とある家族のお話

朝7時、リビングのドアを開けるといい匂いが鼻を掠めた。
焼けたトーストと、淹れたてのコーヒー。
いつもの定位置に置かれた新聞紙片手に、おはようと呟いた。

「おはようパパ。パンとご飯どっちにする?」

近所じゃ若くて綺麗で有名の、年下の妻。

「パパおはよ〜。今日休みなんでしょ?学校から帰ったら一緒に駅前のカフェ行こう〜?」

大事な大事な一人娘は高校生になったばかりで、真新しい制服はまだしっくり来ていないようだ。
愛する2人に囲まれて、何不自由ない生活を送っている。

ポリポリと頭を掻いて欠伸をすれば、少し悩んんで食パンを指さした。
妻が選んだダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。

「あぁ、この間言ってたやつ?いいよ、行こうか。終わる頃に門の所まで迎え行くよ」

「やった〜!何のケーキ頼もうかな。ママはテイクアウトでいい?」
「どれどれ?見てみたい」

パタパタと小走りで駆け寄った妻が、娘のスマホを覗き込んだ。
仲の良い2人を見て幸せだと感じる、朝のひととき。
カウンターキッチンに用意されたトーストとコーヒーを自分で取りにいけば、「ごめん」と妻が呟いた。

「ん。いいよいいよ、このぐらい」

愛用のマグカップに口付けてコーヒーを啜ると、新聞に手を伸ばした。
テレビ画面には天気予報が映し出され、快晴マークが並んだ。

「お、しばらく晴れるじゃん」

そういった俺につられて、彼女らもテレビを見つめた。
画面は切り替わり、数年連続人気NO.1の女性アナウンサーが真面目な顔して映った。
テロップには【15年前の事件、再捜索】の文字。

「これまだ犯人捕まってなかったんだっけ…怖かったの覚えてる」

「15年前って……え!狙われてるの全部私と同じ歳の女の子ばっかじゃん、怖っ!」

「いや。そんな事ないよ」

「え、」

淡々と落ち着いた口調で2人の会話を遮った。
俺の放った台詞に続くように、テレビ画面に映し出されたのは犠牲にあった人物のリスト。
女子高生数名にOLに老人、それと性別不明の焼死体。

「ホントだ……」

ボソリと呟いた娘が、俺とテレビを交互に見つめた。

「きっかけは些細なことだよ。見られたくねぇ所をたまたま通っただけの女子高生のグループ」

「……へぇ」

「……。」

横目で俺の事を見つめると、何かを考えるようにテレビ画面に視線を移した娘と、特に気にすることなくキッチンへと戻った妻。
テレビの音と洗い場の水の音だけがやけに響いている気がする。

「そっから噂が広まっちまって、幽霊が出るだの都市伝説だのって。お陰でせっかく見つけた小洒落たアジトも台無しよ」

器用に新聞を読みながらポツリポツリと話始める俺に、誰も何も言わなかった。
その後は何があったんだっけ、と首を捻って記憶を呼び覚ます。

「…あぁそうだ、酔っ払ったカップルが入って来たんだ。周りの人間なんか気にもせずイチャイチャしてんの見て、仲間が燃やしちまったの。……男だけね」

そうだそうだと、当時を思い出して口元がニヤける。
そういえば短気なアイツは元気にしているのだろうか。
他の連中も、しばらく連絡を取っていないことを思い出した。

「それぐらいの頃かなぁ…若い女ばっか狙ってるって評論家が偉そうに喋ってるのが気に食わなくてね、適当にそこら辺の老人も…」

さすがにこれはまずいと新聞をクシャりと立てて隠せば、いつの間にかこちらをじっと見る彼女らの視線と目が合った。
いつの間にかテレビはラーメン特集に変わって、大食いのタレントがひたすら平らげる映像が流れていた。
リビングは凍りついたような雰囲気になっている。

あー、やっちまったなんて思いながら新聞の下でニヤけた口元を手のひらでほぐす。
いつもの顔で冷めきってしまったトーストをひと齧りすれば、向かいの娘が呟いた。

「……パパって、あの似顔絵と似てる…よね……」

怯えた上目遣いで見る娘に、相変わらず可愛いなと言いかけて言葉を飲んだ。

「そう?」

ゆっくりと視線を合わせれば、娘の喉仏が上下に動いた。
じっと見つめ合うこと数秒、カウンターキッチンからも感じる視線が俺に突き刺さる。

「……ははは、な〜んちゃって。当時周りのヤツらによくネタにされたよ、似てるって」

冗談だと笑ってみれば、緊張した2人が若干引きづらせた口元で笑った。

「っねぇ〜パパ演技上手すぎ!!ほんとヴィランだったらどうしようかと思った〜。あー、変な汗かいた!」

「パパがヴィランなわけないじゃない。昔からパパって怖い話する時とか、ほんっとリアルなんだから。騙されちゃったよ〜」

安心したような2人の様子を見て、俺も安心したようにため息をついた。

「ごめんごめん。全部新聞の受け売り。当時はいろんな噂が飛び交ったもんだよ」

そういうとハッとした嫁が時計を見て慌てた。

「ちょっと、時間!遅刻しちゃうよ!」

「やっば!ごちそうさまぁ!いってきまーす!」

慌ただしく出ていった娘を見届けると、コーヒーを啜った。
娘の使い終わった食器を片付けに来た妻。
カチャリと重ねた食器の上からポロリと落ちたフォークに気づけば、手を差し出した。

ガシャン―

音を立てて床に落ちた皿は、妻がお気に入りの食器だった。
ハッとして座り込んだ嫁に続いて、俺も座り込んだ。
素手で破片を掴んだ手を握れば、彼女の肩がビクリと跳ねたのを俺は見逃さなかった。

「そんな震えてちゃ怪我しちまうよ」

喉を鳴らした彼女を覗き込めば、額にはうっすらと汗。

「ご、ごめん、なさ、い……」

「なにが?」

「っ、」

「……ママ、もしかしてさっきの話鵜呑みにしてる?」

「…、」

「冗談だって。少し意地悪しすぎたかな、ごめんな」

そう言って彼女の頬を包み込むと、目線が合うよう顎を持ち上げた。
できるだけ優しい瞳で、うっすらと笑ってる見せる。
ゆっくりと、大丈夫だと繰り返し、妻の名前を呼ぶ。

「ほ、んと……?」

疑惑を含んだ瞳が、段々と変わっていくのを感じる。

「当たり前だろ。…俺、あの似顔絵みたいにブサイクかな?」

必死で首を横に振る。

「似てない!全然似てない!」

彼女の台詞にニッコリと笑えば、手を取って立たせた。

「ここは俺がやるから。…そうだ、ママが気に入るような新しい皿、これから買いに行こうか?」

そういえば嬉しそうに彼女が笑い、

「嬉しい!準備してくるね」

寝室へと消えていった。

「あーぁ、ちょーっとスリルを楽しみすぎたな。気をつけないと」

カチャリと割れた破片が指に刺さって、プクリと赤が溢れた。