【体入一日目】
迫さんに案内されたのは、飲み屋街から外れた場所だった。
あまり綺麗ではない小さなビルの地下。
「意外だった?」
笑った迫さんに、思わず頷いた。
頭の中に思い浮かんだのは、ネットに書かれていた『地下のお店はボッタクリが多い』という情報だった。
「おい、そこ邪魔」
後ろから声がした。
迫さんが私の腕を引くと、細身の男性は数名の男性陣を引き連れて地下の階段を降りていった。
「愛想悪くてごめんね。1番前のがこの店の黒服ね」
「は、はぁ…」
「…どうする?やめとく?」
迫さんは心配そうに覗き込んだ。
少し悩んで、首を横に振った。
店内に入ると、綺麗なドレスを着た女性と楽しそうに笑う男性の姿ばかりが目に付いた。
外観からは想像できない雰囲気は、店も女の子も一緒だった。
「…綺麗」
「でしょ?君もああなるんだよ。ここのお店はさ、綺麗なキャストが多くてね。照明だってほかの店に比べれば明るめなんだ。あ、キャストって言うのは女の子の事ね」
「は、はぁ…」
「Mr.お疲れ」
「おぉ、お疲れ〜。この子が例の子、よろしくね。ってことで俺はココまで、あとはこの伊口くんがどうにかしてくれるから」
「おい、その呼び方やめろって。……スピナーです、よろしく。これから色々説明させてもらいますね」
「あっ、はい…」
ここからは迫さんが居ない不安感が一気に押し寄せて、なんだ変な感じだ。
2回しか会ったことがないのに、彼しか知り合いが居ない環境に心寂しくなった。
不安感が伝わったのか、迫さんの大きな手が私の頭を撫でた。
「頑張ったらなんか美味しいもんでも食いに行こうか。……大丈夫、行っておいで」
スルスルと頭から毛先を滑る指先が優しくて、それだけで緊張感が少しほぐれた気がした。
「行ってきます」
スピナーと呼ばれる黒服から、ある程度のルールとマナーを教わった。
ネットでの知識とは若干違うものの、大体を理解することが出来た。
「お酒、作ってみて貰えますか?」
「はい」
「お前がMr.の連れてきた新人?」
頭上から声がして、3個目の氷をグラスに入れたところで頭をあげた。
「ッヒィ!」
握っていたグラスがテーブルに倒れると、綺麗な絨毯の上に氷が落ちていった。
「す、すみません、」
「おいおい、大丈夫か?客の前でそんな態度取るなよ」
「荼毘、お前のせいだろ。すみません、コイツの事は気にしないで」
「、っ」
「俺みたいな見た目の客もいるって事だよ。……まぁいいや、しっかり騙せよ」
そう言ってニヤリと笑うと荼毘と呼ばれる男は、その場を後にした。
冗談なのか、本気なのか。
ニヤリと笑ったその姿に、悪い意味で見惚れてしまった。
確か店前で会ったのは彼だったと、思い返してみる。
あの時ちゃんと顔を見ていたのなら、きっと逃げて帰っていただろう。
目の前のスピナーさんは、心配そうに私を見た。
こんな優しくてまともな人が働いているのだから、大丈夫。
そう何度も言い聞かせながら、一日目が終わった。