彼を初めて見たのはネットに乗った動画だった。
過激すぎてすぐ削除されてしまったが、彼に惹かれるのはその一度でも十分だった。
SNSの裏では、彼らを称える『ヴィランファンクラブ』なんて物も存在するらしい。
私だって……とは思うものの、それらしき発言や拡張しようものなら、罰が下る。
ヴィランに恋をした、だなんて口が裂けても言えなかった。
たまたまだった、推しの彼が近くにいると知ったのは。
どうせデマだろうと頭のどこかでは思っていたが、もし横顔だけでも見れたら…なんてラッキーありえない。
現場には多くの人集りが出来ていた。
巻き込まれた人間や、通りすがりの人間、それに私みたいな非常識人。
背伸びしても奥の状況はこれっぽっちも見えない。
スマホを持って上に掲げて見るも、現場には粉々になった壁や地面、それに車らしき破片。
確かにあの状況は彼の個性によく似てると、一瞬胸が高鳴ったがこんな人集りで彼がじっとしている訳ないのだ。
「……あー、残念」
ボソリと呟くと、周りをキョロキョロと見渡した。
切り忘れたスマホの画面はそのままに、近くの路地に目をやった。
ゆっくりと歩いて、路地を曲がる。
足元をさささ、と横切ったのはネズミだろうか、転がったゴミ箱は酷い匂いだ。
何だか戻るのは勿体ない気がして、さらに角を曲がった。
さっきの現場からはだいぶ離れてしまったのか、音が遠くに感じる。
スマホの光が地面を照らして、誰かの足元が写った。
「ッひ……!」
ビクリと全身が跳ねて、咄嗟に上がったスマホは目の前の人物を照らした。
「チッ……眩しい」
下げろ、と男はこちらを手のひらを向け、自分の顔を隠した。
画面越しに映る彼は紛れもなく、大好きな彼だ。
「と、とむ……ら、」
「おい。やめろって言ってるだろ」
スマホを掲げたまま固まる私の前に、ぐいっと彼が近付いた。
私の指スレスレに握られたスマホが、ポロポロと粉々になっていく。
歓喜と恐怖と緊張と、色々な感情のせいでいつの間にか頬は涙で濡れ、半開きの口はだらしない。
「人の話はちゃんと聞けって、親から習わなかったか?」
瞳孔が開いた真っ赤な瞳が、薄暗闇で私を見据える。
スマホを握っていたはずの手が、無意識に何かを掴もうと動けば、それに気付いた彼が指先を絡めた。
「お前…よく見たらイイな」
「ッ!」
強引に引き寄せられ、ジロジロと眺めた後彼が言った。
がっしりと絡んだ手がいつボロボロと崩れてもおかしくない状況に、息が詰まる。
ゆっくりと私の全身を彼が眺めた後、にちゃりと笑った音がした。
「なぁ、俺のことが好きなの?」
反対の手で掬いあげたのは、カバンに着いた『手』のキーホルダー。
返事の代わりに、首が取れそうな程縦に振った。
「こんな事しなくても特別に連れて行ってやるのに」
「、ぇ……」
「もっと最前で俺を見たいだろ?楽しいかどうかは知らないけど……きっと退屈にはならないよ」
そう笑うと、彼の後ろで黒いモヤモヤとした物がズズズ、と広がった。
「……おいで」