「おい、そこのお前、止まれ」
大人と一緒に歩いていたら、いきなり現れたヤンキーがそう言って絡んできた。脱色した髪の隙間から鋭いピーコックグリーンの瞳が俺達を見詰める。
「な、なんだ、君は?!私は君みたいな不良は知らないぞ?!」
「てめぇじゃねぇよ。おい、ガキ。お前だ、お前」
「おれ?」
喚く大人を無視し、ヤンキーは俺の目の前で視線を合わせようと屈んだ。俺は大人と手を繋ぎながら、そんなヤンキーを見上げる。
「お前、名前は?」
「えーす・とらっぽら!」
「やっぱり…そうか、お前が…」
ヤンキーが尋ねてきたので名前を言うと、ヤンキーは手を伸ばしてきた。殴られるか?と思ったが、ヤンキーは俺を殴る事なく、頭を撫でる。
「エース、お前の兄貴がお前を探していたぞ」
「にいちゃん?」
「あぁ。俺はお前の兄貴のダチだ。お前を探していたんだ」
そう言って言われた名前は確かに兄ちゃんの名前だった。兄ちゃんを知っているヤンキーに俺は大人から手を離し、ヤンキーに駆け寄る。大人が引き留めようとしたが、それより早くヤンキーが俺の手を掴んだ。
「逃げるぞ、エース!」
「うわっ!」
手を掴んだヤンキーはそのまま強引に俺を抱えあげ、走り出した。背後から大人が慌てたように走って追いかけてくる。しばらく俺を抱えて走っていたヤンキーだが、大人を振り切ると、小さな公園で立ち止まった。
「大丈夫か、エース?」
「う、うん…」
「今、トラッポラに連絡する。ちょっと大人しくしていてくれ」
「分かった…」
俺を下ろしたヤンキーはポケットに手を突っ込むと携帯電話を取り出し、どこかに連絡した。しばらくやりとりしていたヤンキーだったが、
「エース。トラッポラと連絡がついた。すぐに来てくれるそうだ」
「本当?本当に兄ちゃん、来てくれる?」
「あぁ」
携帯電話を切ると、俺にそう言ってくれた。俺の言葉に頷くヤンキーに俺は顔の表情を明るくする。
だが、
「うわぁっ?!」
「エース?!」
「っは…!やっと見つけた!!」
さっきまで俺達を追いかけ回していた大人が現れ、無理やり俺を捕まえた。それにヤンキーは警戒体制になり、俺を捕まえた大人を睨む。
「テメェ…っ!エースに触んな!!殺すぞ?!」
「ころっ…?!私はこの子の親だぞ?!」
「じゃあ、名乗れよ。確かめるからよぉ」
大人が名乗ると、ヤンキーはまた携帯電話を取り出して相手に尋ねた。すると、ヤンキーは激怒する。
「ふざけんな、てめぇっ!欠片もそいつの親の名前と合ってねぇじゃねぇかっ!!」
「がっ…!」
大人を殴り飛ばすと、ヤンキーは俺を無理やり奪い、安全な場所に避難させてくれた。俺の安全を確保したヤンキーは、そのまま大人に覆い被さり、何度も殴りかかる。
「エースに汚い手で触んな、ドベ野郎!二度と近付くな!!」
ヤンキーが大人をボコボコにしていると、誰かが近づいてきた。
「エース!無事か?!」
「に…にいちゃ〜ん!」
現れたのは兄ちゃんと警察の人だった。兄ちゃんは俺を抱き締め、俺も兄ちゃんに抱きつく。警察の人は尚も大人を殴ろうとするヤンキーを止めると、ボコボコにされた大人に手錠をかけ、どこかに行った。後で知った事だが、この大人は指名手配されていた誘拐犯で、俺も誘拐するつもりだったそうだ。
「そいつがお前の探していた、エースってガキでいいんだよな、トラッポラ?」
「エースを見つけてくれて、ありがとうな、スペード!お陰で助かった!!」
「別に…たまたまだ…」
俺を抱きしめ、頭を撫でる兄貴にヤンキーが尋ねてくる。兄ちゃんが礼を言うと、ヤンキーはそっぽを向いてもごもごと呟く。が、すぐに俺に近付くと屈み、また視線を合わせてきた。
「もう、知らない大人について行くな、エース。今度からは、もっと警戒しろ」
俺の頭に手を伸ばし、頭を撫でるとヤンキーはそう言う。そのピーコックグリーンの瞳は心底俺を心配していて…
「うん!ヤンキーの兄ちゃん、ありがとう!!」
俺は確かにこの時、この暴力的で、でも優しいヤンキーに一目惚れした。





[chapter:俺の愛しの悪役ヒーロー]





「お邪魔しま〜す」
勝手知ってるなんとやらで扉の鍵を開けた俺は、そのままアパートの一室に入った。キッチンに着くと冷蔵庫を開け、持ってきた鞄から料理の入ったタッパを取り出し、冷蔵庫に突っ込んでいく。このタッパは高校から帰った俺がここにくる前に家でお袋に持たされた料理の数々だ。
「あれ?エース、いたのか?」
俺が料理を冷蔵庫に突っ込んでいると、この部屋の主がやってきた。いつもなら、この時間は仕事でいないのに、珍しいこともあるもんだ。
「あれ、デュース?珍しいじゃん、こんな時間にいるなんて?」
「昨日、遅番だったんだ」
「へぇ、そう」
何でもない事のように返しているが、実は俺の内心はドキドキ。今日もいないだろうと思っていたのに、実は一途に思っている相手がいて、テンションが爆上がりになった。
