愚者は人魚に恋をする
side Deuce





「エース」
「あー…仲良くいちゃついている所、悪いんだけど…ちょっと、いい?」
エースにキスしようと顔を近付けようとしたら、エースのお兄さんに声をかけられた。エースは即座に離れようとしたが、僕はそんなエースを抱きしめて捕まえながら、お兄さんに顔を向ける。そんな僕を見たお兄さんは小さく息を吐いた。
「…俺は事情を知っているから、今のデュース君には突っ込まずにいてあげよう」
「どうしましたか?」
「まず。エース、今日使った魔法陣の知識、どこで知ったんだ?今の時代、あんなにも魔法を使う強力な魔法陣なんて術式が大変で魔力の消費が激しいから、禁書並みの扱いを受けているだろ?」
「え?!魔力消耗が激しい?!禁書並み?!」
お兄さんの言葉に声をあげるとエースは分かりやすく顔を背ける。それにエースは知っていて使ったと知った。そんなエースに僕は怒る。
「エース!なんで、そんな魔法陣を使ったんだ?!」
「仕方ねぇーだろ?!魔導具が何にも無いのに、あんな風に一気に捕まえる方法はアレしかなかったんだから!」
「だからって!少しずつ捕まえれば!!」
「時間がかかればかかる程、逃げられる可能性はでかくなる!それに少しずつだと他の奴らが捕まったあいつらを助けられる率も高い!!わりかし短時間で一掃するには、あれしかなかったんだよ!」
エースの言葉に僕は頭を抱えたくなった。エースは詰めが甘い所があるが、今回も出てしまったようだ。
黒フード達を一掃した後、エースが最初に飲んだのは体力と魔力を回復する回復薬だったようだ。効果は微量だが、数少ない体力と魔力の回復薬なので高価で貴重だ。まぁ、マジカルアーティスト集団の『WARLOCK』なら、体力と魔力を使いすぎた時の応急処置として持っていてもおかしくないが。
エースが終わった後に回復薬を飲まなければいけない程ぐったりしたのは、あの魔法陣の生成・発動に加え、『宙ニ堕チル人魚』でも魔法を使っていたからだろう。それだけじゃない。エースは初めてのメインの演目であるにも関わらず、妨害の戦闘も演目に加える為に頭を使って魔法陣の生成、そして黒フード達を誘導、更にはアドリブしまくった上に観客に一切害が及ばせずに楽しめるようにも気も配った。どう考えても、色々使い過ぎだ。オーバーワークにも程がある。そりゃ、体力も魔力も消費し過ぎる程に消費して、ぐったりするのは当然だ。
「で、肝心の知識を知った場所は?」
「…学生時代にナイトレイヴンカレッジで。場所は寮長しか入れない禁書室。覚えてれば役に立つかと思って、一応中身は全部覚えてた」
尚も追及の手を止めないお兄さんにエースはブスッとしながら答えた。それを聞いたお兄さんは目を丸くする。僕も驚いた。
寮長しか入れない禁書室なんて、あったのか…僕は副寮長だったから知らなかった…しかし、それにしても…
頭の回転はいいと思っていたけど、まさか一室の書物、それも禁書や禁書並みの魔法の本の内容を全部覚えるなんて…何故か勉強はそこまで良くなかったのに、なんでそんな事ができたんだ?
「お前…あれを全部覚えたの?なんで、その記憶力を勉強にいかさなかったの?」
「うるさい…その口ぶりだと兄貴も知ってんだろ…?」
「俺はね、いいの。お前みたいに倒れるまで無理しないから」
「ぐ…」
お兄さんに反論するエースだったが、逆に正論で責められ、エースは押し黙った。お兄さんの方が一枚上手だ。
「二つ目。これはデュース君への報告なんだけど…」
「何ですか?」
「あの黒ローブ達…とりあえず、ちょっと調べたけど、犯人の関係者ではあるだろうけども、主犯はいなかった。きっと主犯である犯人は別にいる。それも上から指示が出せるやつね。その証拠に黒フード達は全員同じワイヤレスイヤホンを着けていた」
「……」
「三つ目。これが俺は一番知りたいんだけど…」
そこまで言うと、お兄さんは僕をチラリと見て言う。
「スノーさん…だっけ?デュース君と一緒に警護していた人。あの人、どこ行ったの?妨害中も出なかったし、今も探してもどこにもいないんだけど?」
「え?あっ!そう言えば…!!」
お兄さんに言われて僕は気がついた。そう言えば妨害があったのに、スノーさんは出てこなかった。てっきり、裏で指示を出したりして裏方に徹しているのかと思っていたが、どうも違うらしい。
「スノーさん、いないんですか?!」
「影も形もないよ。あの魔法執行官さん、どこ行ったの?」
お兄さんの言葉に僕の胸に気持ち悪いもやもやが広がる。それに僕はエースから腕を離し、胸を抑えた。
この感覚は覚えがある。そうだ、見回りの前にエースと仲直りしたことをスノーさんに伝えた時だ。あの時はスノーさんの呟きが聞こえず、それが気になっただけかとすぐに振り払ったが…
喉が乾く。心臓の音がうるさい。まさか、まさか…!
