猫になったMr.

アジトに帰ってくると、カウンターに腰掛けて話す荼毘の背中が見えた。
気配を感じた彼がこちらをチラリと見たのに気付いて覗き込めば、そこに居たのは一匹の猫だった。
綺麗な毛並みの猫は、ミスターのコートにくるまって寝ているようだ。

先程まで会話をしていたのは確かで、その声の主は私のよく知っている人間だったはず。

「…あれ、荼毘…と猫?だけ…?」

ミスターの声がしなかったか、と言いかけた所で起きた猫と目が合った。

「そのミスターがコイツ」

「は、?」

「こら、荼毘」

「なんだよミスター。間違いじゃねぇだろ?」

そんな2人のやり取りをぽかんと口開けて、ひたすら交互に見つめる私。

「ぇ…ぇ……え゙ぇぇぇー!!」

「!」

アジトには私の叫び声が響き、大きな舌打ちと共に耳を塞いだ荼毘。
ミスターらしい猫は目を大きくすると、背中からしっぽまで毛を逆立たせた。
フーッと威嚇した彼を見て、口元を両手で覆うとくぐもった声で「ごめん」と言った。
尻尾をビタンビタンと床に叩きつけながらも、再びカウンターに腰を下ろした猫ミスターを見てため息が零れた。

荼毘曰く、ヒーローから逃げる途中で個性事故に巻き込まれたらしい。
たまたま通りすぎた荼毘が猫ミスターを回収したという。
きっとみんな面白がるだろうから、しばらくは身を隠そうかと話していた所で私が現れてしまったのだ。

「まぁお前が一番面白がりそうだけどな、荼毘」

そういった猫ミスターは、くわぁと顎が外れそうな程大きな欠伸をした。

「面白いのはこれからだろ?」

「?」

「まぁちょうどいい、後は任せた」

「え、ちょ、」

「嘘だろ、荼毘」

声からして慌てた猫ミスターの顎をひと撫ですると、荼毘はアジトを出ていってしまった。

「……とりあえず、自室にでも隠れようか……?」

「…あ、あぁ。そうだね」

そう言うとカウンターから音も立てずに飛び降りた猫ミスターは、迷いもせずに私の自室へと向かっていった。
ポッケの中でスマホが震えた気がして手に取れば、送り主は荼毘だった。
伝え忘れた要件でもあったのかとメッセージを開けば、そこに書いてあったのはあまりにも残酷な内容だった。

【一生治らねぇ個性事故もあるらしい】

たった20文字にも満たないメッセージに、私の顔が歪んだ。

ガリガリガリッ

ハッと我に返り振り向けば、部屋の扉を早く開けろと猫ミスターが爪を研いだ。

「っ、あぁ、ごめんね」

どうぞと扉を開ければ、慣れたようにベッドのど真ん中に飛び乗った。
少し間を開けて、私もベッドの縁へと腰を下ろした。

「いやぁ、悪いね。しばらく助けてもらわねぇとどうにも出来ねぇみたいだ」

「ううん、私は大丈夫……は、早く治ると、いいね…」

「そればっかりはわかんねぇからなー・・・どうにかなっちまう前に吐き出してくれよ…」

ボソリと呟いたミスターの声は、いつもより覇気が無かった。
荼毘が言っていた事が事実なら、彼はそれを知っている…?
それともいつかは治ると信じている…?

「まぁ大丈夫だよ、いつかは元に戻れるんだ。その代わり、この体が先か、俺が先か…」

「っ…ぅぅ…ッ……」

「……なんだよ、泣くなって。大丈夫だから」

ゴロゴロと喉を鳴らしながら膝に乗ってくる姿は、泣いてる私を励ましているように見えた。

“一生治らねぇ個性事故もあるらしい”

“どうにかなっちまう前に吐き出してくれよ”

2人の言葉がグワングワンと頭の中を埋めつくして、いよいよしゃっくりが出始めて泣き顔は可愛くも何ともない。

「わ…わたし、ね…ミスターの事が好き……!いつも冷静で、一歩下がって私たちを見ててくれる所も…実は執念深くてやられたらやり返すところも…!人間味があって、凄く惹かれてるの…!」

