エピローグ
side Deuce




「お困りのようですね、執行官殿♡」
どこからともなく僕の前に現れたエースはそう言って笑った。あんな事件があったというのに、まだエースは時々思い出したようにふらっと僕の職場にやってくる。
「エース…なんだ、その格好は?」
「ん?今日のステージ衣装。似合うっしょ?」
そう言ってエースは「どーよ?」と笑いながらポーズを取った。
だから!くっっっそまっっっっっぶいわ!!理性が吹っ飛びそうだ!やめてくれ、エース!前にも思ったが、僕は職場で発情したくない!!
「可愛いけど、ここに着て来るな」
「ちぇ〜。デュース君はお堅いですね〜」
ぶー、と不満げに唇を尖らすエースに僕は上着を脱いで被せた。
今回着てきたのはナイトレイヴンカレッジのポムフィオーレのような衣装だ。エースに合わせたのか赤を基調としたもので、ピンクのハートがうまい具合に配置されて花のように見える。しかし、下にインナーは着ておらず、その首にはハートのチャームがついたレースのチョーカーが。頭には狐面を斜めにつけている。屈むと鎖骨の辺りが見えそうだ。
前も思った事なんだが、頼むからやめてくれ、エース。職場で僕を誘惑するのは。これも前から思っている事なんだが、僕は職場では真面目で優秀な執行官でいたいんだ。
「あ!エース・トラッポラさん!!来ていたんですね!」
「こんにちは〜。うちのデュースが世話になってま〜す」
タイミングがいいのか悪いのか、今、バディを組んでいる先輩が来た。この先輩はスノー先輩の代わりに新しく僕とバディを組む先輩で、スノー先輩とは違い、結婚して子供がいる。その性格はスノー先輩とは違い、真面目だがちょっとお調子者で家族思いだ。
「いや〜、スペードも愛されてんな〜!俺の家族には負けるけど!!あ、エース・トラッポラさん、衣装、似合ってますよ〜!」
「ありがとっす〜」
いつかどこかでやり取りしたような会話だけど、心配はいらない。この先輩は何より家族が好きなのだから。
「そうだ!今日こそ、サインを書いてくださいよ〜!!うちの娘が大ファンで…!」
「いいっすよ。紙とか書くのとかあります?」
「そう言われると思って!色紙とペンがあります!!」
エースの言葉に先輩はどこからか取り出した色紙とペンを差し出す。エースと会うたびに色紙がなかったりペンがなかっりしてサインをもらえなかったから、常備していたのだろう。
「右側にお願いします!」
「右側?なんでっすか?」
突然の言葉にエースは首を傾げる。僕も傾げた。なんで、右側?
「左側はスペードのサインを書いてもらうから…」
首を傾げる僕らにこの先輩はそんなことを言う。何故かこの先輩は僕ら二人のサインを強請るのだ。だから、二人の時を狙ってサインを強請ってくる。
「僕の芸能活動に関しては『WARLOCK』に話を通して下さい」
「そんな!?」
必殺、『WARLOCK』に許可取りして下さい。それに先輩は悲痛な悲鳴を上げる。事件であんなに大変な目にあった上、『WARLOCK』とは所属の契約を結んだんだ。これくらい言ってもバチは当たらないだろ?
「頼むよ、スペード〜!娘の為に〜!!」
「嫌ですよ!というか、なんで僕が左でエースが右なんですか?!
「娘曰くさ〜、『仮面の騎士様は左でエース君は右なの!これは絶対!!左右逆はあり得ない!いい?!パパ!!絶対に仮面の騎士様は左でエース君は右でサインを貰ってきてね!』って」
「何ですか、それ?」
「…俺、分かったかも」
訳のわからない主張にますます首を傾げる僕だが、エースは分かったらしい。何故かその表情は頭を抱え、うんざりしている。そんなエースに僕は詰め寄った。
「本当か、エース!」
「…多分ね」
「先輩の娘さんはなんで僕らのサインを左右指定して欲しがったんだ?!」
「…聞かないでくれ」
「何でだ、エース?!」
「…だーっ、もう!聞くな!!俺は答えたくない!」
「なんで?!」
理由が分かったらしいエースだが、なかなか答えてくれない。僕がしつこく聞くと、エースは顔を真っ赤にしながら怒り出した。そんなエースに僕はますます困惑する。
何でだ、エース?!なんで、そこまで理由を教えるのを拒むんだ?!」
「あ、いたいた。エース・トラッポラさん、受付にマネージャーが来ていますよ」
ぎゃいぎゃい言う僕らの元に他の職場の人がやってくる。どうやら、またユウがエースを迎えに受付に来たようだ。
「じゃ、俺はこれで!マネージャーが来たから、俺は帰る!!」
「待て、エース!僕らのサインの位置の理由が分かるなら、話せ!!」
「しつけーな!馬鹿デュース!!嫌だよ!」
「お前が断るのを僕は断る!」
いつもなら、駄々を捏ねに捏ねて帰りを拒否するエースだが、今日はグッドタイミング!とばかりに走って受付に向かう。僕はそんなエースを走って追いかけた。そんな僕にエースはあっかんべー!と言わんばかりに舌を出す。そんなエースに叫びながら走り、受付に向かった。
「もー!エース!!抜け出すなって、あれほど…って、どこ行くの?!」
「悪い、ユウ!ちょっとデュースを撒いて先に練習場に行ってるわ!!右ストレートは無しね!」
「すまない、ユウ!エースを捕まえたら、ここに戻ってくるから!!」
「また喧嘩したのかよ?!俺を巻き込まないでくれる?!早く仲直りしろよ!」
受付で待っていただろうユウの側を通り過ぎ、エースは外に向かって走っていく。僕はそんなエースを追いかけていった。背後からユウの呆れながらも笑っている声が聞こえた。
まだまだ僕らの関係には問題点はあるけれど。きっと僕らは幸せだ。だって、こうやって喧嘩しながらも周りに応援され、仲良く一緒にいるから。それはきっとこれからも。ずっとずっと。変わらないと思うし、変わって欲しくない。
「待て、エース!」
「誰が待つかよ!馬鹿デュース!!」
逃げるエースと僕。その差は少しずつ縮まっている。空の天の川まで逃げないように僕は赤い人魚を捕まえようと追いかけるのだった。





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