薔薇を送る人…2

どうにか逃げ切った先は地獄だった。
左腕を失った時よりも遥かに。
自ら抉った部分は酷く不格好だ。
こんな姿でよく生きてられたと、自分でも驚いている。
死ぬ覚悟だったんだけどなぁ…。
闇医者ってすげぇのね。
呑気にそんなことを思う。

目を覚まして第一に死柄木達の心配。
命張ってまで逃がしたんだ、一番に心配するのは当たり前だろう。
そして彼女の心配だった。
話題には出さない俺に、死柄木が渡しておいた。そう一言呟いた。
それを聞いて不覚にも、泣いてしまったのは見なかったことにして欲しい。

4本のバラの意味。
そして101本の意味を知ってくれただろうか…。
きっと彼女のことだ、泣いて怒ったに違いない。
アイツ怒らせると怖いんだよなぁ…。
謝らなければネチネチと言い続けるし、謝っても暫くは触らせてもくれないのだから。
懐かしい記憶にため息混じりの笑みが零れた。


「そんなに心配なら見にいけよ」

「ん?何が」

「しらばっくれるなよ、めんどくさい」

「ん〜いや、やめとくわ。こんなかっこ悪い姿見せらんないって」

「…そんなかっこ悪い奴に助けられた俺たちはもっとかっこ悪いな」

「ははは、そんなつもりで言ったんじゃないよ。悪いな、死柄木」

未だに上手く歩けない体は少し動かすだけで痛みを伴う。

「お前が最後まで届けてくれて良かったよ、ほんとに。途中でやめても良かったんだけどさぁ…いつからこんなに諦めが悪くなったんだか」

黙ってこちらを見ることもなくただただ座って話を聞いてくれるコイツに苦笑いが零れた。



「…もうあの家出るみたいだ」

「え、なに。そこまで調べてくれてんの?律儀だねぇ、死柄木くんって」

バカにしたように茶化せば、あからさまに嫌そうな彼の顔。

今更会ってどうする。
頭でも下げて許してもらうのか?
許してもらったら「こんな不自由な俺ですが」なんて同情でもしてもらうつもりか?
いくら一緒にいた時間が長いとはいえ、そんな情けないこと俺は出来ない。


「よっ、と…いててて」

「どこ行くんだよ。ドクターがしばらく安静って言ってたろ」

「貰った薬が効かねぇんだっての、酒でも飲んで誤魔化さねぇとやっていけないって」

そう言えば死柄木は呆れたようにため息をついた。

「…飲みすぎるなよ」





出てきたはいいが、やはり痛い。
やっぱり大人しく帰ろうかなんて、すでに3回は後悔している。
脇腹を抑えながら壁にもたれ掛かる姿は、正直ダサすぎる。
こんな所ヒーローにも好きな女にも見られたくはない。

ぼんやりと光が見えて、角を曲がった。
寂れた看板には消えかけのBARの文字。
どうせ行きつけの店なんかありゃしないんだ、ココにしよう。
店に入れば薄暗い照明に、独特のこの匂い。
カウンターに座り、こちらをちらりと見たバーテンに声をかけた。

「そうだな…バーボンでももらおうかな」

差し出されたバーボンの氷がコロンと光って見える。
一口飲めば喉から伝わる熱に、美味い そう呟いた。
控えめなBGMとバーテンがシェイカーを振る音。
段々とアルコールが効いてきたのか、傷の痛みが鈍くなる。

ドアの空いた音がして、ひとつ間を開けた椅子に女性が腰掛けた。
ふわりと鼻をかすめる匂いに、懐かしさを感じた。
酒を注文した声でわかった。

彼女だ。

「あつ、ひ、ろ…?」

懐かしい彼女の声に、自然と振り向きたくなるのをぐっと堪える。
黙り続ける俺の横顔をみて、悲しそうに言った。

「……ごめんなさい、人違いでしたね」

そう言って彼女は目の前のグラスに口をつけた。
綺麗に拭きあげられたグラスに、ぼんやりと彼女が映る。
俺みたいなやつはこれで十分だと、反射した彼女の姿をぼんやりと見つめる。

「人違いついでに話、聞いて貰えませんか?」

「……俺でよければ」

「…ありがとう。 私、大好きな人がいたんです」

それから彼女はゆっくりと思い出話を始めた。
テーブルに置かれたキャンドルが俺たちを淡くぼかす。
この店にしてよかったと心の中で思った。

出会った頃のこと、最初の印象、はじめての喧嘩の理由。
そんな余計なこと覚えてなくてもいいのに。
微笑んだり、照れてみたり、思い出して少し怒った顔してみたり。
一度も彼女の顔を見ることはなく、ただただグラスに映る彼女を眺めた。

「話を聞いてくれてありがとう。あの人にそっくりだったもんだから、長々と話しちゃった。……貴方と一緒で左腕が無いの」

最初から彼女は気付いてただろう。
それなのに知らないふりをする辺り、相変わらずいい女だと笑みが零れた。
彼女の匂いと声と、グラス越しに笑った顔と。
全て飲み込めば、鼻の奥がツンとする。


「……俺みたいに左腕がない男なんか腐るほど居ますよ。貴女が見間違えるのも無理ないな」


出来るなら涙なんて見ないで済む方がいいに決まってる。
泣かないでくれ、頼むから。
あんなにも愛した君だから、こんなにも気持ちが揺らぐんだ。
その唇も、その髪も、その乳房も。
いつかは他の誰かに奪われてしまうんだろうと、勝手に嫉妬する俺はどうしようもない男だから。

「……っ…さようなら…」

君がどんな表情で俺に背を向けるのか。

最後まで酷い男でごめんな。

どうか幸せになって、

どうか俺なんか忘れてしまってくれ。

再び会うことがあるとすれば、その時は君を攫ってしまおう。

もう二度と会うことの無い愛しい君へ。