マリア

 オフの日に行くのはギルドではなく普通のバーで、しかも人通りが少ない場所にあるためか、入っている客の数はいつも少ない。夜に人通りの少ない場所に行くのはどうかという声もあるだろうが、曲がりなりにも退治人をしているからそこらの男よりは腕っ節に自信がある。つもり。時々マスターと言葉を交わしながら、基本は一人で飲んで帰るのが常だ。けれど、今日は違った。

「まさかお前とこんなとこで会うとはなぁ」

 その日、カウンターの席に見知った後ろ姿を見つけた。おなじ新横浜で退治人をしているマリアさんだ。
 正直、バーで飲んでいるイメージがなかった。ギルドは別として、どちらかと言うと大衆居酒屋とか、そういうにぎやかな場所の方が好きそうだ。――好きそうだ、とか言っても、普段同じ退治人仲間同士でも必要最低限のコミュニケーションしか取らない私は、マリアさんが本当はどんなところに行って何が好きか、みたいなことはよく分からない。

「こういうとこに良く来んのか?」
「まあ……そうですね」
「ふーん……」

 そう言ってマリアさんは持っていたグラスを傾けた。
 師事していた退治人が元々寡黙な人で、腕は確かだがあまり人の多いところが好きではない人だった。私もその影響を強く受け、元来の性格もあっただろうが、同じ地域の退治人仲間と賑やかに仲良く……というコミュニケーションの取り方をしないまま今までやってきた。もちろん、退治のための連携はするが、良いように言えば公私混同しないというか、プライベートで関わることはしてこなかった。……そういう師匠だったから、こういう隠れ家的なバーを知れたのだけど。だから、と言ったら言い訳に聞こえるかもしれないけど、こういう時何を話せばいいんだろうかと閉口してしまう。気まずいんだか気まずくないんだか、よく分からない沈黙が私たちの間に下りる。

「なあマスター、こいついつも何話すんだ?」
「!?」

 マリアさん私と話してもつまんないだろうなと思っていた矢先、この人いきなり何を聞いているの。いくら暇だからってそんなに。
 あたふたする私を見て、マリアさんはニヤニヤしながら「俺らの愚痴でも言ってんのか〜?」と言うではないか。この人、楽しんでる……。突然話を振られたマスターは、うーんと悩む素振りを少し見せ、「そこはプライバシーなので」と困ったように笑った。

「ちぇっ、まあそうだよな」
「マリアさん……」
「じゃあ本人に聞くわ。何話すんだ?」
「え!?」

 何話す……って、そういえば何だろう。本当につまらない、他愛もないことしか話さないんだけど……。たま〜に、詳細は伏せつつ仕事がきつかったとかそういうことも話すけど、それもなんの起伏もない話をただぽつぽつとして、それにマスターが適度に相槌を打ってくれる程度。

「なんか、俺らとは仕事の話しかしねーじゃん?」

 お前、プライベート結構謎だし……他の奴らも言ってるぜ。
 交流を少なくしている自覚はあるが、まさかそんなふうに思われていたとは。

「ギルドには、飽くまでも仕事をしに行ってると思ってるので……」
「お! 俺らは仕事してねーとかそういう話か?」
「!? ち、違いますそういうことじゃなくてですね!?」

 あらぬ疑いをかけられそうになり慌てて否定する。た、確かに賑やかだなと思うことはあるけど、仕事してないなんて思わない。むしろ仕事……というか腕は立つ人ばかりなので、そういう意味では尊敬している。私がみんなの輪に入っていけないだけだ。

「はは、わかってるよ」

 バーの中の暗い光もあり、マリアさんの表情がよく見えない。けど、優しい声色に、怒ってないんだなと安心した。多分、だけど、マリアさんはそんなことじゃ怒らない人なんだろうなと思う。

「うるさいのがあんま好きじゃねーんだろ? ドラルクが初めて来た時とか、こっそり出て行ってたもんな」
「ドラ……ああ、えーと、ロナルドさんとコンビ組んでる……?」
「そうそう」

 既に空になったグラスを弄びながら、マリアさんはこちらを見る。
 たしかあの日は、いつも騒がしいギルドがもっと騒がしくなってきた境の日だったなと思い馳せる。ドラルク……? さんきっかけで、以前よりロナルドさんもギルドによく顔を出すようになったし、ギルドから聞こえてくる声が増えた。

「うるさい……とまでは思ってないですよ。皆さん仲良くて……羨ましいです」
「えっ」
「え?」
「羨ましいとか思うんだな、お前」

 ……マリアさんがそう思うのも、無理はない。普段から交流を最低限にしてる一応退治人仲間とか、とっかかりにくくて仕方ないだろう。
 それに、退治人っていうのは人気商売で人当たり良くとか考えないといけないし、お客さんのことを考えて動かないといけないし、多分私みたいな存在は異質というかお高くとまってるというか、意識高い系というか……

「……わ、私みたいなの目障りですよね」
「お前、結構酔ってるだろ? マスター」

 マスターがそっとお水を差し出してくれたのでそれをありがたく頂く。グラスの半分ほどのお水を飲んだら、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
 マリアさんは頬杖をついたまま、私のその様をじっと見ているようだった。なんとなく落ち着かなくて、そういえばと口を開く。

「あの……ドラルクさん、が来たとき……私がすぐ出て行ったってよく気づきましたね」
「ん? ……ああ、そうか」
「マリアさんも皆さんと一緒に盛り上がっていた気がするから……」

 みんながワイワイしている雰囲気に圧倒され、目を盗んで気づかれないようにこっそり出てきたつもりだった。もちろん、ギルドマスターのゴウセツさんには、言葉ではなく会釈だけだったけれど、挨拶はして出てきた。
 なので、まさかマリアさんが気づいていたとは、と少し驚いてしまった。

「ずっと見てたからな」
「……えっ?」

 それって、どういう。
 言葉を続けようとして、顎に添えられた手に気づき言葉を失ってしまう。バーの中は相変わらず暗い光で満ちている。マリアさんの表情も、相変わらずよく見えない。けど、ずっと見てはいけないような、そんな気持ちになる。

「なあ、俺たちもっと仲良くなれる気がしねえか?」

 マリアさんの瞳は、獲物を逃がさんとする狩猟者のようだった。

(2023.07.02)