいだと思って」
えっ、やっぱり馬鹿にしてるじゃん! 言わなきゃよかった! 頬をぷっくりと膨らましてわざとらしく不満を表現すれば、横から突かれて空気が抜ける。ぷしゅり。
「……でもわたし知ってるよ、犬飼だってこの間の試合で雪踏みつけて遊んでたの!」
ついこの間見た試合の内容を思い出しながら口にした。ずいぶんとふてくされた声がこぼれ出た。
「え、東隊がマップ選択のときのやつ?」
「うん。すごい楽しそうに雪踏んでたから羨ましかった」
「うわー待って、嘘でしょ、あれログ残ってるの」
犬飼が驚いたように小さく見開いた。若干複雑な表情を浮かべながらも、それでも口元の笑顔は崩さない。
「貴重な玉狛の試合だからログ見てる人多いんじゃないかな! わたしは穂刈と一緒に見てたよ」
犬飼はへえ、と曖昧に笑って返す。雪のステージなんて珍しいから、試合が終わってすぐに荒船隊で視聴会を開いたんだ。雪の上、トリオン体だと滑りにくくなるのかな。基本みんなブーツだし素材も似たようなものだから、つるつる滑るのなら大変だ。映像見ていた感じでは滑ってはなさそうだったけど。トリオン体パワーはあるのかもしれない。
「へえ、そう……前から思ってたけど、中津ちゃんって映画見るようにログ見てるよね。普通あんまり他隊の人とログ見たりしないと思うけど」
「え、そうかな」
言われてみればたしかにそうかもしれない。隊のみんなと作戦立てながら見るのが基本だし……。面白い動きをしている人がいたら穂刈と「よかったな、今の動き」「わたし次の試合で取り入れる」と感想を言い合いながら眺めているから、わたしの作戦は荒船隊に筒抜けだ。
「爆発するし、剣で戦うし、確かにアクション映画見てるときと同じような気持ちでログ見てるかも! 見終わったあと感想言い合うのがたのしいから、つい人と一緒に見たくなる」
荒船の見てるような派手なアクションやカーチェイスが起こるわけではないけど、メテオラの爆発や三つ巴チームの乱戦は見ていて胸が熱くなるもん。最近のだと村上くんと空閑くんのエース対決はかなり熱い試合だった。荒船は地獄見てえな試合だぜって言ってたけど。
荒船隊でログを見るようになったのはなにも最近の話ではない。付き合う前からだし、C級時代から一緒に見ていたからその名残で荒船と一緒に見る癖が付いてしまっていた。誰からも変なことだって指摘しなかったから、おかしなことだと気づかなかった。
ログだけじゃなくて、実際の映画だってそうだ。かなり荒船から影響を受けてしまっているなってふと気づく。
アニメーション映画は前から好んでよく見ていたけれど、洋モノのアクション映画はこれまであまり選んでこなかったのに、荒船と出会ってからは一緒によく見に行っているから。英語だからってこっそり避けていた字幕にも挑戦するようになっているし、気づいたらハリウッド俳優や女優に詳しくなってたりもする。ずいぶんと荒船の趣味が浸透しているなあと自覚して、なんだか照れくさくなった。字幕で見ていると、ほら英語力が上がったりも。……などということはなく、悲しきことに現状維持のままである。すこしくらい上達してくれてもいいんだけどなあ。
「犬飼も今度一緒にログ見ようよ。解説席座る練習したいし! 解説のベテラン犬飼先生、わたしにノウハウを教えて下さい」
「中津ちゃんが解説席かー。それはおもしろそうだ」
「ほんと?」
「一試合の中でたくさん擬音語が飛び交いそう」
「それは否めない」
語彙力を鍛えなければ。これ毎回言ってる気がする。今シーズンももうあと少し、今のところ誘われてないので今シーズンも夢叶わずの可能性が非常に高い。無念。
気づいたら学校で、門の前に並ぶ生徒会の面々に挨拶をして、校舎内に入った。昇降口でローファーと上履きを履き替えながらそうだ、と思い出したように犬飼に声をかけた。
「犬飼あのとき雪踏みながらなんて言ってたの?」
