可愛くて可愛くなくて愛しい





「バッボーーーイ!」
失敗したデュースにクルーウェルが叫んだ。
この日の錬金術の授業は魔法薬の生成だった。一年生にしては難易度が高く、デュースは失敗して爆発させてしまった。慌ててデュースはペアを組んでいたエースに駆け寄る。
「エース、大丈夫か?!」
「にー」
「え?」
エースに駆け寄った筈のデュースだが、エースはおらず、代わりにテラコッタ色のもふもふがいた。三角の耳をピンと立て、デュースに返事するように鳴く。
「え、エース?お前、エースか?」
「に!」
「ま、マジか…」
デュースが恐る恐る毛玉に尋ねると毛玉は返事するように短く鳴いた。そして、デュースに近付くとデュースの足を踏み踏みする。
そんな毛玉を抱くと、毛玉はデュースの腕の中で上機嫌そうに鳴いた。
「…猫化したトラッポラだ。失敗した魔法薬のせいで子猫になったようだ」
デュースが毛玉…猫エースを連れてクルーウェルの元に行くと、クルーウェルはため息をつきながらそう言った。それにデュースは落ち込む。
「残念だが、これは放っておいても戻る物ではない。解除薬が必要だ。失敗の産物だから、解除薬を作るのに時間がかかる」
「そんな…」
「スペード。元に戻るまでの間、お前が面倒を見てやれ。お前のミスでこうなったのだから」
「分かりました。ごめんな、エース…僕のせいで…」
「にー!」
クルーウェルの言葉に頷いたデュースは腕の中の猫エースを撫でながら謝った。そんなデュースに猫エースはしっかり面倒を見ろよ、というように上機嫌に鳴いた。
「に。にー」
「はぁ…どうしようか…」
授業が終わったデュースは猫エースを部屋に連れて帰るなり、ため息をついた。ベッドに座ると猫エースをベッドに乗せる。
すると、猫エースはデュースに近づき、体を擦り寄らせた。デュースがそんな猫エースの喉の辺りを撫でると上機嫌に喉をゴロゴロと鳴らす。
普段ではなかなかお目にかかれない素直な猫エースにデュースは目を緩ませた。
「なんかお前、いつもと違って素直に甘えてくるな…」
「にー、にー」
「はは。くすぐったいぞ、エース」
自分を撫でるデュースの手に擦り寄り、舐めてくる猫エース。そんな猫エースにデュースは笑った。
普段は意地悪で素直じゃなく口の悪い彼は恋人同士になってからもこんな風に甘える事は滅多にない。確かにそんなエースが好きなデュースだが、猫だからか素直に甘える猫エースを素直に可愛いと思ってしまった。
自分を魅了するかのように素直に甘えに甘える猫エースを見て、デュースの眉は知らず知らずのうちに下がる。
「いつも、こんな風に素直に僕に甘えてきたら、可愛いのにな、お前」
「に?」
そう言って猫エースを覗き込むように見るデュースに猫エースは首を傾げた。
「デュース、錬金術の授業で失敗して、エースが猫になったんだって?」
「うわぁ!エースちゃんの髪色の毛並みの子猫じゃーん!!可愛いねぇ!」
「クローバー先輩にダイヤモンド先輩…」
談話室に移動したデュースが猫のおもちゃを使って猫エースと遊んでいると、いつもの三年の先輩がやってきた。トレイは猫エースに指を伸ばし、ケイトはスマホのカメラを向ける。猫エースは伸ばされたトレイの手に近づき、ふんふんと嗅いだ。可愛い猫エースにトレイとケイトは顔を緩ませる。
「#子猫 #猫エースちゃん #可愛いって感じかな?」
「そう言えば、デュース。猫エースの食事はどうするんだ?」
「購買で猫用を買おうかと…」
警戒しながらも近づく猫エースの喉の辺りに手を伸ばすと、トレイは喉を撫でるように猫エースを撫でた。ゴロゴロ喉を鳴らす猫エースを見ながらトレイが尋ねると、デュースはとんでもない事を言う。それに二人はギョッとした。
「いやいや、デュースちゃん!エースちゃんが一時的に子猫になっただけだから、人間でも食べられるご飯がいいって!!」
「あ、そうですね!でも、どんなご飯を用意すればいいのでしょうか?」
「茹でたササミとか、蒸した野菜とかだな。良かったら、教えようか?」
「お願いします!」
猫エースから手を離しながらトレイが言うとデュースは頭を下げた。素直な後輩にトレイは笑う。
「じゃあ、キッチンで作りながら教えるよ。エースは解除薬を飲まないと戻れないんだろう?しばらくはデュースがご飯を作らないといけないだろうから、猫エースが食べれるご飯を教えよう」
「はい!」
「あ、猫エースちゃんは俺が見ているよ〜。今の内に可愛い猫エースちゃんを一杯撮らなきゃ」
「程々にな、ケイト」
そう言ってトレイとデュースは談話室を後にした。残ったケイトは猫エースにスマホのカメラを向ける。