「いつもいつも悪いな。あ、そうだ。これ、丁度いいから、お前の親御さんに渡しておいてくれ」
そう言ってデュースが差し出してきたのは、お金が入った封筒だった。それを受け取った俺は鞄にしまう。
「相変わらず、律儀だねぇ。黙って受け取っていればいいのに」
「家族でもないのに、毎日のようにおかずを作って貰っているからな。お陰で僕は助かってる。材料費くらいは返したいんだ」
「あっそ」
昔とは違い、見た目も言葉も優等生になったデュースに俺は息を吐いた。昔は脱色していた髪は青みがかった黒になり、一人称も「俺」から「僕」に。だけど、デュースの本質である優しさは全く変わってなくて、俺はそんなデュースに心底安心した。
デュースは兄貴の友達で、昔、俺を誘拐犯から救ってくれたヒーローだ。当時荒れていたデュースだったが、なんだかんだ根はいいヤンキーだったらしく、兄貴とも交流があったんだとか。そんな折、兄貴から「保育園に行ったら、知らない大人が弟を連れて行ったらしい」と連絡を受け、俺を探してくれた。兄貴から特徴を聞いていたデュースは見事に俺を探し出し、誘拐犯から俺を助けてくれた。誘拐犯はボコボコにしながらも、俺にはあくまでも優しく接してくれたデュースに俺は一目惚れしてしまい、以来、なんやかんやと兄貴に強請りに強請り、デュースと交流している。
「なぁ、デュース。今年のクリスマスはどうするの?うち、来る?」
高校生辺りから改心し、優等生に変わったデュースはしばらく親に迷惑をかけた償いのように片親のお母さんに尽くしていたが、大学生になって一人暮らししたのを気に俺の家の近くに引っ越して以来、何かとうちに来てくれていた。前は学生だったから、ちょこちょこ来てくれていたが、ここ最近は就職して仕事が忙しいのか、めっきり来ない。そんなデュースを俺の家族は心配し、ちょこちょこデュースに料理の差し入れをしている。で、さっきのお金はそれに対しての材料費。お袋はいらないって言うんだけど、デュースは「せめて材料費だけでも…」と払ってくる。
「今年は無理だな。クリスマスは特別警護で忙しい。年末年始も行けない」
「あっそ…」
微かな期待を込めて聞いた質問は問答無用で切り捨てられた。警察の仕事に就いたデュースは一年目だからか、イベントの時期になると仕事が忙しくなり、ただでさえ会えない確率が跳ね上がってしまった。会えても、今日みたいに俺がデュースの部屋を訪れた時くらいで、だから俺は面倒だろうデュースへの料理の配達をしている。せめて、クリスマス位は…と思っていたが、俺の考えは甘かったようだ。
「ちぇっ…つまんねーの」
「警察官だからな、僕は。これが僕の仕事だ」
拗ねながら呟いた声はデュースにも聞こえたらしく、デュースは苦笑しながらもどこか誇らしげに言ってきた。それに俺は黙り込む。
改心したデュースが警察官を目指して頑張っていたのは知っている。だから、警察学校を経て、ようやく念願の警察官の仕事に就けた事を誇りに思いながら頑張っているのも知っている。でも、それでも、俺はデュースが仕事ばかりで俺に構ってくれないのが、寂しかった。なまじ、警察学校に入る前は忙しいながらも時々構ってくれていたからか、長く会えないのは寂しかった。
「そういえば、エース。お前のお母さんに何かあったのか?」
「え?」
「いや、この間食べた卵焼きの味がちょっと違っていて…味付けとか変えたのかな?」
「何?不味かったの?」
「いや、別に不味かった訳じゃない。普通に美味しかった。ただ、味が違うのが気になって」
それを聞いた俺は寂しさから一転、嬉しくて嬉しくて口が緩むのが止まらなかった。にやにやにやける口元がバレないように手で押さえながら、答える。
「あー、あの卵焼きね。俺が作ったんだよ」
「え?そうなのか?」
「そ。お袋に教えてもらいながら作ったんだけど…ちょっと味が違ったんだ?」
「ちょっと違うだけで、美味かったよ。凄いじゃないか、エース。あんなに美味い卵焼きが作れるなんて」
「へへ…まぁね」
手放しで褒めてくれるデュースが嬉しくて、俺は内心、凄く誇らしく思いながら言った。デュースは卵料理が好きで、特に卵焼きが好きなんだとか。だから、この間持っていった料理に密かにお袋から習っていた卵焼きを混ぜたんだけど。そっか〜、美味かったんだ〜。
隠した口元がゆるゆるに緩むのが止められない。そんな俺にデュースは言った。
「料理ができるなんて凄いじゃないか、エース。結婚したら、奥さんに重宝されるな」
「……」
その一言に俺の緩みに緩んでいた口元は一転して険しくなった。黙り込んだ俺をデュースが覗き込むように見詰める。
「どうしたんだ、エース?急に黙り込んで?」
「…べっつに〜?相変わらず、デュースは鈍感だなぁ〜って思っただけ」
「?」
そう言うと、俺はデュースの部屋を出て行った。家に帰る道すがら、デュースの言った言葉が頭をぐるぐる回る。
