マリア

※後天性男体化

 マリアが男性になった。何を言ってるんだと思われるかもしれないけれど本当にそうなったのだ。私が現場に駆けつけた頃には時すでに遅し。新横浜に突如として現れた吸血鬼の術にかけられていた。まあ、はい、そうです。また変態のせいです。
「マリア、大丈夫!?」
「くっそ……油断したぜ……」
 吸血鬼の追跡は他の仲間に任せ、私は地面に蹲ったマリアに駆け寄ろうとして……立ち止まった。私が駆け寄る前に立ち上がった彼女を見て、私はドキっとしてしまった。普段であればそう変わらない身長が、この時ばかりは私より頭一つないしは二つ分高く、息をのんだ。
「ま、マリ……ア……?」
「ん? おう、なまえ。カッコ悪いとこ見せちまったな」
「いやそんなことは……? え、いや待って」
 今宵新横浜に現れた吸血鬼は、TS大好きとか何とか言っていた気がする。全く聞きなれない単語を自身のスマホで検索してみて、私は思わず顔を覆った。
「マリア、術が解けるまでギルドで大人しくしてよう」
「あ? 何言ってんだよ! 市民に危険が及ぶ前に俺らが退治する、そうだろ?」
「いやそうなんだけど多分ロナルドさんとかが追ってるはずだからまず帰ろうよ」
「何言ってんだなまえ! お前も退治人だ、ろ……? ……お前、身長縮んだか?」
 あんたがデカくなったんだよ! とは言えず、というか気づいていないのかと再び顔を覆う。再び自分のスマホを開き、インカメラモードにして彼女(?)に見せる。
「……これ俺か?」
「そうだよマリアだよ! さっきの吸血鬼は多分性転換させる催眠術を持ってる吸血鬼でマリアはそれに……」
「なんだその術」
「私が聞きたい!」
 私のスマホをまじまじとマリアは見ながら、「ほー」と呟いた。
 まずい、これは非常にまずい。マリアは元から筋肉がついていて引き締まった身体をしているが性転換したおかげでそれが際立った逞しい身体になっていた。服装は変わっていないが(ぶっちゃけ多分これがいちばんやばい。パツパツ)、元から整った顔は男性らしい顔立ちに良い感じに変換されていて、イケメンというか、ハンサム。女性の平均からしても高かった身長は、男性に変換されてさらに高くなり、声も聞いていて心地よい低音で、なんというか、ぶっちゃけ好み。元から性別関係なくマリアの顔が好きだと思っていたが、男性らしくなったことで余計にそれが際立つ。
「だ、だから危ないから早くギルドに……」
「なまえ、なんで目そらすんだよ」
「ひぃ」
 ずい、とマリアの顔が近づく。正直どの人類より顔が整っているのではないかと思えるほど綺麗だ。心臓が耐えられなくなり、ばっと顔をそらしてしまった。しまったと思い横目で彼女を見ると、不満げに眉を寄せていた。
「ご、ごめんマリア、深い意味はなくて……」
「……確かに急に男になってきもいって思うかもしれねーけどさあ」
「ちがっ、そうじゃない!」
 マリアが思ってもいなかった方向勘違いをしていることに気づき、思わず声を荒げる。
「マリアがカッコよくて直視できないだけ!」
「え?」
「あ」
 妙な沈黙が流れる。余りにもマリアが寂しそうな顔をするもんだから、思わず正直に言ってしまった。最初は驚いていたマリアだけど、言葉の意味をじわじわと理解してか、ニヤニヤと顔を歪めていた。それすらも整ってるな……と思ってしまうんだから重症だ。私は本当にマリアの顔が好きらしい。
「とりあえずギルドに行くか〜」
「うう、うん、はい……」
 マリアが隣に並んでこようとする……のでなんとなく距離を空ける。とマリアがさらに距離を詰めようとして、私はさらに……を繰り返して行くうちに、どんどんと私は道の端に追い込まれて行った。幸か不幸か一般市民がいるところから離れたところにいたので、私たちのおかしさにつっこむものはいない。
「マリア離れて……」
「だってお前おもしれーんだもん」
「やめてぇ……好きになっちゃうじゃん……」
 好みの顔がこんなに近くにあって意識しない人間がいるだろうか、いや、いない。マリアも面白がってからかっているんだからタチが悪い。これまでのやり取りだって、いつもの友達同士のじゃれあいの延長戦だ。「勘違いされちゃうんだからね、こんなの!」と返すと、マリアは目を細めて私の顔をじっと見た。
「していいんだぜ? 勘違い」
「は」
 続く言葉は、自分の想像よりも近くにあったマリアの瞳に飲み込まれていった。はっと気づくと顔の両側にはマリアの逞しい腕があり、自分は目の前の彼女ーー今は彼? に所謂壁ドンをされていることに気づく。
「か、からかわないでよ」
「からかってねえよ」
 耳元で囁かれ、思わず姿勢を正してしまう。ここで油断すると、何かが崩れそうだから。
「……本当にこのままギルドに帰るか?」
 あ、なんかこのまま、流されても良いのかな。ぼーっと、そう思ってしまうくらいには、どうしようもない夜だった。