「じゃ、猫エースちゃんは俺と一緒に写真を撮ろっか」
「ふしゃー!」
「え?」
ケイトの言葉に猫エースは何故か毛を逆立てた。
「クローバー先輩、ありがとうございました!」
「とりあえず、一通り分かったようで安心したよ。明日からは一人で猫エースのご飯を準備できるな?」
「はい!大丈夫です!!」
トレイと一緒に談話室に向かうデュースは茹でた野菜とササミが入った皿を持っていた。トレイの指導の下、作った猫エース用のご飯だ。無事に猫エースのご飯を作れたデュースは上機嫌に歩く。
「只今、戻りました!…え?」
デュースがトレイと共に談話室に戻ると、そこには何故かぐったりしたケイトがいた。心なしか、顔のあちこちに引っ掻き傷のような物も。デュースとトレイが談話室に戻ってきたのに気付いたケイトはぐったりしながら、二人を出迎える。
「おかえり、二人とも〜。遅いよ〜」
「ケイト、何があったんだ?」
「いや〜、二人がいなくなった後、猫エースちゃんがご機嫌斜めになってさ〜、色々大変だったんだよ〜」
「え?!猫エースが?!」
トレイの言葉にケイトがそう答えるとデュースはギョッとしてしまった。
ケイトはハーツラビュルでお茶会の準備をする時、慣れもあってかハリネズミとフラミンゴとも仲良くしている。それに3年だから猫の動物言語も分かるだろうから、コミュニケーションが取れるだろうし、何よりケイトはエースの先輩だ。エースがケイトに失礼な態度を取るなんて微塵も考えがなかった。
しかし、今のエースは子猫だ。もしかしたら、猫の本能に引っ張られ、うまくケイトと遊べなかったのかもしれない。
だが、デュースはそこまで考えが及ばず、ケイトに失礼な態度をとったであろう猫エースの首根っこを捕まえた。
「こらっ、エース!ダイヤモンド先輩に失礼な態度を取るな!!」
「にー!」
「にー!じゃない!!ダイヤモンド先輩は忙しい中、わざわざお前と遊んでやったんだぞ?!」
デュースが叱ると、何故か猫エースは嬉しそうに鳴いた。そんな猫エースにデュースは更に怒るが、デュースに構われて嬉しいのか猫エースは更に甘えるように鳴く。
そんなデュースと猫エースを見て、トレイは猫エースに近づいた。
「デュース、ちょっと…」
「どうしましたか、クローバー先輩?」
「ちょっとな。猫エースと話をさせてくれ」
「?」
頼み込んでくるトレイにデュースは首を傾げながらも猫エースを渡した。しばらく猫エースと猫語で会話したトレイだったが、会話が終わると神妙な顔をしてデュースに猫エースに渡す。
「デュース、猫エースはできるだけお前が面倒を見ろ」
「え?何でですか?」
「いいから。その方が面倒がなくていい」
「?」
トレイの言葉に首を傾げながらもデュースは頷いた。猫エースはそんなデュースに甘えるように擦り寄り、可愛く鳴いた。
その後もデュースが何か用事があり、どうしても猫エースの面倒を見れなくなって周りに頼むと、猫エースの面倒を見た皆が皆、「こんな可愛くないエースの面倒を見たくない」とか「デュースがエースの面倒を見るのが一番」とか言って猫エースの面倒を見るのを嫌がった。そんな周りにデュースは首を傾げる。
猫のエースは普段とは違い、素直で甘えたで可愛かった。少なくともデュースはそう思っている。
「皆、何なんだ…?」
「にー」
猫エースをあやしながら呟いたデュースの言葉は、猫エースにしか聞こえなかった。猫エースは首を傾げながらも自分に構ってくれるデュースに満足そうに鳴いた。
「猫エース、凄い素直だね」
「デュース君にばっかり懐いている…」
「なんか、僕から離れるのを凄く嫌がるんだ」
「に!」
食堂での食事中、いつもの一年のメンバーが揃って食事するテーブルの上で、猫エースはご飯を食べ終わると即座にデュースに擦り寄った。デュースに甘えに甘える猫エースを見た監督生は笑い、エペルは苦笑し、デュースは嬉しそうに目を細める。そんな猫エースとデュースを見て、他の一年メンバーは苦笑した。
「なんか、やたら甘えたになってないか、エースの奴?気持ち悪いんだゾ」
「多分、猫になって本能やら何やらで普段の感情が抑えられなくなっているんじゃねぇのか?」
「という事は、普段のエースは本当はこれくらいデュースが好き?」
「そうだったら、普段のこいつの態度は捻くれ過ぎていないか?」
苦々しく言うグリムにジャックが己の見解を言うと、監督生が頷きながら呟き、セベクが呆れながら言う。そんないつものメンバーの言葉を聞きながら、デュースは猫エースを撫でた。
「なら、今のエースは貴重だな。普段はこんな風に甘えるなんて、絶対にないからな」
