口吸いに呑まれていく

夏独特の湿気でむわぁっとしたのが気付けば無くなり、カラッとした空気が漂う季節になっていた。早朝夕方と昼間の気温差があり、夏仕様の薄い浴衣で夜を越していた私は案の定風邪をひいてしまったらしい。熱があるのか頭がガンガンと響いて身体がだるい。
職場である屯所にはひとり暮らしをしている自宅から通っていた。なんとかしてテーブルの上に置かれているスマホを取るべく布団から起き上がった。

「もしもし」
「おいお前今何時だと」
「…ふくちょ」
「……何だどうした」

朦朧とする意識の中電話を掛けるといつもと変わらない彼の心地良い声が聞こえた。私の名前を何度も呼んでいるような気がしたがそれも次第に遠くなっていった。

額にひんやりとした冷たい感覚があり眼を覚ますと、ぼやけた視界に自分の部屋の天井があった。身体がだるくて痛くて起きられない為目線だけ泳がすと私の身体は綺麗に布団の中に仕舞われていた。

「起きたか」
「え…えぇ、…ええぇぇッ!?」

台所方から土鍋を持ってこちらへやって来たのは隊服を着た真選組副長だった。驚きのあまり布団から飛び起きてしまう。信じられない。どうして副長が私の部屋に?しかも蓋を開けられた土鍋からはお粥のいい香りがする。彼は当たり前の様に土鍋からお粥を掬って受け皿へとよそう。

「ちゃんと施錠しとけ、開いてたぞ」
「な…何で副長が此処に…?」

副長の話によると電話口で何度も呼びかけても返答が無かった為何かあったのかと思い私の家に駆けつけて来てくれたらしい。ドアノブを捻ると部屋の鍵は開いていて、許可無く部屋へ入るのは気が進まなかったが確認の為部屋へ入るとスマホを握り締めたまま倒れている私が居たらしい。

「ご迷惑お掛けしてごめんなさい…」
「いや。単なる風邪で良かった」
「お粥…副長が作ったんですか」
「まァな。台所勝手に使って悪かった。  食えるか?」
「あまり食欲なくて…」
「少しでも食わなきゃ持たねェぞ」

冷蔵庫の中もう少し整理しといたら良かったな…と思っていると副長が受け皿を持ってお粥を蓮華で掬い私の口元へとはこんで来た。

「えっと…」
「あぁ、猫舌だったか?」

戸惑う私の様子を見て、熱くて食べられないと勘違いをした副長は蓮華を自分の口元へと持っていき掬ったお粥をふぅふぅと息を吹きかけてまた私の口元へ寄せた。ちらりと副長の顔を覗き見たが彼はいつも通りの面持ちでこちらを見ていて、このまま寄せられたお粥を食べずにはいられず思いきってぱくりと口にした。程よい塩加減にお米と卵の甘みがしてとても美味しいお粥だった。

「美味しい…」
「そいつは良かった。まだ食えるか」
「はい」

副長は蓮華でお粥を掬う度に何度かふぅふぅと息を吹きかけ私の口内へとお粥をはこんでくれた。成人しているのにこうして他人に食べさせて貰うのはどうも気恥ずかしい。それにこの人は風邪をひいている人間には誰にでもこういう事をしてしまうのだろうかとふと思った。

「あっ…」

そんな事を考えていたからかそれとも副長が蓮華にお粥をのせすぎたのかは分からなかったが口内へ入りきらなかったお粥が私の口の端から少し流れた。慌てて自分の指で拭おうと思ったがそれが叶う事はなく、代わりに柔らかい何かが口元を這って包み込まれる感覚があった。口内がお粥の暖かい甘さから苦くてひんやりとしたものに変わっていく。

「ちょっ…隊務中ですよ副長」
「テメーが厭らしく食うからだろうが」
「やっ、ん、…んんぅ」

厚くて堅い胸板を押して深くなっていくキスを止めようと試みるが更に深く舌を絡みとられてしまった。熱でぼうっとしている頭が彼のせいで余計にクラクラする。体重を此方へと掛けられてしまい支えきれず指を絡めて布団へと縫い付けられてしまった。

「土方さ、んッ!風邪移っちゃいます!」
「うるせェぞ名前」
「んぅっ…は、やめっ」
「止められる訳ねェだろうが」

確かに最近はお互いに忙しく屯所で顔は合わせるものの会話をしたりする機会はあまり無かった。だからと言って隊務中になんて破廉恥な事をしているんだ私達は!真選組の副長である彼がこんな事をしてしまっては隊士達に示しがつかないではないか。それにもしもこんな場面を誰かに…例えば総悟なんかに見られてしまっては大変な事態になってしまうのは安易に想像出来る。と頭では分かっていても久しぶりの土方さんの温もりを拒む事が出来るほど私は出来た人間ではなかった。

「汗かけば熱下がりますかね」
「…上等じゃねェか。覚悟しとけよ」

翌日熱の下がった私が屯所へ着くと副長が自室で寝込んでいると面白そうに笑う総悟に教えてもらった。


20171114