お互い様





「ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ!」
「がっ…!」
生徒につかみかかったデュースは情け容赦なく殴り飛ばした。そのまま馬乗りになり、生徒を二回、三回と殴っていく。
「ふざけんな、てめぇ!ふざけんな!!」
「ぐっ…!がっ…!!」
「やめろ、デュース!やめてやれって!!」
尚も生徒を殴るデュースを後ろから引き止めるのはエースだ。後ろから羽交い締めて止めるが、デュースはそれを振り払い、更に生徒を殴る。
「謝れ!エースに謝れ!!」
「ぁぐっ…!ぐぁっ…!!」
「謝りやがれええぇぇぇっ!」
「やめろ、デュース!やめろって!!」
激怒しながら生徒を殴るデュースをエースは必死になって止めた。しかし、デュースは止まることなく、生徒を殴る。
すると、エースの後ろから、一人の人物が近づいた。
「おい、デュース!それ以上はやめろ!!洒落にならないぞ!」
「ジャック!」
「離せ、ジャック!離しやがれ!!」
やって来たのは、ジャックだった。やっと現れた味方にエースはほっとしたように叫ぶ。
いつも連む一年の中でも力が一、ニを争うジャックに羽交締めされてはさすがのデュースも手が出せない。だが、デュースはジャックに抑えられながらも暴れた。自由にならない手足をばたつかせ、更に生徒に殴り掛かろうとする。
「おい、仔犬共!何をしている!!」
野次馬の人集りを越えてクルーウェルや他の教師が来るまで、デュースは暴れ続けた。
「…すみませんでした」
「本当だよ、デュース。まさか、ハーツラビュルから謹慎者が出るなんて…」
ようやく教師達の説教から解放されたデュースは寮で待ち構えていたリドルやケイトやトレイに頭を下げた。そんなデュースにリドルはため息をつく。
懲りたのか反省したのかは分からないが、デュースにはいつもの元気がなかった。
「それで、原因は何なんだい?君は理由もなく殴るなんて、しないだろう?」
「あ、あー!ま、まぁ、いいじゃないすか、寮長!!デュースも反省してますし!」
デュースに聞いた質問に何故かエースが答えた。わたわたと慌てながら答えるエースをリドルは睨むように見る。
「君には聞いていないんだよ、エース。デュース、何が原因で被害に遭った生徒を殴ったんだい?」
「…って…やがった…」
「聞こえないよ、デュース。何があったんだい?」
項垂れながら、ぶつぶつと呟くように答えたデュースの言葉にリドルは再度尋ねた。それを聞いたデュースは顔を上げてリドルに言う。
「あの野郎、エースに『毎日男を変えて楽しんでいるビッチ野郎』って言いやがったんです!だから…!!」
「は?」
「え?」
「へぇ…そうか…」
デュースの言葉にリドルは目を見開き、ケイトは唖然とし、トレイは何を考えているか分からない笑顔で頷いた。三人の反応を見たエースはデュースに言う。
「おまっ…!馬鹿デュース!!それを言ったら、ヤバイって!」
「もがっ!ふぁにふんは、ふぇーふ!!」
これ以上余計なことを言わないようにデュースの口を両手で塞ぐ、エース。そんなエースの手を振り解くとデュースは叫んだ。
「事実だろうが!あの野郎が言いやがったんだぞ?!」
「だからって、寮長達には言っちゃ駄目だろうが!」
「ビッチ…エースが…?エースがビッチ…?」
「ほらぁ!純粋培養であろう寮長が固ま…って、え?」
デュースの言葉を聞いてぶつぶつ呟くリドルを見てエースは言おうとしたが、異様なリドルを見てエースの方が固まった。エースが見たその顔はオーバーブロッドした時より酷く、そして恐ろしい。
まるで、監督生が言っていた般若という奴のようだったとエースは後に語る。
「デュース、その生徒は本当にエースをビッチ呼ばわりしたのかい?」
「はい、間違いありません!」
「あ、馬鹿!」
「そうかい…それは…首を刎ねないとね…」
「ひっ!」
リドルの言葉にデュースが元気一杯に頷くと、リドルはぶつぶつ呟いた。ちら、とリドルを伺い見たエースはその恐ろしさに悲鳴を上げる。