「にー!」
自分の体を撫でるデュースの手に擦り寄りながら、猫エースは甘えるように鳴いた。手に体を擦り合わせ、舐めて甘えるように鳴く。猫だからか存分に甘えてくる猫エースにデュースは情けないくらいでれでれと顔を緩めた。
「可愛い…猫エース、凄く可愛い…」
「にー!」
「うわっ、デュース君の顔、蕩け切ってる!気持ちわるっ!!」
「そりゃ、普段のエースは絶対にこんな風に甘えないもんねぇ。なのに、デュースは周りに分かるくらい、エースが好きだからなぁ…」
「猫から戻ったら、エースがキレそうだな。いや、恥ずかしさの余り、死ぬか?」
「どっちにしろ、エースの奴にとっては酷い未来しか無さそうだ…」
ラブラブなデュースと猫エースにいつもの一年生のメンバーは呆れ返りながら、それぞれの感想を言った。そんなメンバーを無視し、ランチを食べ終わったデュースは猫エースを両手で抱き抱えて軽くキスする。
「猫エースは、素直でこんなに甘えて可愛いな。これなら、ずっと猫でいて欲しいくらいだ」
デュースがぽつり、と言った言葉に周りは固まった。その中でいち早く正気に戻った監督生は叫ぶ。
「デュース!その言葉はエースを否定する言葉だって、分かって言っているの?!」
「え?」
監督生の言葉にデュースは驚いたように目を見開いた。ぽかん、としながら監督生を見る。
「何を言っているんだ、監督生?監督生だって可愛げのないエースより、素直に甘えて自分に懐くエースの方がいいだろ?」
「え…?」
心底、監督生の言っている意味が分からない、という顔をしてデュースは言った。その顔は本当に監督生が言った言葉を分かっていないようだ。そんなデュースに今度は監督生が固まる。周りも信じられないものを見るようにデュースを見た。そんな周りにデュースは困惑する。
「え?皆、どうしたんだ?なんで、そんな顔で僕を見るんだ?」
「デュース…お前、本気で言っているのか?」
「お前とエースは恋仲だろう?」
「あんなにエース君が好きだって言っていたのに…?」
「エースが可哀想なんだゾ…」
「え?え?」
「にー…」
冷ややかな反応を示す周りの反応に困惑するしかない、デュース。そんなデュースの腕の中で猫エースは甘えるように、けどどこか寂しそうに鳴いた。そんな空気に耐えられなくなったのか、デュースは席を立つ。
「…僕、ちょっとトイレに行ってくる」
「あ、うん…」
席を立ったデュースはそのまま食堂を出て行った。後にはいつもの一年生のメンバーと猫エースが。寂しそうにデュースを見送る猫エースを監督生は慰めるように撫でた。
「エース、大丈夫だよ。エースが元に戻ったら、デュースもエースの良さをまた分かってくれるって」
「……」
この時から猫エースはデュースに甘えながらも、時折寂しそうにするようになった。
「クルーウェル先生、来ました」
「よく来たな、スペード。ようやくトラッポラを元に戻す薬ができたぞ」
「本当ですか?!」
「に…」
猫エースの面倒を見て数日後。クルーウェルに呼び出されたデュースが準備室に行くと、クルーウェルは薬を差し出しながらそう言う。ようやくエースを元に戻せると知ったデュースは喜び、猫エースは不満そうに鳴いた。そんなエースを不思議に思いながらも、デュースはエースを机に下ろす。
「良かったな、エース。やっと元に戻れるぞ!」
「に…」
「エース?」
デュースが元気よくそう言うが、猫エースの表情は晴れない。そんなエースの頭を撫でながら、デュースは言う。
「どうしたんだ、エース?ようやく元に戻れるんだぞ?」
「……」
「僕も素直で可愛いお前とお別れなのは寂しいけど、やっと元に戻れるんだから…」
その言葉を聞いたクルーウェルはデュースに言葉をかけた。
「スペード、それがどんなにトラッポラを否定する言葉か、分かって言っているのか?」
「え?」
いつかの監督生のような事を言い出す、クルーウェル。そんなクルーウェルにデュースは首を傾げる。自分の言葉に不思議そうな顔をするデュースにクルーウェルはため息をついた。
「いや、何でもない…お前とトラッポラの問題だからな…」
「?」
「にー…」
自分に言い聞かせるように呟くクルーウェルに首を傾げながらも、デュースは更に聞く事はしなかった。猫エースはそんなデュースを見て、また寂しそうに鳴く。そんな一人と一匹をよそに、クルーウェルは猫エースに薬を飲ませる準備をしていった。
「スペード。トラッポラが暴れないよう、しっかり抑えておいてくれ」
「分かりました。ほら、エース…」
「にー!」
「エース?!」
