猫が懐くまで

「お前には失望したよ。自分の個性と向き合う気がないのなら出ていってもらおうか」

そう相澤先生は私に言い放った。
いつものように呆れた感じではなく、冷たく言い放たれた言葉は私に突き刺さった。
教室の空気はとてつもなく居心地が悪くこれ以上ここには居たくない。
ドクドクと脈打つ心臓の音がみんなに聞こえるんじゃないかと思うぐらいうるさくて、上手く息も吸えない。

うそだ。
きっとこれはいつもの冗談で、先生お得意の合理的なんちゃらってやつだきっと。
この後、言いすぎた悪かったなって首元をクイクイと指先で撫でて髪の毛がグシャグシャになるほど撫でてくれるんだ。
嬉しくてゆっくりと左右に揺れるしっぽをみて、難しい顔をした後にしっぽの付け根を軽くポンポンと叩いてくれる。
これはセクハラにならないか、なんて不安そうに聞いてくるけど私にとってそれは他でもない幸せな瞬間なのだ。

黒目を小さくして、目を大きく見開く私は先生に一歩一歩近づく。
無に近い先生の表情は全く読めない。

「もう一度言う、出ていけ。それとも俺から除籍処分を出されたいか?」


私は教室を飛び出した。
両目からは涙がたくさん溢れるけど拭う暇もないほど走った。
人気のない所まで走ればその場にしゃがみ込んだ。

なぜあそこまで先生を怒らせてしまったのか。
成績だってクラスで10位内には入るし、運動だって個性抜きでも上位なのだ。
確かに少し気まぐれな所もあるし、素早く動く物に敏感で意識がそちらに向いてしまうこともある。
でもそんなのしょうがない、だって私の個性は【猫】なのだから。
大きい音や、蛇など苦手な物への弱点は確かに多いが先手必勝。
そんなのゴリ押しで大概どうにかなる。
ミルコからもお墨付きのこの個性だ、そこらへんのヴィランなんかに負けないのだ。
じゃぁなぜ先生はあそこまで怒っていたのだろう。
怒っていたというか、失望したと言っていたっけ…
そこまで言わなくても良かったんじゃないか、あんな怖い顔エリちゃんがみたら二度と近づいてはくれないだろう。

思い返えして行くうちに腹が立ってきてしまった。
わたしが何をしたって言うのだ。
そんなに言うなら除籍でもなんでもすればいい。
やっぱり嘘でした、なんて言っても戻ってなんかやらないんだから。
ふんっと鼻から息を吐けば授業終了のチャイムが鳴った。

「でも…みんなと会えなくなるのはいやだな」

思い出すのはみんなのことだった。
まだまだみんなとやりたいことは沢山ある。
もちろんヒーローにだってなりたい。
私を認めてくれた、ミルコの一番最初のサイドキックは絶対私。
私しか居ないんだから…。

「―い…おーい、どこにいんだよー!」

切島の声だ。
まだ遠いけどこちらに向かってきてる。
他にもお茶子ちゃんや梅雨ちゃんの声もする。
咄嗟に近くの高い木に勢いよく登れば息を潜めた。

あんな場面を見られてしまったのだ、正直みんなに会うのは少し気まずい。
というか、恥ずかしいのだ。
もう少し頭を冷やしてからでないと、そう思い息を潜めた。

私の名前を呼びながら通り過ぎるみんなを見送ると、逆だった毛がフワリと元に戻る。
このままここにいてもしょうがない、障子や耳郎ちゃんがきたらすぐバレる。
移動しようと下を見ると、いつの間にか立っていた爆豪と目が合った。

「ッヒィ!!」

「はよ降りてこいや」

「な、なんでわかったの!?」

ひっそりと息を潜ませていたはずなのに。
爆豪が側まで来てるのに全然気づかなかった…!
切島やお茶子ちゃん達に夢中だったんだ。
そちらばかりに気を取られ、背後の爆豪に気づけなかった。