「あ、あのぉ…寮長?」
「確認だが、そんな事はないんだよね、エース?」
「んな訳ないでしょう!事実無根の言いがかりですよ!!」
「そうですよ、寮長!同室で恋人の僕が証言します!!エースは僕とそういう事はやっても、僕以外にはしません!」
「あ、てめ!寮長になんて事を!!」
「もがっ…!」
リドルの言葉に若干怒りながら言うエースに続いてデュースがそう言う。余計な事を言うデュースの口をエースは再び塞いだ。
「そうかい。それを聞いて安心したよ、エース」
エースの言葉に満足そうに頷くリドル。そんなリドルを見て、エースはちょっとは機嫌が治ったか?と思ったが、
「安心したまえ、エース…君をビッチ呼ばわりした愚か者には首輪をつけよう…僕のユニーク魔法でね…」
そんな事はなかった。全然だった。全然リドルの機嫌は良くなっていなかった。むしろ、悪化していた。
静かに怒り狂うリドルを見て、エースはデュースから口を離して慌てて宥める。
「いや、その生徒は既にデュースにぼこぼこにされているから、もういいっていうか…」
「そうだぞ、リドル」
エースの言葉にトレイが声をかける。援軍か?と思ったエースだったが、
「ユニーク魔法だと足がついて厄介だ。サイエンス部で痕跡を残さない薬があるから、それを使おう」
「あの、トレイ先輩!それって、絶対ヤバい奴ですよね?!サイエンス部のヤバい薬ですよね?!」
またしても違った。むしろ、リドルの援軍だった。危ない事を言い出すトレイにエースは頭を抱えそうになる。
そんなエースにトレイは笑いかけた。
「大丈夫だ、エース。何も痕跡を残さないから、バレる事はない。犯罪はバレなければ、犯罪と判ることはない」
「犯罪って言ってるじゃないっすか!とにかく、落ち着いて下さいよ、先輩!!」
「そうだよ、トレイ君。薬なんてやめた方がいいよ」
「ケイト先輩…!」
必死になって止めるエースの代わりにトレイを止めたのはケイトだった。今度こそ、自分の味方か?と思ったエースだったが、
「エースちゃん、デュースちゃんに殴られた生徒の名前を教えてくれない?マジカメで検索してアカウントを突き止めて社会的に抹殺するから」
「や、やだなぁ、ケイト先輩!冗談きついっすよ!!」
「まぁ、オレ君達やイデア君にも手伝って貰えれば、すぐに出来るけどね」
「いや、落ち着いて、ケイト先輩!普段の協調性の固まりのあんたはどこ行ったの?!あんたが一番ヤバいよ!」
またまた違った。むしろ、また悪化した。というか、増えれば増えるほど悪化しかしない。
普段は意地悪だが、どこか頼もしい先輩が揃ってぶっ壊れる様を見て、エースは頭を抱えた。
そんなエースを知ってか知らずかリドルが口を開く。
「デュース、君が殴った生徒はどこにいるんだい?寮長である僕が直々に躾けてやろう。首輪をつけてね」
「保健室です!」
「あ、馬鹿!何て事を言うんだ、デュース?!」
リドルの問いにまたしても元気よく答えるデュースにエースは更に頭を抱えたくなった。そんな事を言ったら、あの生徒はただで済まないだろう、と。
案の定、怒り狂う先輩三人とデュースは臨戦体制になった。
「よし。じゃあ、行くよ。トレイ、ケイト、デュース。エースを害した愚か者に罰を与えにね」
「「「はい、寮長!」」」
「駄目だって、デュースに寮長に先輩達!そこまで行くと、やっていい範疇を超えるって!!」
ぞろぞろと歩き出す先輩とデュースをエースは慌てて引き留めた。しかし、四人は止まらない。
「寮長。僕、緊急時用の釘バットがあるんです。取ってきてもいいですか?」
「仕方ないね。許可しよう」
「いや、何を言ってんの、デュース?!寮長も!確実に殴った相手を仕留める気じゃん!!落ち着いて!」
不穏な事を言うデュースとリドル。そんな二人をエースは慌てて引き止める。しかし、エース以外の人物は止まらない。
自分達を必死になって引き止めるエースに四人は笑いかけた。
「エース、君はここでゆっくりと休んでいるといい。愚か者につけられた言い掛かりの傷はまだ癒えていないだろう?」