「…ねぇ、デュース君。君、あの人から指示を受けていたよね?」
「…はい」
「もしかして…見回りも指示受けながら見ていた?それで…不審物とか見つからなかったとか?」
「…何が言いたいんです?」
頭の中で警鐘が鳴る。聞いては駄目だ、という気持ちと聞かないと駄目だ、という気持ちが混ぜこぜになって気持ち悪い。
「兄貴。勿体ぶるの、やめなよ」
「……」
エースが僕の代わりのように口を開く。お兄さんは黙ってエースを睨むように見る。
「黒フード達は全員同じワイヤレスイヤホンを使っていた。その事から、あいつらを指示していた奴がいたと推測。ここから、兄貴は犯人は上の立場から指示が出せるやつと考えた」
「エース」
「それがあっていたら…『WARLOCK』以外で誰かの上の立場から現場に指示出せるの、一人しかいないのじゃん」
「エース!」
エースが言葉を続ける。お兄さんが咎めるように名前を叫ぶが、エースはそんなお兄さんを一瞥すると、僕を見た。
「…デュース、残念な知らせがあるんだけど」
「…何?」
「俺、妨害時に水球は壊れた可能性もある、とか言ったけど…」
そこまで言うと、エースは言い切った。
「最初の水球を壊したの、スノーさんだよ」
「なっ…!」
その決定的な一言に僕は絶句した。エースのお兄さんも叫ぶ。
「エース!まだ決まった訳じゃ…!!」
「残念だけど、これは確実。俺、水球の中から見たもん。スノーさんが炎魔法で水球を蒸発させたのを」
お兄さんが声を荒げるが、エースはあくまでも淡々と言った。それに僕はエースが本当の事を言っていると知らされた。
「ほとんど水球越しだったけど…水球が壊れた一瞬に見たら、何か辛そうな顔していたから…なんか、脅されたとかの事情あるのかと…でも、あいつらの仲には主犯がいないんだろう?なら…」
「そんな…!」
エースの言葉に僕は何も頭を抱えた。
スノーさんは普段はやる気はないが、やる時はやる優秀な魔法執行官だ。検挙率も高く、その優秀さから、まだ経験不足な僕の為にバディに任命された。そんな人が犯人なんて…
「…動機は?魔法執行官の犯罪は重罪だぞ?単なる悪戯でも魔法執行官が犯せば重罪だ」
魔法執行官はいざと言う時に魔法が使える。魔法の行使という強い力を持つ魔法執行官は、その力の強大さ故に制約も多い。その一つが魔法執行官が罪を犯した時の重罪化だ。一般市民なら軽い罪でも魔法執行官が犯せば重罪だ。それだけ魔法執行官が犯罪側に回れば脅威だから。重罪化は、それを防ぐ策の内の一つなのだ。
「そこまでは分からないけど…」
今まで淡々と話していたエースも、動機までは分からないみたいで黙り込む。その顔はなんともバツが悪そうだ。まぁ、実際にスノーさんの犯行を隠していたようなもんだし。
そんなエースを見て、お兄さんは空気を変えるように手をパン!と叩く。
「…そう言う事なら、尚更手分けして探そう。手が空いているスタッフにも協力を頼んで」
「そんな必要はないと思います」
エースのお兄さんの言葉が遮られる。そちらを見ると、いつの間にか戻ってきたユウだった。僕の前に来て、一通の手紙を差し出す。
「これ、デュースにって。スノーさんから」
「貸してくれ」
ユウが手紙を差し出してくる。それを受け取ると、僕は中身を読んだ。
「『スペードへ。エース君と下のイベント会場に来るように』…」
「え?俺も?」
僕が読み上げた文を聞いたエースが首を傾げた。僕も意味が分からない。なんで、僕だけじゃないんだ?
「ユウ君、これは?」
「エースがメインの演目の直前に渡されて。演目が無事に終わったら、デュースに渡してくれって。デュースは優秀だから、きっと犯人を捕まえる。これは、それを褒める手紙だって」
でも、とユウは言葉を続ける。
「手紙を渡してきた…スノーさん?笑顔だったけど、俺にはどこか無理しているように見えたから、終わったら返そうとしたんだけど…いなくて…」
「すぐに返さなかったの?」
「俺も忙しかったから、終わってから渡せばいいやって思ったんです…」
お兄さんの質問にユウははぁ、とため息をつく。そして「こんな事なら、すぐに返すんだったな」とも。でも、仕方ない。イベントに関する仕事は全部忙しいんだから。
「ユウ。お使い、ありがとう。手紙を届けてくれて助かった」
ユウに礼を言いながら、僕は立ち上がる。専用ホルダーからマジカルペンを取り、いつでも魔法が出せるようにする。
「行くの?デュース」
「あぁ。まだ今の時点では何も証拠はないけど、少なくともエースの演目を邪魔したのは確定しているからな」
そう言いながら、僕は沸々と怒りが込み上げるのを感じた。
エースが頑張りに頑張った練習の成果を、あの素晴らしいステージを、どんな理由であれ邪魔したのは許せない。
それに、証拠の目安も聞けた。黒フード達が共通で持っていたワイヤレスイヤホン。一個や二個なら難しかっただろうが、黒フード達は結構な数がいた。もしも、それだけ一度に買えば、通販から買ってても足はつくだろう。
「…んじゃ、俺も行きますか!」
「は?」
「え?」
何故かそう言って立ち上がったエースに僕は低い声を出し、ユウは驚いたように目を見開いた。そんな僕らを見て、エースはキョトン、とする。
「何?」
「なんで、お前も行こうとしているんだ、エース?」
「そうだよ。ズタボロじゃん」
「なんで、そんな事言うの!俺の扱い、酷くない?!」
「いや、お前は普通に休めよ、エース。デュース君だけで、いいだろ?」
僕ら三人が次々と言うと、エースは絶叫する。
「手紙に俺も指定されてるじゃん!」
「守る必要、ある?」
「ないな」
「全く、ないな」
僕らの怒涛の言葉にエースは地団駄を踏みながら涙目になる。
「じゃあ、皆で行けばいいじゃん!総出で行けば、犯人を楽に倒せるだろ?!」
「撤収、どうすんの?ただでさえイベントの撤収は大変なのに、エースの魔法で出した木が邪魔なんだけど?」
「明日も会場は借りているけど、そっち行ったら、明日あっても撤収は間に合わないぞ?」
ユウとエースのお兄さんが最もなことを言う。そんな二人の後に僕が止めの一言。
「これは僕の仕事だ。エースは休んで待ってろ」
「は…はぁ〜?!酷くない?!俺、デュースの心配して言ってんのに?!」
「デレは嬉しいけど、その心配はいらない。むしろ、疲労困憊なエースが一緒なんて足手纏いだ」
はっきりキッパリ言うと、エースはとうとうキレて、吹っ切れたように叫んだ。
「オーケー、分かった!本音を言おう!!俺もスノーさんを一発は殴りたい!確実にスノーさんから演目の妨害という被害を受けた俺には、その権利があるはずだ!!