クルーウェルの言葉にデュースが頷いて猫エースに腕を伸ばすと、猫エースは嫌がるように鳴いて暴れ、そのまま準備室から出て行った。暴れながら逃げ出した猫エースに驚きながらも、デュースは猫エースを追いかけようとする。そんなデュースにクルーウェルは薬を差し出した。
「スペード、薬も持っていけ」
「分かりました!」
クルーウェルから奪うように薬を受け取ったデュースは、そのまま猫エースを追いかけて準備室を飛び出す。ばたばたと忙しなく出て行ったデュースを見送るとクルーウェルは呟いた。
「だから言ったんだ、スペード…ちゃんと、トラッポラと向き合えよ」
舌打ちしながら呟いたクルーウェルの言葉は、出て行ったデュースには届かなかった。
「うわっ?!」
「なんだ?!」
「待て、エース!待ってくれ!!」
「に!にー!!」
準備室から逃げ出した猫エースは暴れながらめちゃくちゃに走った。周りが暴れながら逃げる猫エースに戸惑い、時には被害にあってしまう。そんな猫エースをデュースは必死になって追いかけた。しかし、陸上部のデュースでも子猫のエースには追いつけず、一人と一匹は校舎内を駆け回る。
「にー!に、に!!」
「うわっ?!なんだ?!」
「俺の飯!」
「すみません、すみません!エース、待て!!」
食堂に逃げ込んだエースは生徒達の持っている料理をひっくり返し、皿を割って逃げた。戸惑い、怒り、中には怒声を響かす生徒の間を謝りながらデュースはかけていく。
「にー!にー!!」
「ぎゃっ?!」
「なんだ?!え、猫!?」
「待ってくれ、エース!なんで、逃げるんだ?!」
図書室に逃げ込んだ猫エースは本を倒したりしながら逃げた。勉強していた生徒が戸惑い、悲鳴を上げる中、デュースはエースを追いかける。
「はぁ…はぁ…!やっと追いついたぞ、エース!!」
「にー!」
「なんで、そんなに抵抗するんだ?!お前だって元に戻りたいだろう?!」
「ふしゃー!」
図書室の奥にある特別室にエースを追い詰めるとデュースは猫エースを捕まえた。手の中で暴れに暴れる猫エースに驚きながら声をかけると、猫エースはついには今まで見せたことのない怒りを表す。それに戸惑いながらも、デュースは強引に薬を飲ませた。
煙が辺りを包み、人間に戻ったエースがデュースの目の前に現れる。そんなエースにデュースは手を伸ばした。
「エース!良かった、元に戻ったんだな!!」
「…っ!」
「え?」
伸ばされたデュースの手はエースに届かなかった。他ならぬエースが振り払ったからだ。俯きながらも自分を拒否するエースにデュースは驚く。
「え、エース…どうして…?」
「…素直で可愛い猫じゃなくなったから、もう俺はお呼びじゃないだろう?」
「え?」
目を見開いて驚いて自分を見つめているデュースにエースはそう言う。その言葉に固まるデュースをエースは顔を上げて見つめた。
デュースを見つめるチェリーレッドの瞳は確かに哀しみを湛え、エースは今までデュースが見たことも無いほど傷ついた顔をしていた。そんなエースにデュースは驚く。
「エース、どうしたんだ?」
「……」
「猫の間、何か嫌な事をされたのか?」
デュースがそう尋ねると、エースはようやく口を開く。
「…が」
「ん?何だ?」
「…お前が甘える俺にあんなにデレデレすっから!」
「え?」
「あんな、気持ち悪い俺に気持ち悪いくらいデレデレするお前を見たから、俺は素直に戻れなくなったんだよ!」
「!」
傷ついた顔で叫んだエースの言葉にデュースは目を見開いた。そんなデュースにエースは言い辛そうに話し出した。
失敗した魔法薬は感情を爆発させる効果もあり、猫の本能と薬の効果でエースの中のデュースへの『好き』という気持ちが爆発してしまった。
二つの効果で膨れ上がったデュースへの『好き』という気持ちが爆発したエースは結果としてデュースに甘え、好意を出していたらしい。
しかし、同時に普段のエースも確かに存在して、その部分はデュースに甘える自分を『こんなの自分じゃない』と確かに嫌っていた。
だが、デュースは素直に甘えるエースを愛で可愛がった。そんなデュースに、なんだかんだ信用していたエースは裏切られたように感じた。エースはデュースは自分がどんな事をしてもそう簡単には裏切らないだろうと信じていたのだ。
それが、気持ち悪いくらい甘える自分にはいつも以上に甘い顔をし、自分を愛た。悪い感情ならともかく、甘えるという普段は見せない自分をいつも以上に可愛がった。それがエースの心を傷つけた。そして、怖くなった。
本当はデュースは素直に甘える可愛い自分が好きなのではないか?素直に甘えなくなったら、捨ててしまうのではないか?