『結婚したら、奥さんに重宝されるな』
「はぁ〜?俺はお前の奥さんになりたいんですけどぉ〜?」
思いっきりため息をつくと、吐いた息は白くなって消えた。それがなんだか、俺の気持ちも消えていくのを示唆されたようで…
「いい加減に気付けよ、馬鹿デュース。俺がこんなに尽くしてやってんのは、お前だけだって事に!」
道にあった小石を蹴飛ばしながら、俺は呟いた。呟きは寒い空気に溶け、消えていった。
「ただいま〜」
「お。おかえり、エース。なんだ?えらく、不機嫌だな?」
家に帰ると、兄貴が出迎えてくれた。いつもはこの時間は仕事で居ないはずなのに。今日は色々とおかしい日だ。
「どしたの、兄貴?仕事は?」
「ちょっとな。それより、どうした?愛しのスペードの所に愛妻(笑)料理を配達してきたんじゃないのか?」
「うっせ!笑うな、兄貴!!」
からかってくる兄貴に怒鳴ると俺はつけていたマフラーを外し、コートを脱いだ。そんな俺に兄貴がにやにやしながら近付いてくる。
「なんだぁ?エース君はご機嫌斜めでちゅね〜。スペードに振られでもしたか〜?」
「うっせ、馬鹿兄貴!なんで知ってんだよ?!」
「え?」
苛立ちながらそう言うと、兄貴は驚いたように目を見開いた。そんな兄貴に俺は怪訝な視線を送る。
「なんだよ、兄貴。その反応は?」
「いや…え?マジか、スペード…じゃあ、なんで…」
「誘ったけど、仕事だって断られた。年末年始も忙しいって」
「えぇ…?マジでか、スペード…俺はてっきり…」
俺の言葉に兄貴はぶつぶつ呟く。だが、すぐににまにまと揶揄う顔になり、俺に向き合った。
「んじゃあ、今年のクリスマスはどうするんだ、エース?」
「いつも通りだけど?いつも通り、家族でクリスマス」
「ふーん…」
兄貴はそれだけ言うとどっか言った。様子がおかしい兄貴を俺は訝しく思いながらも、まぁ、兄貴だし、と放っておいた。
兄貴は俺がデュースを好きなことを知っている。昔、散々「ヤンキー(デュース)に会いたい!」って強請りに強請った時に、「エースはスペードが好きだなぁ。兄ちゃんとどっちが好き?」と聞かれ、「ヤンキー!」と元気よく答えてバレた。以来、俺は揶揄われながらも兄貴にデュースの事を相談している。
ちなみに卵焼きを作れるように提案してきたのは兄貴だ。「好物で胃袋を掴め」との事。その一言で、俺は立派なデュースの奥さんになるべく、料理を始めたのだ。俺って、健気〜。
「可哀想なエース君に兄ちゃんが素晴らしいアイテムを授けよう」
「兄貴、俺の部屋に入るならノックくらいしろよ!」
部屋でゲームしてると、兄貴が何か持ってやってきた。突然現れた兄貴に怒鳴ると、兄貴はわざとらしく泣き真似をする。
「エースが冷たい…スペードを知る前は何でも『兄ちゃん兄ちゃん』で可愛かったのに…」
「うっぜぇよ、兄貴。何の用だよ?!」
「大好きなスペードに振られたエースを慰めようと、兄ちゃんが素晴らしいアイテムを持ってきたのに、この荒れよう…兄ちゃんは悲しい」
「うっざ!兄貴、うっざ!!」
そんなことを言い合いながらも、俺は兄貴から差し出されたのを受け取った。一枚のクリスマスカードとそれを入れる封筒。毎年、サンタに送るクリスマスカードだ。
「サンタへのクリスマスカードじゃん。流石に今年からはいらねぇだろ?」
「去年までは『サンタなんて、いないじゃん』と言いながらも書いていたエースが、サンタさんへのクリスマスカードを拒否?!兄ちゃん、お前の寂しい成長に涙が出そうだよ、エース」
「うぜぇよ、兄貴。泣き真似すんな」
拒否すると、またうざい絡みをする兄貴。そんな兄貴を罵倒するもクリスマスカードを受け取った俺はため息をついた。なんだかんだ、今年も書いてしまうんだよなぁ、と思いながら。
「毎年書くけど、全然欲しいのをくれないんだよなぁ、サンタさん」
「まぁまぁ。書くだけ書けって。今年は欲しいのが貰えるかもよ?」
「絶対にない。今年もない」
そう言いながらもサンタさんへのクリスマスカードに欲しいものを書く俺は正真正銘の馬鹿だ。今年もどうせクリスマスカードに書いたプレゼントではなく、ノートとペンとかの検討違いのしょぼいプレゼントだ。毎年のプレゼントは親がサンタの代わりに置いていってくれてると分かっていても、それでも俺は一番欲しいものを書いてしまう。そう分かっていても、俺はペンを取り、クリスマスカードを書いた。
「ほら、兄貴。書いた」
クリスマスカードに手紙と欲しいものを書いた俺は封筒に入れて糊で封をし、兄貴に渡した。俺からクリスマスカードを受け取った兄貴はそれを受け取ると、満足そうに笑う。
「サンキュー、エース。今年のクリスマスはサンタに直接礼を言うために、サンタが来るまで起きてろよ?」
「は?何を言ってんの、兄貴?」
何で、プレゼントをくれているであろう親の為に夜更かし?プレゼントの礼は翌日でいいだろ?