「そうだな、エース。お前はここにいろ」
「そうだぞ、エース。あとは俺たちに任せろ」
「そうだよ、エースちゃん。休んでいる間に俺達が終わらせとくから」
「だ、駄目だ…!デュース含め、先輩達が話を聞かない…!!」
どうあっても止まらない先輩三人とデュースにエースは頭を抱えながら叫んだ。
「誰か、来てくれ!デュースと寮長と先輩達をとめてくれ!!俺一人じゃ、とめらんねぇよ!」
エースの必死な悲鳴は、その後他のハーツラビュルの生徒が四人を止めるまで続いたと言う。
「はぁ、疲れた…なんで、先輩達はあんなにキレたんだよ…」
ようやくデュースと先輩三人を宥める事に成功したエースは自室でベッドでぐったりしながら呟いた。そんなエースに同室のデュースが声をかける。
「寮長達は僕ら『一年組を愛で隊』だからな」
「ダッサ!名前がダッサ!!てか、その『一年組を愛で隊』って、何だよ!」
デュースの言葉にエースはほとんど反射的に叫んだ。あまりのダサさに寝ていたエースは思わず起き上がる。そんなエースにデュースは首を傾げる。
「知らないのか、エース?寮長や副寮長を始めとした、僕ら一年組のわちゃわちゃが見たい人達がいる事を」
「そんな訳わからん集団があるのを今、初めて知ったんだが?つか、一年組って、誰?」
しれっと、常識だろ?と言わんばかりに言うデュースにエースは即座に突っ込んだ。そんなエースにデュースはなんで分からないんだ?と言わんばかりに話す。
「監督生とグリムとエースと僕とジャックとエペルとオルトとセベクだ」
「確かにいつも連んでる連中じゃん。てか、何で寮長達が俺らを愛でるの?」
「なんか、僕達が馬鹿やるのを見ると安心するらしい」
「俺らの行動が娯楽になってんじゃん」
デュースの言葉にエースは遠い目をした。そんなエースを見て、デュースはあ、と声を漏らす。
「そう言えば、これはエースには内緒だったな。調子に乗ると悪いからって」
「内緒の割にべらべら喋ってんじゃん、お前」
「あ、バイパー先輩とリーチ先輩は監督生推しだから、甘えても無駄だとかも言っていたぞ」
「バスケ部の先輩達、俺という人間を徹底的に分かってんね」
内緒といいつつ、どんどん暴露するデュースにエースはどんどん突っ込んでいった。一通り聞いたエースはまたベッドに寝転がる。
「で?寮長と先輩もその『一年組を愛で隊』に入ってんの?」
「なんでも、寮長達曰く『僕らがハーツラビュル以外を推すと思うとは、僕らに対する戦線布告かい?』って事らしく、寮長はハーツラビュル推し名誉会長で、クローバー先輩はハーツラビュル推し会員ナンバー一番で、ダイヤモンド先輩はハーツラビュル推し広報部長らしい」
「なんて?」
エースが何の気無しに尋ねた言葉にデュースが答えると、エースは真顔になった。あまりにも情報が多いせいで理解が追いつかないらしい。
が、すぐに顔を元に戻すとデュースに尋ねた。
「で?寮長達は俺達が馬鹿やるのを見るのが楽しくて愛でているから、俺をビッチ呼ばわりした生徒にあんなに殺意を剥き出しにしたって訳?」
「先輩達はな。僕は普通に自分の恋人を侮辱されて怒っただけだ」
「……」
「エース?」
それを聞いたエースはクッションを取って顔を埋めた。急に黙り込んだエースをデュースは不思議そうに見る。呼びかけても何も言わないエースにデュースは首を傾げながら近づいた。
すると、クッションに吸収されているせいか、微かに呟くエースの声が聞こえる。
「お前さぁ…そういうとこだって…」
「何だ、エース?聞こえないんだが?」
「ぎゃっ!何だよ、デュース?!」
「お前こそ、クッションなんかに顔を埋めてどうしたんだ?」
クッションを奪いながらデュースが尋ねるといきなり近くなったデュースにエースは驚いた。そんなデュースにこそこそしながら、エースはベッド上で離れる。
「い、いや、別にー?てか、俺ら愛でてんなら、多少は甘くなってもいいんじゃねーの、寮長達?」
「それとこれとは話が違うらしい」
「ちぇっ。ケチだな、先輩達」
「お前が際限なく甘えるからだろうが」
