新しく駅前に出来た歯医者は人気らしい。
子供の頃から通ってたかかりつけの歯医者は、慣れて行きやすいが少々遠い。
そんなに評判がいいならメンテナンスにでも行ってみよう。
そう思い予約電話をしたが、3ヶ月先まで埋まっていると言われてしまった。
さすが人気店。
それでも特に急用ではないし、何よりクチコミの「イケメン先生」が気になりすぎてしょうがない私は3ヶ月後の予約を済ませた。
当日になり、時間通り歯医者へと向かった。
新しく出来ただけあって綺麗な院内と、受付の女性もレベルが高い。
歯医者に行くたび思うのは、スタッフが綺麗すぎて自分が場違いな気持ちになるこの瞬間だ。
ぼーっとスマホを眺めていると、ハスキーボイスの男性が私を呼んだ。
顔を上げてそちらを見れば、マスクをしていても分かるイケメンが立っている。
「メンテナンスの前に、レントゲン。」
タメ語とも取れるその態度に若干の違和感を持つが、これが噂のイケメン先生かと私のテンションは爆上がりだった。
レントゲンも無事終わり、椅子に座る私とカルテを眺める先程の先生。
先程のテンションは何処へやら。
よくよく考えて見れば、こんなイケメンに口内を見られることに恥ずかしさが増していく。
汚い、臭いなんて思われたらどうしよう…!
イケメンって大体が性格悪いし、私のカルテ見て「へぇ、コイツ思ったよりも歳いってんな。口も汚ぇし、よく見たら肌も汚ぇ」なんて思われてしまったら生きていけない…!
「じゃぁ始めるんで、」
「あ、あの!!」
被せ気味の私の声が、個室に響き渡る。
「じょ、女性の歯科衛生士の方と代わって貰えません、か…」
震える声でそう告げると、噂のイケメン先生の眉毛がピクリと動いた。
「今人手足んないんで、俺らドクターがメンテもするんすわ」
ついでに受付以外で女いないっすね。
なんて嫌味っぽく言ってきた。
その日は目元にタオルまでしてもらってどうにか事なきを終えたが、正直二度と行きたくない。
いつからドクターがイケメンの時代になったのか…。
少し前まで、ドクターと言えば癖が強いヨボヨボのおじいちゃんが定番だったはず。
イケメンに釣られて来るんじゃなかった、と次の予約はせずに会計を済ませると、逃げるように病院を出た。
そして3ヶ月後。
知らない番号からの連絡をうっかり受けてしまい、電話越しの人物は確かにあのハスキーボイスの先生だった。
「もうすぐメンテなんで。来週の平日の夕方、都合のいい日で受けに来てください」
そう言って一方的に切られた電話。
暫く考えたが仕方なく、後日連絡をして予約を取り付けた。
当日待合室で待ってる間、胃が痛くなるぐらい帰りたくて冷や汗が出た。
またイケメン先生に口内を見せつけるなんて、自分はどんだけドMなんだと心の中でツッコんだ。
現実に引き戻すように呼ばれた名前に顔を上げると、そこに立っていたのは違う男性だった。
あれ?先生は?って顔しながら後をついて行き、通された個室。
「かっちゃ、じゃなかった…爆豪先生今治療中でして。間に合いそうにないので僕が担当しますね。……前回の時、彼大丈夫でした?」
苦笑い気味にそう言われて、改めて見たらなんとも優しそうなそばかすが印象的な先生。
この人もなかなかイケメンだけど、威圧的な雰囲気ではないし優しそうな人だ。
「あ、はい…特に何かあったわけじゃないんですけど、緊張しちゃって…」
「すごいわかりますよ、その気持ち。実は僕幼なじみなんです」
なんてたわいもない話ですっかりリラックスムードの中、メンテが始まった。
1時間弱で終わり、口を濯いでると先生が声をかけた。
「なんか気になってる事ありますか?」
「んー…あ、八重歯の歯並びが気になってて」
「なるほど…八重歯の当たり少し重なりがありますもんね」
「そうなんですよ。食べ物が引っかかることもあるし、どうしても磨き辛いので、虫歯が心配で」
なんて話してたらいきなり開いたドア。
ノックもなしにビックリする私と、私よりもビクついたそばかす先生と、この前よりもイラついた顔の爆豪先生。
「変われ」
一言言い放つと、気まずそうに出ていったそばかす先生。
ドアの閉まる瞬間申し訳なさそうにするから、これからなにか良くないことが起きるらしい。
「……。」
「その八重歯似合ってんだからそのままでいいだろ」
「!?」
突然の事にビックリして言葉が出ない。
「特に磨き残しも無さそうだし、気になるようなら歯磨き前のフロス必須」
「は、はぁ…」
「んで、コレ」
渡されたのはヘッドの小さめの歯ブラシ。
実は前回のお会計で気になってたのだけど、まぁまぁいい値段の歯ブラシ。
普段使ってる歯ブラシと比べたら2倍…いや3倍の値段だ。
「コレ今日渡しとくんでとりあえず1ヶ月。んで、見せに来て」
そう言って差し出された歯ブラシを恐る恐る受け取ってチラリ。
思ってたよりも優しい所があるんだ…なんて思っていたら
「それよりも親知らずとか気になんねぇの?」
ギクリと方が揺れてしてしまった。
いつの間にか立派に生えてしまった4本の親知らず。
ずっと通ってきた歯医者さんでも「いつかは抜かないとねぇ」なんて言われてたのをずっと逃げてきたのだ。
「いや、コレは、ちょっと」
一気に焦り出す私に
「抜いとくか」
「はっ!?」
「安心しろ。俺は腕がいい。痛みなんて感じる前に一瞬で抜いてやるよ」
自信満々にニヤリと笑った彼が正直とんでもなくかっこよすぎて、気づけば頷いていた。
そして数ヶ月に渡って4本生えた親知らずを抜いていった。
彼が自信満々に言っていたのは事実で、麻酔ですら痛くないようにと気を使ってくれたようだ。
アフターケアの説明も丁寧で、行く度にこっそりと高い歯ブラシや歯磨き粉を渡された。
なんでこんなに良くしてくれるんだろう、なんて不思議に思ったが、きっと人気な理由はこんなところにあるんだと呑気に思っていた。
通い続けて良かったことはもうひとつあって、あんなに怖かった爆豪先生と打ち解けたことだ。
しかも優しいそばかす先生…じゃなかった、緑谷先生付き。
3人で飲みに行ったり、食事に行ったりすることが増えた。
そして私は今、受付の椅子に座っている。
男だらけの職場に浮かれた元受付嬢は、爆豪先生の手によってクビにされてしまったらしい。
「なぁ、簡単な事務作業とか出来ねぇ?」
なんて言われて軽い返事をしてしまった結果がこれだ。
電話対応と、患者のデータ管理と、雑用と。
やることだらけで大変ではあるが、事ある毎にパソコンを覗き込んでくる爆豪先生が近いこと以外は慣れてきた。
思ったよりもいいお給料と、予約無しで優秀な先生の治療が受けられること。
極めつけはイケメンの先生と一緒に働けること。
これだけ揃ってれば何も文句いえないでしょ。