そう思いながら、兄貴に聞き返すと兄貴は笑いながら答えた。
「だから、今年は寝たふりしてサンタさんを待てって。サンタさんを起きて待つ良い子なエースなら、今年こそは欲しいものが貰えるかもよ?」
今年のクリスマスは起きてサンタを待て、と言うと、兄貴はクリスマスカードを持って部屋を出て行った。そんな兄貴の後ろ姿を俺は呆然としながら見送る。
「…普通は寝て待てって言わないか、兄貴?」
俺のツッコミは誰に届く事なく、消えていった。
クリスマス当日。奇跡的にデュースの出勤がなくなる…なんて事はなく、今年は普通に家族と過ごした。ダチと過ごすのも考えたが、誘われた時はデュースと過ごす、と決めていて断ったので、なんとなく俺から言い出す事は出来ず、普通に家族と過ごした。
ま〜ぁ〜?デュースも昔「家族と一緒の時間を大切にしろ」って言ったし〜?来年はもしかしたら、デュースと過ごすかもしれないし〜?今年までは家族とのクリスマスを過ごしてやってもいいかな〜?って。
…まぁ、どうせ来年になっても、俺とデュースの関係は変わらないだろうけど。だって、デュースにとって俺はただのダチの弟なだけだし、きっとデュースは俺の事をそんな風に思ってないだろうし。
…きっと来年のクリスマスを迎えても、臆病な俺は告白はできない。なんだかんだ言って、俺は今のデュースとの関係で妥協しているから。たまに話すダチの弟ってポジションがなくなったら…俺はデュースとどう関わればいいんだろう?
「はぁ…あー、やめやめ!悩むの、やめ!!俺らしくねぇなぁ…」
ため息をつきながらも、俺は自室に飾った小さなツリーの脇にミルクとクッキーを用意しておいた。これは毎年の習慣でいつも用意しているが、いつも翌日に起きると中身がなくなっている。毎年俺の枕元にプレゼントが置かれているが、多分プレゼントを置く時に親が飲み食いしているのだろう。
「俺、もう高校生なのに、よくやるよなぁ…」
その事実に笑いながらも、俺は兄貴に言われた通りに布団に入り、寝たふりしてサンタを待った。
「ん…?」
深夜遅く。うつらうつらしながらも起きて待っていると、ドアが開く音がした。待ち望んだ気配に俺は一気に起き上がる。
「サンタさん、遅いよ。俺、待ちくたびれた…」
その言葉は最後まで続かなかった。だって、そこにいたのは、デュースだったから。掛け布団を捲り、音がした方を見たら、分かりやすくプレゼントだと分かる箱を持ったデュースがいたから。
「…え?」
「え、エース?なんで、起きているんだ?」
「いや…え?それより、何でデュースがいるの?」
俺に見つかったデュースは固まり、デュースを見た俺も固まった。状況がわからず、俺はただ困惑することしかできない。しばらく、俺達は固まりながらもお互いを見つめる事しかできなかった。そこに乱入者が入ってくる。
「はーい!片想い中のエースとスペード、そこまでなー?兄ちゃんが通りますよっと!!」
「兄貴?!」
「トラッポラ、お前…!」
固まる俺たちの前に現れたのは兄貴だった。俺たちの間に立つと「はー、面倒くさ」と言いながら仁王立ちする。そんな兄貴に俺とデュースは困惑しながらも声をかけた。すると兄貴は面倒臭そうに頭をかきながらも俺を見る。
「エース、サンタの正体を知った今の心境は?」
「へ?」
「お前がスペードと知り合ってからのお前へのサンタからの贈り物は、全部スペードからだったんだよ。その感想は?」
「えっ?!あのしゅぼいプレゼント、デュースからだったの?!」
毎年のように贈られるノートとペン等のしょぼいプレゼントを思い出し、俺は頭を抱えた。そんな!あんなしょぼいプレゼントがデュースからのだったなんて!!あんまりにもしょぼい消耗品だから、特に何とも思わず、普通に使ってしまった!デュースからのだって分かっていたら、もっと大切に使っていたのに!!
「しょぼくて悪かったな。去年までは学生でお金がなかったから、エースが普段、確実に使うであろう日用品のプレゼントしか贈れなかったんだ」
俺の言葉をそのまま受け取ったらしいデュースは、ため息混じりにそう呟いた。そんなデュースに俺は叫ぶ。
「あんまりしょぼいから、普通に使っていた!デュースからだって知っていたら、俺、もっと丁寧に使ったのに!!」
「なんでだ、エース?」
「おまっ…マジか、スペード?マジで分からないのか?」
不思議そうに尋ねてくるデュースにそう呟いたのは俺ではなく、兄貴だった。信じられないものを見るように目を見開き、呆然と呟く。
「ま、まぁ、スペードは鈍感だからな。鈍感だから、仕方ないんだ。だから、ここまで拗れたんだろ、俺。しっかりしろ、俺。俺がしっかりしなかったら、この二人は終わりだぞ」
そうぶつぶつ呟くと兄貴は持っていたものを取り出した。広げたそれをデュースに見せるように突き出す。
「スペード。お前には、この真実を届けに来た」
「なんだ、それ?」
「あ、兄貴…!それは…!!」
兄貴が取り出したそれにデュースは首を傾げ、俺はギョッとした。なんで、今、ここにそれがあるんだよ、兄貴?!