普段ならまだうまく隠せた感情は薬で爆発し、表に出てしまった。不安からエースはデュースに甘えることしかできなくなったのだ。
だが、それでもエースはそんな自分を気持ち悪いと嫌悪した。そして、残念なことにこの感情も爆発し、エースを苦しめた。
嫌いな自分を出さないとデュースに嫌われてしまう。でも、そんな自分は嫌いだ。
薬と猫の本能にエースは苦しんだ。
そこで、エースはデュース以外にストレスをぶつけた。デュース以外に暴れる事でストレスを発散していたのだ。だから、デュース以外は猫エースの面倒を嫌がったのである。
「猫の時の可愛さのない俺なんて、嫌だろ?」
皮肉たっぷりにそう言うエースにデュースは自分がいかに愚かな事を言ったか、ようやく分かった。デュースはエース本人が嫌う猫エースを褒め、あまつさえ『ずっと、このままでいて欲しい』というような内容を言ったのである。
それはエースに対しての裏切りもいい所であった。
「そんな…そんな…!」
エースの言葉にデュースは頭を押さえ、呟いた。
デュースは確かにエースが好きで愛している。意地悪で素直じゃなくて口の悪い所だって、彼の可愛い所だ。
だが、自分はそんな彼の部分を否定し、傷つけた。誰よりも誰よりもエースを愛していると思っていたデュースだったが、そんな自分がエースを傷つけ、裏切ったのだ。
その事実はデュースの胸に重くのしかかった。誰よりも好きな相手を傷つけたという事実はデュースの心を抉ったのだ。
「僕は、ただ…素直に甘えるお前が可愛かっただけなんだ…!」
「…俺はそんな自分が気持ち悪いんだよ」
辛そうに叫ぶデュースにエースは冷たく言い放った。そして、拒絶するように視線を反らす。
「…お前が俺とは違い、素直に甘える奴が大好きだっていうのは、痛い程に分かった」
「違う!エースだから、素直に甘えられて嬉しかったんだ!!」
「でも俺、元に戻ったから、もうあんな風になるのはごめんだし…」
「あんな風に甘えなくてもいい!僕はどんなエースも好きだ!!」
冷たく言い放つエースに縋るように腕を伸ばすデュース。今度はエースに振り払われる事なく、エースの腕を掴んだ。しかし、
「あんなに甘える俺にでれでれしていたお前が何を言ってんの?」
「!」
「もうさ…俺、前程にお前を信じられない…」
そう言ったチェリーレッドの瞳は泣きそうだった。そんなエースにデュースは目を見開き、黙り込む。それでも、デュースは掴んだ腕を離さなかった。普段は使わない頭を働かせ、考えに考える。
「…挽回するチャンスをくれ、エース」
考えに考えたデュースの答えは懇願だった。頭を下げ、願うようにエースの腕を掴む。
「僕が悪かった。エースは意地悪で素直じゃなくて口の悪い所があるけど、僕はそんなエースの部分も好きだ。でも、このままだと、それは今のエースに伝わらない。だから、甘えないエースでも好きだと伝える機会が欲しい」
「……」
「ちゃんと伝える。エースがどんな事をしても、僕はエースが好きだって。だから…!」
「…あっそ。じゃあ、そうするわ」
頭を下げて頼み込んでくるデュースにエースは冷たく言い放った。冷え冷えとした目でデュースを見て、腕を振り払う。
「んじゃ、とりあえず、離れてくんない?俺、自分を裏切ったデュースといたくないからさ」
そう言ってデュースをどかすと、エースは部屋から出て行った。後には泣きそうな顔で呆然とするデュースが残った。
「なんだよ、あれ…泣きたいのは俺の方なのに…裏切られた俺の方こそ、泣く権利があるだろ?」
部屋を出たエースは近くのトイレの個室に入り、静かに涙を流した。
それから、二人の関係は少し奇妙になった。
「なぁ〜。ノート見せてくんない〜?」
「エース、僕のノートで良かったら見せるぞ」
「じゃあ、お前のノートの内容を写しておいてよ、デュース君。はい、俺のノート」
「分かった」
ある時は別の生徒にノートを見せてというエースに自分のノートの内容を写すのを承諾し、
「あ〜もう!授業の準備の資料、くそ重い〜」
「大丈夫か、エース?僕が持っていく」
またある時は授業の準備で重たい荷物を代わりに持ってやったり、
「あ〜、フラミンゴ当番、だっる」
「僕が変わろうか、エース?」
「お〜。頼むわ〜」
