未成年とタバコと叔父さん

高校最後の夏、遠い親戚のおじさんが亡くなったらしい。
着慣れた制服よりも喪服を選んだのは、決して大人として扱って欲しかった訳じゃなくて、ただ単にタバコが吸いたかっただけだ。
もちろん両親は私がタバコなんて吸ってる事も知らなければ、“そういう子” だということさえ知らない。
逆を言えばタバコ以外で悪いことなんて、したこと無いのだから。

今時の髪の毛と化粧には不釣り合いなパンツスーツを着て列に並べば、写真に写ったおじさんを見て何となく懐かしさを感じた。
何度かお年玉を貰ったことがある記憶が蘇り、場の雰囲気も手伝ってか鼻の奥がツンとする。
私の番がきて頭を下げて喪主を見た瞬間、心臓あたりがドキンと大袈裟に脈打った。
まるで安いドラマの一目惚れシーンのように、目が合うまでスローモーション。
坊主のお経も遠くに聞こえるほど、一瞬時が止まった気がして我に帰った。
ハッとして逸らした視線は、きっと不自然だったに違いない。
雑に行われたお焼香は、一回か二回ほど回数が多かったかもしれない。

姿勢のいい長身と品のいい顔立ちに、不謹慎なのは分かってるけどつい見とれてしまった。
ボーッとしていた私の横で、父と母が小声で会話するのが聞こえた。

「圧紘くんも大人になったわね」

「あぁ、最後に会ったのは中学生ぐらいだったろ?」

「え、圧紘くんって?」

「何アンタ、覚えてないの?よく遊んでもらったのに…面倒見が良くてねぇ…」

お母さんの昔話を受け流しながら、自分の記憶を辿ってみる。
が、亡くなったおじさんですらピンと来ないのだから、圧紘くんと呼ばれる彼のことは思い出せそうになかった。

おじさんの遺影を抱えた彼が車に乗るのを見送ると、式場のスタッフから声がかかった。
火葬場へと移動し、パイプイスとテーブルが並ぶ室内へと通された。

座った途端、始まる親戚の会話に居心地が悪かった。
滅多に参列したことがない葬儀で、1番嫌いなのはこの時間だ。
幾つになったのだの、大学はどこへ行くだの。
終いには彼氏がいるのか居ないのか。
人が燃やされている間にする会話ではないのだ。
どうせなら故人の話でもしたらどうだろうと思ったが、それをするには関係が薄すぎた。

「私ちょっと外の空気吸ってくるね」

愛想笑いと適当な言い訳をして、その場を離れた。

少し離れた喫煙所には、誰もいなかった。
タバコを咥え火を付ける。
肺いっぱいに吸い込んだ一口目が、今日はやけに美味しくて重く感じた。
あぁ、今日朝から1本も吸ってなかったのかと、深く吐く。

死角に隠れて壁にもたれると、スマホを取り出した。
流行りのSNSを開いて数分、少し遠くからせっかちなライターを弾く音が聞こえた。
カチカチと安っぽい百円ライター。
身内だったら面倒だと左手に持ったタバコを隠し。チラリと見ればそこにいたのは圧紘くんだった。

「…悪いけど火貸してくれる?」

返事をする前に差し出されたのは、なぜだか唇に咥えたままのタバコだった。

「ん」

早くしろと言わんばかりに突き出した顎と唇に、私をじっと見つめる瞳。
心臓は一気に加速して、ライターを握る手にはじんわりと汗が滲み出す。
緊張した親指が車輪状のヤスリを空ぶった。

「ッ、」

2回、3回と先程まで調子が良かったライターは、急に機嫌を損ねたみたいに付かなくなった。
可笑しそうに鼻で笑った声が頭上からして、左手に持ったタバコからポトリと灰が落ちた。

「ぇ、ぁ…ご、ごめんなさ、」

緊張で掠れた声は小さくて、余計に恥ずかしさを誘った。
そんな私に彼がニッコリと笑って、私の右手を取った。
私の手を包み込むように握ると、親指でヤスリを弾いた。

シュボッ

1発で着いた火が彼のタバコを燃やして、それに合わせるかのように吸い上げた頬が少し凹んだ。
すっと伸びた鼻筋に、短めの眉は垂れ下がっていて、髪の毛は天然なのかクルクルと癖が強そうだ。
タバコから離れた唇から煙の塊がモヤッと出てくると、再び口の中へと吸い込まれていく。
屈んだ体を戻すと、私にかからぬよう斜め上へと吐き出した。

「ナマエちゃんだよね、久しぶり…俺のこと覚えてる?」

そう言ってタバコ片手に目を細めた彼を見て、嘘つきな私は頷いた。
咄嗟についた嘘に罪悪感を一切感じなかったのは、彼が嬉しそうに微笑んだから。

「そっか、覚えててくれたんだ……」