「あ、昼ご飯買い忘れたんだった」

そう気付いたのは、昼休みに入ってクラスメイトに声をかけられてすぐのことだった。
購買まで買いに行こうと、普段から昼食を共にする友人に声をかけて教室を出た。

昼休みの廊下はだいぶ賑わっていて騒がしい。更に昼の購買ともなると、いつもはがらんとしたスペースに、沢山の生徒がごった返している。
人数が目立たない少し離れた場所から様子を伺うも、慣れない混雑さについ、げんなりとしてしまう。
購買なんてほとんど来ないから、あまり勝手がわからない。けれど昼食なしはつらいものがある。

「……なまえじゃねェか。昼飯か?」
 
しょうがないと一歩足を進めようとしたとき、突然かけられた声に親しみを感じる。

「ど、フラミンゴ先生……こんにちは!そうなんですよ、いつもは学校に来る途中で買っちゃうんですけど、今日は時間ギリギリで……」

なんとか間に合いはしたものの、昼用のご飯を買うまでの時間はなかった。
そういえば、ドフラミンゴ先生はいつの間にか俺のことを名前で呼ぶようになっていた。初めて呼ばれた際に目を瞬かせていれば、名前の方が呼びやすいと言って笑った。
そんなドフラミンゴ先生につられて、クロコダイル先生も名前で呼んでくれないかな、なんて思っていたりもする。

これから購買でなにか買うつもりだった事を伝えれば、ドフラミンゴ先生は特徴的な笑い方で小さく笑う。

「へェ。……いやでも、ちょうどいいか」

なにが「ちょうどいい」のかわからなくって、ぽかんと彼を見ることしかできない。ドフラミンゴ先生が話を続ける。

「教師用の弁当が数を間違えたみたいで余ってんだよ。これやるから食え」

そう言って差し出されたのは、ドフラミンゴ先生が片手に持っていた白い紙袋だった。中を覗き込めば、紙で包まれた弁当と一緒に割り箸が見える。

「え、いいんですか!?」
「あァ。ホントはクロコダイルに元々のと余ったの、二つ押し付けてやろうと思ったが……どうせアイツ食わねェしな」
「クロコダイル先生と同じお弁当!」
「フッフッ、そうなるな。ついでに、ワニ野郎の所に一緒に行くか?」
「ぜひ!」

ドフラミンゴ先生からは俺を使ってクロコダイル先生を厄介事に巻き込みたいという魂胆が透けて見えるがそんなのとは気にしない。据え膳食わぬは男の恥である。

けれど間髪入れずに答えたものの、友人を放ったままじゃないかと思い返す。クロコダイル先生がいるであろう職員室に、ドフラミンゴ先生と一緒に向かいながら頭を悩ませてしまう。
だけどどんなに悩んでも、頭にはクロコダイル先生とお昼ごはんを食べたいという欲望だけが、強く前に出てきてしまう。今日ぐらい、いいんじゃないだろうか。
「クロコダイル先生とごはんを食べたい」という大きすぎる欲に、ついに悩む事をやめた。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、手早く昼休みの不在と簡単な謝罪を友人の一人に送りつける。すぐさま返ってきた返信には、友人らしい緩々とした平仮名で『りょーかい』という文字が並んでいた。



職員室のある階に着けば、少し先を行く特徴的なベスト姿が目に入った。

「クロコダイルせんせーい!」

名前を呼ばれて立ち止まり、顔だけをこっちに向けるクロコダイル先生に、小走りで距離を縮める。

「クロコダイル先生、一緒にお弁当食べましょうよ!」
「……どういうつもりだ、揃いも揃って」

俺のいきなりの提案に、先生は意味がわからないと言うように眉を寄せている。
ワケを伝えていない事に気付けば、ゆっくりと追うようにして合流したドフラミンゴ先生が口を開いた。

「職員用の弁当が余ったから偶然会ったなまえに一つあげたんだよ」

「ついでに、クロコダイルセンセイと一緒に食べようかってお誘いもな」
そう言うドフラミンゴ先生と顔を見合わせたクロコダイル先生は、笑顔が透けて見えるサングラスかその更に奥を暫く見つめると、はぁと小さくため息をついた。

「あー、クロコダイル先生がイヤだったら俺、教室戻るので」
「……教室に職員用の弁当を持って行かれて、後々騒がれたら面倒クセェ。……こい」
「ま、まじですか!」
「なにより、昼休みの職員室はうるせェんだよ」

クロコダイル先生とお昼ごはん、決定だ。


「お前仲のいいクラスメイトはいねェのか……普通はクラスメイトと食べるもんだろ」
「いやあ、そうなんですけど。こんなチャンス滅多に無いなって思って」

二年生に進級しても、一年の時に仲の良かったクラスメイトと同じクラスになれたのはとても嬉しいことだった。
けれど、自分が同性が好きだと自覚がある今では、少し距離を取ってしまう存在でもある。仲がいい人だからこそ、余計に気になってしまうのだ。
昼休みを一緒に過ごす友人のうちの一人である、緩い彼なんかは気にしないような気もする。でも確信なんてない。だからどうしても、自分の中で距離を作ってしまうのだ。
その分、クロコダイル先生とドフラミンゴ先生は話しやすい。
親にも話すことのできていない話をした相手である。その上、その事実を知っても離れないでいてくれる。
先生だからなのかもしれないけど、俺は生徒なんだから、それでもいいんだ。



長方形で黒いプラスチックの弁当箱を開けてみれば、中身は随分と豪華に感じた。
保健室にある少し大きめの長机に、クロコダイル先生の席の隣に自分の場所を用意して。そうして、向かいに座るドフラミンゴ先生の、嘘か本当かわからないような話を聞きながら食事をした。
友人達には悪いけど、先生達と食べることを選んで良かったなんて思うのは、許して欲しいなんて思うんだ。




もどる / HOME