「……」
「……」
「……」
エースの正直過ぎる一言を聞いた僕達は黙った。顔を見合わせると、ほぼ同時に吹き出す。そのまま僕とユウとお兄さんは笑い転げた。そんな僕らをエースは不審者を見るような目つきで見る。
「なんだよ!?なんで、笑ってんだよ?!なぁ!デュース、ユウ、兄貴!!」
「最初からそう言えよ、エース」
「え?」
僕がそう言うとエースは間抜けな顔でぽかんと口を開く。そんなエースにエースのお兄さんやユウも口を開く。
「そうだわ。お前は確実に被害にあっているもんな。確かにスノーを殴る理由は立派にあんな」
「そうだね。そういう事なら、俺らは止めないよ」
そんな二人の言葉を聞くと、エースはぷるぷると体を震わせた。
「なっ…!何だよ!!俺を揶揄ったのか?!本音を中々言わない俺を追い詰め、弄んだのか?!」
「「「あはははは!」」」
ぷりぷりと怒るエースを見て、僕らは大爆笑した。別に僕はユウとエースのお兄さんと示し合わせたつもりではないんだが…結果的にエースの言う通りになったのかも…
「じゃ、じゃあ、エース…ぶふっ…一緒に行こうか…」
「いい加減、笑い止め!締まるもんも締まらねーよ!!」
「そ、そうだな」
ようやく笑いが収まった僕はエースにそう声をかけた。まだ笑いが収まりきらないせいか、それとも僕ら三人に笑われたからか、エースは怒りながら僕の足を蹴ってくる。それを躱しながら、僕はユウとお兄さんに声をかけた。
「じゃ、ちょっとスノーさんにエースの演目を台無しにされた借りを返してくる」
「行ってくるわ〜」
「行ってらっしゃい、二人とも」
「お土産は妨害の主犯のぼこぼこな体なー」
二人に見送られ、僕らは建物の下のホール会場に向かった。一応、道中も警戒し、マジカルペンを構えながら進むが、会場に着くまでは本当に何も無かった。
「…おい、デュース」
「分かってる、エース」
下のホール会場の扉の前まで来た僕らは立ち止まった。エースが声をかけてきたので、僕はエースを見る。
「三百円分のおやつは持ってきたか?」
「ぶはっ!決戦前にくだらねぇ冗談言って、笑わせるな!!シリアスが逃げる!」
「緊張が解れたなら、何よりだ」
そう言って一通り笑った僕らは会場の扉を睨むように見た。
一度来た時は全く無かったが、今は違う。魔力探知がそれ程得意じゃない僕でも分かる。この中は術式が張りめぐされ、魔法の罠がわんさか仕掛けられてる。
「うわぁ…さすが魔法執行官…この魔力、ダルイなぁ…」
「帰るなら、今のうちだぞ?」
「ねぇ、また冗談言うの、やめてくんない?邪魔された俺としては、少なくとも一発は入れたいんだけど?」
「なら、諦めろ。先に言っておくが、この中に入ったら僕はお前を守らないからな。自分の身は自分で守れ」
「お前に守られなくても、平気だわ。むしろ、デュースちゃんは俺が守らなくていいんでちゅか〜?」
「ぁあ?!」
エースの煽りがあんまりにも腹が立ったので、つい元ヤンを出す。すると、エースは「おー、こわ」と笑いながら扉を睨み、マジカルペンを構えた。僕もマジカルペンを構え、突入の姿勢を取る。
「…カウントは5からな」
「おっけー。任せるわ」
合図を決めて、カウントダウン。
「…5、4、3、2、1」
扉を開けると俺達は突入した。
「おい、足だけは引っ張んなよ!デュース!!」
「偉そうに。誰に言ってんだ、エース」
叫びながら突入すると、早速、攻撃魔法が飛んできた。それを僕とエースの二重の魔法障壁で防御する。いかに相手が魔法執行官といえど、僕とエースの二人がかりなら、押し切れる。そう判断した僕らはDUO魔法を発動させる。
「くらえっ!」
DUO魔法で威力を上げた炎魔法を放つ。しかし、届く前に魔法障壁で防御された。
「次!」
次は水のDUO魔法。しかし、これも魔法障壁に阻まれる。
「なら、これは?!」
今度は木属性のDUO魔法を放った。だが、また魔法障壁に阻まれた。
「それなら!」
無属性のDUO魔法を放つが、無駄だった。また魔法障壁に阻まれる。
「くそっ!かったい守りだなー!!」
「無駄口を叩くな!エース!!」
「分かってるよ!」
一旦攻撃は止めて、距離を取る。まだたった四回の攻撃だが、それでも相手の守りの硬さは分かった。
「スペードにエース君、そんなもんか?!今時の若者は軟弱だな!」
「えっらそうだな、おっさん!」
「エース!危ない!!」
舞台の上からスノーさんが魔法を撃ちながら叫ぶ。それをエースが攻撃魔法で迎撃しようと呪文を唱える。だが、僕は気づいた。エースの死角からも攻撃魔法が近づくのを。僕は魔法障壁でそれを防ぐ。
周りを見ると、入る前に予測していたように迎撃用の攻撃魔法の術式が組まれていた。それに僕は厄介な、と舌打ちする。
「二人一緒は厄介だな…」
「?!エース、後ろに飛べ!」
「うわっ?!」
スノーさんの不穏な独り言が聞こえてきたので、咄嗟にそう指示するとまた違う位置から攻撃魔法が。エースは間一髪で後ろに飛んだ事で避けれた。しかし、僕の方にも攻撃魔法が飛んできたので、僕もそれを避ける為に右に飛ぶ。
「ヤバい!デュース、大丈夫か?!」
「人の心配している場合か、エース?!自分の身を守れ!」
「どんどん行くぞ!俺を倒せるか、スペードにエース君!!」
声を掛け合う僕らにスノーさんが笑いながら言った。その言葉が発動条件だったのか、床のあちこちに仕込まれていた術式からもどんどん攻撃される。それに僕らは防戦一方になってしまった。魔法障壁や相殺魔法でなんとか躱すが、ふとエースが側にいない事に気付く。
しまった!エースと離された!!これでは、DUO魔法が打てない!
「やべっ!デュース、生きてる?!」
「あぁ!生きてるぞ!!お前は大丈夫か、エース?!」
「何とかね!」
次々と来る攻撃。それを避ける為に動けば動く程、僕らは離れる。しかも、攻撃は全部防げないから、何発か入る。それに僕は舌打ちした。
まずい…!このままじゃ、体も魔力もジリ貧だ!!ブロットも溜まる!何か手を打たないと!!
特にエースはさっきので、体力も魔力も切らしている。ブロットも僕よりも溜まっているだろう。回復薬を飲んだとはいえ、体力と魔力の両方だから、そんなに回復してない筈だ。まして、そんなに休んでないから、ブロットはほぼ回復してないはず。それにエースも攻撃を全部避けきれているわけではない。
「デュース!さっき、俺が打った魔法を覚えてる?!」
「どれだ?!数を撃ちすぎて、分からないぞ!」
「黒ローブの奴等を一気に仕留めた魔法陣!あれ、その位置から作れ!!」
「はぁ?!」
策を考えていたら、エースがとんでもないこと言ってきた。それに僕は悲鳴のような声を上げる。
何を考えているんだ、エース!一度見ただけで、禁書、もしくは禁書相当の魔法陣を作れるか!!
大体、僕は容量が悪い。器用なエースが一回でできる事を複数回やってやっとできるんだ。そんな僕に、一回見た術式を完成させろと?!