「わぷっ!」
不満そうに呟くエースの頭にクッションを乗せるとデュースはエースのベッドに上がり、隣に座った。
「で、大丈夫か?」
「何が?」
「あの生徒に言われた言葉。全く謂れのない事だとしても、他の生徒の前で言われて嫌だったろう?」
「はぁ?何を言ってんの?あんな言いがかり、気にする価値もないじゃん」
「それはそうだが…」
からからと笑いながら言うエースにデュースは何故か暗い顔をする。そんなデュースにエースは笑った。
「何?デュースはあんな言いがかりに俺が傷つく程、弱いと思ってんの?」
「そうじゃない。いくら、事実と全く違うことを言われたと分かっていても、ああいうのを言われるのは単純に嫌じゃないか?」
「べっつに〜?俺、別にビッチな訳じゃないし〜?それにあいつ一人が勝手に言っただけじゃん?」
「そうだが…」
あくまでエースが明るく言っても、デュースの表情は全く晴れない。膝に置いた手を握り、微かに震わせる。
「僕は嫌だ。例え、そんな根拠は全くないからかいだと分かっていても、好きな奴がそんな酷い事を言われるのは」
「……」
「エースが好きだから、何の意味もなくエースを侮辱したあいつが許せなかった」
そう言ったデュースは真剣そのものだった。そんなデュースを見たエースはふいっとそっぽを向く。
「…お前、本当に俺が好きだよね」
「当たり前だろう?好きだから、付き合っているんじゃないか」
「…あっそ」
「あっそって…何だ、その気の乗らない返事は…」
真剣な自分の言葉に気の抜けた返事をするエースにデュースはむっとしながら、エースを見た。変わらずエースはデュースから視線を外すようにそっぽを向いていて表情はわからないが、テラコッタ色の髪から覗く耳は確かに赤くなっている。
それに気付いたデュースはエースに近づいた。
「…もしかして、照れているのか、エース?」
「うっせ!こっち見んな!!」
「嫌だ。もっと見たい」
デュースが近付くとエースは離れ、またデュースがエースに近づく。デュースが近付くとエースはまた離れ、またデュースが近づいた。
「なぁ、エース。顔を見せてくれないか?」
「やだ。つか、離れろ」
「嫌だ。可愛いエースが見たい」
「可愛くねぇよ。いいから、離れろ!」
「嫌だ」
迫るデュースに逃げるエース。それを繰り返した二人は、とうとうベッドの端にまで着いた。端まで辿り着くとデュースはエースに手を伸ばす。
「なぁ、エース。顔を見せてくれないか?」
「やめろっ!」
頬を両手で包むとデュースは強引にエースの顔を自分の方に向けた。その顔は先程髪の隙間から見えた耳同様、いや、それ以上に赤く染まっていた。恥ずかしさのあまり、チェリーレッドの瞳は潤んでいる。
そんなエースを見たデュースは息を吐いた。
「可愛いな、エース」
「んなまじまじと可愛いって言うな!つか、見んな!!」
「何でだ?凄く可愛いぞ?」
「いいから!離せ!!」
「あ…」
ジタバタと暴れるエースにデュースの手が離れた。すると、エースはまたそっぽを向いてしまう。だが、ベッドから立ち上がるような事はしなかった。
「まぁ、その…あそこまで行くとやり過ぎだけど…俺の為にあそこまで怒ったのは、嬉しかったよ…」
そっぽを向きながら、ありがとな、と呟くエースを見たデュースはそのままエースをベッドに押し倒した。え?と呟きながら自分に迫るデュースをエースは恐る恐る見上げる。
デュースのピーコックグリーンの瞳は情欲に染まり、爛々と輝いていた。
「エース…いいか?」
「『いいか?』じゃねぇんだわ、馬鹿デュース!他の二人が帰って来たら、どうすんだよ?!とっとと降りろ!!」
「ぐはっ!」
迫り来るデュースにエースは容赦なく股間を蹴り上げた。
「ふざけんな、てめぇ!ふざけんじゃねぇぞ!!」
「がはっ…!」
エースが根も歯もない言いがかりを言われた数日後。とんでも無い事を言ってきた生徒にエースは思わず殴りかかった。容赦なく生徒を殴るエースをデュースが後ろから羽交い締めする。
「やめろ、エース!やめるんだ!!」
