レティシア×紗夜

 夜になると青く光る花を興味深そうに眺める女性が一人。頭についた大きな鈴と、それから腰に巻いた大きなリボン状の帯。その地域特有の服装から稲妻からの来訪者だと推測する。随分遠くからのお客さまだわ、と店へと向かう足を止めた。
「不思議ですよね、夜になると光る花だなんて」
 近くに寄って話しかければ、びくりと肩を揺らし、驚いた様子で此方に振り返った。丸い目は戸惑いに揺れている。
「それはイグサと呼ばれるモンドの特産品です。ごめんなさい、突然話しかけて。随分と興味深そうに眺めていらしたので、つい」
「あ……はい。モンドの花も綺麗だなぁと思って」
「ふふ、私もイグサ大好きなんです。」
 隣にしゃがみ込んで、そっとイグサに触れた。ゆらゆらと揺れる青の光は、暗闇ではとてもよく目立って、その存在を主張する。
「実はこれ、お料理にも使えるのですよ」
「料理にも。この国も花を料理に使う習慣があるのですね」
「あら。稲妻もご使用になるのですか?」
「! ……どうして私が稲妻から来た者だと」
「稲妻の服装は特徴的ですから」
 にこり、微笑んで告げる。私の解答で納得したのか彼女は「そうですか」と呟くように口にした。
「ここでは香辛料のような使い方ばかりなんですけれど、私、このイグサの花を使ったお茶を作ろうと試みているのです」
「お茶を?」
「はい。暗闇で光るお茶を作りたくて。でもお恥ずかしながら失敗続きなんです。もちろん稀に成功するのですけれど、量産には程遠いですね」
「そうなんですか……」
 言ってからはっと我に返る。私ったらずっと自分の話ばかりしてしまっているわ。もしかしたら急に話しかけて迷惑に思われているかもしれない。彼女の話も聞いてみたいものの、先程の反応を見る限りあまり自分自身のことを聞かれるのは好まないのかもしれない。それとも話せないような立場の方なのだろうか。どちらにせよ深入りはするべきではないのは確かで。
 そろそろ去るべきかしらと悩んでいれば、彼女が静かにくちびるを開く。
「……その、飲めるお茶になるかはわかりませんが、私の住む国にもこのイグサのように青く光る花があって」
「そうなのですか?」
「はい。海のように一面に花の光が広がる森があるのです。私、その花々に囲まれた川を眺めるのが好きで」
「わあ! 海のように!」
 今度は私が驚く番。青く光る花々の海。想像しただけで胸がときめいた。でも、なによりこうして話してくださったことが嬉しくて。思わず笑顔を浮かべてしまう。私の心配は杞憂だったのでしょうか。
「ふふ、それはとても幻想的で綺麗なんでしょうね」
「ええ、それはもう。他にも光る花や樹木が稲妻にあるんですけれど、……同じような花がモンドにもあるんだなあと思って、眺めていたんです」
 本当に花がお好きなんですね。花を静かに眺める彼女の表情から読み取った。
 気を抜くとその稲妻に咲く花々や樹木がどのようなものなのか問いただしてしまいそう。お茶に使えそうか、とか、花を使う料理とはどういったものなのか、とか。そんなことを急に聞かれても困るだけだろう。探究心をそっと鎮めて、深く問うのを我慢する。いつか稲妻に遊びに行ったときに、案内していただきたいですね。
「あの、この後お時間ございますか?」
そっと立ち上がって、声をかける。
「え、と……連れの者が戻ってくるまでなら」
「お連れ様がいらしたのですね。それならばぜひお連れ様もご一緒に。お店にお茶を飲みにきませんか?」
「お店に?」
 きょとんと一瞬目を丸めて、それから自己紹介がまだであったことに気づく。
「私、レティシアと申します。モンド城下にあるエンジェルズシェアというお店で働いていて。表向きはお酒を嗜む酒場なのですが、私のお茶も置いていただいているのです」
営業のようになってしまいましたが、全くそういうつもりはなくて。ただ、せっかくモンドにいらしたのならば、自慢のお茶を楽しんでから帰っていただきたかったんです。お酒が飲めるのあればぜひモンドの特産物をふんだんに使ったカクテルもご用意できればと思います。
そう声をかければ彼女も立ち上がり「紗夜です」と名前を口にした。紗夜さん。なんて素敵なお名前。
「……あの、イグサのお茶、飲めるのでしょうか」
「ふふ、もちろん。ああでも、まだ開発段階なのでモンドの人たちには秘密にしてくださいね」
 しーっと唇に指を当てながら言えば、初めて彼女が口元を綻ばせた。緊張されていたのでしょうか。柔らかく微笑んだその表情はあまりにも可愛らしく、思わず私まで笑顔になってしまいます。

 おーいと遠くから手を振る男の人がひとり。お連れの方なのでしょう。彼女へ向けて歩いてくるその方もまた稲妻の服を身にまとっている。よければ遊びに来てくださいね、と告げて私は店へと向かうことにした。お二人とも、来てくださるかしら。イグサのお茶だけじゃなくて、モンドを楽しんでいただけたらとてもとても嬉しいわ。私の大切なモンドを、あの人の守るモンドを、ほんの少しでも良い国だと感じて帰っていただけたのなら、こんなに嬉しいことはないのです。