またある時は寮のフラミンゴ当番を代わったり、
「あ、今日のデザートはチェリーパイか〜。食いてぇ〜」
「奢るよ、エース」
またある時なこれ聞こえよがしに言われた言葉にデュースは財布を出して買った。
あの日から、デュースは自分が出来るエースの願いは何でも叶えていったのである。
しかし、エースは一度たりともそんなデュースに甘えたり優しくしなかった。そんなエースにデュースは段々不満が募り、腹を立てていく。
「何なんだ、エースの奴…!前は礼くらいは言っていたのに、今ではそれすらないなんて…!!」
誰もいない教室でデュースは思わず零した。頭を抱えながらもなかなか許さないエースに腹を立てる。
自分が悪い、とは思ってはいたが、段々それも薄れてきた。そもそも普段からあまり甘えないから、あんなに甘えたお前を可愛がったんだろうが、と考えが移っていく。
反省している自分を良いように使うエースにデュースは段々反省の気持ちが薄れ、腹を立てるようになっていった。
そんな、ある日。デュースはとうとう聞いてしまった。
「最近のデュース、なんかエースの言う事を何でも聞くね」
「そーだね」
「何があったの、エース?なんか、悪い事でもした?」
「さぁ?デュースが勝手にやってるだけだし」
エースと歩きながら尋ねる監督生にエースは面倒臭そうに答える。たまたま廊下の陰から二人の会話を聞いたデュースは思わず隠れて会話を聞いた。
興味なさそうに答えるエースに監督生は困ったように笑う。
「最近エース、元気ないね?デュースと喧嘩したの?」
「……」
「そういや、デュースがおかしくなったの、エースが猫から戻ってからだよね?猫の時の事で揉めたの?」
監督生の言葉にデュースは心臓がドキッとした。二人にバレないように身を乗り出す。
「もしかして、エース…まだ、猫だった時のデュースの言葉を許してない?」
「…さぁ?」
「だから、デュースの愛情を試すような事をしているの?」
監督生の言葉にデュースはまたドキッとした。エースは信用を失った自分を試しているかもしれない、と知ったデュースは、エースへの不満で最近はなりを潜めていたエースへの罪悪感が込み上げてきた。
「気持ちは分からなくはないけど…あんな風にエースの言う事を何でも聞くデュース…気持ち悪くない?」
「……」
「正直、俺は気持ち悪いけど。あんな、本心ではしたくないです、ていう顔でエースの言う事を聞くデュースは」
そこまで聞いたデュースは申し訳なさで一杯になった。自分の迂闊な言動が友達を困らせていたからだ。
しかし、次の一言でその気持ちは消えた。
「…俺だって、気持ち悪いよ」
「は?」
心底嫌そうに言われた一言にデュースの中の罪悪感や申し訳なさは消えた。沸々と怒りが込み上げ、デュースの心を満たす。
「あんなに不機嫌に本意ではないです、て顔をしながら、俺の言う事を何でもかんでも聞くデュースは気持ち悪いよ」
「はぁ?!誰のせいだと思ってんだ、てめぇ!」
そこまで聞いたデュースは耐えきれず、二人の前に飛び出した。突然現れたデュースに二人はびくり、と体を震わせる。自分を見て震えるエースにデュースは怒りをぶつけた。
「気持ち悪いだと?!ふざけんな、てめぇっ!てめぇがやらせたんだろうがっ!!」
「……」
「そもそも、エースはなんでそんなに俺に素直になったり、甘えるのが嫌なんだ?!普段から、猫の時のような素直さを出していれば、俺もあそこまでエースを可愛いがらなかったぞ?!」
「……」
「何とか言ったらどうなんだ、エース!」
怒りのあまり、逆切れするデュースをエースは冷ややかに見て、監督生は頭を抱えた。反省したかと思っていたら、デュースは何も分かっていない。そんな事を言わんばかりに。
怒り狂うデュースにエースは静かに声をかける。
「…無理やり俺の言う事を聞いて辛かったか、デュース?」
「当たり前だろう?!なんでもかんでも俺に押し付けやがって!」
「じゃあ、俺が無理やりお前に甘えていて辛かったのも分かったか?」
「え?」
冷静に言われた言葉にデュースは言葉が詰まった。今更ながら、怒りで沸騰したデュースの頭が急速に冷えていく。
そんなデュースにエースは言った。