「まさかこのタイミングでランク戦の話に戻るの。うまく話そらせたと思ったんだけどな、これは厳しい。えーと、なんだったっけ……踏んだ感覚が片栗粉みたいだな、とか?」
「うどんじゃなくて片栗粉だった。ぎりぎり穂刈の勝ちかなあ」
「君たちほんとなにしてるの」
映像を見ながら穂刈となんて言ってるんだろうねと話をしていたので恒例のセリフ当てゲームをしていた。ログには音声が入っていないから何でもやりたい放題だ。わたしの回答は「こんな雪、人生初めてだ」で、穂刈は「踏んでるんじゃないか。うどん職人の気持ちで雪を」だった。食べ物関係だから今回の勝負は穂刈の勝ちだ。ちょっぴり悔しい。今度会ったときに教えてあげよう。
誘う
「ランク戦シーズンが終わったらさ、一緒にどこかに行こうよ」
「最近どこも行けてねえしな。なんだ、どこか行きたいところでもあるのか」
「うん! あのね、京都!」
弾むような明るい声が飛び、どくんと胸が大きく揺れた。どこを指定されても連れて行くつもりではあったが、京都は流石に想定外で。何か返そうと開いた口を一旦閉じて、中津の方に顔を向ける。そのままの流れで手に持っていたタブレットを机上に移した。シフトを組む作業は一旦ストップだ。3月の予定を組んでいたところだったから、提出する前で良かった。二人で旅行となると諏訪隊とも相談する必要があるから、一人では決められない。中津は楽しそうにそのまま話続ける。
「ほら、卒業旅行なにも予定立ててないでしょ。この間テレビで京都を見て、いきたいなって思ったんだ」
「卒業、旅行な……」
中津の言葉を反芻する。ずいぶんと間抜け面で言ってしまったような気がして慌てて帽子で隠したが、中津は何も気にしていない様子だった。楽しげにテレビで見た内容を次々に口にしていく。雪が積もった金閣寺が綺麗だったとか。それは俺も見た。確かに綺麗だったな。
さて。どうしたものか。中津からの誘いだ、断る理由はねえが、引っかかるものがあるため簡単には返事が出来なかった。少し考える。
京都だと日帰りは厳しいし、旅行というからには泊まりになるだろう。つまりそれは、……そういうことでいいのだろうか。
中津のことだから何も意識せずに言っているに違いないだろうが、男女恋仲の状態で泊まりの旅行となると、やはり考えてしまうのは夜の情事で。俺も男だから、そういうことを考えないわけがなかった。それに同じ部屋で一夜を共にして、手を出さないでいられる自信は正直無い。
だから、このまま何も確認を取らずに承諾してしまうのは騙しているような気がしてしまった。
「お抹茶、お団子、八つ橋、ぜんざい、楽しみがいっぱい!」
「食べ物ばかりじゃねーか」
「和菓子美味しいもん。もちろん行きたい神社とかお寺もあるよ! ねえ、どう?」
「まあ、悪い話ではねえけどな」
「でしょ! えへへ、やった」
「悪くはねえが、一つ確認がある。……京都だと泊まりになるが、そこはいいのか?」
「? そりゃもちろん!」
わかってねえなこの顔は。肘をついた状態でじいと中津の顔を眺めると少しの間沈黙が流れた。中津は不思議そうな顔をしながら「旅館がいいかな、ホテルがいいかな、良いところ探さなきゃ」なんて言いやがる。やっぱり何もわかってねえ。
まあ、中津がいいというならなにも問題ないんだがな。むしろこちらとしては好都合でもある。変に中津に意識させるのも良くはないから、旅行日までゆっくりじっくり、俺に意識を向けさせようか。
「……確かに俺は聞いたからな」
ふうと一つ息を吐いてからタブレットを操作し、スケジュールを開く。3月は自由登校で、受験も終わった俺達がわざわざ登校する理由はない。防衛任務や合同訓練はあるから、いつも通りボーダーに来るのがメインだった。あとは大学の入学準備か。