「離せ、デュース!離しやがれ!!」
「落ち着け、エース!落ち着くんだ!!」
後ろから羽交い締めされたエースはそれでも尚も生徒に殴りかかろうと暴れた。そんなエースをデュースが必死に止めようと声をかけるが、エースは暴れながら叫ぶ。
「謝れ!デュースに謝れ!!土下座して謝れ!」
「落ち着け、エース!落ち着けって!!」
「誠心誠意込めて、デュースに謝りやがれええぇぇぇっ!」
デュースに止められながらもエースは暴れて叫び、それは教師が来るまで続いたという。
「…すいませんでした」
教師の説教から解放されたエースは不機嫌そうにブスッとしながらも、大人しくリドルやトレイ、ケイトの前で頭を下げた。そんなエースにリドルは額に手を当て、頭を抱える。
「今度は君かい、エース?何があったんだい?」
「た、大した事じゃないですよ。な、エース?」
「君には聞いていないんだよ、デュース。エース、何が原因で被害に遭った生徒を殴ったんだい?」
いつかのデュースとエースの時のようにデュースが代わりに答えるとリドルは明らかに不機嫌になった。改めて聞いてくるリドルにエースは不機嫌な顔をしながらも答える。
「あいつ、デュースに『よう、ヤンキー君。今日も校舎裏で元気に生徒からカツアゲか?』って、言いやがったんですよ!」
「え?」
「は?」
「そうか…それはそれは…」
デュースの言葉にリドルは目を見開き、ケイトは唖然とし、トレイは何を考えているか分からない笑顔で頷いた。目を見開いたまま、リドルが尋ねてくる。
「エース、その生徒は本当にデュースにカツアゲをしていると言ったのかい?」
「そうです!言いやがりました!!」
「あ、馬鹿!」
「もがっ!ふぁにふんは、ふゅーふ!!」
リドルの問いにエースが元気よく答えるのを見て、デュースは慌ててエースの口を塞いだ。そんなデュースを知ってか知らずか、リドルはぶつぶつ呟く。
「そうかい…それは…首を刎ねないとね…」
「ひっ!」
ちら、とリドルを伺い見たデュースはその恐ろしさに悲鳴を上げた。その顔はオーバーブロッドした時より酷く、そして恐ろしい。
まるで、監督生が言っていた般若という奴のようだったとデュースは後に語る。
だが、デュースはエースの口から手を離し、恐る恐るとだがリドルに話しかけた。
「あ、あの…寮長?」
「それは…許せないね…」
「寮長もそう思うでしょ?!デュースはもうヤンキーじゃないし、今は改心して優等生を目指しているってのに!」
「うっ!」
頷くリドルにそう言ったエースの言葉にデュースは思わず胸を押さえた。過去の黒歴史がデュースの良心を刺激したらしい。
瀕死状態になりながらも、デュースはエースに声をかける。
「エース…その…言いにくいんだが、僕は荒れていた頃はもっと酷い事をしていたぞ?」
「でも、今のデュースはそんな事しないじゃん!つーか、今は反省してるから、する訳ないじゃん!!」
「それはそうだが…」
エースの言葉に渋い顔をしながらもデュースは頷いた。確かに今は優等生を目指しているから、そんな事はしないが、荒れた過去が消えるわけではないので力一杯頷く事はできない。
そんなデュースにリドルが尋ねてくる。
「…確認だが、デュース。そんな事はしていないんだね?」
「なっ?!する訳ないでしょう!今の僕は優等生を目指しているんですから!!」
「そうっすよ、寮長!デュースが嘘つけない馬鹿正直な奴なのは、寮長も知っているでしょう?!」
「馬鹿は余計だ、エース!そうなのは、否定しないが…!!」
「結構」
リドルの言葉に驚きながらデュースが言うと、エースがそう言った。それにデュースはカチンとしながらも頷く。
確かに自分は真面目で嘘や誤魔化しが苦手だが、そんな言い方はないだろう、と。
エースとデュースのやり取りを見たリドルは満足そうに頷いた。そんなリドルを見て、デュースはちょっとは機嫌が治ったか?と思ったが、
「安心したまえ、デュース…今の君をカツアゲするヤンキー呼ばわりした愚か者には首輪をつけよう…僕のユニーク魔法でね…」