「確かに最初は感情が爆発してお前に甘えたい気持ちから甘えていた部分はあったけど、途中からの甘えはお前に嫌われないようにするので、結構辛かったんだよね、俺。お前に甘えるのは結構勇気いるし、何よりそんな俺は俺自身は気持ち悪いって思うし」
「……」
「ようやく俺の気持ちが分かったか?ちょっと甘えて可愛こぶっただけで、でれでれとだらしなく顔を緩められ、以来甘える以外を許されなかった俺の気持ちが」
「あ…」
そこまで聞いたデュースは青褪めながらも、ようやく分かった。特別室でエースが戻った時に言われた言葉で分かった気になっていたが、本当は分かっていなかったのにも、ようやく気づいた。
デュースは素直に甘えてくる猫エースを可愛がる事でエースの可愛くない部分を拒絶していたのだ。それもエースの魅力で、そこも自分は愛していた筈なのに。
それにようやく気付いたのである。
「…ごめん、エース…僕が悪かった」
「…ようやく分かったみたいだね、デュース。自分がやった言動の事の重大さが」
愕然としながら頭を下げるデュースを見て、監督生は呟いた。やれやれ、と肩をすくめ、先に行っているね、と言ってエースとデュースの二人にする。そんな監督生にエースは「サンキュー、監督生」と言って見送った。
あとにはエースと項垂れるデュースが残る。
「ごめん、エース…本当にごめん…」
「……」
「エースは無理に甘えながら、こんな不安な気持ちを抱えていたんだな…嫌々甘えながら、嫌われないように振る舞うのは大変だっただろう?」
「……」
「なのに、僕はそんなエースの辛さに気づかず、『ずっと猫のまま甘えて欲しい』なんて馬鹿な事言って、傷つけて…不満と不安を増幅させたんだな…」
そう言いながら、何度もごめん、と頭を下げるデュースにエースはため息をついた。手を伸ばし、謝るデュースの顔を上げさせる。デュースは緑が混じった青い瞳に後悔と懺悔を滲ませ、泣きそうな顔をしていた。そんなデュースを見て、エースは笑う。
「あのさ、デュース…泣きたいのは、俺の方なんだけど?」
「ご、ごめ…!」
「いや、それを言うのは今じゃないか…」
「え?」
そう言うとエースはデュースに抱きついた。久しぶりに触れ合う体温にデュースは顔を赤くする。
「え、えええ、エース?!」
「…試すような事をして、ごめん。俺も悪かった」
「エースは悪くないだろ?僕の不用意な言動が悪かったんだから…」
珍しく弱気で謝るエースをデュースは優しく抱きしめた。肩に顔を埋め、顔を上げようとしないエースを抱きしめ、その背を撫でる。
しかし、エースは顔を上げはしなかったが首を左右に振った。
「デュースの言う通り…もうちょっと素直になった方がいいのは分かんだけど…正直、俺がお前に甘えるのは俺が気持ち悪いし、キャラは違うし、何よりお前だから、甘えたくないというか…」
「え?」
「あー!その、だな…!!」
戸惑うデュースの腕の中でジタバタ暴れるように蠢くと、一言。
「…俺だって男だから、好きな子の前では格好よくいたいんだよ!」
そう叫ぶと、エースはデュースから離れた。顔を隠すように手で覆うエースをデュースは逃す事なく、近づく。珍しく可愛らしい事を言うエースにデュースは顔がにやけるのを抑えられない。
「エース…まさか、照れてる?」
「煩ぇっ!ちくしょー、だから言いたくなかったんだ!!お前だけには嫌われたくないから、見せたくなかった!」
「僕はエースのそう言う所、可愛いと思うけどな」
そう言ってデュースは赤面しているであろう顔を隠している腕に手を伸ばす。そっと腕を退けると、エースはやはり赤面していた。恥ずかしさからか、チェリーレッドの瞳には涙が滲んでいる。
そんなエースをデュースは何より可愛いと思った。甘えてきていた猫エースより、遥かに可愛いと思った。
もっと見たい。その欲望のまま、デュースはエースに近づく。
「なぁ、エース。顔を見せてくれないか?」
「うっせ!見んな!!こんなみっともない俺を見んな!」
「みっともなくない。凄く可愛い」
デュースの言葉にエースは耳まで赤くした。恥ずかしさで泣きそうなエースを抱きしめて覗き込むように見つめ、デュースは呟く。
「可愛いな、エース…素直に甘えてきていた猫の時より、ずっと可愛い…」
「〜っ!」
