私にだけ甘い彼







乱暴にスマホをカバンに投げつけた。
荼毘に八つ当たりするのはお門違いだって分かっている。
できるだけ普通の人間として生きることを選んだ私に、この状況は辛すぎた。
お金にならない残業と、理不尽な上司のパワハラ。
彼が手を下してくれないのなら、私自ら動けばいいか…なんて、まともな人間とは言えない思考が判断を鈍らせる。

あれから2時間の残業後、げっそりした顔で会社をでた。
もう日付は変わっているし、外を出歩く人は少ない。
朝でた時はパリッとシワひとつないワイシャツが、いつの間にかヨレヨレ。
履きなれたヒールも今は痛いだけ。
やっぱりダメだ、明日殺そう…。
ブツブツと物騒な言葉をコンクリートに零しながら歩けば、突然腕を引かれた。
狭い路地へと、後ろから引きずられるように。
抵抗しつつ顔をあげれば、そこにはツギハギだらけの火傷顔。

「っ荼毘!びっっっくりしたぁ……」

腰が抜けて座り込んだ私に向かって、しゃがみこむと両手を広げた。

「ほら」

「……え?」

「社畜女は頑張ったんだろ?ご褒美やるよ」

ぶっきらぼうな言い方に、ほんの少しだけ鼻の奥がツンとする。
勢いよく飛び込めば、しっかりと受け止めた彼の手が背中にくっつく。

「いつからこんなスパダリになったの!好きになっちゃう!」

「そりゃ光栄だなぁ」

いつも通りの棒読みでそんなこと言ってるけど、きっと彼は笑ってくれてる。

「荼毘殺してくれないから必死で頑張ったしまぢ辛い!」

ストレス発散するかのように、ぎゅーっと抱き締めれば彼が少しだけ唸った。
痛かった?ごめんね、なんて見上げて全力の上目遣い。
彼にソレが効いてる感じはしないけど、腰には手が回ってるし悪くないみたいだ。

「…………ねぇ、やっぱり殺して?」

「断る」

「ちぇ」

ダメだったかと彼の胸元へグリグリと頬を擦り寄せる。
たまに金具が当たって痛いけど、痛々しい火傷の奥で彼の心臓の動く音がして落ち着く。

「そのかわり」

「?」

「気分がいい時は迎えに来てやるよ」

「っ!頑張る!」

きっと懲りない私は明日も同じこと言うだろうけど、まぁいいか彼がいるし。