「何の為に位置を近くの座席番号で指示して、お前の足で移動したと思ったんだ?!お前は頭に比べたら、体だろ?!会場の位置は覚えているんだよな?!」
猛攻を避けながら、エースは叫ぶ。そう言えば、先ほどの作戦は座席番号で位置を指定していたのだ。僕も自分への猛攻を捌きながら返事する。
「確かに会場の位置は覚えているし、位置も大体なら体と作戦の情報で分かる!」
「なら、作戦で伝えた座席番号と体働かした感覚、両方から位置を思い出し、それを頭に叩き込んだ会場図に落とせ!頭でイメージし、実行しろ!!魔法はイマジネーションだろうが!」
「分かった!やってみる!!」
猛攻の防御とダメージで疲労とブロットはどんどん溜まるが、僕はなんとかそれだけ叫んだ。エースの言葉を聞いた僕は攻撃を捌きながら、前日までに頭の中に叩きこんだ会場図に情報を落としていく。エースが伝えた作戦内容と実際に移動した感覚から大体の位置を頭の中にイメージした。そのまま、そのイメージを頭に焼き付ける。
魔法はイマジネーション。耳が痛くなる程、聞いてきた言葉だ。昔よりはマシになったその感覚を僕はフル活用する。
「エース!位置は大体でいいのか?!」
「修正は俺がやる!お前は大体でいいから、魔法を打て!!」
「了解した、女王様!」
「頼むぞ、トランプ兵!」
そう叫んだ僕は早速行動に移した。猛攻を避けながらエースから貰った情報を思い出し、床に魔法を打っていく。忘れないようにしっかり頭に焼き付けながら、情報通りに魔法を打って行った。
しばらく激しい攻防を繰り返していくと、変化が出てきた。術式の攻撃が少しずつ減ってきている。最初は分からなかったが、魔法を打てば打つほど、攻撃の数が減っているのだ。それはエース、そしてスノーさんにも伝わった。
「いいぞ、デュース!どんどん打て!!」
「なんだ、これは?!何で攻撃が減っているんだ?!」
攻撃が減って身軽になってきて、どんどん魔法陣を修正するエースが嬉しそうに叫ぶ。一方でスノーさんは攻撃魔法が減って困惑し、絶叫するように叫んだ。僕が魔法陣を作るべく魔法を打てば打つ程にその攻勢は変わっていく。
攻勢が段々減って行き、僕も防御に回していた魔法を魔法陣とスノーさんへの攻撃に移して行く。エースも防御に回していた魔法を修正とスノーさんへの攻撃に回し始めた。
「なんだ?!なんだ、この術式は?!何で、どんどん上書きされている?!上書きを拒絶する術式も組み込んでいるのに!」
僕らの反撃にどんどん不利になるスノーさんは徐々にだが攻撃から防御へと魔法を変えて行く。僕もよく分からないが、おそらくエースが教えてくれた魔法陣の方が強くて、魔法陣を構成する魔法を打てば打つ程、上書きされているんだ。
「これで!終わりだ!!」
「あーんど!修正!!」
最後の魔法を打ち込んだ時、僕の隣には修正に来たエースがいた。これが最後の修正なのか、エースは魔法を打ちながら叫ぶ。魔法陣が完成した事で僕らの魔法陣が光出す。それにスノーさんは動揺する。
「馬鹿な?!あの膨大な術式を全部上書きしただと?!」
「残念だったな、おっさん!俺の渾身の演目を邪魔した借り!!今、返してやんよ!」
そう言って、完成した魔法陣を発動させようとする、エース。それを見た僕はハッと気づき、叫んだ。
「駄目だ、エース!お前の残りの魔力と体力では、身体が持たない!!」
さっき魔法陣を使ってぐったりしたエースが頭をよぎる。今より万全なさっきでもあんなに消耗したんだ。回復薬は飲んだけど、今回はさっきの疲労と攻防の疲労が蓄積されている。
現にエースの体は疲労でふらついていた。そんなエースに、僕の頭に最悪な結末が浮かぶ。
まさか、相打ち?それだけはやめてくれ、エース!
「やめろ、エース!発動は僕がやる!!」
「そうだぞ、エース君!そんな体で強力な魔法陣を発動させたら、死ぬぞ?!」
僕の言葉にスノーさんも僕とは違う意味でまずいと思ったのか、止めようとする。
「死ぬか、馬鹿デュース!俺はお前と違って、頭がいいんだよ!!」
エースはそう叫ぶと、魔法陣を発動させた。
「魔法陣、発動!ダメージ、増強!!」
「え?」
エースの発動呪文を聞いた僕は思わず呟いた。さっきと発動呪文が微妙に違うのだ。だが、魔法陣は光輝き、発動した。痛みと同時に僕の体に力が満ちる。
魔力回復?そんな筈はない。この魔法は魔法の威力を上げるものの筈。なのに、なんで僕はこんなに力がみなぎっているんだ?
「俺はお前の記憶力をそこそこしか信用してねーよ、馬鹿デュース!魔法陣の魔力は大体はお前のだけど、修正で俺がさっきのとは微妙に違う魔法陣を作った!!」
驚く僕の背中をエースが押す。背中を押された僕はスノーさんに向かって倒れかけた。だが、足に力を入れて踏ん張り、倒れそうになる足を前に出すことで前進させる。そのまま僕は進み、スノーさんとの距離がどんどん短くなっていく。
「この魔法陣は受けたダメージを増幅させる!つまり!!お前のユニーク魔法の威力を上げるんだよ、デュース!」
「スペードのユニーク魔法?!まさか…!」
背中からエースの声が聞こえる。それを聞いた僕は自分のユニーク魔法を発動すべく、スノーさんに近づきながら、構えた。近づくとスノーさんが悲鳴を上げる。
「ぶちかませ、デュース!俺の借りの一撃、お前に任せた!!俺のトランプ兵!!」
エースの言葉を聞いた僕は腹の底から叫んだ。
「了解して実行する!俺の女王様!!」
スノーさんと至近距離になった僕は呪文を唱え始める。
「落とし前をつけてやる…!」
拳を構え、振りかざす。
「歯ぁ、食いしばれ…!」
振り上げた腕が熱い。自分でも信じられないくらい、威力が上がっているのが分かる。


しっぺ返し!ペット・ザ・リミット


ユニーク魔法を叫ぶと同時に僕はスノーさんの鳩尾に全力で右ストレートを叩き込んだ。僕の渾身のユニーク魔法と右ストレートをもろに食らったスノーさんは壁まで吹っ飛ぶ。壁にぶつかったスノーさんはそのまま気絶したのか、糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。
「だっ?!」
スノーさんをユニーク魔法ごと殴り飛ばした僕は、体のバランスを崩し、盛大にこける。魔法陣で威力を上げたユニーク魔法を使ったからか、体が物凄く疲れているが、なんとか起き上がった。
「エース!お前から託された一撃、ちゃんとスノーさんに叩きこんだぞ!!」
起き上がった僕は、背中を押してくれたエースの方を見て叫んだ。しかし、
「…!」
「え…?」
僕の目に飛び込んで来たのは床に力なく崩れ落ちるエースの体だった。慌ててエースに駆け寄ると、エースは痙攣で小刻みに震えながら、ぐったりとしている。
「エース?!おい、エース!起きろ!!」
「……」
「しっかりしろ、エース!目を覚ませ!!
