In fact.

憂鬱だ。
そう思いながらも、女は以前訪れた森へ再び出向いていた。出来ることならあんな無様な姿を晒した相手の前に二度と出てなんて行けない、だが彼には恩義がある。人として生きている以上、礼節は弁えるべきだし、ここで二度と現れなかったらそれは不義理というものだ。そんな事を考えながら手にした紙袋を覗き込む。
こんな森の中で過ごしているのだし、何かと入り用だろうといくつか食材を買ってお礼の品として持参したのだ。中を確認しつつ以前送ってもらった獣道を歩いていくと、背後から急に肩を掴まれた。心臓が早鐘のように高鳴っているのが自分でもわかる。
そのまま相手にされるがままに振り向かされ、背後の人物の方に向き合う格好になった。恐る恐る顔を上げれば、細められた青い目と視線が合う。

「……ああ……君か。」

そう言うと、彼は笑ってその肩から手を離し、驚かせてすまないと軽く頭を下げる。それに、彼女は言葉もないまま首を振る。

「それで、今日は?」
「あ、えっ、と……。」

人と話すのは苦手だ、どうしても口ごもってしまう。
そう思いつつ、おもむろに手にした紙袋を彼に差し出した。

「……?」
「この、あいだは……その……ありがとうございました……。」
「あぁ、あれくらいは……人として当然の事をしたまでで、」
「……お礼、です。」

そう言うと、彼女はそのまま立ち去ろうとするが、その手を軽く掴まれた。

「……え、あ……あ、の……。」
「ちょうど食事の時間だったのでな、もしよければ食べていかないか?」
「え、その……、」

自分のような辛気臭い顔の人間が食事の場にいたらどうするか。自分だったらその場を辞して別な場所で食事をするだろう。

「い、いえ……その……こ、こんな辛気臭い顔の人間がいたら……ま、不味くなりますよ…。」
「辛気臭い?」

そう言うと、彼はごく自然に、彼女の顔を覆い隠す前髪を軽く払い除けた。

「っ!」
「隠れていては辛気臭いも何もわからないな。……いや、むしろきれいな目をして……?」

そう言いかける途中に、彼女はぎゅっと目を閉じた。

「……すまない、急すぎたな。」
「ま、眩し……いから……、」
「眩しい?」

そう言って頭上を仰ぎ見る。生い茂った木々の葉に遮られて、眩しいと言うほどの日差しはない。もしかすると光の刺激に過敏なのかもしれない。そう思って彼女に視線を戻すと同時に、彼女が口を開いた。

「人が、眩しい……から、」
「人、が?」

彼女は俯いたまま続ける。

「私、には……意味がない、から……生きている意味、も……死ぬ意味もない……けど、周りは……あなた含めて、みんな意味を持って、いて……内から輝いている……命の、輝きが……ある……私にはない……ものが、ある、から……だから……人は、眩しい…目が焼ける、くらい……私は……生にも死にも縋れない……から……だから……体が「生きている」……だけ……。」

そう言いながら、彼女は何故自分がこんなに喋っているのかよくわからなかった。こんな事を、今まで喋ったことなんてない。大体今回含めて二回しか会ったことのない人間に、こんな事を言えばどう思われるかなんて火を見るより明らかだろう。自己嫌悪に陥りながら俯く彼女の頭に、彼の手が軽く置かれた。

「君はずいぶんと繊細なんだな。」

驚いて再び顔を上げる。

「そしてずいぶんと自信がないらしい。……少なくとも、小官は君の目は綺麗だと感じる。……もう少し、自分を認めてやったらどうかな?」

そんな言葉、と普段なら振り払えた。それでも彼の青い瞳がしっかりと自分を見つめながら語りかけるその言葉を、どうしても拒否できなかった。それに縋ってしまいたいとさえ思った。
その後はそのまま、彼に言われるままに一緒に食事を摂り、また獣道を彼に送られて歩いていた。

「連絡先を教えてくれないか?」
「えっ、え……、」

まるで当然のように聞かれれば、思わず口ごもる。
お礼をして、これで終わりのつもりだった。
自分のような人間は、彼といるのにふさわしくない。

「料理が趣味なんだが、やはり一人で食べるのは味気なくてな……君さえ良ければ、たまにで構わないから一緒に食事をしてほしい。」

断るべきだ、頭の中で警鐘が鳴る。それでも、あの目で見つめられればどうしても嫌とは言えなかった。吸い込まれるような、あの青い瞳にどうしても逆らえない。
おずおずと、紙に連絡先を書いて相手に差し出す。名前を書かなかったのは、細やかな最後の抵抗だった。

「名前は?」
「……、」
「ふむ、そうだな………なら、仮にイミとしておくよ。」
「イミ……?」

不思議そうな顔をするイミに、彼は手早く自分の連絡先を認め、名前を添えて彼女に手渡した。

「君にとって重要な物のようだからな、意味は。」

そう言って笑う彼に、彼女は髪で隠れた目を細めた。
彼に送られて森を出たイミは、連絡先の記された紙を広げる。

「ぶすじま……めいそん……り、お……。」

彼の名を、ゆっくりと読み上げる。少し戸惑いつつも、最終的にはその連絡先を端末に登録して、確認のために一度メッセージを送ってから彼女はとぼとぼと帰りを急いだ。
それからたまに呼び出され食事をするようになり、彼が後にチームを組む二人との騒動に巻き込まれるのは、また別の話。

END
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作成:18/4/1
移動:20/8/28

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