宙(そら)ニ堕チル人魚





デュースの思い
side Deuce





「お困りのようですね、執行官殿♡」
どこからともなく僕の前に現れたエースはそう言って笑った。
学園を卒業した後、僕は頑張りに頑張って僕の夢である魔法執行官になり、エースはマジカルアーティストになった。マジカルアーティストとは魔法を使うパフォーマーの事で、芸術分野で魔法を使ってパフォーマンスするアーティストを指す。エースは先にマジカルアーティストとして活躍するお兄さんに誘われ、お兄さんのパフォーマンス集団に所属した。学生時代に見たエースの手品はマジカルアーティストだった事で出来ていたお兄さんから習ったそうだ。
エースが所属するマジカルアーティスト集団『WARLOCK』は手品や大道芸と魔法を融合したパフォーマンス集団だ。『WARLOCK』の人気は凄いらしく、ステージのチケットはなかなか取れないらしい。
いや、別に興味がない訳じゃないんだ。僕としては全部の『WARLOCK』のステージを見てみたいんだけど、仕事が忙しいのと、エースが「恥ずかしいから、来んな!」って怒るから、見に行けないんだ。一回だけ、お兄さんから「俺らのステージは客一杯いるから、デュース君が来てもエースにバレないって」ってチケットを貰って見に行ったけど、エースにバレて激怒したエースが一週間実家に帰ってしまったんだ。仕事を頑張り、結構無理して見に行ったのに!
最高のステージだったからまた見たいけど、エースに「次来たら、別れるからな!」って言われたから、お兄さんにチケットをこっそり渡されても泣く泣く返すことしかできないんだ。
僕達は学生時代から付き合い、卒業してからは同棲するようになった。家に帰ると大体エースが先に帰ってきてて、「おかえり」って出迎えるてくれる。母さんしかいなかった僕はその「おかえり」が凄く嬉しい。僕はそんな幸せを壊したくないのだ。
ちなみに僕の母さんにはエースのことを話している。母さんは「デュースが選んだなら…」と認めてくれて、エースの家族は…お兄さん以外は反対されてしまった。ただ、お兄さんは僕を認めてくれていて、何かと僕とエースの心配をしてくれている。
そんな訳で。エースの大体の家族からは反対されつつも、離れて暮らしている事でその影響は普段あまり受けていない事で同棲生活は順調だし、仕事も忙しいながらも順調な事だから、そこそこ今の生活は順調な僕達だが問題点もある。それは冒頭の通り、エースがちょこちょこ僕の仕事場に来て僕に絡んでくる事だ。
実は僕の仕事場とエースの仕事場の練習場は近くて、たまにこうやってエースが来る。それも秘密裏にこっそりと。エースがマジカルアーティストだからか分からないが、意外とバレないらしい。大丈夫か、僕の職場。
「エース…なんだ、その格好は?」
「ん?今日のステージ衣装。似合うっしょ?」
そう言ってエースは「どーよ?」と笑いながらポーズを取った。
くっっっそまっっっっっぶいわ!理性が吹っ飛びそうだ!!やめてくれ、エース!僕は職場で発情したくない!!
「可愛いけど、ここに着て来るな」
「ちぇ〜。デュース君はお堅いですね〜」
ぶー、と不満げに唇を尖らすエースに僕は上着を脱いで被せた。
困っている点はもう一つ。それはここに来るエースはステージ衣装で来る事だ。しかも大概可愛かったり、色っぽかったりする。今回はウサ耳にフリフリブラウスに赤いリボン、黒のベストに兎の尻尾がついた赤のチェックのハーフパンツに黒のソックスガーター付きの黒いソックスだ。靴は革靴だが、赤と黒でデザインされた女の子が履くような可愛いらしいものだった。はっきり言ってもの凄く可愛い。
頼むからやめてくれ、エース。職場で僕を誘惑するのは。僕は職場では真面目で優秀な執行官でいたいんだ。
「お、エース君、久し振り。今日もスペードに会いに忍び込んだの?」
「ちわっす、スノーさん。そうっすよ〜」
タイミングがいいのか悪いのか、今、バディを組んでいるスノー先輩が来た。この先輩は掴みどころが無く、普段はやる気が全くないのに、やる気を出すと一気に事件を解決するので、「スノーから学んでこい」と上司に命じられてバディを組んでいる。ちなみにこの人はエースが忍び込んでも驚かないし、むしろ一緒になってからかってくる。
「こんなに可愛い恋人が来て…スペードも愛されてんな。衣装、似合ってるじゃないか。かけられた上着が邪魔すぎて残念なくらい」
「ありがとっす〜」
「やめて下さい、スノーさん…エースを褒めるのは…僕は本当に迷惑しているんです…」
褒めるスノーさんに気を良くするエース。スノーさんはエースを気に入っているのか、こうやってエースを可愛がり、エースもまたスノーさんに甘えるのだ。職場で困らせてくる二人の迷惑さと二人の仲良しさへの嫉妬で僕は頭を抱えるしかない。
「そうそう、エース君。今、スペードが受け持っている事件、これなんだけどさ…」
「どれどれ?」
「ちょっ…!スノーさん!!さすがにそれはまずいですって!」
とんでもないことに、スノーさんはエースに持っていた書類を見せた。それをエースも覗きこむ。僕は慌てて二人を引き離そうとしたが、遅かった。
「え…?イベントを中止させる脅迫状…?」
エースが書類に書かれた内容を呟く。それに僕はしまった、と舌打ちしたくなった。案の定、エースは困惑している。当たり前だ。エースはイベントを定期的にやっているんだから。
確か、今はもうすぐあるイベントに向けて練習していたと思う。そんなエースにこの話は良くない!
