大人の匂い

「相澤くんの惚気話で、私もうお腹いっぱいだわ」

「いやぁ、良い話聞けたよ。ありがとう相澤くん」

「だとよ。よかったなぁ相澤ぁ」

無理やり飲ませた挙句、脅しの尋問が終わりを迎えた。
まるで俺が自ら彼女の話をしたような流れになっているが、そんなことは1ミリもない。
出来れば彼女のことなど、他の奴になんて話すつもり無かったのに。
そんなこと言ってしまえば、香山さんがまたうるさくなるだろうと黙った。

*

山田から久しぶりに飲もうと誘われて入った店には、汚い居酒屋がやけに似合う香山さん。
例の触覚や体格、オーラのおかげでまわりにはファンが集まってしまったオールマイトさん。

「俺以外がいるって言ったら来ないだろ?」

「たまにはお喋りでもしましょうよ、ね?」

「さぁ、相澤くん。何飲む?」

渡されたメニュー表越しに彼らを見て、ため息を吐いた。

「…生で」

そしていつの間にか口が緩くなった山田のお陰で、彼女の存在はバレ冒頭の尋問が始まったのだ。

*

「さぁ、早く彼女の所に帰ってあげた方がいいわよ。待ってるでしょ?」

そんなこと言ったって、時計はすでに2時を指している。

「どうですかね?寝てると思いますよ」

「拗ねて?」

「いや、普通に」

「へぇー…」

ワインが入ったグラスを口に付けながら、何か言いたそうな香山さん。
彼女の説教がまた始まるのかと、眉間に皺が寄ってしまう。

「なんですかその目は」

「飲み会中に過度な連絡はアウト。玄関のドアを開けたら起こった顔して立っててもアウト」

「……何の話ですか?」

「何も気にせずイビキかいて、さっさと寝ててもアウト」

「……」

「相澤くんがどれくらい愛されてるか、よ。」

「…くだらないですね」

そう言って立ち上がると、テーブルに1万円札を置いた。
まだ飲み足りない山田と、こちらに手を振る2人に軽く頭を下げると店を後にした。


*


鍵を開け、いつもより静かにドアを開けた。
シーンと静まり返る部屋に、彼女は寝室だとわかった。
適当に寝る支度を済ませ、ソファに座った。
ため息をつけば鼻をかすめるアルコールの匂い。
相当飲みすぎてしまったと、帰りがけに買った胃腸薬を飲み干した。

ガチャリと音がして、リビングのドアが開いた。
ソファから顔を出して音のする方を見れば、同じように彼女もドアから顔を出していた。

「おかえりなさい」

「ただいま。悪いな、起こしたか?」

「ううん、大丈夫」

ふと香山さんの話してた事を思い出した。

『飲み会中に過度な連絡はアウト
玄関のドアを開けたら起こった顔して立っててもアウト
何も気にせずイビキかいて、さっさと寝ててもアウト』

『相澤くんがどれだけ愛されてるか、よ』

今のところどれにも当てはまらない彼女は、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。

「こっち、おいで」

そう声をかければ、嬉しそうに笑った彼女が水片手に隣に座った。
手渡された水を受け取れば

「結構飲んだみたいだね…楽しかった?」

「……あぁ…疲れたけどな」

俺の答えに目を細めて笑った。

「久しぶりの飲み会だったでしょ?最近忙しかったし。たまには私のこと気にしないで楽しんで欲しかったから、良かったね」

「お陰様で。こんなになるまで飲んだのは久しぶりだ」

はぁ、とため息を落としつつ髪をかきあげた。
彼女の視線が気になってそちらを見れば、咄嗟に目をそらされた。
いつもよりもなんとなく、距離だって遠い気がした。

「……どうした?いつもならくっついて来るくせに」

意地悪にそう聞けば、俯く彼女の耳が少しだけ赤い。

「……っ」

なんでもないと首を振る彼女の腰を引いた。
胸元に置かれた手が弱々しく俺を推し返した。

「ん?嫌ならやめようか?」

「ちがっ…!しょ、うたくん…なんか色っぽいんだもん…」

「俺が?」

意外な彼女の言葉に間抜けな声が出てしまった。

「ん、頬も赤いし…目だって、なんかやらしい…」

彼女が何かしらを期待してるのが、手に取るように感じ取れる。
ゆっくりと鼻先を合わせると、彼女に口付けた。
苦しそうに眉間に皺を寄せるくせに、首元に回る細い腕。
少し離れて彼女の呼吸を待てば、もっとと小さい両手が俺の頬を包み込む。
これが無意識なんだから、俺の彼女は怖い。

何度目かのキスの後、彼女を押し倒しながら聞いた。

「ずっと起きて待ってたのか?」

「ううん、寝てたの。でも、違う匂いがしたから」

「匂い?」

「そう、お酒とタバコと、消太くんの匂い」

「…嫌だったか?」

「んーん、なんか大人な匂い、」

服を捲りあげ、彼女の胸元にキスを落としていく。
短くなった鼓動と吐息に、収まったはずの目眩がする。
顔をあげれば、いやらしく笑った彼女と目が合った。