「これはエースが毎年サンタ宛に書くクリスマスカードだ。エースは、毎年これに自分が一番欲しいものを書いている」
「わ、わーっ!」
兄貴がデュースに見せるようにサンタ宛のクリスマスカードを開くので、それを阻止するべく、俺は兄貴に襲いかかった。なんとかカードを奪おうとするが、兄貴は俺より微妙に高い身長差を生かし、それを阻む。
「エースがスペードと出会った一年目のクリスマスの時の願い!『ヤンキー(デュース)に会いたい』!!」
「は?」
「言うな、兄貴!言わないでくれ!!」
突然、とんでもない事を言い出す兄貴。それにデュースは首を傾げ、俺は悲鳴をあげる。なんとか兄貴を黙らせようとするが、兄貴は俺を器用に躱し、どんどん言っていった。
「小学生の願いは『デュースと遊びたい』!中一の願いは『デュースと付き合いたい』!!」
「え?」
「やめて、兄貴!言わないで!!」
なんで兄貴が知ってんの?!と叫ぶ間もなく、兄貴はどんどん俺の黒歴史を暴露していく。やめて、兄貴!俺の黒歴史をデュースにバラすのは!!
ていうか、このままだと…!
「中二は『デュースとキスしたい』で、中三は…」
「やめろ、兄貴!やめないと、殺す!!」
そう言って兄貴にまた襲いかかる俺だが、兄貴はそれを躱し、言ってしまった。
「『デュースとセックスしたい』!」
「ぎゃー!一番、言っちゃいけない事をー!!」
一番デュースにバレたくない願いをバラされた俺は絶叫して、羞恥のあまり身悶えた。
恥ずかしい…恥ずかしい…!何願ってんの、去年の俺!!いくら、思春期真っ盛りでそういう事で頭がいっぱいだったからって…!いや、今もしたいけど!!でも、なんでそれが兄貴にバレてんの?!
「それを踏まえて、これを見ろ、スペード!」
「これは…」
恥ずかしさのあまり身悶える俺を無視し、兄貴はデュースにクリスマスカードを見せた。そこには、
『デュースとデートしたい』
と書いてあった。
「いや、なんで願いが後退してんだよ!って思わず叫んだよ、俺は」
兄貴はそう言いながらもデュースにクリスマスカードを渡した。クリスマスカードを受け取ったデュースは信じられないものを見るかのような表情をしながら、まじまじとクリスマスカードを見る。
そして、俺はと言うと…デュースに暴露された黒歴史な願いにダメージを受けに受け、撃沈していた。
兄貴…!何故バラした…!!絶対、後で殺してやる…!
そう殺意を抱きながら。
「これらを見聞きしても、まだお前は俺の弟の一途な思いを無視するか、スペード?」
トドメ、とばかりに言われたその言葉に、俺は完璧に撃沈した。もうやめて、兄貴…俺のライフはゼロだ…そう思いながら。
「…今、言ったのは…本当、なのか?トラッポラ」
「やめて、デュース!その質問は俺が死ぬ!!羞恥心で一杯になって死ぬ!」
「本当だ。なんなら、毎年の願いが書かれたクリスマスカードがここにある」
「やめろ、兄貴!人のプライバシーを勝手に暴露するんじゃねぇー!!」
戸惑いながら聞くデュースに更にクリスマスカードを見せる兄貴。その中には『デュースとセックスしたい』の願いが書かれたクリスマスカードも。せめて、その生々しくて思春期丸出しな願いが本当だとバレないように、叫びながらもその一枚だけは何とか兄貴から奪い取った。そんな俺を兄貴は可哀想なものを見詰める目で見る。
「見ろ、スペード。普段は口であーだこーだ言うエースが、あんなにも口でいう前に必死に隠そうと行動している。本当じゃなかったら、あんなにも必死にならないだろう?」
「た、確かに…」
「何、言ってんの?!兄貴、何を言ってんの?!こーんなにも素直で可愛い俺に向かって?!」
「事実だろうが、思春期なエース君?」
「やめて!その一言は今の俺には突き刺さる!!」
兄貴の一言に納得するデュースを見て、俺は誤魔化すように叫んだ。すると、兄貴が揶揄うようにそう言ってきたので、思わず絶叫する。羞恥のあまり俺は掛け布団を被り、逃げに徹した。いや、こんなんやっても現状が変わらないのは分かるけど、やらずにはいられなかったんだよ!
「…本当に書いてあるな」
ぽつり、と呟かれたデュースの一言は布団に逃げ込む俺にも聞こえた。恐る恐る布団から顔を出してデュースを見ると、デュースはため息をついていた。そんなデュースを見て、俺は涙が溢れそうになる。
デュース、絶対呆れた。そんで絶対、俺が嫌いになった。だって、あんな…デートまでならまだしも、セックスしたい、なんて欲望丸出しな願いはない。あんな願い、俺をただのダチの弟にしか思っていないデュースには迷惑なはずだ。
そう考えた俺は、静かに涙を溢した。そんな俺を見て、デュースはギョッとしたように俺を見る。
「え、エース?!どうした?!どっか痛いのか?!」
「ぅ…ちが…」
「なら、具合でも悪くなったのか?!こんな夜中まで起きているから!」
「マジか、スペード…ここに来て、まだそんな的外れな事を言うのか、お前…」
心配そうに俺に駆け寄るデュースに首を横に振るが、デュースはそんな俺に構わず、慌てて額に手を当てたりする。そんなデュースを見て、兄貴は心底呆れながら頭を抱えて呟いた。俺をただただ心配するデュースを見て、兄貴は頭を抱えながらも俺が用意していたミルクとクッキーを持っていく。
「二人っきりにしてやるから、よく話し合え、二人とも。俺はスペード用のミルクをあっためてくる」
「トラッポラ?」
「お前らの気持ちを知ってる俺から見たら、お前ら両思いなんだよ!お互い、知らないだけで!!いい加減、くっつけ!」
デュースが引き止めるように名前を呼ぶが、兄貴はそう叫ぶと部屋を出て行った。乱暴に閉じられた扉を見ながら、俺は首を傾げる。
ん…?両思い…?俺の片想いの間違いじゃないの、兄貴?