「何これ?そんな迷惑な話、ある?」
「あるんだよな〜、これが。んで、内容だけど…」
「やめて下さい、スノーさん!エースにそれは…!!」
困惑するエースにスノーさんが話を続けようとするので、仕事の話が漏れるのを防ぐのとエースを無駄に不安にさせたくない二重の意味で止めようとしたら、
「『WARLOCK』もターゲットになる可能性があるのにか?」
一気に鋭くなった目つきでスノーさんにそう言われ、僕は押し黙った。た、確かに、エースも被害に遭うかもしれないけど…!でも、イベント前に無駄に不安を煽るような事は…!!
「まぁ、こういうこともある、て事くらいなら、頭に入れておいてもいいんじゃね?」
「でも…!」
「スノーさん、どんな事件なんですか?」
僕の心情を察したのか、スノーさんはふっと目元を緩め、そう言った。どうやら、話すのを止める気はないらしい。それに僕は抗議の声をあげるが、真剣な表情のエースの一言に阻まれた。そんなエースにスノーさんは肩をすくめる。
「ありきたりな嫌がらせだよ。人気のライブとか講演会とかのイベントに嫌がらせの脅迫状を送り、中止させる迷惑行為」
「…今の所はイベントを中止しろ、さもなくば後悔する、というような内容の脅迫状をイベントに送るだけで特に何もされてない。でも、脅迫状を警戒して延期や中止されたイベントはあるし、件数が多いんだ」
「ただの脅迫状なら魔法執行官じゃないが、この怪文書には魔法の痕跡があったんだ。多数送られてくるのに一切痕跡が無かったから調べたら、魔法の痕跡が僅かに出て、魔法で消されていた事が分かったから、こっちにも要請が来た」
「ふーん…」
呆れ返るスノーさんと共に観念した僕もエースに事情を話す。僕の後にスノーさんがそう言うと、エースは真剣な顔をしたまま頷いた。そんなエースにスノーさんは笑いかける。
「ま、そんな訳で。『WARLOCK』にも怪しい脅迫状が来たら、エース君は愛しのスペードに絶対に相談するように!」
「えー?んな迷惑なの、うちには来ないで欲しいですよ〜」
「ま、そりゃそうだ!」
真剣なエースを気遣い、わざと戯けるスノーさんにエースも笑いながら答える。スノーさんはエースの肩をバシバシ叩きながらそう言った。「痛いっすよ〜」と笑い合うエースとスノーさんに僕の胸にもやもやが広がる。
もう何度も色んな奴とエースとのやりとりで経験しているから、流石の僕でも分かる。これは嫉妬だ。笑い合う二人の間にさりげなく入り、スノーさんに顔を向けた。
「で、スノーさん。そんな話をエースに聞かせるために僕のところに来たんですか?」
「あ、そうだった。といっても、俺が探していたのはスペードじゃなくて、きっとまた潜り込んで来たであろう、エース君なんだけどね」
「え?俺に?何の用っすか、スノーさん?」
僕の一言にスノーさんは忘れていた!とばかりに話を変える。その言葉にエースは首を傾げた。
「『WARLOCK』のマネージャーさんが受付に来ていたよ。『うちのサボり魔のエースが、またここに来ていませんか?』って」
「げっ!マネージャーが?!」
「早めに行った方がいいよ。マネージャーさん、ぶちギレていたから」
スノーさんの言葉にエースは青褪める。スノーさんはというと言うだけ言ってスッキリしたのか、さっさと仕事場に戻っていった。「ヤバい、ヤバい」と呟くエースに僕は近づく。
「お前、また周りに内緒でここに来たのかよ?」
「可愛い衣装だったから、愛しのデュース君に色仕掛けしようと思って♡」
「分かった、すぐにマネージャーの所に行くぞ」
「じょ、冗談だよ!助けて、デュース!!」
馬鹿な事を言うので問答無用に受付にエースを引きずって行こうとしたら、エースは力の限り抵抗してきた。そんなエースに僕はため息をつく。
「練習を抜け出してきたエースが悪いんだろうが」
「ちげーよ!練習はきっちりしたんだよ!!俺は休憩中だったの!」
「でも、マネージャーが来たって事はエースにも用がある事ができたんだろ?」
「知らねーよ、そんなの!」
「ともかく!迎えが来たから、帰れ!!」
