ホラーと肘どん

「あっつ…」
ひと仕事終えて帰宅し、玄関のドアを開ければ熱気に包まれていた。
出る時にクーラーの予約するの忘れた…最悪だ。
スーツのワイシャツは肌にベッタリとくっつく。
メイク直しすら出来なかった顔は、汗と油とファンデーションでドロドロ。
とりあえずお風呂にでも入ろう。
出る頃には冷房が効いてきてるだろうし、先程買ったビールも多少は冷えてるはず。
いつもより念入りに全身を洗い終えれば、スッキリとした気持ちになった。
途中物音が聞こえたから、きっと彼が帰ってきてる。
1人で晩酌なんて寂しいからちょうど良かったと、風呂から出ると着替えた。

「おかえりなさい」

「ただいま。もう出ちゃったんだ、入ろうと思ってたのに」

少し残念そうにする彼が、肩にかけたタオルで私の頭を拭いた。

「早く入ってきて。一緒にビールでも飲みながら録画してたの見よう?」

ワクワクと子供のように楽しそうに言えば、彼も嬉しそうに微笑んでくれる。

「やけにご機嫌だな。わかった、待っててよ」

そう言って風呂場へと向かう彼。

冷蔵庫の中身と相談しながら、簡単なおつまみを用意し始めた。
3品目を作り終えたところで彼が出てきた。

「お、さすが〜。ちょうど食べたいと思ってたやつ」

「まだあんまり浸かってないけど」

「いいって。美味いもん」

「枝豆は?」

「ん……良い、良い。このぐらいが好み」

手渡したビールと、口にくわえた枝豆。
いつもオシャレな格好してるとは思えない彼が、てろんてろんのTシャツとハーツパンツ姿。
夏の定番な部屋着は、今年で何年目だと心の中で思った。

「ねぇ、そろそろ新しいの買えば?」

去年も同じ台詞を言ったなぁ…なんて。

「んぇ?いいよ、どうせ寝るだけだし」

この台詞も去年と全く同じ。

テーブルに置かれたおつまみと、缶ビール。
ソファに座った彼がプルタブに指をかけていい音をたてた。

「それで、何見んの?最近なんかやってたっけ?」

「あぁ『恐怖映像100連発』ってやつ。最近夏でもホラー系やらなかったから、CMで見て速攻で録画しちゃったぁ」

隣の彼を見ることなく、リモコンで録画リストを出した。
確か、2日前のだった気が。

「俺は違うのが見たいんだけど……ほら、水ダウとかさ。あ、お前の好きなアーティストが出てる音楽番組でもいいよ」

基本私の言うことには微笑んでYESと言う彼が、珍しく拒んだ。
誤魔化すように次々に口に運ばれる枝豆。

「…もしかしてホラー苦手?」

「いや」

被せ気味の否定は逆効果だと、心の中で思う。

「そっか…私ここ数日、これを圧紘さんと見るのが楽しみだったんだよね……そっか…圧紘さんが怖いっていうならやめとこうか…」

チラリと彼を見る。

「え、は?苦手とか怖いとか言ってないだろ?ちょっと、あれだよあれ。この後のこともあるし、ムードとか大事だろ?」

「私生理だから無理だよ」

「……じゃぁ、見ようか…」

諦めた彼の表情はどっからどう見ても嫌そうで、吹き出しそうになるのを耐えるのは必死だった。

雰囲気作りも大事だと、部屋の照明も薄暗くすれば彼はさらに眉間に皺を寄せた。
『ご覧頂けただろうか…』
定番のナレーションに乗せて、心霊映像が何度もリピートで流れる。
時々女性の悲鳴がBGMで流れる場面も何度かあるようだ。
始まってしまえば私も画面に食いついてしまい、隣の彼のことは一切気にしていなかった。
順位は20位まで上がっていき、映像的にもよりリアルなものへと近づいて行った。
が、ホラー好きの私にとってはどれも偽物レベル。
なんか足らないんだよなぁ…なんて、三本目のビールを手に取った。
プルタブを勢いよく引けば、静まり帰った部屋に響いた。

ビクッー…!

盛大に隣の彼が全身をビクつかせたのだ。

「ご、ごめん…」

「…大丈、夫…けど、先に言ってな…開けるって」

「はい…」

確実にビビり散らしてる彼が、気になって気になって仕方がなくなってしまった。
画面には10位のカウントダウンが始まっているが、もうそんなのどうでもいい。
いつもはあんなに大人ぶってる彼が、苦手な物はホラーだと。
クールを装って、自分はおじさんだと予防線入ってる彼が。
可笑しくて、面白くて、どんどん顔はにやけてしまう。
チラリと彼見れば、目を見開いた彼がジッとテレビを見つめる。
怖くて目を逸らすタイプではなく、怖すぎて目が離せないタイプなんだ。
肩を震わせて笑う私には一切気づくことなく、画面を見つめる。
傍のクッションを抱きしめながら、画面を見つめる彼のほっぺへと手を伸ばした。

ぷにっ

指先が頬を突っついた瞬間、彼が咄嗟に肘を大振りした。

ゴンッ!

「ひぃえ!!」

「イ゙っ!!」

彼の大振りの肘ドンは、見事に私の顎へとクリーンヒットしたのだ。
そのまま意識が虚ろになっていく私に、謝るはずの彼は

「ちょっマジでやめろって!オイ!!寝るな!1人でこんなの見れねぇよ!起きろって!!」

私の胸ぐらを掴んだまま、何度も何度も強くゆさぶったのだ。







「ハァハァ…ごめん、な…余裕がなくて…ハァハァ」

「ううん…なんか、私もごめんね」

もう二度と圧紘さんとホラーを見ることもなければ、からかうこともないだろうと心に決めた。