「てめぇの個性は大した事ねぇな」

「っ、はぁ!?」

「俺が近づいてることすらわかんなかったろうが」

「それは!切島達に意識が」

「そーやっていつまでも言い訳して逃げんのかよ」

何も言い返せなかった。
いつだってそうだった。
一点に集中しすぎて、他のことは見えなくなってしまう。
何度も相澤先生に指摘されたっけ。

「猫っていうのは聴覚も嗅覚も人間より数倍優れてんだとよ」

「…そんなの知ってるし」

「けど視力だけは人より悪ぃらしい」

「…バカにしてんの?」

「てめぇは猫じゃねぇ。猫の個性を持った人間だろうが」

「…何が言いたいの」

爆豪の言いたいことが理解出来ず、再び逆立つ毛たち。
しっぽは左右にビタンビタンと強く振られ、耳も後ろにそらされている。

「猫の個性で補えないところはてめぇでどうにかしろってこった。ここまでいわなきゃわかんねぇって、てめぇイレイザーの"お気に入り"のクセに何教わってきたんだ」

耳はピクリと立ち上がり、しっぽもピンっと上を向いた。

「目が悪ぃなら、人間の目で見ようとしろ。聞こえねぇならてめぇの個性で聴け。クセェ臭いで鼻が効かねぇなら個性抑えて制御しろ。お前の個性が強くても、受け入れてなきゃ一生てめぇはうさぎのサイドキックにはなれねぇし、うさぎより強くなれねぇ」

当たり前の事を見落としていた自分に気がついた。
爆豪と相澤先生の言葉の意味が繋がった瞬間、心の奥底にあったモヤモヤした物が晴れていく気がした。
徐々にスッキリとしていく表情をみた爆豪が短くため息を吐いた。

「精々頑張るこったな。まぁ俺には勝てねぇだろうけどな」

「…すぐ追いつくもん」

「あ!?てめぇが追っかけてる間に俺ァその先に行ってんだよ!」

「ふふふ、そうだね……爆豪、ありがと」

「…ん。はよ降りろや、戻んぞ」

「う、うん。それなんだけどね…ちょっと、登りすぎて降りれない…」

「あ"ぁ!?んな所で猫くせぇの出してんじゃねぇ!!」

「しょ、しょうがないでしょ!咄嗟に登っちゃったんだもん!」

「ッチ!クソが!」

舌打ちをしながらも側の枝まで登ってきた爆豪はこちらに手を伸ばした。
震える手でその手を掴めば、優しく引っ張られ爆豪の腕の中に収まった。

「ち、ょっと、近っ」

「暴れんな、落とすぞ」

私を抱えながら器用に降りていく爆豪の顔をマジマジと見れば、しっぽをギュッと握られた。

「ッンナァオ!!なにすんの!」

「てめぇがガン見してくるからだろうが」

「だって…こんな近くで爆豪の顔見ることないんだもん」

そう言えば耳まで真っ赤にした爆豪。
私を地面に乱暴に降ろすと、スタスタと歩き出した。
彼の後ろをゴロゴロと喉を鳴らしながら着いて歩いた。
寮につけば入口にはみんなの姿があり、私たちの帰りをずっと待っていてくれたことがわかった。
嬉しくて飛びつけばみんなも安心したように笑った。

少し遅れて相澤先生が来ると、お叱りを受けた。
いつもだったら耳の痛い説教も、私の為だと思ったら受け止めることができた。

あれから相澤先生はあんまり怒らなくなったし、褒めてくれるようにもなった。
全てを理解しようとし始めた私は急成長し、得意分野が増えた気がする。

爆豪はと言うと、2人きりになると顎の下撫でてくれるし、耳の下も撫でてくれる。
さすがにしっぽの付け根はポンポンしてくれないけど、猫の扱いが上手になった気がする。
猫の生態も勉強してくれてるみたいで、たまにご褒美でマタタビをくれたりもする。
爆豪って犬派だと思ってたけど、猫派なんだなーと思いながら今日もブラシ片手に彼の部屋へと行くのだ。

「ばーくご!ブラシしてー?」