「いーやーだー!助けて、デュース!!」
「断る!帰れ!!」
「いやー!乱暴されるー!!助けて、おまわりさーん!」
「僕がそうだ!」
往生際悪く暴れるエースを僕は力尽くで受付まで連れて行った。
「え・ぇ・す・く・ん♡」
受付には今日の受付担当者と見慣れた『WARLOCK』のマネージャーがいた。般若のような顔をするマネージャーにエースは「ひっ!」と息を呑む。だが、なんとか笑いながら声をかけた。
「はは…監督生、お疲れ様」
「お疲れ様じゃねぇんだよ、サボり魔エース。お前、また皆さんに迷惑かけやがって。あと今の俺は監督生じゃなくて、『WARLOCK』のマネージャーだ」
エースを受付に連れて行くと、マネージャー…いや、監督生…いやいや、ユウはキレながらエースに詰め寄った。顔は笑顔だが、その顔には青筋が何本もたっている。かなりご立腹のようだ。
「兄ポラさんが『エースが居ないみたいだけど、知らないか?』って言うから、探しに来たら…!また、デュースの所に来ているし…!!」
「だ、だって、俺の部分の練習は終わったし…」
「おう、いい度胸だな、エース。歯ぁ、食いしばれ」
ユウの言葉にエースが言い訳がましく言うと、ユウの逆鱗に触れたのかユウの青筋がまた一本増えた。右ストレートの素振りをするユウにエースは更に青褪めた。そんなユウを見て、僕はこっそりため息をつく。
馬鹿だな、エース…ユウは実家で神様に踊りを奉納していたから、パフォーマンスの練習の重要性は変なプロよりしっかり分かっているのに…
「デュース。エースが逃げないようにしっかり捕まえてて」
「分かった」
「でゅ、デュース!助け…!!」
「諦めろ、エース。今回はお前が悪い」
ユウに頼まれた僕はエースを後ろから羽交締めした。エースが僕に助けを求めてくるが、そんなの知らん。勝手に僕の職場に来て、僕の邪魔をしたんだから。
怯えるエースにユウがじりじりと近付いてくる。
「右は…右だけは…」
往生際悪く、僕の腕の中で抵抗するエース。そんなエースにユウは、
「腹を括ろうね、エース君♡」
と青筋を立てながら満面の笑顔で言った。
「おらぁっ!」
「ごほっ!」
気合いの入った声と共にエースの鳩尾に一発。強烈な一撃にエースはくぐもった声を出し、床に座り込む。そんなエースを俵抱きすると、ユウは片手をあげた。
「んじゃ、馬鹿を回収したんで、俺は失礼します!お邪魔しました!!お仕事、頑張って下さい!」
そう叫ぶとユウは帰ろうとしてしまった。そんなユウを僕は慌てて引き止める。
「外までだけど送るよ、ユウ」
「サンキュー、デュース」
まだ仕事中だから練習場までは送れないけど、せめて外まででも、と思いそう言ったら、ユウはにこっと笑った。一発エースにぶち込んでスッキリしたのか、その顔は先ほどの般若顔とは違い、穏やかだ。
「ここまででいいよ、デュース。見送り、ありがとう」
「こちらこそ。エースを迎えに来てくれて、ありがとうな」
「まぁ、それも俺の仕事だからね。そもそもエースが抜け出さなければ、いいんだけど」
「…俺は頼んでない」
玄関の外まで送るとユウはそう言ってくれた。それに甘え、僕は立ち止まる。そんな僕らを見たのか、からからと笑うユウに俵抱きされていたエースが声をくぐもらせながら体を起こした。そんなエースをユウは地面に下ろして立たせる。まだまだユウの一撃が残っているのか、エースの足元はふらふらだ。
「おぅ、まだまだ元気だな、エース。練習場に帰ったら、また一発いれてやんよ」
「やめて!ユウの一撃、本気で重くて痛いから!!」
「なら、抜け出すな!」
「そうだぞ、エース。練習を抜け出すな」
「だから!俺は!!休憩中だったんだって!」
「だからって、デュースの所に邪魔しに行くな!」
ユウの脅しに本気で嫌がって叫ぶエース。怒鳴るユウに僕も言うと、エースは聞きたくないのか駄々っ子のように両手で耳を塞ぎながら叫んだ。そんなエースにユウは正論を叫ぶ。すると、エースはブスッとぶすくれた。
「だってさぁ…」
「何?エース?今、一撃入れられたい?」
