無色透明に近い光

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「よっ、佐藤」
「いだっ!」

 バシッと背中を容赦なく叩かれて転びそうになりつつ睨み付けるように振り返れば、案の定、そこに立っていたのはのほほーんと笑う木吉鉄平だった。呼び捨てにしてるけど私の方が後輩。でも呼び捨てだしタメ口もきく。
 危うく抱えていたプリントの束をばら蒔くところだったわ。

「アンタさぁ……私の事何だと思ってるわけ? アンタと同じ図体のデカイ男子に見える!?」
「え、佐藤お前男だったのか?」
「違うっつーの。本気でそう思ったならあなたの頭はもう手遅れだと思うよ。私はうら若き乙女なのでもっとそれ相応の扱いをして……って聞いてないし!」

 気付けば木吉鉄平は廊下の窓からいつの間にか降りだした雪に夢中になっていて、私の話よりそっちの方が気になるようだ。窓まで開けてるし。寒くないの?

「え? 何だって?」

 雪に触れられてご満悦なのか、振り返った顔は締まりがない。その何も考えてない顔、ホントムカつく。鼻の頭赤くしちゃってさ。
 なんで私はこんな人を好きになってしまったんだろう。
 噂では同じ二年の相田リコ先輩と付き合っていたらしいし……相田先輩とは別に親しいわけではない。木吉鉄平がバスケ部で相田先輩はバスケ部のカントクを務めているから一緒にいるところを見かける程度。
 頭もいいし小柄で凛としたカッコいい女の人。そんな人に私が敵う部分なんて……強いて言うならおっぱい? たぶん、相田先輩よりはあるはずだ。でも木吉鉄平はそう言うのに興味無さそうだから色仕掛けは無理だな。
 そしたら私が敵うものなんて何にもないじゃん。

「バーカバーカ」
「何だぁ、いきなり。それに、バカって言う方がバカなんだぞ」
「小学生か」

 相変わらずのだらしない笑顔に一気にどうでもよくなった私は木吉鉄平に細やかな八つ当たりをしてからプリントを抱え直して歩き出す。どうでもよくなったのは本当だけど、あの場にいたら泣きそうだったから。さっき冗談で乙女ですとか言ったけどマジもんの乙女か自分。窓を閉めた木吉鉄平の足音が近付いてくる。

「職員室でいいのか?」
「あっ」

 私が両手で抱えていたプリントの束をヤツは片手でいとも簡単に掴み取ってしまった。どんだけデカイのよアンタの手……。
 大きな背中はすぐ目の前にあって、自由になった両手を伸ばせば触れられるの。なのに遠く感じるのは私の片想いのせいだろうな、きっと。自分で思うよりずっと私は木吉鉄平が好きだったようだ。大きな背中を見つめながら気になっていたことを訊いてみた。

「ねぇ、木吉先輩」
「佐藤がオレを先輩って呼ぶなんて珍しいな〜。何だ?」
「相田先輩と付き合ってたって本当?」
「え……いや、まぁ……うん」
「何その歯切れの悪い返事」

 歯切れの悪い返事。珍しい。
 噂はどうやら本当だったようだ……相田先輩は眼鏡の先輩のことは苗字で呼んでるけど木吉鉄平のことは名前で呼んでるしね。ショックじゃないと言えば嘘になるけど、胸の蟠りが軽くなったのも事実だ。いや、ショックに変わりはないけど。

「何かムカつく。木吉先輩でも彼女が出来るのになんで私は告白すらされないんでしょうね」
「何言ってるんだ。佐藤だって可愛いんだからその内たくさん告白されるさ」
「たくさん告白されたって本当に好きな人から告白されなきゃ意味ないんですぅ」
「お、佐藤。お前恋してるのか〜。そうかぁ、若いっていいなぁ」

 さらりと可愛いって言われちゃった。こういうところが本当にずるい。
 一歳しか違いませんけどって返したら木吉鉄平はそうだなって笑った。顔は見えないけどきっと笑ってる。あのだらしない顔をして。

「恋してますよ。その人、今目の前を歩いているんですがどうやら私の気持ちに気づく気配は微塵もないんですよね」
「ん? 他に誰かいるのか?」
「……本気で言ってる?」

 立ち止まりやっと振り返った木吉鉄平は不思議そうに首を傾げている。普通ならその仕草にと可愛いときめくはずなんだけど今はイラッとしかしないや。鈍いのか気付いてて知らないふりをしているのか……。

「今この場にはあなたと私しかおりません」
「まぁ、確かにそうだな」
「あなたです。私はあなたが好きなんですよ、木吉先輩」

 トンと胸を指を差したら、人を指差したらダメだぞなんて的外れなことを言われたけど何その顔。本当に気付いてなかったのはそのまぬけな顔で分かりましたけど、プリント散らばっちゃってるじゃん。
 片付けるの大変だなぁ、なんて考えながら私はプリントを拾うためにしゃがみこんだ。

「悪い」
「……アメリカに行くって本当ですか?」
「え? あぁ……ウィンターカップで本格的に膝壊しちまってな。向こうの方が医療技術が進んでるらしくて、少しでも早く治るなら行こうと思って……そうすればまたアイツらとバスケが出来る」
「そうですか……ウィンターカップ優勝、おめでとう」
「あぁ、ありがとう。チーム一丸で掴んだ優勝だからな、未だに思い出すと興奮して眠れなくなるぜ」

 子供ですか、を最後に会話は途切れて、プリントを拾う音が静かな廊下に響く。
 何か話さなきゃ泣きそうだった。でも今口を開いたら涙が出てきてしまう悪循環。
 プリントを拾う木吉鉄平の手が偶然重なった。少女漫画とかにありがちなシチュエーションだな、そして漫画ならここから恋が始まるんだよな、なんて思いつつ何事もなかったように手を引っ込める。その温かくて大きな手のひらが恋しい。今すぐ握って指を絡めたいくらい私はこの人が好きなんだ。
 何考えてるの、私。

「……すみません」
「なぁ、さっき言ったこと……」
「あれ、何か言ったっけ? さて、さっさとプリント置いて帰らなきゃ雪ひどくなっちゃうよ!」
「え、あ、待てよ佐藤!」

 あの告白はまぁ、あれだ。決意表明と言うか何と言うか……あれ、今になって恥ずかしくなってきたぞ。柄にもなくあなたですなんて気取った言い方しちゃった。
 隣に来た木吉鉄平に再びプリントの束を持っていかれて、にやけそうになる口をキュッとつぐむ。

「私待ってるから。それまで涙はとっておきまーす」
「そうか……ならオレも、尚更頑張って治さないといけないな」

 大きな手のひらが頭にポンと乗せられた。
 別に今生の別れじゃないし携帯があればいつだって連絡が取れる時代だ。でもしばらくこの手に触れられなくなるのもあのだらしない笑顔をすぐ傍で見れなくなるのもそれはそれで寂しいものだ。
 雪はまだ止みそうにない。
 相合い傘してくださいって、頼んでみようかな。
まさか木吉先輩のお話を書く日が来ようとはとずっと考えていました。でも木吉先輩大好きです。あの包容力がたまらない。そして季節感ガン無視! Title/草臥れた愛で良ければ(2017/08/31)


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