デュース・スペードはエース・トラッポラに劣情を抱いている





僕はエースに劣情を抱いている。
最初は純粋で綺麗な恋心だった。
出会った頃はムカつく奴だと思っていたが、様々な事柄を一緒に乗り越えていくうちに仲がいい奴には意外と懐が深いだとか、口は生意気で煽りが酷いが時折可愛い事を言ったりとか、たまに出てしまう僕の素の悪い部分を「出た、デュースの悪語録」と言って笑い飛ばしたりだとか、そういう所を知り、好きになっていった。
友達というか「マブ」という仲も心地良くて、それも僕のエースに対する恋心を加速させた。
いつか、時期を見てエースに告白しよう。そう思うくらいには淡く綺麗で、純粋な恋心だった。
それを歪ませたのは、他ならぬエースだった。
春にしてはやけに暑い日だった。エースは上級生に呼び出され、告白された。エースはそれを断り、またその先輩も「分かっていた」とあっさりエースを離したという。
「どうだった、告白?」
「悪いけど、気持ち悪かったわ。好きでもない野郎に告白されるのは」
監督生の問いにそう答えたエース。その一言に暑さで体は汗を流すくらいだったのに、僕の体は一気に冷えた。
気持ち悪い。その一言が僕の胸に重くのしかかった。
そうか…エースは男に告白されるのは気持ち悪いのか…なら、告白するのは駄目だな…
僕の淡く綺麗で純粋な恋心は確かにこの時、壊れてしまった。
それからの日々はまるで地獄のように辛く苦しかった。あれだけ心地良かった筈の「マブ」という関係も僕を苦しめた。こんなに傍にいるのに想いを隠さなくてはならず、それだけでも辛いのに一緒にいればいるほどエースへの想いは膨らみ、その膨らむ想いは僕を苦しめた。
一時は離れることも考えたが、僕以外がエースの隣にいるのが許せず、僕はエースの隣を独占し続けた。一緒にいればいるほどエースの良さを知り、想いは加速した。
一緒に過ごせば過ごすほど僕の中のエースへの想いは膨らみ、ついには淫らなエースを夢見るようになってしまった。夢の中では確かにエースと想いが通じて淫らな事をしているのに、現実では決して叶えられず、それも僕を苦しめた。
日々膨らむ想いと思春期特有の淫らな気持ちは僕の想いを歪め、劣情に変えていった。
そして、ついに僕は行動した。
「エース、母さんに友達ができたって伝えたいから、一緒に写真に写ってくれないか?」
「仕方ねぇなぁ。一緒に写ってやるよ」
そう言って撮ったエースとのツーショット写真。これが始まりだった。
最初は何かと理由をつけて写真を撮っていたが、段々理由を思いつけなくなり、ついには盗撮するようになった。だが、段々盗撮の写真だけでは満足できなくなり、盗聴器を買い、エースのベッドに仕込んだ。
盗撮と盗聴器で得たエースの写真と声は僕の最高のオカズになった。誰もいない時間にイヤホンとスマホをつけ、自慰をした。特に盗聴器は極たまにエースの自慰の音声が流れて最高だった。
でも、僕の行為はこれで収まらなかった。
ある日、本当にたまたまシャワー室にシャンプーを持っていくのを忘れてしまい、エースにシャンプーを借りた時だった。
「エース、悪いがちょっとシャンプーを貰ってもいいか?」
「しょうがねぇなぁ。使い過ぎんなよ?」
隣のシャワールームにいたエースに声をかけると、エースはシャワーを浴びた姿で僕の前に現れ、シャンプーを貸してくれた。当たり前だが、エースは裸だった。
裸のエースの体は扇状的だった。シャワーで温まり、熱った肌。いつもはぴょんぴょん跳ねている髪はシャワーのお湯でしっとりと艶やかになり、裸なのでエースの体を隠すものがないので、バスケで程よく引き締まった体が目に飛び込んできた。
何より裸だったので、普段は見れないエースの秘部が見れた。微かに見えた性器や意外ときゅっと引き締まった小さな尻は最高だった。
あまりに扇状的だったので、もちろんその日のおかずになった。その時から、僕は訝しげられない程度にエースに声をかけ、エースの裸を見ている。
「また、お前とかよ〜」
「仕方ないだろ?学校が決めた事なんだから」
二年生になり、僕らは二人部屋と移った。僕の相手はエースだった。内心、エースと二人きりの部屋にエースへの想いがばれてはならないという気持ちと、一年間はエースと部屋で二人きりという喜びでおかしくなりそうだった。
「エース、何で水の入ったコップなんてあるんだ?」
「あぁ、それ?なんか寝る前にコップ一杯の水を飲むといいって聞いて。飲んでから寝ると、体の調子がちょっといいから、寝る前に飲んでいるんだ」
一年の時は気付かなかった水が入ったコップが気になって尋ねたら、エースはそう言ってコップの水を飲んだ。
二人部屋になって知ったエースの習慣。それを聞いた僕は閃いてしまった。
これの中に睡眠効果のある魔法薬を入れれば、エースに気付かれる事なく、エースに触れるんじゃないか?
