よく鳴くヤモリ

コイツは、他の奴とは育った環境が違った。
産まれた家は裕福で、家族にだって恵まれてる。
父親と母親、兄と姉に妹、そして祖父母。
更には曽祖父母まで。
外見を誰かに馬鹿にされたことも無ければ、内見は俺たちが気を使ってしまうほど良い。
それならば、どうしてヴィランという険しい道を選んだのか。

まるで今から悲しい物語でも始まるかのような語り口だが、そんなことは1ミリもない。
なんでかって?
それは単に俺が現実から逃げたいからだ。

「……もう30分経ったろ……!?」

「ん〜ん。まだ5分しか経ってないよ。まだまだ」

嘘だろ…。
立てかけられた時計を見て、絶句した。
彼女の言うとおりまだ5分しか経っていない。
なんだったら彼女の気遣いだろうか、今やっと5分を過ぎたところだ。

体感では30分…いや、1時間ほど抱きしめられているはずだった。
背中に感じる柔らかいナニかと、腰に回された両手。
暖かくて、正直気持ちの良いはずなのに、ふと感じる寒気。
ひんやりと冷たい肌と、触り心地の良いサラサラした表面が逆撫ですると引っかかるようだ。
どう考えても相性の悪い異形型同士の俺達。
個性抜きで考えたら、ただの男と女で簡単なはずだったのに。



爬虫類が好きだと話す彼女が

「何もしないから抱きしめさせて」

そう言ったのは1時間前の出来事だった。
からかっているのかと拒否する俺に、何度も何度も両手を合わせた。
途中から「こんなチャンスもう無いんじゃないか」なんて下心が溢れ出てきてしまった。
渋々了承した俺の顔はきっと気持ち悪かっただろう。
鼻の下を伸ばした顔を見られたくなくて「う、後ろからなら」なんて、なんとも間抜けな台詞を言ったもんだ。

背中に頭を預ける彼女が笑う。

「心臓…すごいよ…?」

両手が俺の左胸に合わさる。
ドキリと肩が揺れた姿を見て、再び彼女が笑った。
背中に頬ずりする度、彼女の肌と布が引っかかって音がする。
ズリズリと。

ゆっくりと胸元の手が下に降りてきて、触れるか触れないかの力で股間に置かれた。

「ッ!!ま、待てよ!何してんだ!」

「ん〜?なんか、苦しそうだなって思って」

いつの間にか元気になっていた息子に気付いたのは、彼女の方だった。
ヤモリとしての本能と、男としての本能で感覚は鈍っていた。
意識したらどんどん体は熱を帯びて、息遣いも荒い。
今更、寿限無を唱えたってもう遅い。

ズボンのファスナーが下ろされる。
彼女の手が、テントを張ったパンツにゆっくりと近付く。


「やっ……!やめっ……

ミィ〜〜…… 」

「……!!」

「キュッキュキュキュー…………」

「〜〜〜っ♡やっと聞けたぁ♡」

「ッはぁ!?」

背中越しに爆笑する彼女だが、何だか嬉しそうだ。

「いや、ちょっと待てよ!お前まさか」

「うん♡ヤモリって危険を察知すると鳴くってホントなんだね」

どうしても聞きたかったと、うっとりする彼女の目尻には、笑いすぎたのか涙が溜まっている。

彼女がトレードマークのメガネをゆっくりと外した。
レンズ越しだった瞳が露わになって綺麗だ、なんてさっきまで鳴いてた俺が言うのはおかしいだろうか。

ペロリと舌なめずりした、二つに避けた長い舌にゾクリと鳥肌が立った。

「この先、シたら、もっと可愛く鳴くの……?」

「ちょ、待てって、!もう鳴かねぇ、キュ〜…ッア゙ァ!くっそ!!」

「せっかくだし、試してみようよ」

間抜けな鳴き声どころか、女を押し返す力もなくただただ大人しく喰われてしまった。
そりゃ勝てるわけないだろ。
どんなにか弱い女でも、彼女は『蛇』で、俺は『ヤモリ』なんだから。