「なぁ、デュース。今日の放課後、空いている?」
ある日、いつものように駅で挨拶してきた僕にエースはそう言ってきた。それに僕は首を傾げる。
「空いてるぞ?なんだ、急に?」
「いや、俺らなんだかんだ直接話すのは朝の電車だけだなって思ってさ。たまには、デュースと放課後に遊びたいなって思って」
確かに。スマホなら夜までやり取りするが、直接エースと話すのは朝の通学時のみだ。それに気付いた僕は、「ダチと放課後にだべる」というシチュエーションをエースとできるかもしれない、という事に気付き、内心テンションが上がる。
「そういう事なら、いいぞ。今日はバイトもないし」
「決まり!じゃあ、放課後にこの駅な!!」
そう言ったエースは本当に嬉しいのか、満面の笑みだった。そんなエースに僕も自然と笑顔になる。その日の僕はその約束が楽しみで楽しみで仕方なく、またまともに授業を受けず、後日先生に授業内容を聞きに行ったのは言うまでもない。
「お、デュース。先に来ていたのか!」
「さっき駅に着いたと連絡したが?」
「わりぃわりぃ。デュースと放課後に遊ぶの初めてだからさ。あんまりにも楽しみだから、スマホを見ずに来た」
「まぁ、そんなに待ってないから、いいが…」
いつも通学で乗る駅に着いた僕がエースを待っていると、エースは僕より一本後の電車でやってきた。よっぽど楽しみだったのか、悪い、と謝りながらも満面の笑みだ。スマホや朝のやり取りとは違い、よほどこの放課後の遊びが楽しみだったらしいエースに僕も自然と笑顔になる。
「んじゃ、まずは近くのスーパーに行こうぜ」
「悪いな、エース。僕の都合に合わせてしまって…」
「ま〜ぁ〜?エース君は優しいから〜?金欠なデュース君に合わせてあげるよ〜」
「す、すまん…金欠で…」
そう言いながら、僕らは駅を出て、近くのスーパーに向かった。
実は僕の財布事情はかなり厳しい。高校生になってから少しでも家計を助けるべく週に数日バイトを始めたので、母さんからのお小遣いを断るようにした。そして、バイトで稼いだお金は必要経費以外はほとんど母さんに渡している。その為、僕は外食するお金がない。高校生がよく行くであろうファストフードも僕の財政状況では厳しいのだ。その辺りの事情はスマホを通し、エースに話しておいてある。
ファストフードですら外食できないと分かったエースは「なら、スーパーとかで食べ物買って、公園で食べながら話せばいいじゃん。それなら、安く済むだろ?」と言ってきた。そのエースの言葉に僕はなるほど、と納得し、それを了承した。
「お、このアイス、まだあるんだ」
「本当だ。まだあるんだな」
スーパーに行くと、暑くなってきたのもあり、僕らはアイスコーナーへと向かった。すると、二つで一つの懐かしのアイスを見つける。確か、一つを半分に割って食べれるソーダ味のアイスだ。
「俺、これにするわ」
「分かった。僕はこっちにする」
エースはソーダ味のアイスを買い、僕は冷えたペットボトルのサイダーを買った。買い物を終えた僕らは雑談しながら公園に向かい、一つのベンチに隣同士で座る。僕は買ったサイダーのペットボトルの蓋を開け、一口飲んだ。炭酸の爽やかな刺激が乾いた喉を刺激する。僕の隣でエースもアイスの袋を開けた。
「ん」
「ん?」
「一本やる」
エースがアイスを二つに割り、一本を僕に差し出してくる。それに僕は驚いた。
「え?それ、エースのだろ?貰えないよ」
「いいから。エース様の慈悲深いお心からの施しだぞ?」
「いいよ。僕にそれを貰う義理はない」
何故かぐいぐいと半分にしたアイスを押し付けてくるエース。それにきっぱりと言うと、エースは顔を背けたまま言った。
「電車で俺をいつも守ってくれてるじゃん?それのお礼」
「だけど…」
そっぽを向いたままぶっきらぼうに言うエース。そんなエースに僕は尚も言おうとしたが、
「俺、二個も食えないから、デュースが食って」ちらり、とこちらを見て、エースはそう言った。その顔は暑さからか、それとも恥ずかしさからかは分からないが、赤かった。そんなエースに釣られ、僕も顔が熱くなる。
「じゃあ…有り難く…」
「ん…」
エースからアイスを受け取り、食べる。エースのぶっきらぼうな優しさは爽やかで懐かしいソーダの味がした。じっくりとソーダ味のアイスを食べながら、僕は自覚していく。

