ノックの音がして布団を被った。
2回目のノックの後、ドアが開いた音がした。
「…また泣いてるの」
そう呟いて、わざと聞こえるように放ったため息が部屋に響いた。
「…あっちいって。何しに来たの」
布団からくぐもった私の声。
ぎしりと音がするのはきっと、彼が長い足を組んで椅子に座ったからだ。
「おばさんに頼まれてたもの届けに来ただけだよ。慰めに来たわけじゃないから」
わざわざそんなことを言いに来た幼なじみは、今も昔も性格が悪い。
さっきまでの悲しい気持ちはいつのまにかイラつきに変わって、さっきまでの悲しい涙が怒りの涙に変わっていく。
被った布団から勢いよく飛び起きて彼を睨みつけた。
「それなら早く帰ってよ!蛍には関係ないんでしょ!」
少しびっくりした彼が、私の顔を見て眉を寄せた。
「うわぁ、いつから泣いてたの、ブサイクだよ」
「っ、うるさいっ!」
服の裾で涙も鼻水も一緒に拭おうとした所で、目の前にティッシュの箱を手渡された。
ありがとう。なんて素直に言えるわけもなく、乱暴に彼から奪い取った私はなんて可愛くないんだろう。
こんな所が先輩は嫌いだったのかな、なんて。
再び涙が溢れ始めた。
「諦めればいいのに」
彼の言葉が胸にチクリと刺さった。
そんなのわかってる。
中途半端に優しくされて、私がそれに応えようとすれば突き放して。
離れようとすればまた掴まれて。
先輩にとって私は都合のいい女なのだろうかと、何度も悩んだ。
キスも愛の言葉も、手すら繋いだことないのに“都合のいい女”の立ち位置にもなれていないのに。
「諦め、ようとしたよっ…でも好きなんだもん、っ」
今となってはなんで先輩のことが好きかなんて正直わからない。
恋してる自分が好きだと言われたらそれまでなんだろうと、心のどこかでわかってる。
「でも諦めたくない気持ちぐらいは僕にだってわかるかな…」
予想外な蛍の言葉に吃驚して彼を見た。
いつのまにか本棚から取った少女漫画が、パタンと閉じる音に小さく肩が跳ねた。
「ほっとけばいいのに、毎回慰めてるぐらいだから。好きなんだから関係ないわけないデショ」
「……ぇ……」
彼が何を言っているのか分からないほど鈍感でもない。
だからっていきなりの告白に瞬きを繰り返し、開いた口も塞がらない。
そんな私の顔をみて、いつもだったらなにか文句を言うくせに。
なんでそんな優しそうな顔してるの。
「…なん、で、今言う、の…?」
「いい加減、我慢してるのが馬鹿らしくなってきたから。何年こじらせてると思ってるの?」
椅子が音を立てて、彼が立ち上がった。
ベッドの横まで来て、布団を手繰り寄せる手に力が入る。
ゆっくりと近づく彼を押し返して、必死で笑ってみせた。
「じょ、冗談だよね!?わかった!茶化してるんでしょ!?」
至近距離の彼がニッコリと笑ったから、あぁやっぱり冗談だったんだって、押し返す力を緩めた。
「そういう冗談とか、」
言いかけたところで目の前には彼のメガネのフレーム。
唇には柔らかい感触。
ゆっくりと離れた唇が小さなリップ音をたてた。
「んなわけないでしょ、ほんと馬鹿だよね。こんなに長く幼なじみしててわかんないの?」
眉間に皺寄せた彼が、不満そうに覗き込んだ。
「…それどんな感情?嫌なの?」
生理的に溢れる涙を見た彼が少し不安そうで、咄嗟に首を横に振った。
苦笑いした彼がまた近づいてきて、今度は目を閉じた。
唇が名残惜しそうに離れて、またくっついてを繰り返す。
いつのまにか涙は止まって、押し返してた手がぎゅっと彼の服を掴む。
「今度は僕の番だから、もう泣かないでよね」