それは中津も同様で。以前聞いた話だと3月は学校の友人と少し遊ぶ程度で、あとはほとんどボーダーに入り浸るつもりだと言っていた。入学までに堤さんや柿崎さんから大学の授業の取り方を教わっているそうだ。優しい二人だから中津に合った授業を選択してくれているらしい。
「3月の予定は前に聞いたのと変わってねえか?」
「うん、とくには」
「B級ランク戦は3月初週の水曜が最後だ。その週の金土日あたりで行くのはどうだ」
「わ、いいね! そのあたりだと休みも取りやすいし!」
「ならそこに決定だな」
何も書かれていない白い予定表を『予定有』といった表示に変えてゆく。隊長権限で勝手に予定を決めているが、あとから穂刈達にも伝えねえといけないな。どうしてもここで防衛任務に入りたいようだったら他の隊に混ぜてもらうことも可能だから、確認を取らないといけない。諏訪さんにも話を通して予定を合わせて……。
と、脳内でタスクの整理を行っていれば、中津が突然思いついたように「あ!」と言った。何に気づいたんだ。他の人も誘おうという内容なら即座に却下してやる。
「最終戦が荒船隊とだったらどうしよう。諏訪隊が大勝利して良い気分で旅行に行くか、それとも荒船にぶった斬られて悔しい気持ちで旅行に向かうのか……」
中津が神妙そうな顔つきで言う。なんだそのことか。順位も比較的近いところにいるから最終戦で当たる可能性は十分高い。弧月を使うかはわからねえが、もちろん負けてやるつもりもなかった。
「後者だな」
「なんだと! 倫ちゃんを買収して常に暗視入れてもらおうかな」
「即ペナルティ案件じゃねえか」
「冗談だよ。諏訪さんにそんなことしたら怒られちゃう。日佐人とのウルトラコンビネーションアタックで真正面からけちょんけちょんにしてやるから覚悟してて」
「笹森のは分からねえが、お前の新技はだいたい分かる。どうせメテオラだろ」
「普通にばれてた」
うわははっと楽しそうにわらって、釣られて俺も口角が上がる。まるで万華鏡のようだ、と思う。ここまで喜怒哀楽をわかりやすく全身で表現できる人間は中津しか知らなくて。だいたい考えていることも筒抜けだし、嘘や隠し事をしていたらすぐにばれてしまうという欠点もあるが。本人には言えないな、と小さく笑った。
「あ、そうだ。荒船お好み焼き好きだから大阪も行けたらいこうよ」
「お。本場のお好み焼きか。それは熱いな」
「ふふん、いい案でしょ。かげうらは小麦粉からこだわって作ってるけど、本場はどうなんだろうねえ。やっぱりお出汁が違うのかな。楽しみだなあ」
さっきから中津は京都の和菓子といい食べ物のことしか言ってない。気づいているのかいないのか。まあどちらでもいいのだが、楽しそうな中津を見ていると俺も気が緩んでしまう。
「大阪と京都は簡単に往復できる距離なのかな、今度水上に聞いてみよう」
「前に聞いた話だと電車で数十分の距離らしいがな。近くていいな。電車の種類が想像以上に多いぜ」
「さすが都会。わたし方向音痴だから道案内は荒船に任せます」
「ああ、任された」
中津に地図を持たせたらいつまで経っても目的地に着かない可能性だってある。だってこいつは右に行けと指示されても元気に左に向かうようなやつだって俺が一番良く知っていた。
「ランク戦が終わってすぐ、中津と旅行にいくことになった。」
その日の夜、穂刈とかげうらに行く予定があったから、お好み焼きを焼いているときに旅行のことを伝えた。ヘラで引っくり返す直前に言ってしまい直後にタイミングを間違えたかと思ったが、穂刈は僅かに動揺しつつも崩すことなく綺麗に返していた。
「考えてくれ、タイミングを。崩すところだったぞ、お前のお好み焼きを」
「それは悪い。」
じとりとした目を向けられて、素直に謝った。
「つまり、なんだ。泊まりなのか、俺に伝えるということは」
「ああ。京都に行きたいんだと」
卒業旅行にな、と後から続けながら言えば穂刈はかしこまったような表情を作りながら重々しく口を開いた。……何が言いたいかだいたい分かる。言うな。