そう思った僕は早速魔法薬を手に入れた。そして、寝る前に飲むという水の中に数滴入れた。
「エース」
閉じられていたベッドのカーテンを開き、エースが寝たのを確認して僕はエースに声をかけた。エースは起きる事なく規則正しい寝息を立てている。
「エース、本当に寝ているのか?」
ベッドに乗るとベッドは二人分の重さを受け、ぎしっとなった。しかし、エースは規則正しい寝息を立てたまま熟睡している。最終確認、とばかりにエースの頬を撫でながら、エースに囁く。
「起きないから、襲うぞ?」
わざと聞こえるように囁くが、それでもエースは起きなかった。それに安堵した僕は眠るエースに覆い被さる。
「好きだ、エース」
想いを吐き出し、その唇に口付けた。初めてしたキスはあまりにも甘美で幸せだった。ただ唇を重ねただけなのに、こんなにも満たされるのかと驚いた。
「好きだ。好きだ、エース。好きなんだ」
あまりにも甘美で幸せに満たされる口付けに僕は夢中になった。二度、三度と角度を変え、何度も口付ける。口付けながら想いを吐き出すのも忘れない。
当然の事ながら、エースからの返事はない。だが、この時の僕はこれで満足だった。好きなエースと唇を重ね、隠していた想いを伝えられたから。寝ているエースに思いの丈と情欲をぶつけられたから。
「ごめんな、エース…お前は僕をマブだと思って信用しているだろうに…僕はこんな事をしてしまう位、お前が好きで…」
ようやく口を離した僕は最後にそう言って離れた。最後に名残惜しくなりながら、エースの唇に指で触れる。触れた指先はいやに熱を孕んでいた。
それから僕は毎晩のようにエースに薬を飲ませ、眠るエースに存分に触れて想いを吐き出した。最初は口付けで満足していたが、段々欲求はエスカレートし、唇以外にも触れるようになった。
顔を撫でていたのが体を撫で、体からエースの秘部を弄り、ついには性器を弄るようになった。時折、劣情が溢れ、エースの程よく白い肌に熱を放ってしまった。勿論、普段は隠している想いを吐き出すのも忘れない。
「ん…」
寝ていても感じるのか、僕が触れる度にエースは体を振るわせ、声を漏らした。その様が、まるで合意で淫らな事をしているみたいで、凄く興奮してしまった。
「ん…ぅ…」
「エース、気持ちいいか?」
息を漏らし、微かに声が漏れるエースに囁きながら、僕はエースに触れた。特に性器に触れると反応は顕著で、エースに触れる度、僕はそこを弄って欲を吐き出させた。
「はぁ…可愛い、エース…好きだ…」
「……」
けど、これは合意の上の行為ではなく、あくまでもエースを眠らせて僕が勝手にしている行為で、当然の事ながらどんなに思いの丈をぶつけても応えてもらえる事はなく…
「好きだ、エース…好きなんだ…」
拒否されないだけマシだ、と言い聞かせても、それでもどんどん増していく僕の貪欲な想いは消化される事は無かった。
そんなことが続いたある日の事。いつものようにエースを眠らせた僕はいつものようにエースに触れた。唇を重ねて顔を撫で、体に触れる。
「エース…」
「ん…?」
「!」
名前を呼んだら、反応があって驚いた。慌ててエースから離れると、エースは目を閉じている。そんなエースに僕は恐る恐る近付いた。
「…起きているのか、エース?」
「……」
答えはなかった。恐る恐るエースに触れると、エースは、
「ふ…ぅん…」
「……」
薄く目を開き、ぼんやりと僕を見た。どうやら、寝ぼけているようだ。そんなエースに僕は恐る恐る声をかけた。
「エース…」
「ん…?」
「触れていいか…?」
「ん…」
寝ぼけているせいか、曖昧な答え。だが、僕はこのエースの答えに有頂天になった。寝ている時みたいに息を漏らすのとは違い、微かだが反応のあるエースに嬉しくなってしまったのだ。
「エース…!」
「ん…」
唇を重ね、エースのそれを貪ると、エースは微かに笑った…気がした。それがまるで合意の上で喜んでいるように感じ、すごく嬉しかった。
「好きだ、エース…!好きだ、好きだ、好きだ…!!」
「ん…」
思いの丈をぶつけると、エースはまた微かに笑った…気がした。そんなエースが嬉しくて嬉しくて、僕は何度も口付けた。
