大人の匂い

「相澤くんの惚気話で、私もうお腹いっぱいだわ」

「いやぁ、良い話聞けたよ。ありがとう相澤くん」

「だとよ。よかったなぁ相澤ぁ」

無理やり飲ませた挙句、脅しの尋問が終わりを迎えた。
まるで俺が自ら彼女の話をしたような流れになっているが、そんなことは1ミリもない。
出来れば彼女のことなど、他の奴になんて話すつもり無かったのに。
そんなこと言ってしまえば、香山さんがまたうるさくなるだろうと黙った。



山田から久しぶりに飲もうと誘われて入った店には、汚い居酒屋がやけに似合う香山さん。
例の触覚や体格、オーラのおかげでまわりにはファンが集まってしまったオールマイトさん。

「俺以外がいるって言ったら来ないだろ?」

「たまにはお喋りでもしましょうよ、ね?」

「さぁ、相澤くん。何飲む?」

渡されたメニュー表越しに彼らを見て、ため息を吐いた。

「…生で」

そしていつの間にか口が緩くなった山田のお陰で、彼女の存在はバレ冒頭の尋問が始まったのだ。



「さぁ、早く彼女の所に帰ってあげた方がいいわよ。待ってるでしょ?」

そんなこと言ったって、時計はすでに2時を指している。

「どうですかね?寝てると思いますよ」

「拗ねて?」

「いや、普通に」

「へぇー…」

ワインが入ったグラスを口に付けながら、何か言いたそうな香山さん。
彼女の説教がまた始まるのかと、眉間に皺が寄ってしまう。

「なんですかその目は」

「飲み会中に過度な連絡はアウト。玄関のドアを開けたら起こった顔して立っててもアウト」

「……何の話ですか?」

「何も気にせずイビキかいて、さっさと寝ててもアウト」

「……」

「相澤くんがどれくらい愛されてるか、よ。」

「…くだらないですね」

そう言って立ち上がると、テーブルに1万円札を置いた。
まだ飲み足りない山田と、こちらに手を振る2人に軽く頭を下げると店を後にした。





鍵を開け、いつもより静かにドアを開けた。
シーンと静まり返る部屋に、彼女は寝室だとわかった。
適当に寝る支度を済ませ、ソファに座った。
ため息をつけば鼻をかすめるアルコールの匂い。
相当飲みすぎてしまったと、帰りがけに買った胃腸薬を飲み干した。

ガチャリと音がして、リビングのドアが開いた。
ソファから顔を出して音のする方を見れば、同じように彼女もドアから顔を出していた。

「おかえりなさい」

「ただいま。悪いな、起こしたか?」

「ううん、大丈夫」

ふと香山さんの話してた事を思い出した。

『飲み会中に過度な連絡はアウト
玄関のドアを開けたら起こった顔して立っててもアウト
何も気にせずイビキかいて、さっさと寝ててもアウト』

『相澤くんがどれだけ愛されてるか、よ』

今のところどれにも当てはまらない彼女は、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。

「こっち、おいで」

そう声をかければ、嬉しそうに笑った彼女が水片手に隣に座った。
手渡された水を受け取れば

「結構飲んだみたいだね…楽しかった?」

「……あぁ…疲れたけどな」

俺の答えに目を細めて笑った。

「久しぶりの飲み会だったでしょ?最近忙しかったし。たまには私のこと気にしないで楽しんで欲しかったから、良かったね」

「お陰様で。こんなになるまで飲んだのは久しぶりだ」

はぁ、とため息を落としつつ髪をかきあげた。
彼女の視線が気になってそちらを見れば、咄嗟に目をそらされた。
いつもよりもなんとなく、距離だって遠い気がした。

「……どうした?いつもならくっついて来るくせに」

意地悪にそう聞けば、俯く彼女の耳が少しだけ赤い。

「……っ」

なんでもないと首を振る彼女の腰を引いた。
胸元に置かれた手が弱々しく俺を推し返した。

「ん?嫌ならやめようか?」

「ちがっ…!しょ、うたくん…なんか色っぽいんだもん…」

「俺が?」

意外な彼女の言葉に間抜けな声が出てしまった。

「ん、頬も赤いし…目だって、なんかやらしい…」

彼女が何かしらを期待してるのが、手に取るように感じ取れる。
ゆっくりと鼻先を合わせると、彼女に口付けた。
苦しそうに眉間に皺を寄せるくせに、首元に回る細い腕。
少し離れて彼女の呼吸を待てば、もっとと小さい両手が俺の頬を包み込む。
これが無意識なんだから、俺の彼女は怖い。

何度目かのキスの後、彼女を押し倒しながら聞いた。

「ずっと起きて待ってたのか?」

「ううん、寝てたの。でも、違う匂いがしたから」

「匂い?」

「そう、お酒とタバコと、消太くんの匂い」

「…嫌だったか?」

「んーん、なんか大人な匂い、」

服を捲りあげ、彼女の胸元にキスを落としていく。
短くなった鼓動と吐息に、収まったはずの目眩がする。
顔をあげれば、いやらしく笑った彼女と目が合った。