スカートを短くするのも、軽く見られるような身だしなみも、自分が一番可愛いと思っていてやっているだけ。
決して目の前の変態オヤジの為にやっている訳では無いのだ。
そう心の中で思いながらも、実際は俯くだけしかできない。
「……ッ」
端の席に座る私の前に立つコイツが、股間を大きくしてハァハァと息を漏らしている。
股間は大きくテントを張り、私に向かって膨らんでいるように感じて吐き気がする。
助けを求めようにも、恐怖心に負けて声が出ない。
「ん゙んン!」
頭の上から咳払いが聞こえて、ビクリと肩が揺れた。
息苦しくて瞬きも出来ずに俯くしかなかった。
ローファーの先が擦り合って、まるでモジモジと恥ずかしがっているようだ。
もう一度大きな咳払いが聞こえたと思ったら、私の前にあったビジネスシューズが視界から消えた。
代わりに現れたのは、すこし汚れたスニーカーだった。
ハッとして顔を上げれば、男子高生と目が合った。
咄嗟に逸らされた目線に、この子が助けてくれたのだと理解した。
窮屈な空間にゆっくりと酸素が流れ出した気がして、少しずつ呼吸が楽になって行った。
ちらりと彼越しに見える景色とか、電車を利用する人達とか、当たり前に見えるものが嬉しく思えた。
あれから毎日、彼は私の目の前に立った。
乗り込む駅はお互い違うものの、気付けば彼が同じ時間の同じ車両に乗り込んだ。
そんな私も何故だか、彼に見つけて貰えるようにと同じ席を選んだ。
彼を観察することで、気付いた事が2つあった。
1つ目は学校が同じこと。
学ランの襟元の校章バッヂは確かウチの物だった。
もう一つは運動部なのだということ。
鞄はスポーツバッグだし、スニーカーの汚れを見て、この子はよく走る子なんだと思った。
日を重ねる毎に彼に対する些細なことが分かるようになってきて嬉しくなる反面、こっそり観察しているのを気持ち悪いと思ってしまう自分がいる。
日頃の感謝と話したいことが沢山あるはずなのに、声を掛けたら気味悪がられないかと心配になった。
*
「自販機行ってくる〜」
「ん、私も行く」
自販機へ向かう友人の隣を、たわいも無い会話をしながら歩く。
昨日の合コンはどうだったとか、先週のバイトがどうだったとか、適当に相槌を打ちながら廊下の先を見れば小柄なオレンジ頭が目に付いた。
喋ってるのは田中と、オレンジ頭の彼の隣に立つのは彼だった。
長身に黒髪で、キツネみたいな顔つきと無愛想な表情。
時が止まったような感覚に、足は動かなくなるし心臓がうるさい。
友人が少し先でこちらを見て何かを言っているのだって、スローモーションに見える。
要件を終えたであろう彼らは、会釈をすると走ってどこかへ行ってしまった。
「ねぇ、大丈夫??顔真っ赤だよ?」
視界を遮るように覗き込む友人のドアップで、現実に引き戻された。
「だ、大丈夫、っ…ごめん、やっぱ自販機行かない」
友人にそう言い残し、田中のクラスまで走った。
後ろで呼んだ友人に両手を合わせてごめんをすれば、呆れた彼女が片手をひらりと振った。
「ねぇっ、田中!」
「っおわ!ビビったー、なんだよいきなり」
愛の告白か?なんてふざけたように笑う彼を目の前に、高鳴る心臓を抑える。
「さっき、の、!誰!?」
「あ?なんだよ、そっちかよ。1年だよ、ウチんとこの」
やっぱり運動部だったと、自分の予想が当たっていることに笑みが溢れた。
「ちっこいやつが日向で、デカくて目つき悪ぃのが影山な。態度はデケェけどすげぇ上手いん、」
「ありがとう、って」
「へ?」
「いつも立ち位置一緒で助かってるよ、ありがとうって伝えて欲しいの…!」
「ぉ、おお、セッターだから当たり前だろ…?」
なんの事だか分かっていない田中は、はてなマークを浮かべながら首を傾げる。
「とりあえずさ、伝えておいてよ、ね?」
勘違いしてくれているなら、それはそれでいい。
助けて貰ってること自体が、私の勘違いの可能性だってあるのだから。
それでも、どうか彼に伝わりますように…。
*
今更になって後悔の波が押し寄せた。
やっぱり言わなきゃ良かった、やっぱり今までの関係でよかった、って。
何もしてない時間はそんなことばっかり考えて、何も手につかなかった。
おかげで目の下にはクマが出来てしまったし、いつもの電車にも乗れそうにない。
満員電車を避けてわざと早い電車に乗っているのに、とため息がこぼれた。
もし伝言が上手く伝わっていたとして、いつもの電車に彼がいなかったら。
そう考えたら、次の日も、次の次の日も普段の電車には乗れなかった。
気が付けば今までより、1本早い電車に乗る習慣が身についてしまった。
相変わらず彼とはあれ以来会っていない。
幸いにも変態オヤジに会うこともなく、快適な通学時間を送っている。
昨日は遅くまで寝れなかったと、一番端の席でウトウトとしてしまった。
電車の揺れが気持ちよくて目を瞑る。
このまま寝過ごして学校なんて休んでしまおうか、なんて思った瞬間。
「ん゙んン!」
いつかのあの声がして、反射的に顔を上げてしまった。
目を見開いた目の前には、眉間にシワが寄った彼。
ちらりとこちらを見下ろすと、目を逸らした。
何度も瞬きを繰り返し、これが現実だと理解する。
いつの間にか乗り込んできた人が多すぎて、お互い動けなくなったまま駅に着いてしまった。
彼が先に降りたのを見届け、私も電車から降りた。
長身の彼が流れるように人混みに紛れ改札に行く姿を見て、ホッと胸をなでおろした。
このままゆっくりあるけば彼には追いつかずに済むと、改札機が音を鳴らして開いた。
階段を降りた角を曲がれば、ポッケに手を突っ込んだ彼が壁にもたれて立っていた。
あからさまにびっくりする私を見て、彼がもたれた体を起こした。
「田中先輩から聞きました」
「っ、ぁ、うん、」
「お礼言われたかと思ったら次の日から居ねぇし…なんかずっとモヤモヤしてて…やっと見つけたと思ったらなんて声掛けていいかわかんねぇし…あークソっ、!」
頭をガシガシと搔く彼を見て、やっぱり勘違いじゃなかったと熱が集まった。
「と、とりあえず、変なおっさんになんかされてないっすか」
「、うん。大丈夫」
「ならいいっす」
そう言って真っ赤な顔を隠すように先を歩き出す彼。
勇気を振り絞って彼の隣に並んだ。
「あの、ありがとね。凄い助かったの…だから、なんかお礼させて?」
いきなりお礼だなんて自分でも変だと思ったけど、このチャンス逃したくない。
早歩きだった歩幅は、いつの間にか私に合わせるようにゆっくりと。
彼の気遣いが嬉しくて、頬が緩む。
「じゃぁこれからは一緒に行きませんか」
「うん、喜んで」