受け入れてくれた、と錯覚するようなその反応に僕は嬉しくなり、次の日から薬の量をわざと少なくした。寝ぼけたエースはこの上なく可愛く、また微かな反応は健気にも僕の思いに応えてくれているようでいじらしかった。
「好きだ、エース…」
その日も寝ているエースに口付けながら、いつものように僕はエースに想いを伝えた。いつものように寝ぼけながら「ん…」と答える声を期待していたのに、
「…俺も」
微かだが、確かに聞こえた声に昂っていた気持ちが一気に冷めた。恐る恐るエースの顔を見ると、チェリーレッドの双眸が僕を貫くように見ていた。それに悲鳴が出そうになり、僕は慌てて口を塞いだ。
恐る恐るエースを見る。いつもの寝ぼけ眼とは違い、チェリーレッドの瞳は確かに僕の姿を捉えていた。それに気付いた僕は思わず声を上げてエースから離れた。
「え、えええ、エース…!お、起きて…?」
「…なるほど。こういう訳だったのか」
恐る恐る声をかけるとエースは頭をかきながら、ぽつり、と呟いた。起きている時でないとあり得ない明確な行動を見て、僕はエースが確かに起きている事を思い知らされた。一気に体温が下がり、顔から血の気が引くのを感じる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…!バレた、エースにバレた。今までずっと隠してこれたのに、ずっと起きなかったのに…!
嫌われる!いや、気持ち悪がられる?もう、お前なんかマブでもないと近付くのは愚か、思うことすら許されない?嫌だ、嫌だ、嫌だ!
突然の事に頭は混乱し、ただエースに嫌われたくない、思いを否定されたくないという気持ちが駆け巡り、頭の中はそれで一杯になった。
「なんか、おかしな夢を毎日のように見るな、と思っていたら…夢じゃなくて、現実だったのね」
「え、ええ、エース…!な、ななな、なんで、おおお、起きて…?!」
「おかしな夢を毎日のように見るから、変だな、と思って、寝る前の行動を少しずつ変えた。なるほど、寝る前の水が原因だったか…」
薬でも入れた?とあっけらかんとして聞いてくるエースに僕は罪悪感から頷いてしまった。が、すぐにハッと気付く。
なんで頷いたんだ、僕?!誤魔化せば良かったじゃないか!
「あー…なるほど。睡眠薬?辺りでもいれて、俺に好き勝手してたのね」
察しが良すぎる、エース。なんで分かったんだ?!と思わず叫ぶとエースは頭をかいた。
「お前、正直すぎるだろ。普通は誤魔化したり、しない?」
「あ…」
「まぁ、誤魔化してもお前が寝ている俺に好き勝手していた事実は消えないけどね」
はぁ、とため息をつきながらはっきりと言われたエースの言葉に僕はがくり、と項垂れた。
もう駄目だ…エースに嫌われた…あんなにエースは僕を信用してくれていたのに…僕はエースの信用を裏切ってしまったんだ…
「す、すまない、エース…本当にすまない…」
「謝るくらいなら、最初からするなよ」
「う…そうだな…すまなかった…」
謝る僕に情け容赦なくぴしゃり、と言うエース。それに項垂れながら、僕は謝ることしか出来ない。
終わった…エースに嫌われた…なんで、僕は行為を我慢することができなかったんだ…エースに嫌われるよりは良かっただろうが…
「それにしても、なんで寝ている所を襲う、なんて事したの?」
「え?」
「いつも真っ直ぐに突っ走るお前なら、普通に俺に告白とかしてきそうなのに、なんでこんなに拗れたの?」
そう聞いてきたエースは心底不思議そうだった。その顔に嘲りや非難はない。とりあえず、僕がなんでこんな行動をしたのか不思議で仕方ないようだ。そんなエースにどこかほっとした僕はエースに向かって胸の内を吐いた。
「…だって、エースが男からの告白は気持ち悪いって言うから」
「はぁ?俺、そんな事を言った事、あったっけ?」
「一年の時、上級生に告白された後で『気持ち悪い』って…」
「はぁ?!」
僕の言葉を聞いて、エースは声をあげる。そんなエースを僕は元気だなぁ、なんて現実逃避な事を考えながら見た。
「あれは『好きでもない野郎に』告白されたのが気持ち悪かったの!デュースは好きだったから、告白されたら、オッケー出したのに!!」
「え?」
「やべ…!」
慌ててエースは口を塞ぐが、僕はそれどころではなかった。突然の告白に僕は思考を停止させる。
好き、だった…?告白されたら、オッケー…って…え、えぇえぇ…っ?!