好きだ。エースが好きだ。僕はエースが好きだ。

強く強く、そう思った。自覚した途端、その事実が胸の中でストン、と落ちた。その事実に僕は今までのエースに関する行動に、自分のことながらようやく納得した。
きっと、僕は入学式の日に駅でエースを見つけてから、ずっとずっとエースが好きだった。僕とは反対の色彩を持つエースを見つけてから、僕はエースがずっとずっと好きだった。
好きだから、優等生らしくない時間の電車に乗り、エースと同じ通学の時間を過ごした。好きだから、痴漢されたエースを見て、僕にしてはびっくりするくらい穏便にエースを助けた。好きだから、エースを痴漢した野郎にあそこまで怒った。好きだから、エースと連絡先を交換してあそこまで喜んだ。好きだから、エースと友達になれたのが一層嬉しかった。
好きだから。エースが好きだから。僕の頭はエースとの事と「好きだから」という事に頭が一杯になる。
アイスを食べ終わってしまう。エースが僕にくれたアイス。食べ終わったアイスの棒を見て、記念に持って帰ろうかと馬鹿なことを考えてしまったが、さすがにそれは気持ち悪いかと思い直し、捨てることに決めた。
「あちぃな…」
「そうだな…」
エースが手で自分の顔を仰ぎながら、ぽつりと呟く。それに僕も頷いた。
入学式の日、駅でエースを見つけてから月日は過ぎ、季節は巡り、入学式の日よりも気温は高くなっていた。そんな時期に、僕はエースへの恋心をようやく自覚した。
それからも、僕らは時間が合えば放課後に会い、スーパーで買い物してから公園で話すようになった。エースはいつも一袋に二つ入っているアイスを買い、僕に一個渡した。それがエースなりの不器用なお礼の仕方だと分かるから、僕は毎回そのお礼を言いながら、それを受け取る。
朝の通勤時間とは違い、放課後の時間はゆっくりとしたものだった。エースとの時間は僕にとってはどの時間も愛しいものだったが、殊更好きなのはこの放課後の時間だ。エースと二人きりでベンチで話す時間は放課後デートのようだから。
僕らの関係は日を追うごとに深まっていく。それに僕は喜びながら、エースと仲良くなっていった。
そんなある日の事だった。
「…なぁ、デュース…相談があるんだけど」
ある日、いつものようにスーパーで買い物してから公園に行くと、エースは青い顔をしながらそう話しかけてきた。朝から悪かったから、朝の時点で「大丈夫か?」と聞いたら、「ちょっと…」とはぐらかされたのだ。朝は通学で余裕はなかったし、今日は公園には僕ら以外いないから話す気になったらしい。
「どうした、エース?まさか、帰りに痴漢にあったのか?」
「…それより、悪い…かもしれない」
エースに向き合いながら尋ねるとエースは真っ青なまま僕に大きめの封筒を渡してきた。それを受け取った僕は一度開けられた事で開けやすくなったそれから中身を出した。
「な…っ?!なんだ、これ?!」
封筒の中身を見た僕はつい叫んでしまった。
封筒の中身はエースの写真だった。視線は合っておらず、明らかに盗撮だと分かる。しかも、
「これ…まさか…!」
「…多分…精液…かも」
汚れが所々、付着している。それに声が漏れると、エースは声を振るわせながら、そう言った。エースが痴漢にあった時、いやそれ以上に僕は怒り狂い、ベンチから立ち上がる。
「ストーカーかよ…?!エースばっかり、なんでこんな…!ふざけんな…!!こんなん、警察に話して…!!」
「駄目だ、デュース!」
怒り狂い、今にも警察に向かおうとする僕を、エースは立ち上がり、何故か止めてきた。それに僕は苛立ちながら叫ぶ。
「なんでだ、エース?!ストーカーは立派な犯罪行為だぞ?!」
「…これ」
「ん?」
怒鳴る僕に、ストーカーへの怖さからかエースは震えながら一枚の紙を差し出してきた。それを受け取った僕は頭のどこかで何かがキレた気がした。
「…ふっざけんな、ストーカー野郎!卑怯で卑劣な事をしやがって!!」
紙をズタボロに引き裂きたい気持ちを必死に押し留めながら、僕は怒鳴り散らした。紙には「警察に通報したら、殺す」と書いてあったのだ。ご丁寧にパソコンで。
エースを苦しめやがって…!許さない!!ストーカー野郎、ぶっ殺す!
怒りで僕の頭はそれで一杯になる。そんな僕にエースは言った。
「デュースのお陰で、なんとか痴漢が来なくなったと思ったら…これで…」
「エース…」
「俺、もう、どうしていいか…分かんねぇよ…!」
エースのチェリーレッドの瞳から涙が溢れた。ただでさえ、痴漢に苦しんでいたのに、今度はストーカー。ここまでエースが追い詰められるのも当たり前だ。涙を流すエースを見て、僕の頭の中は急速に冷えて行く。
怒りがおさまったわけではない。これはアレだ。怒りがあんまりにも強過ぎて、逆に冷静になっているだけだ。実際、頭は冷えているが、怒りは欠片も収まってない。収まってたまるか。
「デュース…俺、どうしたら…」
「…大丈夫だ、エース。僕がなんとかする」
「え…?」
汚れた手袋を外し、綺麗な手でエースの涙を拭う。できるだけ優しい手付きで、壊れ物に触れるように。すると、エースは泣きながら僕を見た。そんなエースに僕は宥めるように優しく笑う。
「僕がなんとかする。だから、エースは安心してくれ」
「デュース…」
「大丈夫…大丈夫だから…」
そう言いながら、僕は涙を流すエースを優しく抱き締めた。
「大丈夫だ、エース…お前は僕が守る…」
「…うわあああぁぁぁぁぁっ!」
僕の言葉にエースは緊張の糸が切れたのか、僕の腕の中で叫び、大声で泣いた。そんなエースを僕はずっとずっと優しく抱き締めた。





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