「あ、なんでもないですぅ…帰りまーす」
グッ!と右腕で握り拳を作りながらユウが迫ると、エースはあっさりと降参した。相変わらず、調子のいい奴だ。
「エース、ユウを困らせるな。ユウの真面目な仕事ぶりを見習え」
「まぁ、俺は?エース君と違って?怪しい身元なのに『WARLOCK』のマネージャーになれた恩があるからさ?真面目にもなるよね?エースと兄ポラさんのおかげとはいえね」
「…悪かったよ、ユウ」
「分かればいいのよ。分かれば」
僕の言葉にユウが皮肉まじりにそう言うとエースは頭をかいて謝った。そんなエースの頭をユウは撫でる。
ユウは異世界出身で魔力がないため、四年時の実習先選択の時から困っていた。一年の時に数多くのオーバーブロット事件を解決したとはいえ、出身地が不明な上、魔法士養成学校生とはいえ魔力がない為、不安定な状態だった。戸籍は数々の事件を解決した事で報酬として学園長の養子になる事で確保したが、それ以外は異世界出身な為、怪しかった。勉強を頑張っていたから座学は優秀だったけど、実技は魔力がないから駄目。未来に不安を抱えるユウを助けたのはエースだった。
エースはお兄さんにユウの事を相談し、ユウの監督生としての功績を話した。監督生として事件を解決し、なんだかんだ癖の強い学園の人達の手綱を掴み、また生活費を稼ぐために先生の手伝いやモストロのバイト、それからサムさんの所でバイトしていた事を包み隠さず話し、いかにユウが魔力なしでも優秀か話した。それにお兄さんはユウに興味を持ち、『WARLOCK』の上層部に話を通した。結果、ユウは『WARLOCK』から実習の逆指名を受け、実習先で自分の有能さを遺憾なく発揮したユウは『WARLOCK』のマネージャーとして雇われる事となった。
これはエースから聞いた話だが、確かにユウはマネージャーとして有能だったが、決め手は元の世界の実家の事情だったらしい。ユウは神社という神様に仕える家で年の暮れに奉納芸能として舞をしていたとか。異世界の芸能という、芸能に関するものなら喉から手を出しても欲しい事柄を手に入れる為なら、というのが決定打になったらしい。ユウには言わないけど。
いや、ユウを雇った理由が異世界の芸能に関するネタが欲しいって、ユウに失礼だろ?認めた大部分がユウの実力とはいえ。
「そういや、デュースは次の『WARLOCK』のイベントは来れる?」
そんな事を考えていたら、答えにくい事を聞かれてしまった。その言葉に僕は詰まる。
「いや、その…」
「やめてよ、ユウ!デュースに見られたら、恥ずかしいじゃん!!」
「…こういう訳で」
答えようとしたら、エースが叫んだ。助けか分からない言葉にもごもごと言うと、ユウも納得したのか、「あー、はいはい」と頷く。
「残念だね、デュース。今回のエース、凄いんだよ?」
「凄い?どんな風に?」
「ネタバレになるからあんまり言えないけど、今回のショーは大掛かりでメインはエース。しかも、かなり綺麗」
「Oh…キレイ?」
「Yes…キレイ…セクシーでもなく、キュートでもなく…」
ユウの言葉にわざと戯けるように言えば、ユウも笑いながら頷いた。そんな僕らを見て、むくれたエースがユウに抱きつく。
「なぁ、ユウ〜。さっさと練習場に行こうよ〜」
「元はと言えば、エースが練習場から抜け出してデュースの所に来たんじゃん」
「だってさぁ〜、ユウがデュースにパフォーマンスの話するからさ〜」
「はいはい、恥ずかしいのね」
駄々を捏ね始めたエースを宥めるユウ。その様は流石元猛獣使い。手慣れている。
僕もユウに戯れるエースの頭に手を伸ばし、頭を撫でた。
「エース。練習、頑張れよ。イベント、成功するといいな」
「はぁ〜?天下のエース様に何言ってくれてんのぉ〜?デュースに言われなくても成功させるし〜?」
「そうだな。エースはやれば、できる子だ」
「…!たりめーじゃん!!」
僕の言葉に顔を真っ赤にし、そっぽを向いたエースは最高に可愛かった。





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