私には6人の兄がいる。
年齢は2つしか変わらないけど、生まれた時から既に6人も兄が居たのだ。

お父さんとお母さんは女の子だと、大層喜んだらしい。それはなんとなく納得かな。
だって一瞬で男の子が6人も生まれたのだから女の子が出来れば嬉しいと思う。特にお母さんは。

兄達も同じように喜んだらしい。
喜んでた割りには、小さい頃から妹に対する接し方じゃなかったようにも思うけど…

例えば、私がまだ幼稚園に通ってた頃、当時小学生だった兄達よりも早く帰ってくる私はおやつを食べてお昼寝をしていた。そこへドタバタと帰ってきた兄達は、そんなお昼寝中の私なんか気にも留めず私をの体をまた越しながら走り回ったり、跳び跳ねたりしてよくお母さんに怒られてた。…騒々しい中で爆睡してた私も私だけど。

お母さんもお父さんも微笑みながらよく「逞しい子になる」って言ってたなぁ…
まるで弟かのように兄達にもみくちゃにされた私は、おかげさまで逞しい子になりました。

まあ、男6人兄弟の末っ子長女なんてそんなもんでしょ。

そんな私は大学に入るのと同時に実家を出て一人暮らしを始めた。
別に実家から通っても良かったんだけど、なんとなく一人で暮らしてみたかったのだ。

そして今、社会人になって数年が経とうとしている。
たまに長期休暇になると帰省はしてたけど、帰省期間はいつも長くても3日くらいだった。

そんな私が大荷物を抱えて実家の前に立っている。
これがどういう事なのか。

そう。私は一人暮らしをやめて実家に戻ってきました。







#01 松野家に産まれし長女








「家に帰るならヒトコト言いなさい。部屋どうするの?物置のままよ?」

「部屋なんていいよ別に。寝られればいいし」

「もう、なんだって急に…家から職場まではちょっと遠いんじゃないの?」

「大丈夫だよ。電車ですぐだから」

「あ、そうだお父さんに連絡しておかないと」


目の前で梨を剥いているお母さんを私はただ黙って見つめていた。
言葉だけは焦っている様な雰囲気だけど、実際全然焦ってないのが見て取れる。

さすがに、合鍵で玄関を開けて「ただいまー」って言った時はぎょっとした顔してたけど。

まあ、ちょっと急だったかな?



「ねえ、お母さん。兄さん達まだニートなの?」

「そうねぇ…たまに就活してはいるみたいだけどどうなのかしら。あ、この梨美味しいわ。松菜も食べる?」

「…よくニコニコしながら梨なんか剥いてられるね…息子6人が全員ニートって非常事態だよ?ヤバイよ?どうすんの?」

「私が慌てても仕事をするのはニート達だもの。それより向こうの家の荷物はどうしたの?」

「………もともと物もあんまりなかったから。食器類は持って来たよ」

「あら、助かるわ。お皿いくらあっても足りないのよね」



ジーザス。

母親が、息子6人全員がニートである事よりも娘の荷物の方を心配をしているだと?

いや、これマジでヤバイって。
昔から思ってたけど松野家ヤバいよ。



「今日こそはビシッと言ってやる」

「ケンカしないのよ。どーせ負けるんだから」

「どーせ負けるとか言わないでよ…ん?ところでその問題のニート達は?」

「そろそろ起きてくる頃でしょう」

「え、もうお昼ですけど…」

「いつもの事よ」


尚も梨を大量に剥きながらサラッとそう言ってのけるお母さんを見て

母は強し、って事なのかな。
と思うことにした。

松野家では何が変で何が正しいのかなんて、いつでも曖昧なのだ。


「私、起こしてくるね」

お母さんにそう言い残して、私は腰を上げた。
目指すは二階の兄達の部屋だ。








「おはようございまーす!」


スパンっ!と、入り口の襖を開けて勢いよくそう言うと、
5人の体がビクッと飛び跳ねて、そのまま正座の体制になった。
5人は寝惚けた顔で辺りをキョロキョロしていた。

ただ一番左に居る体だけはびくともせず、未だに寝息をたてていた。 (あれは一松兄さんだな)



「おはよう」

「「「「「……………」」」」」

「妹が帰ってきたのに出迎え無しなんて信じられないわー」


キョロキョロとしてた5人の顔が仁王立ちする私を見て固まった。


「あ、松菜だ!」

そして一番に声を発したのは十四松兄さんだった。



「どおりで下がうるさいと思ったよ。お前この前帰って来てたじゃん。なに?暇なの?彼氏とか居ないわけ?」

「別に今は恋とか興味ないし」

「あー、こりゃまだ出来てないな」

「……………。」


徐々に覚醒してきたおそ松兄さんが私に食ってかかる。
このやり取りも毎度お馴染みである。


「松菜が帰ってきたって事はツッコミ業休めるね。後はよろしく」

「ツッコミ業って…」

「コイツらに全部ツッコミ入れてたら口一つじゃ足りないから」


そう言いながらあくびをするチョロ松兄さんの気持ちは確かに分かる。
父母を筆頭にツッコミ所満載の家族ですからね我が家は。


「まだ早いからもう一回寝るよ?」

「いや寝るな!もう昼だし!起きて!」


だがしかし、ツッコミ業お休みしてボケに回るとか無し!
6人のボケなんて捌けないわ!


「…って、おかしいおかしい」

「え?」

「え?じゃないよ、なにしてんの?なんでトッティと私一緒に寝てんの?」

「そんな流れじゃなかった?」

「そんな流れじゃないと思う」

「つーかトッティって呼ばないでよ」



チョロ松兄さんにツッコミ入れてたら、トド松ことトッティに手を引かれて、気付けばその隣に寝ていた。
ちなみにトッティと兄弟に呼ばれる様になった理由は、前回の帰省時に爆笑ネタとして聞いたばかりである。



「フッ、松菜が帰って来ると一気に華やかになるな…おかえり。可愛い我いもう…っ」


カラ松兄の発言の途中で、どこからか赤いコーンが飛んで来てカラ松兄さんの頭にヒットした。
投げた犯人は分からない。


「えっ!別に今のは普通の挨拶だったじゃん…誰?十四松兄さんのカラーコーン投げたの」

「松菜!野球する?」

「いや、しませんけど…てゆーか、一松兄さん起きてくんないかな?何か喋ってよ!」


もうめちゃくちゃだ。
だけど楽しいと思ってしまってるのも事実で。
一人暮らしの生活を始めてからは、時々この騒々しさを恋しく思ってたって事は内緒だ。


私はトド松兄さんの隣で寝ながらそんなことを考えた。
昔はこのうるさい兄達が嫌だったんだけどなぁ…


ふと周りを見ると、皆また布団に戻って寝息をたてていた。



「クズだ…」


ぼそっと一人呟いた言葉は誰に届くこともなく静かな部屋に消えてった。







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