「はは、なんだか照れるな。俺もお前のそういうストレートに表現する所、案外好きだよ。俺たちと居ても未だに擦れてないっていうか、」

興奮してお喋りになった私を見て、彼が宥めるようにゆっくりと話した。
癇癪を起こした子供に、落ち着けと言い聞かせる大人のように。

「っ!違うの……!」

「……。」

「ミスターが思ってる好きとは違うんだよ……。」


その意図が伝わってきて、尚更もどかしくなって取り乱す私はやっぱり子供なんだ。

「仮面からたまに覗く瞳とか、スラッと伸びた足とか。手袋の上からでも分かる手先の綺麗さとか…私、ミスターのこと異性として見てるの……!
このまま戻れないのは悲しいし、絶対嫌だけど…ほ、他の女の人に取られなくて済む、って…おもっ、ちゃって、る…」

我に返ってきたおかげか、段々と小さくなる声は彼に届いてないかもしれない。
好きだと言う前に放たれた言葉たちは、ただの性癖暴露に近かった気もする。

彼は無言で、部屋に響くのは私のあがった呼吸の音だけ。
いきなりむくっと体を起こした猫ミスターは、ベッドから降りて部屋の扉まで歩き始めた。

「ッ、やだ!行かないで!」

強引に引き寄せれば、嫌がった猫ミスターが絨毯に爪を引っ掛ける。
彼の腹に手を回し、小さな体だということも忘れて強く抱き締めた。

「ん゙わ゙ォ!」

叫び声と共にゴポリと音がして、床に散らばった胃液。

と、見覚えのある球体。

「……へ、?」

パチンと弾けたように中から出てきたのは、本物のミスター。
ポカンと口を開けて状況が読めずにいる私の頭をポンポンと撫でると、足元の猫を抱き上げた。

「いやぁ、焦った焦った。俺が知らずに解除してたらお前死んでたぞ?やたらめったら食うもんじゃないよ」

「ンナーォ」

そう返事した猫は体を反らせ嫌がると、ミスターの腕に爪を立て飛び降りた。

「痛てて!なんだよ、恩知らずめ」

そう言うと、いつもよりも何倍も優しい笑顔で私を見た。

「!!」

彼から逃げるようにベッドに飛び乗ってブランケットを被れば、彼が喉を鳴らして笑った。

「言わなかったのは謝るよ、ごめんな」

「ッ…」

「それにしても俺愛されちゃってんなぁー」

「う、嘘だから、全部嘘だから!」

「それはダメだろ。無かったことになんて出来ねぇよ?」

「ミスターが嘘ついたから、私も嘘ついたんだし!」

「?嘘なんてついてなくねぇ?嘘ついて面白がってたのは荼毘だろ?」

「〜〜〜ッ!で、でも吐き出せって!」

「は?……あぁ、あれは糞と一緒に出されるくらいなら口から出してくれって意味だよ」

「ど、どっちが先とか言ってたじゃん!」

「個性がいつまで持つかわかんないだろ?中にいる状態で解除なんかしちまったら後味悪いべ」

何も言えなくなった私の元に彼が近づく音がする。
ぎしりと安物のマットレスが沈んだ瞬間、体を覆うブランケットをギュッと握りしめた。

「これはもう要らないよな?」

そう言うとブランケットは一瞬で圧縮されてしまった。
必死で隠れるべく他の何かを探す手元は、彼の手によって掴まれてしまった。

「さぁ。無事に生還出来た、俺への愛の言葉でも聞こうかな?」



自室から出てきた私たちを見て、面白くなさそうな目で見つめたのは荼毘だった。

「なんだ、もう解けちまったのか」

「ッ!アンタねぇ!」

「まぁまぁ。俺の魔法も解けたし、ナマエの恋も成就したってことで一件落着だね〜」

ははは、なんて呑気に笑いながら私の腰に回った手が、お尻のラインを撫でる。

「っ!」

それを見た荼毘が、呆れたようにため息を着いた。

「次は犬にでも喰われないようになァ、ミスター。糞まみれのお前を回収しに行くのは御免だぜ」

そう言って席を立った荼毘。

「いやぁほんと助かったよ、ありがとね荼毘」

私たちに背を向けた彼が、やる気なく片手を上げた。