ふと、昔のことを思い出した。
秘密基地に行ったり、公園で遊んだり、近所を探検したり。
俺の後ろに引っ付いてくるのは、デクだけじゃなかった。
泣き虫なくせに気が強くて、クルクルした髪の毛が印象的な女の子。
何故か雨の日は機嫌が悪くって、今日は見かけないと思う日は大体雨だった。
いつの間にかプリントを届けるのは俺の役目になり、日直じゃない日でもあいつが休めば顔を見に行った。
ドアを開けたアイツはあんまり顔色が良くなくて、髪の毛はクルクルといつもよりも落ち着きがなかった。
眉間にシワを寄せて、無愛想にプリントを受け取るのがどうしても気に入らなくて
「なぁ、なんで雨だと学校来ねぇの?」
そう聞いてみた。
少しびっくりした後
「雨だと頭痛くて…あと、髪の毛こんなで可愛くないから」
そういって俯いた。
特に上手く返すことすら出来ず閉まるドアに、大人しく家に帰った。
親父に頭痛の事を相談した。
図書館に行って調べた。
ババァが良く見てる雑誌をこっそり見た。
数日後、また雨で休んだアイツの家に行った。
「いつも、ありがと…」
そういって、いつものように不機嫌にドアを閉めたがるのを止めた。
突然の出来事にさらに眉間にシワが寄る。
「っちょっ、と!」
「コレ、やる」
ドアの隙間からねじ込むように渡した紙袋。
黙って受け取るのを見届けて、玄関から離れた。
玄関がパタリとしまった瞬間、ドアの向こうに立つアイツに聞こえるように大きな声を出した。
「俺がヒーローになったら雨雲なんか吹き飛ばしてやる!だから、お前は雨に負けんな!秘密基地連れて行ってやるから!」
言い逃げするように、その場を後にした。
なんであんなこと言い出したのか当時の俺は訳が分からず。
だけど何だかワクワクした気持ちだった。
いつもより早起きしてカーテンを開ければ、外は小ぶりの雨が降っていた。
昨日のワクワクした気持ちが溢れてきて、同時に少しだけ来ないんじゃないかなんてドキドキもした。
*
教室のドアを開ければもちろんアイツはいなくて。
きっと俺が早いからだと言い聞かせて席に着いた。
「おはよう」とクラスの奴らが入ってくる度に胸を高鳴らせたが、結局チャイムがなる頃にアイツは来なかった。
先生が教壇に立って授業を始める合図をした瞬間、後ろのドアが開いた。
みんなの視線を受けて、少しだけ恥ずかしそうにしたのはアイツだった。
頭には可愛らしいピンと、クルクルとうねる髪の毛を2つに縛っているのは俺が好きなオレンジと黒のゴム。
どちらも俺があげた物だった。
嬉しくて、恥ずかしくて、目が合えば咄嗟に逸らした。
休み時間になれば女共に囲まれるアイツは、雨の日なのにニコニコと機嫌が良さそうだった。
「今日は頭痛いの大丈夫?」
「うん、いつもよりマシだよ」
「コレ可愛い!どこで買ったの?」
「コレはね…貰ったの」
「誰に誰に!?好きな人?!」
聞き耳を立てる俺は、恥ずかしそうにこちらをちらりと見るのに気付くと、慌てて教室を飛び出した。
体調も機嫌も良さそうだった。
オレンジが似合っていたし、やっぱりアイツは笑っている方がいいと思った。
掃除の時間になった。
仲のいいヤツらとゴミ袋を捨てに出た。
「かつき!今日秘密基地行くだろ?」
「そうだな!雨の日も探検しようぜ!」
アイツも誘ってやろう。
きっと俺が連れていけば、コイツらだって喜ぶに違いない。
「そういえばさ、今日アイツ来てたじゃん」
「俺も思った。いつも雨の日機嫌悪くって怖ぇのに、今日はニコニコしてたな」
「…おぉ。そうだな」
「オレンジと黒のゴムつけてたの、かつき見た?」
ドキリとした。
俺との事がバレたのかと。
きっとバレたら茶化されるだろうし、好きだなんだってバカにされるに違いない。
「きっとかつきのこと好きなんだぜ!」
「まぢかよ!どうすんだよかつき!アイツ可愛いけど気強ぇしすぐ泣くじゃん」
「そうそう!あとあの天パがなー。ストレートだったら可愛いのに…って、おい、かつき黙ってるけど…もしかして!アイツのこと好きなのか!?」
「っ!違ぇ!誰があんなブス好きになるかよ!デクみてぇな天パ気持ち悪……」
そう言いかけた所で、傘をさしたアイツと目が合った。