抱え上げながら揺さぶるが、エースは微かに口を動かすだけで、それ以外は動かない。そんなエースに僕は必死になって呼びかける。
「エース!頼むから、答えてくれ!!死ぬな!」
「……」
呼びかけながら、まさか瞳孔が開いていないよな?と無理やり目を開く。人間は死ぬと瞳孔が大きく開く。確認すると瞳孔は開いてはいないが、エースのチェリーレッドの瞳も不安定なせいか痙攣していた。
「ん…?」
目を見ていたら、目玉が下に下がった…気がした。それに僕は視線を下げる。
そう言えば…と僕は思う。一回、魔法陣で疲労困憊したエースが、また同じ状態になるかもしれない戦闘に何の対策もなく、同じことするか?相手はエースだぞ?その事に僕は違和感を感じる。
エースはよく言えば頭が良く、悪く言えばずる賢い所がある。詰めは甘いが、戦闘があると分かってるなら、策も含めて準備できるものは準備しすぎるほどにきっちり準備する。そんなエースがこの状況を打開できる策を準備していないとは考えにくい。
そう思った僕は先程視線が向けられた下に向かって、順々にエースの体を触った。腰の辺りを触った瞬間、微かに硬い感触がする。そこを中心にエースの体を触ると、望んでいた物にようやく辿り着いた。
「あった!回復薬!!」
さっき疲労困憊だったエースを回復した回復薬と同じ瓶が探り当てたスカートの裏のポケットから出てきた。それも二本。エースを仰向けにし、体勢を整えると僕は口の中に瓶の中身を入れ、エースの顔をしっかりと抑えて口移しした。さっきりよりも疲労しているようなので、今度は最初から口移ししたのである。
「エース?大丈夫か?」
「…っ…」
「分かった。二本目いくな?」
やっぱりさっきより心身ともにダメージを負っているからか、一本では駄目だった。まだ回復しないエースを見て、僕は二本目を口に含み、またエースに口移しする。
「…っ!くはっ!!かはっ、ごほっ!」
「エース!大丈夫か、エース?!」
「おぇっ!うぐぅっ、ごほっ!!ぐぇっ、はぁっ!」
「エース!いくらでも吐いてもいいから、息を吐いて吸え!!まずは呼吸を意識するんだ!」
二本目でようやく呼吸まで回復したエースは止まっていた呼吸を取り戻そうとしているのか、餌付きながら息を吐いて吸った。そんなエースを僕はちょっとでも呼吸を楽にしようと横向きにし、背中をさすりながら声をかける。
「エース、呼吸に集中しろ…!」
「くはっ、かはっ!こほっ、うぇっ!!」
僕が声をかけながら背中をさすると、餌付いたり咳き込んだりしていたエースの呼吸は段々落ち着いていき、やがて正常なものになる。僕無しでも落ち着いて呼吸をするようになったエースを再び仰向けにし、その顔を覗いた。
「エース。僕が分かるか?」
「…ゅーす…」
「そうだ。エースの恋人のデュース・スペードだ」
微かに名前が聞こえた…気がしたので、頷き、エースを褒める。するとエースは口を微かに動かし、微かに声を出した。
「…ぁ…」
「ん?」
「…ぃ…ぁ…ぃ…ぁ…」
「…い…あ…?いあ?あ、下か?!」
微かな声を聞き取って自分で呟き、なんとか正解を導く。僕が叫ぶと、エースは微かに顔を縦に振った。
下って…まさか、まだ薬あるのか?
さっきのがスカートの内ポケットに入っていたので、もしかしたら、またスカートに?と考えた僕はエースには悪いが、巻きスカートを広げた。
「はぁ?!準備、良すぎだろ?!」
広げたスカートの内側にはあちこちにポケットがあり、その中に回復薬が一、二本ずつ入っていた。その本数、なんと八本。さっき二本飲ませたから、全部で十本持っていたことになる。
「まぁ、体力と魔力の両方を回復とはいえ、回復量は少ないもんな…でも、だからって貴重な回復薬を持ち込みすぎだろ…」
準備が良すぎるエースに呆れ返りながら、僕は三本目を口に含んだ。エースの様子からまだ自力での服用は無理と判断したからだ。
「エース。三本目、いくぞ」
「…っは!はぁ…はぁ…!!」
三本目を口移しすると、大分回復したのか、口を離した途端、エースは荒い呼吸を繰り返し、息を整えた。そんなエースを僕は呆れ返りながら見詰める。
「はぁ…はぁ…あー…死ぬかと思ったぁ…」
「エース…回復薬、どうしたんだ?しかも、こんなに…」
「ん…?目についたの、片っ端から、パクってきた…」
三本も摂取したからか、エースは大分回復した。大丈夫そうなので疑問に思っていたことを尋ねるとエースはけろりとしながら答える。そんなエースに僕は呆れ返り、ため息をついた。
「…回復薬を持って来ていたなら、教えてくれ…心臓が冷えた」
「わりぃ、忘れてた…でも準備していたから、復活できたし…!」
「…はぁ…心臓が痛い…僕は今日だけで心臓が何度も止まりかけたんだぞ?」
「いや…本当に、ごめん…」
僕の様子を見て、さすがにまずいと思ったのか、エースは頭を下げて素直に謝る。そんなエースを僕は抱きしめた。疲労で力があんまり入らない腕でもちょっとでも強くエースを感じたくて、何とか力を入れて、エースを抱き締める。すると、エースは僕の肩に顔を埋めた。
「…もう、こんな事しないでくれ」
「…うん」
「…心配した」
「…うん」
「…無事で良かった」
「…うん」
「…僕を置いて、死なないでくれ」
「…うん」
僕が言葉を吐き出すたびに頷くエース。よっぽど反省したのか、今までのエース史上稀に見るほど素直な良い子だ。滅多にお目にかかれない素直なエースを僕は不謹慎にも可愛いと思ってしまう。
「…エース、今日は早く帰ろう」
「…うん」
「…久し振りに一緒の時間を過ごそう?」
「…うん」
「…残りの回復薬、全部飲ませて、全回復させるからな。僕を心配させた罰だ。今日は寝かせない」
「…うん」
「…エース?」
「…うん」
反省したにしては、なんか様子がおかしい。そう言えば、エースはさっきからずっと「…うん」しか言ってない。不審に思った僕は、ゆっくり体を離す。
「はぁ?!ふざけるな、エース!僕の心配を返せ!!」
「…うん」
エースの様子を確認した僕は思わず、叫んだ。
エースはチェリーレッドの瞳を隠す瞼を何度も微かに開いては閉じ、開いては閉じし、うとうとと微睡んでいた。本当に寝る寸前なのか、うつらうつらしている。僕はそんなエースの顔を掴むと、左右に激しく揺らした。
「おい、エース!起きろ!!」
「…ん」
「ふざけるな、エース!ふざけるなよ?!僕は大人しく頷くお前に心の底から反省してくれたかと思っていたのに!!」