「大丈夫か、エース?泣いたせいで、頭とか痛くないか?」
「デュース…兄貴が、俺達を両思いって…」
優しく涙を拭いながら尋ねてくるデュースに聞くと、デュースは一瞬視線を逸らした。だが、すぐに俺を安心させるためか優しく笑う。
「お前は気にしなくていいんだ、エース。トラッポラの妄言だ」
「妄言?」
「僕もさっきのエースの願いは忘れるから、エースも忘れるんだ」
その一言に俺は自分の顔を優しく撫でるデュースの手を力一杯払った。そんな俺を見て、デュースが息を呑む音が聞こえる。だが、俺は叫んだ。
「…ざけんな、デュース!ふざけんな!!」
「エース?」
「兄貴のは妄言でも…俺の気持ちは無かった事にするな!あれは…あれは…!!」
怒りで目の前が真っ赤になる。怒りがあまりに強いせいか、頭まで痛い。だが、俺は叫んだ。
「あれは俺の本心だ!デュースが好き過ぎて馬鹿なことにしか聞こえなかっただろうけど、あれは間違いなく俺の本心だ!!」
そう言うとデュースは息を飲み、俺を見つめた。ピーコックグリーンの瞳が戸惑いに揺れる。だが、俺は止まる事なく叫び続けた。
「好きだ、デュース!お前が俺を助けてくれた時から!!お前が好きだ!」
「エース…」
「俺の気持ちを否定すんな!ずっとずっとデュースを思い続けていたこの気持ちを否定すんな!!お前が俺の事をそう見れなくても、俺のこの気持ちを否定するのはやめろ!」
「……」
ついには黙ってしまったデュースだが、俺はそれでも止まれなかった。怒りに身を任せ、俺は全部吐き出す。
「分かってんだよ!デュースは俺をそんな風に見てないって!!でも、ダメだった!俺はずっとずっとデュースが好きで、この気持ちだけは嘘つけなかった!!」
「……」
「お前が俺を嫌いでも、俺はお前が好きだ、デュース!」
そう叫んだ途端、目から涙が溢れに溢れ、溢れていった。慌てて抑えようとするが、涙は俺の意に反して零れ落ちていく。デュースはそんな俺に手を伸ばしてくる。
「…エース」
静かに名前を呼ぶと、デュースは俺を抱きしめてきた。優しくも力強く抱きしめられ、俺は混乱する。
やめてくれ、デュース…!今、優しくしないでくれ…!!どうせ、俺の事なんかどうとも思っていないくせに…!
「やめてくれよ、デュース…!どうせ、俺のことなんか…せいぜい弟みたいなものとしか思ってないくせに…!!」
デュースの腕の中で暴れながらそう言うが、デュースは俺を離してくれない。むしろ、しっかりと抱きしめて離そうとしない。こんな時まで優しいデュースに、俺は更に涙を溢す。
「…好きだ、エース」
「え…?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。耳元で囁かれた低い声は俺の脳に正常に届かなかったようだ。そんな俺を見て、デュースは口を開く。
「お前が好きだ、と言ったんだ、エース」
「…嘘だ」
デュースがもう一度同じ事を言う。今度は届いた告白に俺は驚きながら呟いた。それを聞いたデュースは笑いながらも体を離す。しかし、すぐにその距離は近付いた。と言っても、体の距離ではなく、顔の距離が。
「…確か、中二のお前の願いが『デュースとキスがしたい』だったな、エース?」
一瞬だけ触れるキス。その事実に俺は赤くなりながら俯いた。
「これでも、信じられないか?」
「だって…」
「まぁ…隠していたもんな。特にお前には」
トラッポラにはたまに言っていたけど、と呟きながらデュースは苦笑する。
「僕はお前より年上だから、お前のこれからを歪めたくなくて、お前にはずっと隠してきていた。この気持ちは墓まで持って行くつもりだった。お前の将来を潰したくなかったんだ」
静かに語られる言葉を俺は黙って聞いていた。そんな俺にデュースは苦笑しながら淡々と話す。
「それに怖かった。もし僕の気持ちをお前が受け入れてくれて付き合ったとしても、それでもお前はまだ子供だから、大人になった時にこの気持ちは間違いだったと僕を捨てたらどうしようかと考えると怖かった。僕への気持ちは子供の一時の気の間違いだと言われたらと思うと…怖くて怖くて仕方なかった」