手に握られたゴミ袋が音を立てて地面に落ちて。
涙目のアイツが、顔を隠すように傘を下げて走り去っていった。
全てがスローモーションに見えて、昨日見たアニメと一緒だなんて頭のどこかで思った。
コロりと地面に何かが落ちたのを拾い上げた。
『コーヒーなんてどうかな。カフェインが効くみたいだよ』
『きっとアイツはコーヒーなんて苦くて飲めねぇ』
『そうか…じゃぁ、コーヒーミルクの飴なんてどうかな』
『それなら効くのか!?』
『多少はカフェインが入ってると思うよ。それに勝己くんが治りますように、って気持ちを込めたら効くと思うよ』
『わかった!やってみる!』
*
中学になればクラスが違った。
自然と男女の差は出来て、挨拶をすることも顔を合わせることも無くなった。
雨の日に天パで悩んでいたアイツは、いつの日かストレートになっていた。
母親に美容院に連れて行ってもらったんだと、噂で聞いた。
髪の毛がストレートになったからか、異性を意識するようになったからか。
アイツは急激に変わり、気付けば一個上の先輩と付き合うようになった。
あの日以来、アイツがあの髪ゴムをしてくることは無かった。
俺もアイツも、あの日のことは無かったことにした。
*
卒業式の日、まさかの天候は最悪で朝から雨だった。
ふとアイツの顔を思い出した。
あれから無かったことにしてきたはずなのに、なんで今更。
そう思った。
傘を広げて玄関を出た。
ババァが「後で」なんて小綺麗な格好してたけど、無視した。
雄英からの合格通知はすでに来ているし、必要な書類は揃えた。
入学までの数日間何をして過ごそうか、と顔を上げれば見慣れた傘と後ろ姿。
朝から思い出してしまったうえに、ご本人登場で舌打ちが零れた。
雨音にかき消されたはずの舌打ちが、あいつの耳に届いてしまったのかこちらを振り向いた。
目を見開くとすぐに前に向き直し、早足に歩き始めた。
それが何だか悲しくて、ムカついて、心臓の辺りが苦しくなった。
「おい!」
傘ごとビクリと揺れて、足が止まった。
「頭…大丈夫なンか」
「…うん、薬…飲んでるから」
「……あっそ。ならいいわ」
そう言って立ち止まるアイツの横を通り過ぎた。
未だに続いてる頭痛と、それをどうにかできると思ってたガキの頃の俺。
久しぶりにした会話がこんなに虚しいのかと、どうしようもなくてため息が出た。
「っ、ねぇ!」
「あ?」
「あの、時…貰った飴って、どこに売ってるの……?」
「…は?あンなのコンビニにでも売っ」
「効かないの…!あれから何回も試したの」
『それに勝己くんが治りますように、って気持ちを込めたら効くと思うよ』
「っ!ンな恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ!」
「え…?」
「違ぇ!アレは…っダァーーーーッ!!」
「……っふ、何?情緒不安定じゃんっ」
真っ赤になって慌てる俺を見て、アイツが笑った。
久しぶりのアイツの笑った顔を見て、やっぱりコイツが好きだと思った。
「卒業式終わったら飴持っていったるわ」
「あ、ありがと…」
「食いまくって太って死ね!」
「はぁ!?死ねとか酷くない?!」
「じゃぁ太れ。太って豚にでもなんでもなれや」
後でコンビニにでも行って飴を買ってこよう。
そんで久しぶりにやってやろう。
『大好きなアイツの頭痛が収まりますように』って。
*
『勝己が雨の日は家に来てくれたから、少しだけ雨の日も悪くなたいなぁって思ってたの』
『私のヒーローは今も昔も勝己だけだよ』
『頭痛いから、また飴ちょうだい?』
薄れていく景色の中で、アイツが笑ってる。
アイツが嫌がる雨の日が嫌いだった。
雨の日はアイツがいなくて学校がつまらなかった。
『勝己くんが悪くないっていってくれたから、癖が強い髪の毛でも良いかなって思えたの』
悪くないって何様だよ。
気付けばアイツが隣にいるのは当たり前で、ちゃんとした気持ちなんて伝えたことがなかった。
なんで好きだって伝えなかったんだ。
こんな簡単な一言がどうして出なかったんだ。
『お前のことが好きだ』
そう言ったらきっとお前は笑ってくれるし
雨だろうが嵐だろうが、全部俺が吹き飛ばしてやろう。