「……ん」
「寝るな、エース!寝たら、死ぬぞ?!僕が!」
何度も何度も声をかけながら揺さぶるが、エースは一向に起きない。それどころか、返事の間隔は長くなっていき、
「……」
「寝るなー!」
ついに僕の腕の中で完璧に眠りに落ちてしまった。しばらく起こそうとした僕だったが、エースはついに目覚めなかった。それに僕はエースの体を床に仰向けで横たえらせ、その唇に唇を重ねる。
「……」
何かの物語で見た、眠る姫を起こした王子のキス。しかし当たり前だが、やっぱりエースは目を覚まさなかった。
「…はぁ…後始末…するか」
なんだか色んな意味で疲れた僕はエースを横たえた。マジカルペンを見ると、ブロットがもの溜まってる。エースのマジカルペンを見ると、僕より酷かった。その濁り具合から判断して、きっとオーバーブロット寸前だ。よくオーバーブロットしなかったな、僕ら。
マジカルペンを片付けるとよろよろしながら、僕はスノーさんに近付いた。スノーさんはまだ気絶していて、ぴくりとも動かない。そんなスノーさんの両手に手錠をかけ、一応足も手錠で拘束した。確保と逃亡防止の為だ。
この手錠は魔封じの魔道具でもあるので、これでスノーさんは魔法を使えない。応援を呼び、様々な要因から眠るエースの為に救急車も呼ぶと僕はスノーさんの側に屈んだ。よっぽどダメージを受けたからか、起きそうにない。
「…さすがに、やりすぎたかな?」
「…いや、こんなもんだろ?」
ぽつりとした僕の一言に返事が返ってきたので、僕はびっくりしてしまった。スノーさんを見るとスノーさんは薄目で僕を見ている。
「…起きていたんですか」
「…足を拘束された辺りでな。お前さん達からの攻撃、すげー効いたぜ」
そう言いながらスノーさんははーっと息を吐く。体は動かないのか、微かに顔が動くだけだ。
「正直、舐めてたよ。お前さんのユニーク魔法。カウンター系だから使い辛いな、と思っていたけど、どっこい土壇場からの形勢逆転だったな」
ははっと力なく笑うスノーさんに僕は尋ねる。
「…スノーさん、今回の事件、貴方が犯人だったんですか?」
「何?俺が犯人か分からないで俺をボコったの?」
「そうですね。現時点での証拠はないですね。根拠もあまりないです。あるのは、貴方が水球を壊したというエースの目撃証言だけです」
そこまで言うと、スノーさんはぽかんとし、やがて笑い出した。傷が痛むのか時々咳き込む。一通り爆笑するとため息混じりに言った。
「おいおい…俺が犯人じゃなかったら、後が色々やべーぞ?」
「じゃ、スノーさんが犯人なんですか?」
「今回はな。あ、他の脅迫状は別の犯人だ。もう捕まえている」
余程おかしいのか、まだ時々「ぶふっ」とか「ふはっ」とかいう笑い声が聞こえる。しかし、落ち着いたのか、今度は真面目な顔になった。
「今度から犯人追い詰める時は言い逃れできない証拠を取り揃える事。間違えました、じゃすまないからな」
「肝に銘じておきます」
「んで?俺が犯人だって証拠がないのに、俺をここまでボコったのはエース君の証言だけで?」
「そうです」
「え?」
至極真面目に頷いたら、スノーさんは目を見開いて僕を見た。その顔をじっと見つめながら、僕は言う。
「恋人が頑張りに頑張った最高のステージを邪魔されたんだから、これくらいの仕返しは当たり前でしょう?」
きっぱりはっきり本心からそう言うと、スノーさんはぽかん、と僕を見た。しばらくじーっと僕を見るが、「…ぷっ」とまた吹き出し、小刻みに肩を振るわす。
「いやぁ、スペードよぉ…恋人のためとはいえ…たったそれだけで、ここまでボコる…?」
「なっ…!それだけって…!!」
「あぁ、いや…失言だったわ…エース君ならな…まぁ、エース君の立場からならそうだよな…俺、最低な事したわ…」
微かに肩を震わせて笑うが、やがてため息をつき、苦笑した。そして、真面目な顔をして僕を見て言う。
「でも魔法執行官のお前さんは、それではいかんだろう?」
その一言に僕はドキッとした。思わず、俯く。
確かに、今回のことは魔法執行官としてなら失格だ。証拠と証言を揃え、犯人を捕まえなければならないのに。まして、犯人をここまでボコボコにするなんて…
「ま、今度からは魔法執行官らしい方法で犯人追い詰めな」
そう言ったスノーさんは憑き物が落ちたようにすっきりした顔で笑った。
やがて僕の連絡を受けた魔法執行官達がスノーさんを連行していった。エースの証言、黒ローブ達のローブ、黒ローブ達のワイヤレスイヤホン、黒ローブ達自身の証言が証拠となり、スノーさんは逮捕された。エースも辿り着いた救急隊員に僕から事情を話し、救急搬送されていった。
事情聴取される中、スノーさんは動機についてとんでもない事を言った。なんと、スノーさんは僕に会いに忍び込んできていたエースが好きになったんだとか。だが、スノーさんは僕の事も気に入っていたし、なんがかんだ仲の良い僕らも好きで、エースに告白するつもりはなかった。けれど、それでもエースへの恋心は抑えきれず、せめてもの嫌がらせとして今回の犯行に及んだらしい。
「引導を渡されるなら、目をかけた後輩と好きな奴が良かったんだ」
疲れたように笑いながら、スノーさんはそう言ったらしい。
「馬鹿だなぁ、スノーさん。俺にはデュースがいるのに」
「だから、犯行に及んだんだろ?」
「だからって、なんで俺のステージを邪魔する事になんの?!俺は初めて頑張りに頑張ったのに!」
何日か過ぎ、ようやく仕事が落ち着いた僕はエースにも話すと、スノーさんの犯行動機を知ったエースは怒りながらそう言った。そんなエースに僕は慌てて言う。
「でも、ステージの人魚のエースを見て、最後の最後で迷ったらしいぞ?あんまりにも綺麗だから、邪魔したくなかったって」
「だったら、なんで尚更邪魔したんだよ!俺の初めてのメインの演目だったのに!!」
僕の言葉にエースはそう怒り狂った。クッションをぼかぼかと殴って八つ当たりするエースを見て笑う。
実は、最後の話だけはちょっと違う。確かに人魚のエースが綺麗で見惚れたのは確かだが、舞台袖の僕にも笑いかけたのに自分にはそれがなかったので、絶対にエースのそれが自分にそれが向く事がない事を思い知らされたそうだ。その怒りが妨害を決行する決定打になったらしい。
「つか!お前!!なんでユウと兄貴に、お前の『女王様』呼びと俺の『トランプ兵』呼びの理由、話したんだよ?!」
「いだっ?!」