「ほ、本当か、エース?!」
「おま、そんなに分かりやすく一気に明るくなって聞いてくるなよな!恥ずい奴だな!!」
「それより、僕が好きだっていうのは本当なのか?!」
「聞くな、馬鹿!嬉しそうな顔で聞くな!!」
畳み掛けるように尋ねるとエースは顔を真っ赤にして叫ぶ。どうやら、照れているらしい。そんなエースの様子に本当に僕が好きだと分かった僕は、自分でも分かるくらい顔をだらしなくにやけさせた。
「ふーん?エースは僕が好きなんだ?」
「さっきまで絶望に満ちた顔だったのに、明らかに浮かれた顔をするな!くそっ、弱み握って俺が主導権を握ろうと思ったのに!!」
「エースになら、別に主導権を握られてもいいが?」
「うっせ!さっきまで余裕の欠片もなかったのに、そんなに余裕たっぷりに言ってくるな!!俺の寝込みを襲っていたくせに!」
その一言に僕は真顔になった。一気に罪悪感が襲ってくる。
「それは…本当に悪かった…すまない…」
一気に落ち込んだ僕を見て、ついさっきまで怒鳴っていたエースも真顔になった。ため息をつきながら頭をかく。
「…そんなに一気にしょぼくれんなよ。さっきまでのだらしない顔は、どうした?」
「う…すまない…」
「はぁ…まぁ、いいけど…」
ため息をつきながらもエースは僕の行動を許してくれた。そんなエースに申し訳なく思いながら、僕はエースを見つめる。
しばらく、僕らの間を沈黙が支配する。先に口を開いたのは、エースだった。
「…で?」
「え?」
「改めて聞くけど、なんで俺の寝込みを襲ったの?」
真っ直ぐに僕を見つめてくるエース。チェリーレッドの双眸が僕を貫く。それがなんだか気まづくて、僕はエースから視線を外して口を開いた。
「…エースが、男からの想いは気持ち悪いって言うから」
「じゃなくて」
「え?」
「その前に言う事、あるだろ?」
ん、と言いながら、エースは僕に促してくる。それに僕は戸惑った。
言ってもいいのだろうか?今まで、寝ているエースにばかり言っていた気持ちを、寝ているエースにばかりしかぶつけられなかった、この想いを。エースに言っていいのだろうか?
寝込みを襲っていた罪悪感を感じつつも、僕は言った。
「好きだ、エース。お前が好きで好きで狂いそうだったから、寝込みを襲った」
「はい、合格。よく言えました」
ようやく起きているエースに言えた告白は、エースの満足そうな笑顔に受け止められた。まるで犬のように頭を撫でるエースに、僕は恐る恐る尋ねる。
「いいのか、エース?僕はお前の寝込みを襲っていたんだぞ?」
「まぁ、それは…こうして、ちゃんと起きている俺に告白したし…」
その言葉に僕は思わず本音が漏れた。
「告白して良かったんだな…最初から、きちんとお前に告白すれば良かった…」
僕の言葉にエースはそうだな、と呟いた。頭を撫でるエースを抱きしめ、僕はエースの肩に顔を埋める。
やっと、僕の想いは起きているエースに正常に届いた。その事実に泣きそうになってしまった。
「…ところで、デュース」
「なんだ?」
「寝ている俺にしていたの、口付けと告白だけだった?」
「……」
「最近さ、俺、寝て起きるとやけにスッキリしていたんだよね。あんまりにもスッキリするから、抜く回数も減ったし…」
「……」
「寝ている俺にしたのは、キスと告白だけだった?」
にっこりと有無を言わさない笑顔でそう言われ、僕は逃げられない、と悟った。しぶしぶ、体や秘部にも触れ、性器を弄って熱を吐き出させたり、時折劣情が溢れてエースの体に熱を放った事も告白する。
「変態じゃん」
「う…すまない…」
全てを話すとエースは短く、そう感想を言った。その一言に僕は項垂れる。
た、確かにキスだけじゃなく、身体中弄って、時にはエースの体にぶっかけていた僕の行動は「変態」と罵られるのに値するが…
だからって、そこまでハッキリ言われると傷つくというか、何というか…
「そんな変態なデュースを受け入れてやれんの、俺だけだって」
「え?」
エースの言葉に顔を上げると、エースは笑っていた。僕に手を伸ばし、顔を近づける。
「お前の全部を受け入れてやれんのは俺だけだから、一生俺を大事にしろよ。んで、これからは起きている俺に全部ぶつけてくれ」
そう言うと、エースから僕に口付けてくれた。願いに願っていた、エースとの恋が確かに実った瞬間だった。






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