[newpage]「痴漢とストーカーの犯人、捕まったってさ」
「そうか…良かったな…」
エースの一言に僕は胸を撫で下ろした。エースを苦しめた事件がようやく終わった事を知り、僕は安堵する。
一学期の終業式の日。また僕らは公園に来ていた。夏休み前日になり、暑過ぎるからか公園には僕ら以外に誰もいない。最初に公園に来た時のように、またソーダ味のアイスを分け合いながら、僕らは食べていく。
「なんかどっちも同じ犯人で、何故かは知らんがボロボロで自首してきたらしい。警察から、そう連絡があった」
「そうか。きっとエースを苦しめたから、天罰が下ったんだな」
「なのかな?んで、連絡が家に来たから、家族みんなが事件を知っちゃって…大変だったわ」
はは、と渇いた笑い声を出しながらエースはそう言った。その言葉に僕はエースを見る。
「エース…その言い方だと、エースの家族は今回の事件を知らなかった、と聞こえるんだが…?」
僕がそう言うと、エースは分かり易くしまった、という顔をし、僕から顔を背けた。それに僕は自分の言った言葉が当たっていた事を知った。思わず、叫ぶ。
「なんで家族に言わなかったんだ、エース?!」
「だ、だって…心配かけたくなかったし…」
「家族には言えよ!今回は犯人が自首したから良かったものの、もっと酷い被害に遭っていたら、どうするんだ?!」
「…ごめん」
僕の言葉が心配からだと分かったのか、エースはただただ縮こまって謝ってきた。そんなエースを見て、僕は大きくため息をつく。まさか、痴漢や盗撮の被害であんなに真っ青になっていたエースが、家族にすら言っていなかっとは。僕も家族には話しているだろうと勝手に思っていたので、責めきれないが…
今回の件で、エースの危うい一面を思い知らされた。
「…それで?事件を知った、エースの家族はなんて?」
「びっくりした後、怒られた…今さっきのデュースみたいに『なんで言わなかった?!』って。親父もお袋も兄貴も怖かった…」
「当たり前だ。それはエースが悪い」
はは、とまた渇いた笑いを浮かべながらエースが言ったので、僕はぴしゃり、と言った。その言葉にエースは頭を抱える。
「うん…俺が悪かった…いくら他の奴らに相談した時、『お前が悪い』的な事を言われたからといって、家族に相談しないのは無かったな…」
「え?」
エースの言葉に僕は目を見開いた。今、聞いた言葉が信じられなくてエースを見ると、エースはまたあの影のある表情で辛そうに笑っていた。
「実はさ…他の奴らに痴漢の事は相談した事、あったんだ…俺とバレないように、大分ぼかして…そしたら、『痴漢されるような態度を取る方が悪い』って、言われてさ…」
「な…?!何を言っているんだ、そいつらは!そんなん、痴漢する奴だけが悪いじゃないか!!どんな理由であれ、痴漢する奴がいなければ痴漢される奴だっていないだろ?!」
あんまりな言葉に僕は立ち上がり、叫んだ。いくらエースが被害を受けた、とバレないようにぼかして話したとはいえ、それはない!エースに無責任な言葉を言った奴に腹が立った。そんな僕を見ると、エースはほっとしたように笑った。
「うん…だから、デュースが怒ってくれて、嬉しかった…本当に助かった…痴漢に遭うのは、俺のせいじゃないんだって、分かって…」
「エース…」
「ありがとう、デュース…俺、お前と出会えて良かった…」
そう言って、エースは笑った。凄く嬉しそうだった。そんなエースを見て、僕は胸が苦しくなる。
違う…違うんだ、エース…!僕は…!!
「違うんだ、エース!」
「デュース?」
「犯人に怒ったのは、本心だ!でも、エース!!僕が怒った理由は、そんな綺麗なものじゃない!」
「え?」
突然、叫び出す僕に目を見開く、エース。そんなエースに迷いながらも僕は胸の内を叫んだ。
「エースが好きだから!エースが好きだから、僕はエースを苦しめる犯人に怒ったんだ!!」
「え…」
僕の言葉にエースはショックを受けたのか言葉を失った。当たり前だ。犯人と同じような感情をダチだと思っていた奴から、向けられていたんだから。そんなエースの顔を見るのが辛くて、僕は顔を背けながら言葉を続ける。
「入学式の日に駅で初めてエースを見てから、ずっと好きだった…!自覚したのは、初めて放課後に会った時だけど…でも、僕は初めてエースを見た時から、好きだった…!!一目惚れ…だったんだ…!」
「……」
僕の告白を黙って聞く、エース。エースから顔を背けているので、その表情は分からない。だが、僕は自分の気持ちを話すのをやめなかった。
「毎日、エースの姿を見たくて、あの時間の電車に乗った…!本当は、もっと早い時間の電車に乗って学校に行くはずだったけど…ちょっとでも…エースといたくて…!!」
「……」
「ずっと焦がれていたから、エースの痴漢を初めて知った日、エースと友達になれて嬉しかった…!エースが真っ青な顔をしながら、痴漢の事を相談したというのに、僕は痴漢に感謝しそうになったんだ…!!」
そこまで叫ぶと、僕は自重気味に言った。
「…最低だろ?僕はエースのダチな筈なのに、ずっとエースに犯人みたいな気持ちを向けていたんだ…気持ち悪いよな?」
そう言いながら体ごとエースに向こうとすると、エースが僕に抱きついてきていた。僕に抱きつき、肩に顔を埋めながらエースは呟く。
「…んだよ、それ…お前、俺の事が好き過ぎるでしょ」
「え…?エース…?」
抱きつきながら肩の辺りで呟くエース。そんなエースを僕は戸惑いながら見る。
「…気持ち悪くねぇよ、デュース…お前のその気持ちは、犯人と同じじゃない…全然、違う」
「!」
「俺をただ思ってくれている、お前の気持ちは…お前のその気持ちは…嬉しいよ…」
そう言って顔を上げて僕を見たエースは、そのまま近付いた。僕らの距離が縮まる。
「…俺も好きだ、デュース」
「え…」
名前を呼ぼうとすると、それを止めるようにエースの唇が僕の唇を塞いだ。触れるだけの拙いものだったが、それは十分に僕の心を満たした。
エースが離れようと動く。そんなエースの後頭部に腕を回すと、僕は離れかけたエースに唇を強く押し当て、キスする。エースの気持ちに応えるように、呼吸も奪うような深い口付けを僕はした。
「…は…がっつき過ぎだぜ、童貞君」
「…そうだな…あんまりにも嬉し過ぎて、がっついた」
ようやく離れるとエースはそう言って笑った。僕もそう言い返して笑った。
初めてしたキスは、さっきまで二人で分けて食べたあの爽やかで懐かしいソーダアイスの味がした。それは初めてエースが僕に渡したアイスと同じ味だった。
入学式の日にエースに一目惚れしてから、三ヶ月とちょっと。明日から夏休みだというこの暑い日に初めてしたソーダ味のキスを、僕は一生忘れる事はない。





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