土方さんは真選組の副長で周りからは鬼の副長等と言われている。そんな彼だが私にとってはちょっと特別な存在だったりする。特別な存在と言っても特に恋人というわけではなく、ただ単に私が片想いをしている相手だ。
「なんでィ、土方さんに対しては猫被りやがって。ゴリクソ女のくせに」
「総悟またお前か。苗字をからかうのもいい加減にしろ」
「土方さんには関係ねェでしょう」
「関係あんだよ。俺はこれから苗字に頼みてぇ仕事があってだな」
「とか言って最近自室に連れ込んでるみてぇですけどナニする気で?」
「てめぇが溜め込んだ始末書処理の手伝いだよ! ナニとかいやらしい感じで言ってんじゃねぇよ!!」
庭に逃げ込んでいた総悟が土方さんに先程付けられた聞き捨てならないをあだ名を口にしていたのを飲み込んで二人の会話をぼーっと眺めていると、こいつは放っておいて行くぞ、とまたその大きな右手に手を包まれた。
―――最近土方さんの自室で隊士達の始末書の処理を手伝う事が増えた。まあその始末書の主な対象者は決まっているのだが…。私以外の女中は年配の人が多く老眼で事務仕事に向いていないという訳で若い私が選ばれたのだ。
「いつも手伝わせて悪いな」
「いえ!私で良ければいつでも力になりますよ」
「そいつは助かる。 そしてこれが今回の任務で出た始末書だ」
「また沖田のやつ派手にやったみたいですね」
土方さんの部屋は必要最低限の物しか置いていなく、土方さんらしい部屋だった。
どさっと置かれた始末書はどれも沖田がバズーカでぶっ飛ばしたであろうものだった。いくら部下とはいえ尻拭いするにも限度というものがある。とてもじゃないがこの量の始末書をいくら土方さんでも一人でこなすのは中々厳しいものだ。
「その…なんだ… 総悟のやつがよくちょっかいをかけているみたいだが」
「え? あぁ、そうなんですよね。でもまぁあれでも唯一の同世代なので、話し相手になってくれていて助かってる部分もあるんですよ」
「そ、そうか。 苗字が気にしていないのなら良いんだが、迷惑だったら俺から言っておこうかと思ってだな」
目線を外にやりながら言う土方さんの顔は、ほんのり赤くなっていた。こんなただの女中の私にこうして気を遣ってくれて土方さんは優しい人だと思う。そして土方さんがこうして気に掛けてくれると思うと嬉しくて、惹かれていくのにそれ程時間なんて掛からなかった―――
土方さんに手を引かれながら渡り廊下を暫く歩いていると、いきなりその足が止まった。私もさっきみたいにぶつかってはいけないと同じ様に足を止める。
「どうかしましたか?」
「 」
「…土方さん? えっ」
状況を飲み込む事が出来ない。今まであった大きな背中が無くなり、代わりに土方さんの綺麗な顔が見えたと思ったら一気に土方さんの香りに包まれた。こ、これってもしかして抱きしめられてる?何で?いくら色々と考えようとしても思考回路は完全に停止している様で頭の中が真っ白になってしまう。
「もう、我慢ならねぇんだ…」
「…え?」
「総悟とお前がじゃれ合ってるのを見ると、どうも気が狂っちまう」
ぎゅうっと更に力が強まった。土方さんの声が耳元で聞こえる。いつもより近くで土方さんの香りがして、そしてほんのり煙草の匂いがした。頭はクラクラして心臓はうるさいのにずっとこのままで居たいと思ってしまう不思議な気持ちになる。
お前に惚れてんだ、そう言われて遂に私は腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。私の目線に合わせる様に土方さんもしゃがみ込んで来てそっと頬に手を添えられた。
「あ、のっ」
「安心しろ、女中と隊士との色恋は局中法度に違反しねぇから」
20170509
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