「あれ?お前らだけ?」
待ち合わせの時間より、少し遅れて合流した俺を待っていたのは、荼毘とスピナーだった。
「遅せぇよ」
空になったグラスの氷がカランと音を立てた。
「いやぁ悪かったね、仕事が立て込んでてさ。あ、俺ビール。荼毘は?」
「同じやつ」
店員からおしぼりを受け取れば、改めて彼らの顔を見た。
久しぶりの再会に、相変わらずの彼らも元気そうだ。
「それで?なんでこれだけ?」
「死柄木は先生と仕事。トガも今こっちに居ねぇんだと」
「へぇ。トゥワイスは?」
「そのトガを追っかけてるらしい」
「ははは!トゥワイスらしいねぇ」
吹き出して大笑いすれば、スっと扉が開いて俺の酒が届いた。
「じゃぁま、久しぶりってことで」
乾杯、そう言ってグラスをくっつけた。
「スピナーは何してんの?」
お通しの枝豆を咥えながら話を振れば、彼は自分の帽子を指さした。
どこかのブランドだろうか、首を傾げれば彼が自慢げに笑った。
「俺が手がけたブランド。まだ有名じゃねぇけどさ、やっと軌道に乗ったんだ」
「へぇ、いいね。楽しそうだ」
「俺にもくれよ」
「やだね。そんなこと言いながらダセェとか文句言うだろ、荼毘は」
嫌そうなスピナーを見て、馬鹿にしたように鼻で笑う荼毘。
「そういう荼毘は?」
「適当」
「なんだよ、適当って。どうせまだ悪いことでもやってんだろ?」
「もう若くねぇんだから程々にな」
そう言ってビールを流しこめば、メニュー表を手に取った。
呼出音に手を伸ばした俺を見つめる、荼毘の視線に気づいた。
「……なんだよ」
「お前こそ大丈夫なのかよ」
「ん?何が」
呼び出しに訪れた店員にハイボールを頼むと、改めて荼毘を見た。
「なんで今更15年も前の事件掘り返すんだよ」
「俺も驚いたんだ。なんかしたのかよミスター」
「知らねぇってば、俺もニュースで知ったんだよ。てかさ、なんで俺だけ?あの時死柄木も荼毘もいたよな?」
一口飲んだハイボールをテーブルに置く。
なんだこれ、炭酸抜けてんじゃねぇか。
眉間にしわ寄せた俺を見て、呆れたように荼毘が呟いた。
「お前の容姿が一番目立つからじゃね?」
そう言われ確かに、と当時を思い出してみる。
「あの時に限ってマスクもしてなかったからなぁ……。いやでもなぁ……んー・・・」
「なんだよ、歯切れが悪ぃな」
「見てたヤツみんな消したろ」
「いや、1人いるじゃん」
俺の返しに2人は怪訝そうな顔をした。
「あれ?言ってなかった?今の嫁さんだよ」
「「は?」」
珍しく被った間抜けな声に、危うく噛み砕いた枝豆が器官に入るところだった。
「は、お前何言って」
「えー、言わなかったっけ?結婚式も来てたんだから知ってんのかと思ってたわ」
「頭おかしいんじゃねぇの?」
「はは、荼毘お前には言われたくないわ」
呆れた様子の荼毘に、頭を抱えたスピナー。
そんな心配しなくても大丈夫なのに、と呑気な俺。
「始末しようと追いかけたろ。でも意外と逃げ足が早くってさぁ」
あの日、外は大雨で出歩いてるやつなんて俺らぐらいしかいなかった。はずだった。
マスクどころかストックすら忘れたことに気付いた俺が、来た道を戻ろうとした瞬間だった。
音を立ててゴミ箱が倒れ、その拍子に走って逃げていく女の後ろ姿。
やばい、と思いすぐに追いかけたが、あと少しの所で女には届かなかった。
光が漏れた曲がり角を彼女が飛び出した所で、車が突っ込んできたのだ。
目の前に倒れ込んだ彼女を見て胸を撫で下ろすと、そっと闇に消えたのだ。
「それでなんで結婚……?」
お酒の力も手伝ってか、頭を傾げたスピナーはハテナマークを浮かべている。
「いやまだ続きがあってな」
生死を確認するまでは見過ごす訳には行かないと、彼女が運ばれた病院を調べた。
案の定命を取り留めた彼女は、近くの病院に入院することになった。
おろしたてのカッターシャツに腕を通し、スノードロップの花束。
花言葉は「あなたの死を望む」。
病室に入ると、彼女は意識を取り戻していた。
俺の顔を見るなり、弱々しい愛想笑いに「初めまして…?」の一言。
どうやら事故前後の記憶は無くなっているらしい。
必死で俺を思い出そうとする表情が、なぜだか切なく感じた。
「ごめんなさい…どうしても思い出せそうになくって」
「いや、大丈夫だよ。無理して思い出さなくて」
「…このお花私に?綺麗…」
「スノードロップって言うんだ。花言葉は“希望”」
そう言った俺を、心底嬉しそうに笑った彼女が見つめた。
「つーわけ。どう?ロマンチックだろ?」
そう言って左手の指輪をチラつかせれば、スピナーが気持ち悪そうに口元を抑えた。
「どこがだよ、怖ぇーよ」
「何が希望だよ。気持ち悪ぃ」
「荼毘、お前ねぇ…」
「さすがに引くだろ、そんな話」
「そう?結構いいもんだよ、スリルがあって」
「あんな悪ぃことしておいて、家庭まで持って普通の生活してるのお前だけだよ」
「はは、妬むな妬むな」
2杯目の酒を飲み干せば、メニューを広げた荼毘が呟いた。
「じゃぁミスター。お前の似顔絵を書いたやつは誰なんだよ」