そんな事はなかった。全然だった。全然リドルの機嫌は良くなっていなかった。むしろ、悪化していた。
静かに怒り狂うリドルを見て、デュースは慌てて宥める。
「い、いえ…その生徒は既にエースにぼこぼこにされているから、もういいっていうか…」
「そうだぞ、リドル」
デュースの言葉にトレイが声をかける。援軍か?と思ったデュースだったが、
「前も言ったが、ユニーク魔法だと足がついて厄介だ。今度こそ、サイエンス部で作った薬を使おう」
「あの、クローバー先輩!前にエースが言いましたけど、それって絶対ヤバい奴ですよね?!サイエンス部のヤバい薬ですよね?!」
またしても違った。むしろ、リドルの援軍だった。危ない事を言い出すトレイにデュースは頭を抱えそうになる。
そんなデュースにトレイは笑いかけた。
「大丈夫だ、デュース。本当に何も痕跡を残さないから、バレる事はない。犯罪はバレなければ、犯罪と判ることはない」
「犯罪って言ってるじゃないですか!とにかく、落ち着いて下さい、クローバー先輩!!」
「そうだよ、トレイ君。薬なんてやめた方がいいよ」
「ダイヤモンド先輩…!」
必死になって止めるデュースの代わりにトレイを止めたのはケイトだった。今度こそ、自分の味方か?と思ったデュースだったが、
「デュースちゃん、エースちゃんに殴られた生徒の名前を教えてくれない?マジカメで検索してアカウントを突き止めて社会的に抹殺するから」
「やめて下さい、ダイヤモンド先輩!そこまでいったら、犯罪です!!」
「大丈夫。イデア君に頼んで、一切の痕跡は残さないから!」
「そういう事じゃないですよ!」
またまた違った。むしろ、また悪化した。というか、増えれば増えるほど悪化しかしない。
普段は意地悪だが、どこか頼もしい先輩が揃ってぶっ壊れる様を見て、デュースは頭を抱えた。
そんなデュースを知ってか知らずかリドルが口を開く。
「エース、君が殴った生徒はどこにいるんだい?寮長である僕が直々に躾けてやろう。首輪をつけてね」
「保健室です!」
「あ、馬鹿!何て事を言うんだ、エース?!」
リドルの問いにまたしても元気よく答えるエースにデュースは更に頭を抱えたくなった。そんな事を言ったら、あの生徒はただで済まないだろう、と。
案の定、怒り狂う先輩三人とエースは臨戦体制になった。
「よし。じゃあ、行くよ。トレイ、ケイト、エース。デュースを害した愚か者に罰を与えにね」
「「「はい、寮長!」」」
「駄目ですって、寮長に先輩達にエース!そこまで行くと、やっていい範疇を超えますって!!」
ぞろぞろと歩き出す先輩とエースをデュースは慌てて引き留めた。しかし、四人は止まらない。
「寮長。俺、デュースが持っている緊急時用の釘バットの場所を知ってるんです。取ってきてもいいですか?」
「仕方ないね。許可しよう」
「何故、知っているんだ、エース?!というか、何を言ってるんだ?!寮長もですよ!確実に殴った相手を仕留める気じゃないですか!!落ち着いて下さい!」
不穏な事を言うエースにデュースはギョッとする。エースとリドルの二人を慌てて引き止めるが、デュース以外の人物は止まらない。
自分達を必死になって引き止めるデュースに四人は笑いかけた。
「デュース、君はここでゆっくりと休んでいるといい。愚か者につけられた言い掛かりの傷はまだ癒えていないだろう?」
「そうそう。真面目で優等生なデュース君は大人しくしていろよ」
「そうだぞ、デュース。あとは俺たちに任せろ」
「そうだよ、デュースちゃん。休んでいる間に俺達が終わらせとくから」
「だ、駄目だ…!エース含め、先輩達が話を聞かない…!!」
どうあっても止まらない先輩三人とエースにデュースは頭を抱えながら叫んだ。
「誰か、来てくれ!エースと寮長と先輩達をとめてくれ!!僕一人だけじゃ、とめられないんだ!」
デュースの必死な悲鳴は、その後他のハーツラビュルの生徒が四人を止めるまで続いたと言う。






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