【体入最終日】
体験入店と呼ばれる3日間が、今日で最終日だった。
2組目に入ってきたお客さんに場内を貰い、そのまま延長が続き幸先が良かった。
日付が変わる頃にお会計を済ませると、店の入口までお見送りをした。
「いやぁ、久しぶりに楽しかったよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「また来るから、その時は君指名で」
「ありがとうございます」
地下の階段を登り切ったところで、軽く手を振って帰って行った。
「いい感じじゃん、様になってる」
後ろから声がして振り返れば、そこには見慣れない長身の男性。
受け取ったであろうおしぼりで、手を拭きながら「お疲れ様」と声をかけられた。
ぼーっと見つめて首を傾げた私を見て、彼が笑った。
「あぁ、そっか。迫です、この姿では初めまして」
「!お、お疲れ様です。いつの間に」
「今さっき。さ、飲もう。君を指名で来たんだから」
一歩後ろで待ち構えていた女の子など気にもせず、迫さんは私の手を取ってフロアを歩き出した。
女の子は私と迫さんにぺこりと会釈をすると、待機まで戻って行った。
何が何だか分からず慌てていれば、眉間にシワを寄せたスピナーさんが飛んできた。
「おい、Mr.。勝手に連れていくなよ。今着けてやるから」
「えー、いいよ、お前忙しそうだったし。このまま席着けばいいじゃん」
「はぁ…お前なぁ、酔ってるだろ。ったく……お待たせしました。ナマエさんです」
「ぉ、お邪魔します…」
席に着いて隣の迫さんを見れば、確かにいつもよりも声色が柔らかい。
今日は仮面つけてないんだ…なんて見惚れていたら、ソレに気付いた彼と目が合った。
「どう?楽しい?」
「今のところは。仲良い子も出来たので」
「聞いた聞いた。トガちゃんだろ?」
「トガちゃん…?」
「いや、ごめん、ヒミコちゃんね。俺付き合い長くてさ、そう呼んでるの。それにしても良かったねぇ、絶対相性いいと思ったんだ」
私のことなのにこんなにも嬉しそうに笑う彼を見て、この店にしてよかったと思った。
「Mr.久しぶり〜」
「お、久しぶり。綺麗になったね」
奥の席から抜けてきた女の子や、これから席に着く女の子が通り過ぎる度、迫さんに挨拶をしていく。
その姿を見て特別扱いされているのは私だけじゃなかったんだと、一気に気分が下がってしまった。
汗をかいたグラスをハンカチで綺麗に拭くと、コースターの上に乗せた。
「誰にでもこんなことやってる訳じゃないよ」
「、!」
「キャッチして、店紹介する度に飲み来てたらおじさん破産しちゃうよ」
「っ、じゃぁ何で、」
「金落としてまで隣にいて欲しかったから」
先程の緩んだ表情とは打って変わって、真面目な声のトーンと視線。
耐えきれず、何も言えなくなってしまうと俯いた。
「なんで私が〜とか思ってるだろ?」
真っ赤な顔を見られないよう、頷いた。
「タダでは教えられないから…今日アフターでもしようか。
そうしたら君が知りたいこと何でも教えてあげ、痛ってぇ!!」
彼の頭がガクンと落ちてきて、2人して顔をあげれば荼毘さんが居た。
手には伝票ファイルを持っていて、頭を摩る迫さんを見る限りこれで殴られたに違いない。
「お触りは禁止デス」
「まだ触ってないだろうが。あー・・・いてぇ。こういう客もいるから気をつけてねってことよ」
迫さんの言葉に安心したのと、少しだけ残念な気持ち。
どこまでがホントで、どこからがウソだったんだろう。
体入3日目で、お客側に騙されそうになったショックは意外にも大きそうだ。
「自分に合ったかわし方でも見つけるんだな。んで、Mr.時間な」
「はや。いいよ、延長で」
「ごっそーさん」
「どうせなら荼毘も飲んでいけば?暇だろ」
そう言って彼に差し出したのは、私のグラス。
「ちょ、それは私の、」
私のグラスを手に取った荼毘さんは、あっという間に飲み干してしまった。
「ナマエチャンさ、ウィスキー苦手だろ」
「、ぅ…ごめんなさい…」
「いや、いいんだって。無理しないで自分の飲みたいの頼みな。客のボトル減らすのも、ドリンクで稼ぐのも、自分のやりたい稼ぎ方見つけりゃいいんだって。特に指名の席ではね」
「分かりました」
「未だにこれ飲めあれ飲めって言ってくるおっさんもいるんだから、困った時は黒服も頼っていいんだよ」
ちらりと荼毘さんを見れば目が合ってしまった。
綺麗な二重なのに、眠そうな瞳は綺麗な色をしている。
「飲んでやってもいいけど、お前が体で払えよ」
その言葉に固まってしまった私を見て、迫さんが大笑いした声が店内に響いた。