「は?んな事、いわねぇし!」
「それは今、エースが子供だからだろう?子供だから言える気持ちなんだ。社会を知って尚…そう言えるとは限らないだろう?」
あんまりにもムッとしたので、俺はそう言いながらデュースの頬をつねった。だけど、デュースは悲しそうに笑いながら俺を見るばかりだ。俺をちゃんと見ないデュースに腹が立ってきて、俺は叫ぶ。
「ふざけんな!ガキだって言うんなら、デュースが俺を助けた時の俺こそ、クソガキじゃねぇか!!」
「エース?」
「あの時から、俺の気持ちは変わらない!デュースが誘拐犯をボコった時から、ずっとデュースを思ってきた俺の一途さを舐めんな!!」
俺の言葉に一瞬目を見開いたデュースだったけど、すぐに目を細め、嬉しそうに笑った。そのまま俺の顔に手を伸ばし、両手で俺の顔を包む。
「エースが僕を好きだったのは、出会ったあの日からだったのか…」
「……」
「そんなに昔から僕が好きだったんだな、お前…」
そう言うデュースが凄く嬉しそうで幸せそうだから…俺はなんだか恥ずかしくなって顔が熱くなってしまった。きっと、今の俺の顔は真っ赤なんだろう。恥ずかしくて恥ずかしくて、視線を背ける。
「…エース」
「何?」
「本当にいいのか?今なら、逃げられるぞ?」
「何が?」
「僕の気持ちからだ」
「……」
「今なら、嘘だと言える。今なら、逃げられる。今なら、今、言ったことを…なかった事にできるぞ?」
その一言に俺は吹き出した。ここまで来て、俺に逃げ道を作るなんて、本当に優しいんだな…
いや、違うか。デュースはまだ怖いんだ。俺がデュースを受け入れた後で逃げ出さないか、それが怖いんだ。意外と臆病なデュースを俺は愛しく思う。
「ったく…仕方ねぇな…」
やれやれと呟きながら、デュースの顔に手を伸ばす。臆病なデュースを捕まえると、俺は顔を近づけた。
「上等だっての。俺の初恋、どんだけ本気か…教えてやんよ」
そう言いながら、俺は自分のサンタにキスをした。
「デュース!わりぃ、遅れた!!」
「僕も今来た所だから、安心しろ」
クリスマスから何日か後。デュースと約束した待ち合わせ場所に来た俺は先に来ていたデュースに叫ぶように呼んだ。先に待ち合わせに来ていたデュースはにこやかに笑いながらそう言ってくれる。初っ端からイケメンすぎる彼氏様に俺は内心身悶えた。
いや、どうしたのよ、デュース!そんなキラキラオーラ纏って爽やかにいいやがって!!私服もカッコいいし!てか、顔がいいんだけど?!俺の馬鹿!なんで、こんなイケメンな彼氏を待たせてしまった?!
「じゃあ、行こうか、エース」
「え?どこに?」
「デート。エースはここに行きたいんだろ?」
そう言って見せてくれたデュースのスマホには確かに俺がデュースと行きたいと思っていた場所の写真が映っていた。なんで、知ってんの?あ、兄貴からか?
「ほら、エース」
「へ?」
「デートだから、手を繋ごう」
「えっ?!」
当然のように手を差し出され、繋いでくるデュース。それに俺は心臓がうるさくなる。手汗とか大丈夫かな?俺。デュースに迷惑かけてない?
「今日のエース、なんだかいつもより可愛いな。僕とのデートに気合いを入れてくれたのか?」
「え?そう?」
「あぁ。凄く可愛いぞ」
手を繋いで歩き出すと、デュースがそう褒めてくる。それに俺は内心、また身悶えた。
いや、確かにデュースとのデートだから、めちゃくちゃ気合い入れて準備してしまったが!それで、気合い入れ過ぎて、遅刻したんだけどな!!
なんなの、デュース?!お前、本当にどうした?!甘さが半端じゃないんだが?!イケメンなデュースを過剰供給されて、俺の身が持たないんだが?!俺、死ぬの?!イケメンな彼氏様に殺されるの?!てか、マジで俺を殺しにくるな、デュース!
なんか、頭の中がすげー混乱する。今までずっと片想いだったから、両思いになって過剰供給されて、心臓が持たない。てか、デュースがめっちゃイケメン彼氏で辛いんですけど?!