クッションを殴っていたエースが僕にクッションを投げつけながら言う。僕は投げられたクッションをどかしながら、ため息混じりに話す。
「だって、ユウが『なんで黒ローブ達との立ち回りの時にデュースはエースを「女王様」と呼んで、エースはデュースを「トランプ兵」って呼んだの?』って、聞いてきたから…」
「だからって、言うか?!普通?!」
「エースのお兄さんにも聞かれたから…悪い…」
激怒するエースだが、明らかに僕に非があるので僕は素直に謝った。
僕の『女王様』呼びとエースの『トランプ兵』呼びは実は学生時代のものだ。といってもナイトレイヴンカレッジにいた時、ずっと呼んでいた訳じゃない。
僕らが二年生の春、ローズハート先輩は新たな寮長にエースを指名した。容量がよく、大体のことはそつなくこなすが、ローズハート程優秀でなかったエースの指名に当初の周りの反感は強く、僕もその一人だった。翌日にでも決闘を挑もうと思っていたが、
「デュース、副寮長になって、俺を本当の寮長にしてくれ」
ローズハート先輩からの指名の日に部屋に来たエースは、そう言って僕に頭を下げた。もちろん、驚いた。だって、あのエースだぞ?不真面目で我が儘で素直じゃなくて人を使いまくり、絶対に頭を下げなさそうなエースが。まして、当時は恋人とはいえ、ライバルでもあった僕に。
「デュースが俺に負けたくない気持ちもわかるし、俺が寮長になって反抗する奴等の気持ちも分からなくはない。でも、俺はリドル先輩の気持ちを無駄にしたくないし、何より俺自身ハーツラビュルの寮長をやり遂げたい」
そう言ったエースは普段の不真面目さは欠片も無かった。そんなエースに僕はしばらく迷いはしたが、結局頷いた。だが、一つだけ条件を出す。
ハーツラビュルは薔薇の女王の厳格な精神に基づく寮。そこで俺は、寮長であるエースを徹底的に「ハーツラビュルの寮長」として広める為、エースを「女王様」、僕の事は「トランプ兵」と呼ぶ事を条件に出した。最初は「そんな恥ずかしい呼び名、絶対に嫌だ!」と反発したエースだったが、「じゃ、副寮長はやらないし、明日決闘申し込むから」と言うと渋々頷いた。
エースが寮長の間、寮生の前で僕らはこの呼び方を徹底した。すると、「エース・トラッポラはハーツラビュルの女王様」と認識が広がり、段々反抗は減り、とうとう無くなった。僕が提案した呼び名の効果は絶大だったのである。
卒業式の後のプロムで僕と踊ったエースは呟いた。「こんな恥ずかしい呼び名の黒歴史、持ちたくなかった」と。僕はごめん、と謝っておいた。
それをユウとエースのお兄さんに渋々ながら話すと、
「あのエースが、頭をねぇ…まぁ…デュースはエースの為にやった訳だし…実際、効果はあったみたいだし…」
とユウは非常に微妙な顔で呟き、
「女王様!お前はSM嬢か、エース?!俺、一生このネタでエースを揶揄うわ!!」
とエースのお兄さんは腹を抱えて爆笑した。そんな様子に僕は頭を抱えた。
いくら緊急事態だったとはいえ、あれはなかったな…なんで今更ながら寮長・副寮長時代の呼び方が出てきたんだ、僕らは…
ちなみにこの時のエースは病院に搬送されて休んでいた。怪我と魔力切れから疲弊した体は回復薬を飲んで大分安定したとはいえ、危なかったから。三本飲んだのも薬酔いがあると悪い、という点も入院理由だ。怪我はそこまで酷くなかった為にすぐに回復し、数日で退院したけど。
僕はといえば、事件の報告の時に上司にこっぴどく叱られた。スノーさんをぼこぼこにしたのは相手が魔法執行官だから、という事でガミガミ言われながらもなんとか収まったが、脅迫状が届いたと分かっていながら報告しないとは何事だ!と激しく責められた。結果、大量の始末書と報告書を書く事に。もう書類の山は見たくない。
「色々俺に悪いと思うんなら、これに名前を書け!」
「なんだ、これ?」
そんな事を考えているとエースが何かの書類をテーブルに叩きつけてきた。また書類…とうんざりしながら見ていく。
「…エース」
「なんだ?」
「この書類、僕が『WARLOCK』と専属契約するという内容の書類に見えるんだが?」
「そうだよ?」
「僕は魔法執行官なんだが?」
ギロ、と睨みながら言うと、エースは視線を逸らしながら言った。僕が怒る理由は分かっているようで結構だ。
「いやぁ…実は『宙ニ堕チル人魚』の公演を見たお客さんの反響が凄くってさぁ…」
「あぁ、凄かったもんな。エースが頑張ったから」
僕はエースの言葉に首を頷く。あれは確かに凄かった。僕も『凄い演目だった!』『またやって欲しい!』ってお客さんが感想を言い合い、ネットでもちょっとした騒ぎになったくらい好評だったと聞いている。
「それもあるけど…俺とお前で観客席にも行きながら、黒ローブ達を倒したじゃん?あれでさ、『あの仮面のイケメン騎士は誰?!』『どのイベントに行けば会えるの?!』ってネットでも大反響だし、実際に問い合わせがちらほらと…」
「……」
段々雲行きが怪しくなってきた。エース、お前まさか…
「という訳で、デュース君!『WARLOCK』に所属して!!薔薇の王国は公務員の副業も認められているだろ?!」
「断る!」
エースの一言に僕は叫ぶように拒絶するように叫んだ。立ち上がり部屋から出ようとする僕に抱きつき、エースが引き止める。
「ちょちょちょ!話は最後まで聞けよ!!これは、お前の為でもあるんだから!」
「どこがだ?!僕は魔法執行官だぞ?!マジカルアーティストなんて、やっている暇はない!」
「そこ含めて話すから!とりあえず、座って!!」
「嫌だ!」
「頼むから!話だけでも!!」
必死に引き留めるエース。そんなエースを離そうとする僕だが、エースは諦めない。しばらく揉み合う僕らだったが、ついに僕は根負けし、書類の乗っているテーブルの前に座った。
「今回ので、お前の事が表に出た。今は俺がアドリブで言った『WARLOCK』のシークレットパフォーマーという一言でうち所属と思われているが、実は正体は魔法執行官で、別にどこの事務所に所属してない事がばれたら?」
「…職場に迷惑がかかる?」
「半分正解。まぁ、魔法執行官だから、そこまで激しい突撃はない…と思いたいけど、少なくとも、この時点でお前の職場にこの対応で迷惑がかかるわな」
エースの説明に僕は詰まった。そうか、下手したら僕の職場にも迷惑がかかるのか…今回の事件ですでに迷惑をかけているのに…
はぁ、とため息をつく僕を見ながらエースは言葉を続ける。
