【1ヶ月が経ちました】
出勤の数時間前、荼毘さんから着信があった。
「今から用意しろ。30分後に迎えいくから」
一方的に切られた電話に、慌てて用意を始めた。
お迎えが来た車に乗り込むと、私服の荼毘さんがハンドルを握っていた。
新鮮な彼の姿にドキッとすると、無言で車は走り始めた。
「どこに行くんですか?」
「着けばわかるって」
「はぁ……」
「まぁ、デートってやつ?」
からかわれているのかと彼を見れば、至って真面目な表情にドキリとする。
ハンドルをトントンと叩く指先と、微かに聞こえる鼻声。
いつもと違う柔らかな雰囲気に、危うく自分が彼女なんじゃないかと錯覚しそうになった。
ニヤける口元を隠すように窓の外を見た。
連れてこられたのはオシャレな店が立ち並ぶ大通り。
車を降りた彼に着いていくと、ひとつのショップに入った。
店の中には華やかなドレスが並び、靴に鞄なども揃っている。
「好きなのドウゾ」
そう言うと、荼毘さんは奥から出てきた責任者のような人と話し始めてしまった。
綺麗なスタッフさんが私の元へと来ると、次から次へとドレスを着せられてしまった。
まるで着せ替え人形な私と、ニコニコと嬉しそうなスタッフさん。
あれもいい、これもいいと差し出されたドレスはどれも高額なものばかり。
5着目を着終わったところで、開いたカーテンの向こうに立ったのは荼毘さんだった。
「へぇ、良いじゃん」
青が綺麗なドレスを見て彼が笑った。
露出も控えめで、上品なそれを着た自分が鏡に映る。
「あと鞄も見せてくれ」
彼がそう言うとスタッフさんは深深と頭を下げた。
どこかのお姫様になったような気分に、慣れない私は目が回りそうだ。
気付けば、一通り満足した荼毘さんが会計を済まし、荷物を受け取ると店を出た。
ちらりと腕時計を見て
「ついでだから飯でも行くか」
そう言って、私もつられてスマホを見れば出勤時間30分前。
「え、でも出勤の時間が」
「あー…代表には俺が連絡入れとくから。腹減ったし」
そう言って強引に私の腕を掴むと歩き出した。
それから食事を一緒にし、食べたことない高級料理に感動する私。
お腹が減ったと言っていたはずの張本人は、食事を頬張る私を見つめるだけでほとんど食事を口にはしなかった。
「色んな経験しておいた方がいい」
そう言ってお酒を啜る荼毘さんが、大人すぎて見蕩れてしまう。
今までだって気に入った女の子をこうして食事に連れて行ったり、高級なプレゼントをして喜ばせてきたのだろう。
嬉しい半面、他の女の子も一緒なんだと現実世界を行ったり来たりする私を彼が見つめた。
「こんなめんどくせぇこと、お前以外にやってねぇよ」
見透かされた心境に、ドキリと胸が鳴る。
それ以上話そうとしない彼が、私を覗き込んで手を伸ばした。
瞬間、テーブルの上のスマホが震えた。
彼のため息が聞こえて、スマホを手に取った。
「……あぁ、わかった。……わーかったって、はいはいはい」
電話越しに怒鳴っているのは死柄木さんらしき声。
電話を切り終えれば、荼毘さんと店を出た。
大通りでタクシーを捕まえると運転手にお金と行き先を伝え、私だけ乗り込んだ。
「あれ、荼毘さんは?」
「俺は後で行く。先行ってろ」
そう言うと、閉まる直前で何かを忘れたように再びドアを開けた。
ぐっと乗り込んだ姿を見て、やっぱり一緒にお店に向かうのだと思ったらそのまま近づいてきた。
唇の左端。
頬でも唇でもない、その部分に彼の唇がそっと当たった。
軽いリップ音がして、そのまま一時停止。
「さて、これはどんな意味デショウ?」
なんて笑ってタクシーから出ると、扉が締まり車は走り出した。
店に着いたあとも、接客をしている時も、帰ってきてベッドに横になった後も。
キスされた部分が熱くて熱くて仕方がなかった。