赤い君、青い僕




遅刻だ!急げ!!
その一心で僕は駅に向かって走っていた。
今日は僕が入学する高校の入学式。最初が肝心!というのに、うっかり鳴っていた目覚ましを寝ぼけて止めてしまった僕はこんな遅刻ぎりぎりの時間に走る羽目になってしまった!!高校からは優等生になる筈だったのに!
こんな筈じゃなかった、と頭を抱えたい気持ちを必死に抑え、僕はひたすら駅に向かって走った。
駅に着くと改札を通り、ホームへ。電車の発車時刻が記されている電光掲示板と時計を見ると、少しだけ時間があった。
「ま、間に合った…」
空いている席に座った僕は呟きながら呼吸を整えた。ぎりぎりに入学式に間に合う電車が来る前にホームに着いたからだ。なんとか呼吸を落ち着けると、周りを見る。周りには僕と同じように学校に向かう生徒なのか、制服を着ている学生が何人かいる。僕同様、今日が入学式なのか、親と一緒の学生もいた。
「ん?」
周りを見ていた僕は一人の学生に目を奪われた。ぴょんぴょん跳ねた明るいテラコッタの髪に活発そうなチェリーレッドの瞳。サラサラな紺の髪に落ち着いたピーコックグリーンの瞳の僕とは対照的過ぎるその学生に、僕は目を奪われた。彼は学ランの僕とは違い、ブレザーの制服を着ている。残念ながら、違う学校の生徒のようだ。彼は親なのか彼と似たような大人と楽しそうに話し、笑っていた。それがなんだか、凄く印象的で…
「……」
僕は彼をこっそりと見つめた。電車が来たので入り口に向かうと、彼も入り口へ。偶然にも同じ電車のようだ。電車に乗り込むと彼も同じ入り口から電車に乗ったので僕は彼の近くの位置に立った。
赤い彼は親だろう大人と一緒が嬉しいのか、よく笑いながら話していた。入学式という事でこれからの生活に希望が溢れているのか、その顔はひたすら明るい。だが、
「え…?」
一瞬、本当に一瞬だけだが、彼の表情に影が差した。だが、またすぐに明るい笑顔になる。親らしい大人はそんな彼に気付かなかったのか、ずっと笑いながら彼と話をしていた。
赤い彼が電車から降りる。僕の降りる駅の一つ前だ。それに僕はため息をついた。降りる駅は違うのか、と残念に思いながら。後で彼が着ていた制服から彼の学校を探そうか、と考え、首を傾げた。
なんで、僕はこんな事を考えているんだ?遅刻ギリギリの電車に、たまたまいた学生を何でそこまで気にかける?ただ、僕と髪と瞳が対照的な色合いなだけの学生を。
だが、それでも彼の明るい笑顔と一瞬だけ影の差した彼の表情は僕の頭から離れなかった。
「…行くか。入学式に間に合うといいな」
僕が降りる駅に電車がついたのでホームに降りた僕はちょっとでも早く学校に着けるように走った。周りにも同じ学ランの生徒はちらほらいて、親と先を急いでいる。
「……」
僕はそれを視界の端でちらっと見ると、振り払うように走って学校に向かった。
僕の家は母さん一人しか親がいない。しかも仕事で忙しく、あまり一緒の時間がない。今日の入学式も仕事のせいで一緒に来れなかった。だから僕は一人で学校に向かって走っている。
仕事でなかなか一緒にいられない母さんに、中学生になった僕は思春期と反抗期から反発に反発し、荒れに荒れた。所謂ヤンキーとなり、喧嘩三昧の日々を送った。
「私が悪かったのかしら…私が片親だから…」
そう言ってこっそり泣いた母さんの姿を僕はきっと一生忘れられない。普段は活発でハツラツとしている母さんが弱り切って影で泣いていた。どんな時も気丈な母さんしか知らなかった僕は、その姿にショックを受けた。誰かに言ったらマザコンと馬鹿にされそうだが、それくらい僕は母さんが好きで、だからなかなか一緒にいられない母さんに反抗したのだ。
母さんが不良の僕を思って泣いたのを知った僕は不良をやめ、脱色していた髪を戻して服装を正し、優等生になるべく勉強を頑張った。頑張りに頑張った僕は、学力が最低から平均まで伸ばし、なんとか学力が中間な高校に受かった。そのまま高校では優等生になるべく頑張ろうとしたが…
「ま、間に合った…」
頑張って走ってきたからか、なんとか僕は入学式に間に合った。案内に導かれ、入学式が行われる体育館に行き、席に座ると頭を抱える。
くそ…!初日から失敗した…!!入学式は優等生らしく余裕で来ようと思ったのに…!
