どうしても手懐けたいあの子

出会って数年目の私たちは、半年前からお付き合いを始めている。
忙しい勝己でも週末は必ずウチへ泊まりに来てくれるのだ。

「お風呂先に頂くね」

「おー、いってら」

お言葉に甘えて先にお風呂に入れば、体も頭も洗って湯船に浸かった。

「めっちゃ気持ちいいー」

腕を伸ばしながらため息が出れば、この間買った入浴剤を思い出した。
このあと勝己も入るし、疲れてるだろうから入れてあげよう。ザバンと出て、ガチャりとドアを開けばヒソヒソと声が聞こえる。

「ンニヤァー…アォー…」

「おい…ら…いっ…なぁ」

微かに愛猫と勝己の声が聞こえる。
洗面所のドアを開けると猫がトコトコとこちらに来た。
勝己はいつものようにソファに座っていてテレビを見ている。

「勝己?なんかあった?」

「あ?なんでもねぇよ」

「あそ?何もないならいいけど…」

「気にすんな。風邪ひくぞ」

「…はーい」

確かに猫の声が聞こえて、何かに文句を言っているような勝己の声がしたはずなんだけど…。



次の週末、再び泊まりにきた勝己。
今日は先に勝己が風呂を終え、今度はわたしが入る番。
入る前にチラリと勝己を見ればいつものようにスマホ片手にソファに座っている。
こちらを気にする素振りもない。

なんだか先週の様子が気になってしょうがない私は、風呂に入り全て洗い終えるとシャワーを出したままドア前に立った。
聞こえないようガチャりとドアを開け、ゆっくりと洗面所のドアを開けた。

忍び足でリビングへと進むと、ラグの上で伏せの体制で何かを見ている猫。
同じくひれ伏している勝己の姿。
2人が見つめ合う姿にイマイチ状況が分からずもう少し近くに寄った。
チッチっと舌を鳴らしながら猫に手を伸ばす勝己。
伸ばされた手に興味があるが微妙な距離から様子を見る猫は、勝己に対して警戒心があるようだ。

我が家の猫様は元々気が強く、私以外には喉を鳴らさない。
気に入らなければ猫パンチを繰り出し、時には近づくだけで威嚇するのだ。
それでも仲の良い瀬呂はこの子が小さい時から知っているから扱いにも慣れているし、切島も上鳴も撫でているところを何度か見たことがあるから問題なかったように感じる。
そう言えば勝己と猫がじゃれあっている姿など見たことがなかった。
それでも特に大きな喧嘩もなく、お互いが良い距離感にいるもんだと思っていた。

ポタリと髪から溢れた水滴が、フローリングに落ちると猫がこちらに向いた。
すぐに耳はピンと立ち、甘ったるい声で足元に擦り寄った。
勝己は小さくビクリと肩を揺らすと気まずそうにこちらをちらりと見た。

「えっと…何してたの?」

「…とりあえず風呂から出ろや」

そう言われ、再び温まり直すと風呂を出た。

「んで?なにしてたの?」

「…手懐けてたんだよ」

照れたように話す勝己にポカンとしてしまった。

「しょうゆ顔達が言ってたんだよ、コイツが可愛いってよ」

勝己が言うには、瀬呂や切島、上鳴達の間で猫ブームが来ているようで、ウチの猫様が評判なんだそうだ。
猫は気まぐれだから傍によってきたら構えばいいと思っていた勝己。
対して自分以外の3人には体を擦り寄せてきたり、喉をゴロゴロと鳴らしながら膝に座ってくると聞かされたのだ。
そんなこと付き合いだして半年の自分には1度もやって来ていない。
上鳴が「かっちゃん嫌われてんじゃねー?」なんて空気の読めないことまで言ってしまったようだ。

言われてみれば、テレビを見ている時だって私の膝の上にいるし、寝る時も私の枕元にいる。
なんだか少しだけ勝己が可哀想になってしまった。
私の好きな人と好きな猫が仲良くなってくれたら嬉しいと思う。

「この子、私が一人暮らし始めた時から一緒だから、勝己には特別ヤキモチ妬いてるのかもね。まずはおやつでもあげて仲良くなってみたら?」

私の提案に黙って頷く勝己が心底可愛かったのは秘密だ。



それから週末だけじゃなく、時間があれば勝己はウチに来た。
もちろんおやつは毎回用意してるし、ブラシだって新調した。
日に日に猫用おもちゃも増えてくるし、トイレ掃除だってやるようになった。
あまりの変わり様に苦笑いがこぼれるほどだ。
みるみるうちに距離感が近くなっていく2人に少しだけヤキモチを焼いてしまった私。
それでも変わらず寝る時は私の枕元に来てくれるこの子にホッとした。

「さすがにお前への信頼は越せねぇわな」

この子を見る勝己の目つきは、以前のものより遥かに優しくなっている。

「ふふふ、でも勝己にも甘えるようになったから認めてくれたのかもね」

「ったりめーだろ。こいつにどんだけ貢いだか」

膝の上で丸まって寝る猫を、勝己が優しく撫でながらこちらを見た。

「こいつにも認めてもらったことだし、そろそろ一緒に住むか」

「…!うん!」






「引越しおめでとうな!これ俺たちから。よかったら2人で使ってくれよ」

「わぁ!ありがとう」

「めっちゃ広くていい家だな」

「でしょ!勝己がこだわってくれたの」

「どうせ高ぇ金払うならいいとこ住んだ方がいいだろうが」

「クゥーー!さすが高額納税者様!言うこと違うねぇー!」

「ンアォ~」

「お♡久しぶりじゃん猫ちゃん♡おいでぇ〜」

「あ!!上鳴気をつけ「ナオォーーー!!」

「っいっっってぇー!」

「よし、よくやった」

「何それかっちゃん!!嘘だろぉ…引っかかれたんだけどぉ」

「いきなり行ったからびっくりしたんじゃねぇのか?」

「んなことないって!すげぇ懐いてたんだって!」

「ハッ!誰が育てたと思っとンだ」

「いや、こんなとこかっちゃんに似ちゃダメだって。可愛くねーよ?」

「ごめんね、上鳴…」