「学校卒業か、それとも童貞卒ぎょ」
「学校に決まってんだろ」
穂刈が言い切る前に、被せるように言った。てめえこら絶対言うと思った。悪びれもなく「すまん」とは言うものの、詳細を聞きたくてたまらないとわかりやすく顔に書いていた。
これが嫌だったんだ。だから穂刈以外のやつには言うつもりはなかった。鋼やカゲには言っておいてもいいが、犬飼、当真、あいつらはだめだ。面白いものを見つけたように質問攻めをしてくるのが目に見えているから。あの二人には事後報告でいいだろう。
「相談があるんじゃないのか、そのことで俺に」
「違えわ。予定を空けることになるから先に伝えておいたほうがいいだろ。後で半崎や加賀美にも伝える」
「そうか。……刺激が強いんじゃないか、半崎には」
「お前な……」
「気にもなるだろう、お前達の話となれば。聞かなきゃ話さないからな、中津はともかく荒船は特に」
思わず言葉が詰まる。確かにそうか、中津も俺もべらべらと惚気を言うタイプではないから、穂刈からすれば進展度合いが聞ける絶好の機会なんだろう。よく言われることだが、第三者から見ると俺たちは付き合う前から何も関係が変わってないように見えるらしい。
「まあいいか、お前には隠すようなことでもないからな。教えてやるよ」
「言ったな。いいのか、ここはかげうらだ。聞いてるかもしれないぞ、どこかで次男坊が」
「カゲならいいんじゃねえか」
「なんだその俺との差は」
カゲには付き合う前にもよく世話になったしそれなりに借りもある。聞かれていても問題はない。若干嫌な顔はしそうだが。聞きたくねえと嫌そうに視線を尖らすカゲの姿が容易に頭に浮かんだ。
「どちらからなんだ、誘ったのは」
「中津」
「……なるほどな」
「そんな哀れんだ顔するんじゃねえよ」
「中津のことだ、深く考えてはいないだろう。恋人と二人きりの旅行がどういう意味をもつか」
返す言葉が浮かばなくて、肯定するように嫌な無言が広がる。じゅうじゅうと焼ける音が広がって、他の客の会話が遠くから聞こえてくる。前方から生ぬるい視線を受けながら帽子の鍔をスッと下げた。
……わかってんだよ、それは誰よりも俺が一番。
「変わらないな、お前の悩みは。付き合う前も付き合ってからも」
「うるせえ」
だが、付き合う前は手も出せず、中津の天然具合に何度も何度もお預けを食らわされていたが、今はそうではない。手を出そうと思えばいつだって出せる立場にいるのだ。実際に出しているかと問われると、答えは否なのだが。
「荒船側だろう、揺さぶられているのは」
「てめえ今日はやけに言うじゃねえか」
切り分けたお好み焼きを受け取りながら言い返せば、穂刈は口元を緩めて、しみじみと噛みしめるようにつぶやく。
「珍しいからな、お前からこういう話を振ってくるのは」
「そこまでか」
「気づいているか、お前は意外と中津の話をしないことに。俺が同じ隊ではなかったら、お前は旅行に行ったと言ってあとから土産を渡すことしかしなかっただろう。中津と旅行だなんて聞いていないと返していただろうな。悩みも相談せずにひとりで解決する癖があるお前のことは、わからないことも多い。俺ですら」
自分ひとりで考えて行動するのが当たり前だったから、穂刈に言われてはっとした。考えるように顎へ手を当てて「たしかにな」と返した。
狙撃手への転向も周りの数人にだけ報告するような形で伝えて、他の奴らには何も伝えていない。特に目標については話したのは中津くらいだった。自分のことを伝えなさすぎて、鋼との変な噂が流れてトラブルにもなっている。
自分のことを話さない。まさか穂刈に言われるとは思わなかった。少なくとも他の奴らよりは話しているつもりではあったから。ただ、中津とも仲のいいこいつらに詳細まで話すのは違うと思った。