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫。心配かけてすまない」
頭を抱える僕を心配したのか、隣の席の生徒が僕に声をかけてきた。そんな生徒に僕は顔を上げ、優等生らしく笑顔で答える。その答えに安心したのか、その生徒はそれ以上話しかけてこなかった。アナウンスが鳴り、入学式が始まる。優等生らしくステージを見上げる僕だが、ふと思った。
「彼は間に合ったのかな…?」
僕とは違い、付き添いと共に入学式に向かっていただろう赤い彼を思い出し、呟く。彼の学校も入学式でここと同じような時間から始まるなら、式に間に合うか危ない時間だったんじゃないか?
「僕には関係ないか…」
そう呟き、僕はステージ上の先生の話を聞く。だが、僕の脳裏からはあの赤い髪と赤い瞳が離れる事は無かった。
次の日、僕は入学式の時と同じ時間の電車に乗った。入学式が始まった時間は学校の始業時間と同じだった事、そしてまた赤い彼に会えるかも?という淡い期待からだった。
結局、昨日の僕の頭の片隅にはあの赤い彼の姿がチラチラと残り、離れなかった。ついに僕は赤い彼にまた会いたいんだ!と開き直り、スマホで彼の学校を特定した。彼の学校も学力は割と平均的だが、中等部もあり、生徒によっては中高一貫で通える高校だった。
「来るかな…?」
昨日より早く駅に来た僕は早足でホームを目指す。ホームへの階段を上がるたびに心臓の鼓動は激しくなり、緊張からか手汗をかく。赤い彼がいなかったらどうしよう?とも考えたが、その時は素直に諦め、優等生らしく早い時間の電車にしよう、と決めた。
「いた!」
階段からホームに上がった僕が周りを見渡すと、果たして赤い彼はいた。相変わらずテラコッタの髪はあちこちに跳ね、チェリーレッドの瞳の端には眠くて欠伸したからか涙が浮かんでいた。そんな彼に内心ガッツポーズした僕はさりげなく彼に近づき、彼の近くで電車を待つ。今日は昨日より学生が多く、電車の入り口は一緒だったが、人の波に押された僕は彼から少し離れてしまった。彼の方を見ると他の乗客越しにテラコッタ色の赤い髪が見える。そんな赤い彼に僕はため息をついた。
「はぁ…まぁ、会えた事は会えたし…いっか…」
明日も同じ時間の電車に乗ろう、と決意しながら、僕は離れた彼を見つめ、呟いた。
それからも僕は同じ時間の電車に乗り、赤い彼と共に学校に向かった。と言っても話す事は愚か、降りる駅は違う。彼は僕を認識していないだろうし、僕自身、彼に関しては一緒の電車に乗って見れるだけで十分だった。
ただ同じ電車に乗り、一緒の方角にある別々の学校を目指す。僕と赤い彼の関係はそれだけだ。友達になれたらいいとは思うけど、荒れた時に大体縁が無くなってしまった僕は怖がられたらどうしよう?と悩み、話しかけられなかった。
僕らは話す事なく、毎日同じ電車に乗ってそれぞれの学校を目指していた。そんな日が続いていた。





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