弔くんのことが大好きだった。
初めの頃は遠くで見てるだけで良かった。
怪我をして帰ってくる度に心配で堪らなかった。
彼を傷付ける人間なんてみんな死ねばいいと思った。
走っていく弔くんを、ずっと追いかけて行きたかったのに。
あなたを思うだけで辛くて、しんどくて、もう辞めちゃいたいなって何度も思った。
振り向いて欲しくて、私だけ見て欲しくて、
貴方の為に死ぬんじゃなくて、貴方と死にたいと思った。
好きにならなきゃ良かった。
こんな辛い思いするのなら出会わなければよかった。
今まで何百回そんなこと思って来ただろう。
もう辞めようと思う度、彼の横顔の写真を眺めて
彼の落とした手袋を握りしめて、肺いっぱいに彼を吸い込む。
いつの間にか彼の匂いがしなくなった手袋は、彼がどこかへ行ってしまうことを連想させた。
不安で眠れなくて、好きすぎて頭がおかしくなりそうだった。
もうダメだ…諦めよう。
どんだけ走っても届かない彼に、心の限界が来たのは私の方だった。
弔くんの好みの女になりたくて、たくさん頑張った化粧も。
いつか弔くんとデートした時用にと、買った服もカバンも。
リンクコーデしたくてこっそり買った真っ赤なスニーカーも。
全部泣きながら袋に詰めた。
弔くんだらけだった部屋には何も無くなってしまった。
彼の存在が無くなることに酷く悲しくなると、彼の姿を一目見ようといつもの場所へと走った。
人が溢れる地下の広場。
彼を初めて見た場所もここだった。
ステージの上で椅子に座る姿はまるで王様のようで、白い髪から除く彼の目に一目惚れしたのだ。
ヴィランとしても役に立つことができない私が居れるのはこれで最後。
辛うじて見えた彼の姿を最後に、地下を出た。
「おい」
後ろからかけられる声に振り向くと、そこには愛しの彼の姿。
ついに幻まで見るようになったかと、どんどん歪む視界が彼を濡らした。
「何で泣いてんだよ…」
「っ…ちがっ、これは…」
「もう辞めるつもりか?」
「…え…?」
「俺のこと見てただろ」
まさかの事態に涙はピタリと止まり、その代わりの冷や汗が一気に出てきた。
この後浴びせられる罵声に私は耐えることが出来るだろうか。
それならいっそ今すぐにでも舌を噛みちぎってしまおうか。
どんどん荒くなる呼吸に、吐き気もしてきた。
「俺もお前のことずっと見てたよ」
真っ白な頭の中に彼の台詞が流れ込む。
私の、こと…?
にんまりと笑った彼がゆっくりと私に近づく。
「俺が気づいてないとでも思ったか?」
周りの音が遠くに感じて、彼の声だけが耳から体全体に響き渡る。
ずっと思い続けた彼が私を、私だけを見ててくれている。
嘘のようなこの状況に、息の仕方を忘れそうだ。
「逃げれると思うな。わかったか?」
必死に首を縦に振ると、彼の両手が私の頬を包み込んだ。
「ゆ、め…」
「夢じゃない。現実だってこと、解らせてやろうか?」
そう言って彼が近づいた。