手は出さないのも、それはそれで男としてどうなんだろうか。付き合ってもう半年は経つ。そろそろ次に進んでも問題はないだろうが、無理に手を出すのも違う気がする。手を出して、中津は嫌がらないだろうか。中津に対してはどうしてか弱くなってしまう。
……なによりも、中津の泣き顔は見たくなかった。
俺の手で中津を泣かすのは違う。中津が泣いているところは見たくはない。
「まあ、言いはしないがな、全てを話せとは。聞いてもいいか、一つお前に」
「何だ」
「準備しておいたほうがいいか? 傷心の親友を慰める言葉の一つくらいは」
「失敗する前提で話進めてんじゃねえ。上等だ覚えてやがれ」
そんなもの用意すんな馬鹿と睨みつければ穂刈はニヤッと笑って冗談だと言った。お前も大概わかりにくい男だからな。
気づかなかった
皆様いかがお過ごしでしょうか。わたしはいま、ラウンジで雑誌を大きく広げながら大阪と京都の観光地を調べているところでございます。待ち合わせの相手を待ちながら。誰を待っているかって? そんなの関西と言ったらひとりしかいない。いや隊で言ったらひとりではないけれど、同い年で気を許せる相手はただひとりだった。
ぬっと視界に影がかかる。顔を上げればオレンジのもさっとした髪の男が立っていた。少し猫背気味の赤い隊服はどこにいてもよく目立つ。若干気怠げな表情を浮かべながらもよっと手を上げて挨拶する水上に、わたしも片手を上げてよっと言った。
「中津ちゃんが俺を呼ぶなんて何かあったんかと思った。勉強関係やったら呼ぶ相手間違えてるやろし」
前の席に腰掛けて、わたしの雑誌をペラペラとめくりながら水上が言う。
「
「大事件といえば大事件だよ」
「どこがやねん。旅行行くからいいとこ教えてくれってことやろ」
「そういうことですねん」
「エセ関西弁やめなさい」
「はい」
関西人は関西人以外が使う関西弁に厳しい。イントネーションが少し違うらしい。そんなのわからないよ。
「お。懐かしいなここ。こんなんできてるんや、ほーん」
「ちょっと! 何懐かしんでるの!」
「というか中津ちゃんええの、こんな人いっぱいおるとこで広げてて」
「え、なにかだめなことある?」
「や、まあ……荒船と行くんやろ、それ」
水上が雑誌を指差して言う。特に否定する理由もないため素直に頷いた。
「うん」
「あー……まあ、俺はええんやけどな、あいつ、荒船は隠してそうやったから」
「かく……え、そうなの」
「映画見に行くたびにいつもポップコーンの味で争うの! わたしはキャラメルがよくって、でも荒船は塩で、ふたつ買ったって食べきれないからいつもじゃんけんでどっちかひとつに決めるんだけど、いつもわたしが勝つから、キャラメルばかり」
「中津ちゃんの得意分野だもんね」
「そうなんだよ。じゃんけんするとわたしが高確率で勝つからいつもいつもキャラメルばっかり。荒船はまたかよって笑って選ばせてくれるんだけど、
「荒船わたしのこと甘やかし過ぎだとおもう」
マフラーで口元を隠しながら最近ずっと思っていたことを口にした。厳しくて、でも優しくて、わたしは荒船のそういうところが好きなんだけれど。
「中津ちゃんから惚気話聞くようになるとは」
「のろけばなし」
「あれ。もしかして、自覚なかった?」
きょとん。丸めた目で犬飼を見れば
「地面が白いとトリオン兵の視認が大変になりそうだ」
さむい。ものすごくさむい。秋が来たなと思ったら気づけばもうすっかり冬である。だからというわけじゃないけれど、こういう日に限って思い出すのは鳩ちゃんのことばかりだ。このコンビニで一緒に肉まんをたべたな、とか、さむいねって言いながらも二人で立ち寄った公園とか。もし、また出会えたのなら一緒に肉まんたべたいなあ、なんて。ほら、二人で半分こしてさ。『あ、』 ねえ、鳩ちゃんみて、去年この道に咲いてた花、今年もちゃんと咲いているよ。今年は一人で見ることになってしまったけれど、来年は一緒に見れたらいいなあ。なんて思いながら道端に咲いたフクジュソウをそっと撫でた。