「まずはこの店から行こうか」
「うん…そうだな…」
耳元で囁かれるように言われ、俺は顔を熱くしながらも何とか頷いた。
クリスマスの日、両思いになった俺にデュースは仕事が暇になったら、デートをしようと約束してくれた。クリスマスや年末年始を俺と過ごせない代わりにって。あと、デュースとしては好きな子の願いは叶えてやりたいらしい。
「可愛い恋人の可愛い願いを叶えてやらないなんて、男が廃るだろ?」
その一言に俺が赤面してしまったのは、言うまでもない。なんだかんだあったが、俺はやっとサンタから欲しい物をプレゼントしてもらったのだ。
ちなみにデュースからの今年のプレゼントはバッシュだった。しかも、俺が欲しがっていた奴。兄貴に聞いて、買ったんだって。だから、兄貴は俺がデュースに振られたと聞いて驚いたそうだ。クリスマスプレゼントを聞いてきたから、もうそういう関係になったのかと思っていた、との事らしい。
今日のデートで、デュースは俺の彼氏として完璧な振る舞いを見せた。飯は奢るし、あーん、で一口分けてくれるし、映画見る時も手は繋いでくれるし、欲しかった物は買ってくれるし…あんまりにも完璧だから、「俺、デュースに負担かけてない?」と聞くと、「これくらいはさせてくれ。僕は、ずっとエースの気持ちを見て見ぬふりしていたからな」と言われてしまった。あと、「それに僕もずっと好きだったエースとデートできて、嬉しいんだ」とも。どんだけできているんだ、俺の彼氏様は。
「そろそろ帰ろうか、エース。家まで送るよ」
「ん…」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、とうとう帰る時間になってしまった。デュースと手を繋ぎながら俺の家に向かう。まだ、デュースといたいな…なんて女々しい事を考えながら、俺は握られた手を見た。
今日が終わったら…また明日から俺達はそれぞれの生活に戻る。俺は高校に通い、デュースは警察官の仕事をする。デュースは仕事でまた忙しくなって、俺に構える時間は少ないだろう。実際、年末年始は忙しくてスマホのやり取りも少なかった。でも、俺達はちゃんと両思いで付き合っているんだから、と自分に言い聞かせ、無理やり自分を納得させた。
だけど…
「……」
「エース?」
俺が立ち止まるとデュースも立ち止まった。黙って突っ立っている俺をデュースは心配そうに見詰める。
「…帰りたくない」
ぼそっと呟いた俺の声は思いの外、響いた。俺を見詰めるデュースの眼差しが痛い。慌てて顔を上げる。
「なんて!冗談だっ…」
わざとおどけて言おうとした言葉はデュースの抱擁で遮られた。至近距離のデュースに俺は息が詰まる。
「ごめんな、エース…僕は随分とお前に我慢させてしまっていた…」
「……」
「お前が口に出して言わないから、と僕はお前の好意に甘えに甘え、知らず知らずのうちにお前を苦しめてしまっていたんだな…」
そこまで言うと、デュースは俺を抱きしめていた腕の力を緩め、離れる。
「少し、待っていてくれ。お前に渡したいものがあるんだ」
そう言うと、デュースはどこかへと走って行ってしまった。だが、すぐに戻ってくる。その手には赤と黒とピンクの薔薇が1本ずつ入った小さな花束があった。
「知っているか、エース?薔薇の花の色と本数の意味」
「え?」
「赤は『あなたを愛しています』。黒は『永遠の愛』、ピンクは『愛の誓い』。そして、薔薇が3本の意味は『愛しています』と『告白』」
そう言いながら、デュースは薔薇の花束を渡してくる。俺はデュースの言葉を黙って聞きながら、薔薇の花束を見ることしかできなかった。
「エースが中三の時に願った願いは、エースが成人するまで待って欲しい」
その言葉に俺はぴくり、と体を震わせた。デュースはそんな俺に気付いてか気づいていないのか、そのまま言葉を繋げる。
「今日のデートで、僕は今までのエースの願いを大体叶えられたと思うが、中三の時の願いだけは…ちょっと待って欲しい。正直、僕は今日にでも叶えてやりたいが…これはエースに考える時間を与えたいんだ」
そう言うデュースは本当に真剣で、俺はやっぱデュースは優しいな、と思ってしまった。あんな思春期丸出しの願いを馬鹿にする事なく、真面目に受け取り、考えてくれるデュースは心底優しい。
「これからも、僕は仕事の忙しさからまともに構えなくて、エースに我慢を強いるだろう。8歳だけとはいえ、離れている歳の差から、エースを悩ます事もあるだろう。もしかしたら、大人になったエースは心変わりするかもしれない」
「最後はない。絶対にない」
「知っている。だけど、絶対はない。未来に確実なことなんてない。だから、僕はエースより8歳年上だから、エースに逃げ道を残しておきたいんだ」
それは、デュースの方なんじゃね?とは言えなかった。多分、デュースは自分の方が年上だから、と俺に遠慮している。たった8歳だけど、年上だから自分の方が我慢しなくては、と考えているんだ。俺はそういうのはなくていいと思うけど、でもデュースなりに俺の事を考えて、出した結論かもしれない。
「エースが成人したら、99本のバラを贈る。その時まで気持ちが変わらなかったら、受け取って欲しい。受け取ったら、エースを抱くから。抱いたら、二度と離さない」
「…上等じゃん」
デュースの言葉に笑いながら、俺は差し出された花束を受け取った。約束が俺の成人までなのは仕方ないが、でもデュースは確かな約束をしてくれた。あんな馬鹿な俺の願いに真摯に向き合い、ちゃんと約束してくれるデュースは、どこまでも優しい。
「クソガキの時からの片思いを考えたら、4、5年なんて、あっという間だっての。俺の募りに募らせたデュースへの想いを舐めんなよ!」
「エース…」
「だから…ちゃんと待てたら…俺の事、抱いてくれよ?俺…もうデュースの事を考えながらじゃないと、抜けないし…」
最後はモゴモゴしながら、言ってしまった。いや、だって恥ずかしいじゃん!デュースの事を考えながらじゃないと抜けないって!!どんな羞恥プレイだよ!
すると、デュースは花束ごと俺を抱きしめた。力強く抱きしめられ、俺の心臓がばくばく煩くなる。そんな俺の心情を知ってか知らずか、デュースは耳元で囁いてきた。
「あぁ。約束する。お前が成人した時も心変わりしていなかったら、お前を抱くから」
顔を上げられ、少し高いデュースの目線と合わせられる。デュースの綺麗なくらい整った顔が近づく。
「抱いたら、離さないからな、エース。お前が嫌がってもな。僕だってお前がずっと好きだったんだから」
そう言われてキスされた。俺のサンタは遅くなったけど、確かに俺の欲しいものを届けてくれた瞬間だった。
俺の願いを聞いてくれたサンタはヒーローで、どこまでも格好良くて優しく、でも立派なヴィランだった。





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