【キャッチ】
バイトの帰り道、煌びやかな飲み屋街を早足で通り過ぎた。
立ち止まろうものなら、あっという間にキャッチに捕まってしまう。
自分でもそこそこ可愛いんじゃないかと思っているし、スタイルだって悪くない…はず。
だからってキャッチされて喜ぶほど男に困ってる訳でもないのだ。
少しの息切れを残しながら飲み屋街を抜けきれば、ゆっくりと歩みを緩めた。
「やぁ、こんばんは」
完全に油断していた私は、咄嗟に声のする方に振り向いてしまった。
視界に映ったのは、可笑しな仮面をつけた男性。
笑えないぐらいの不信感に、小さな叫び声が零れた。
後退る私に気付いたのか、男は前のめりになるのを辞めると、私と距離をとった。
「ごめん、変な者じゃないんだ」
どこからどう見ても変な人です、そう心の中で呟いた。
「俺ね、こういう者です」
そう言って差し出されたのは一枚の名刺だった。
シンプルなデザインの名刺には『迫 圧紘』と書かれている。
「キャバクラとか興味無い?」
「…ありません」
見た目はともかく、やけに紳士的な雰囲気に呑まれそうだったが、キャバクラというフレーズを聞いた瞬間に冷静になった。
名刺を押し返せばあっさりと引いた彼が、指先で紙切れを遊ぶと指をパチンと鳴らした。
先程の名刺は一瞬で消えてしまったのだ。
瞬きを数回して驚いたが、ハッと我に返った。
凄いでしょ、と言わんばかりに両手をヒラヒラさせた目の前の彼。
その仮面の小さな覗き穴からジッと見つめられている気がして、その場から逃げるように走った。
自宅に着くとシャワーを浴びて、明日の大学の準備をした。
バイト用の鞄から、大学用の鞄に荷物を移していた所である物に気付いた。
鞄の内側ポケットに入っていたのは、確かにあの名刺だった。
ゾッとして、私しか居ないはずの部屋の中を振り返った。
「っ……、」
この部屋にあの男が居るわけなんてない。
けれどやけに心臓がうるさくて、しばらく緊張感が続いた。
名刺をクシャりと丸めると、乱暴にごみ箱に投げ捨てた。
「キャバクラなんてやるわけないじゃん…!」
数日後ゴミ箱から名刺を漁ることになるとは、この時の私はまだ知らない。