「で、こっちが本題というか…デュースが芸能事務所に所属してない事がバレたら、色んな所から勧誘が来る。魔法執行官の対応窓口で止められるならいいけど、こういうのって手段を選ばないのは本当に選ばないからさ。犯罪まがいな事して、契約結んでくるんだよ」
「僕はそこまで弱くないぞ?」
「デュースのお母さんや俺が危険な目にあってもいいの?」
「それは…」
一瞬ムッとした僕だが、続いたエースの言葉には詰まった。確かにエースや母さんが人質とかになって言われたら…
二人が危険な目にあう想像をしたら、ゾッとした。
「『WARLOCK』と契約したら、そういうことから守れるし、デュースの職場にも迷惑はかからない。芸事関係で何か言われたら、『「WARLOCK」に連絡して下さい』と言えばいい」
「そ、そこまで迷惑は…」
「『WARLOCK』はそこを了承している。てか、それくらいやらせてくれってさ」
それじゃ、『WARLOCK』に申し訳ない。そう言えば、エースはため息をつきながら話した。やっぱり、悪いという自覚はあるみたいだ。
「デュースは普段は魔法執行官の仕事して、本当に余裕ができた時にたまたまイベントがあったら、顔を出す程度でいい。この契約はデュースを守るためのものなんだ。俺も確認したけど、この契約はデュースの迷惑には一切ならない契約になってる。魔法執行官の仕事にも邪魔にならないし、プライベートも守られる」
「……」
「この契約書は『WARLOCK』なりの今回の事件の報酬と詫びなんだよ」
一気に話すとエースは息を吐いた。疲れたのか椅子の背もたれに寄りかかるように座る。僕はそんなエースを見つめることしかできない。
「頼むよ…俺にもデュースを守らせてくれ…」
「エース…」
ぐったりしながらそう呟くエースを見た僕は即座に書類に手を伸ばした。書類の記入欄にどんどん名前とかを書いていく。やっぱり僕はエースに甘いな、と思いながら。だって、エースは僕の為に契約を勧めてくれたんだ。それに応えないなんて、男が廃る。そんな僕にエースは叫んだ。
「おま…っ!契約の書類はちゃんと読めよ!!確認してから書け!」
「さっき見た。それにエースも確認したんだろ?」
「そうだけど!そうじゃねぇだろ?!」
「それに、もう書き終わった」
「はぁ?!早過ぎんだろ?!」
書類に名前などを記入し終わると、エースに書類を手渡した。エースは一枚一枚見て、記入漏れや間違いがないか確認する。全部問題なく書類に記入した事が分かると、書類をテーブルに置いて椅子の背もたれに寄りかかり、頭を抱えた。
「マジで書いてるよ…」
「これでいいんだろ、エース?」
「あぁ…悪いな、事件に続き、これも頼んで…」
「そうだな」
椅子から立ち上がると僕はエースに近き、そのままひょい、とエースを横抱きした。それにエースは「へ?」と目を見開くが、そんなの知らない。僕はそのまますたすた歩く。
「え?何?なんなの、デュース?」
「暴れるな」
僕の腕のじたばた暴れるエースを押さえつけながら、僕は目的地を目指す。微かに空いていた扉を行儀が悪く足で開くとエースは青褪めた。
この部屋は僕らの寝室だからだ。
「今回は本当に大変だったよ。エースは練習で遅くまで帰って来れなかったし、喧嘩中はろくに話せないし、触れ合いどころかろくに顔を見ることも話すこともできなくて辛かった…」
「でゅ、デュース?!ちょっと…?!」
つらつらと話しながらベッドに近づく。僕の意図を察したのかエースの抵抗は激しくなるが、知ったこっちゃない。ベッドにエースを下ろすとその上から押しかかる。
「事件当日は演目でトラブルが起こってバタバタするし、禁書並みの魔法でエースが死にかけるし、その後は魔力切れとかブロットを収める為とか諸々で少しだけとはいえ、エースは入院するし…」
「……」
これはエースも反省しているのか顔を背けて視線を逸らした。そんなエースの頬に手を当てながら話す。
「事件が解決したと思ったら、職場に応援要請した事で今回の事がバレ、厳重に厳重な注意とお叱りを受け、山程始末書を書く羽目になった。しばらく注意事を聞くのと始末書の書類は書きたくないな」
エースの両頬を僕の両手で挟み、強引に僕の方を向かせた。一瞬、視線がぶつかるが、エースは最後の抵抗かそのチェリーレッドの瞳は僕から逸らした。
「こんなに頑張った僕に、報酬がトラブル回避の為の『WARLOCK』との契約?それはあんまりじゃないか、エース?」
「…何が言いたいのよ?」
エースがちらりと僕を見る。視線がまたぶつかる。そんなエースに僕はにっこりと笑いかけながら一言。
「頑張った僕にご褒美として、エースをくれ」
間近で囁くとエースは顔を真っ赤にした。チェリーレッドの瞳があちこちに向くが、僕はそんなエースをじっと見つめ、捕らえて離さない。しばらく視線をあちこちに向けながら何か言おうと口を開いたり閉じたりしていたが、エースを逃す気がない僕にとうとう観念したのか、ついに深いため息をついた。
「…俺、風呂入ってないんだけど?」
「僕も入ってない」
「きったねーなぁ。風呂入ってこい」
「エースが逃げそうだから、嫌だ。それにどうせ全部汚くなる」
「うわぁ…最低…」
「なんとでも。僕は今、お前が欲しい」
そう言うと、エースはふは、と笑い声を漏らす。
「準備してないから、きっと色々と滅茶苦茶やばいだろうけど?」
「安心しろ。僕がじっくりゆっくり愛してやる」
「…ゴムとローションは?」
「こんな事もあろうかと買ってある」
「準備が良過ぎんだよな〜。さては計画的犯行だな?」
「さぁ?」
そこまで言うとエースは僕の首の後ろに腕を回した。僕の耳元で秘め事みたいに囁く。
「…俺、明日だけ休みだから、明日の介抱は宜しくね」
「あぁ。僕も明日は休みだから、安心するといい」
そう言うとエースは、ん?と首を傾げた。僕を見ながら呟く。
「…なんか、出き過ぎじゃない?俺らの休みが合うなんて?」
「実はユウやエースのお兄さんからエースの休みを聞いて、僕も有給を取った」
「はぁ?!兄貴にユウ、何してくれちゃってんの?!信じられねー!」
「エース、煩い」
目の前で騒ぐエースが煩くて、顔を近付ける。
「今は僕だけに集中しろ」
それだけ言うと、文句を言うエースを騙せるべく、まるで噛みつくようなキスをした。久し振りにキスしたエースの唇は水の中から出てきた人魚みたいに潤っていた。







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