砂糖菓子より甘いその言葉にエースはこれ以上ないくらい、顔を赤面させた。何か言おうとぱくぱく口を動かすが、何も言葉にならず、終いには顔を隠すようにデュースの肩に顔を埋める。
「…こんな情けない姿、デュースに見られたくなかった!」
「僕は見たいけどな、エースの可愛い姿。でも、エースが見せたくないなら、我慢する」
「お前、そういう所だぞ…!」
耳元で囁くデュースに顔を真っ赤にしているであろうエースはそう叫んだ。
しばらく二人はその場で抱き合った。授業のチャイムが鳴っても動かなかった。
「…まぁ、悪かったよ。色々、お前に押し付けたのは」
しばらく抱き合うと、ようやく二人は離れた。赤面から普通の顔色に戻ったエースはようやくデュースから離れ、デュースに向き合う。その顔は憑き物が落ちたみたいにさっぱりしていた。
そんなエースにデュースは困ったように笑いかける。
「大変だったけど、エースの可愛い所を見れたから、そこは良かったな」
「いや、忘れて…それは本当に忘れて…恥ずかしいから…」
デュースの一言にエースの顔に赤みがぶり返す。顔を隠すように呟くエースだったが、ため息をつくとデュースに向き合った。
「正直、辛かったよ…無理して何でもかんでも俺の言う事を聞くお前を見るのは…ワルなのに優等生を目指し、不器用だけど真っ直ぐで、でも俺には本心で接してくれるお前が俺は好きだ」
「!」
エースの言葉にデュースは驚いて目を見開いた。告白の時も『俺も好き』と返されたが、それ以降は滅多に聞けなかったからである。それが、具体的に自分のいいところを挙げ、告白されたから、目を見開いた。
嬉しかった。どこか素直でないエースが自分の好きなところを言って、『好きだ』と言ってくれて。そこは素直に嬉しかった。
だが、それと同時に申し訳なく思った。普段は滅多に言わない恋人に言わせてしまった。それだけ自分は恋人を傷つけたと。
「ごめん、エース…僕が悪かった…」
「もういいよ。俺も、もう少しお前に素直になって、甘えられるように頑張るからさ」
「いや、それだけじゃなくて」
謝る自分にエースがそう言ってきたので、デュースは頭を左右に振る。
「要はさ、エースは僕をまだ素直になって甘えても大丈夫だと思わないくらい、信用してないんだろ?」
「は?」
「今回の事で、僕はエースの信用を大分失ったし、もっとエースが僕が素直に甘えても大丈夫だと信用できるくらい、エースに好きだって伝えて行動するよ」
「え?」
デュースの言葉を聞いたエースは固まってぽかん、と口を開けた。が、すぐにまた見る見るうちに顔を赤くする。
そんなエースにデュースは笑いかけながら、言った。
「覚悟しろよな、エース。お前がどれだけみっともない自分を僕に出しても、大丈夫だって分かるくらい僕はこれからお前を愛し、信用してもらうからな」
「はぁっ?!」
それを聞いたエースはまた耳まで赤くした。自分の言葉に赤面し、言葉を失うエースをデュースは楽しそうに見る。その時、二回目の予鈴が鳴り響く。
赤面するエースの腕を掴むと、デュースは歩き出した。
「ほら、エース。行くぞ。早く行かないと、二回も授業をサボっちまう」
「いや、あの…デュース?!俺、色々と準備できてないんだけど!」
「僕がいるから、大丈夫だ」
「俺は全然、大丈夫じゃないんだけど?!てか、離して!」
「嫌だ」
腕を掴むデュースの手を振り払おうとすると、デュースは一旦腕を離し、手を掴んで繋いだ。それにエースはまた顔を赤らめる。
「こんな対応、俺は望んでないんだけど!」
「安心しろ、エース。これから、エースがどんな姿を僕にどれだけ見せても安心できるくらい、お前の信用を得られる行動をするから」
「いらね〜っ!心の底から、いらね〜っ!!」
逃がさない、とばかりに手を繋いでくるデュースにエースは赤くなりながら叫んだ。
やっと元に戻った二人。と思っていたら、二人の関係は微妙に違っていて…
「エース?可愛いよな。大好きだぞ」
「やめろ、デュース!そんな顔で、そんな事を言うな!!」
今日もエースはデュースに可愛くないが、デュースはそんなエースを見て、「エースは可愛い」と言った。




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