そんなに付き合いは長くないはずなのに、出会った頃が懐かしい。
どうやって出会ったんだっけ?
酔っ払いに絡まれてたのを助けてもらった、落し物をして拾ってもらった…そんなどこにでもある出会いだった気がする。
昨晩は3日ぶりの彼の帰宅に、おかえりなさいよりも先に「抱いて」その一言が出てしまった。
我ながら思い返すと恥ずかしくて、あの部分だけどうにか記憶から消えないかと思うぐらいだ。
生理も終わりたてで、久しぶりの彼の匂いを嗅いでしまったら理性など吹き飛んでしまうのだから。
彼に教えこまれた体は声や匂いにも敏感で、しばらく彼に会えない日は街中を歩くのも苦しい。
彼と同じ香水を嗅げばその匂いを辿ってしまうし、彼に似た声色の男性とすれ違えば振り返って探してしまう。
いつだったか同じ香水を欲しいと強請ったことがある。
いつ帰ってくるか、次はいつ会えるかなんて聞くことも無く、ただただ彼の匂いが欲しかった。
差し出された香水を大事に大事に抱き締めれば、彼は困ったように眉を下げて笑った。
辛い時だけ使うつもりのそれは、少しづつ減っていった。
彼の存在が消えないように…彼が帰ってくるまでの間、忘れないように。
異常な減り方にびっくりしてた彼を思い出して笑いがこぼれた。
「何笑ってんの?何かいい事でもあった?」
「ふふ、ごめん。起こしちゃった」
「ん〜っ。今日は早めに起きようと思ってから大丈夫」
「…仕事?」
「いや、今日はランチにでも行こうと思ってて。お姫様のご予定は?」
「っ!!ちょうどお腹が減ってたの!」
「駅前の、この間話してたカフェ。どうかな?」
「賛成っ!」
「おっ、と!」
嬉しそうに飛びつけばバランスを崩したまま再びベッドになだれ込んだ。
彼の胸へと頭を預ければ、優しく髪の毛を梳かれた。
義手を付けていない左腕が腰に置かれる。
“何かの事故”で失われた左腕を見た時は、ショックでそのままペタリと床に座り込んでしまった。
本人の方が痛いのに、子供のように泣きじゃくる私に苦笑いの彼。
もう大丈夫だからと何度も宥められ、腕1本なくてもお前の事は大事に出来るよ、と軽々と抱き上げられて更に大泣きしてしまったっけ。
傷も塞がり、義手も着けるようになってからは今までの彼だった。
不便な事も少なく器用にこなす彼を見て、1人で大丈夫なのだとなぜか冷静に感じた。
彼はいい大人で、なんでも出来てしまう器用な人なのだ。
「なんだか今日はよく飛ぶね」
「んー…そんなことないよ」
新聞広げた彼が、目線はそのままに声をかける。
私もスマホ片手に忙しなく歩く人の流れを眺めていた。
テーブルにはぬるくなった彼のコーヒーと、私のカフェオレ。
それにずっと食べたかった朝食セットの食べ残し。
思ったよりも美味しくなかったなぁ…なんて心の中で思ったり。
「ねぇ、」
「ん?」
「今日はゆっくり帰ろう?…遠回りして、いつもと違う道通って」
「…わかった」
お会計を済ませた彼が、無言で右腕に隙間を作る。
当たり前のように私はその隙間に腕を入れ組んだ。
二人の時間を大事にするように、ゆっくりと歩いた。
時折たわいもない会話をしながら、笑いあった。
腕を組みながら少しだけ、彼にバレないように半歩後ろに下がる。
前を向く彼の横顔が見たくて、歩幅をずらした。
目が合えば嬉しかったはずの彼の横顔に心が苦しくなった。
彼は何も言わないだろうけど、きっとこれが最後のデートなんだろう。
「なぁ……一緒に来ちゃうか」
こちらを向いた彼がいつかのように、眉を下げて困ったように笑った。
言葉の意味を理解するまでに時間はかからなかった。
「わ、たし…なんかが、いいの、?」
「お前みたいないい女、やっぱり置いてなんかいけないって」
「邪魔に、なるかも、」
「まぁたそうやって。何、来たくない?」
溢れる涙が飛び散りそうな程、首を横に振った。
「聞き分けのいい女も良いけど、我儘のひとつくらい言ってみな?俺、泣き顔も我儘も意外と弱いんだけど」
「ずっと、一緒がいいっ、そばにいた、いの、あつひろさんが好きっ」
言い終わる前に彼の口で塞がれた。
人目も気にせず何度も何度も。
唇が離れれば、軽々と抱き上げられた。
「ほら、腕1本なくてもお前の事は大事にできるよ」
彼の負担にならないように、首にしがみついた。
できるだけゆっくりと、長く、2人だけの時間が流れるようにと……