「みょうじくーん、こっち手伝ってくれないー?」
「はーい」
クラスの委員長から声をかけられて向かえば、次の撮影の小道具を準備しているところだった。
夏休みはとっくに終わって秋が来て、文化祭当日。楽しいけど、思っていた以上に忙しい。話によれば隣のクラスが喫茶店をやっていて、そこのお客さんがそのままうちのクラスに流れてきているそうだ。
今年の出し物は写真館だ。クラスの大半は喫茶店をやりたかったみたいだけど、隣のクラスにじゃんけんで負けた。そうして始まったこの写真館だけど、案外みんな楽しんでるようだ。もちろん俺も。
撮影用のカメラはただのデジカメだけど、その代り小道具をたくさん用意している。動物の耳がついたカチューシャとか、どこから借りてきたんだって言うような衣装とか。
教室には三つの撮影スポットを用意していて、一人三枚まで、好きな場所で写真を撮ることができる仕組みになっている。入り口を入ってすぐの場所にあるのが、森の中の背景。次にあるのがお城。その次がかわいらしいピンクの部屋の撮影場所だ。
文化祭準備のほとんどを、この背景づくりに使った。撮影係はなんらかのコスプレをしていて、俺みたいな雑用係は文化祭の為に作ったクラス用のシャツを揃って着ている。お客さんの写真を撮って、プリントアウトするまでが俺たちの仕事。
クロコダイル先生とドフラミンゴ先生は、今日は何をしているんだろう。ドフラミンゴ先生辺りは気まぐれに生徒たちの様子を見て回っているのかもしれない。クロコダイル先生は仕事を押し付けられているのかも。どっちにしろ、今日は先生たちも忙しいし会える機会はほとんどないだろう。残念だ。
少しだけ、クロコダイル先生と写真を撮ったりできるかな、なんて期待していたんだけど。
二人組の女の子が頭に猫耳をつけて、森のイラストをバックに写真を撮っている。クロコダイル先生の猫耳姿、ちょっと見てみたいと思ってしまう。言った瞬間に殴られるんだろう。
似合わないだろうその姿を想像するとにやけてしまって、これはいけないと顔を引き締めた。
「あ、ドフラミンゴ先生だー!」
「にぎわってんなァ、忙しそうだ」
生徒の上げた声に、思わず入り口のほうを見る。金色の髪が、扉の向こう側で軽く揺れるのが見えた。
「せっかくだし、写真撮っていきましょうよー!」
生徒に腕を引かれるようにして、ドフラミンゴ先生が教室に入ってくる。先生は教室をぐるりと一度見まわして、凝ってんな、とつぶやいた。
ドフラミンゴ先生と視線が合う。俺のことを見つけた先生は、笑いながらも残念そうな顔をした。もしかして、クロコダイル先生が一緒じゃないことを悪く思っているんだろうか。ドフラミンゴ先生がきてくれただけでも、俺は充分嬉しいんだけど。
「ドフラミンゴ先生と写真撮りたい人はこっちへどーぞー!」
生徒の一人が大きな声で言った。それにクラスメイトや写真を撮りに来ていた生徒たちがわらわらと集まっていく。ドフラミンゴ先生と写真なんて撮ったことないから、きっといい思い出になるだろう。すでに先生の周りは他の生徒で固められていたから、端のほうで見切れない程度の場所に立った。
予想以上の人数が集まってしまったせいか、カメラを構えている生徒が後ろの壁にくっつくんじゃないかというくらい距離を取っている。
「はーい撮りまーす!」
おなじみの掛け声とともに、ぱしゃりとシャッターが切られる。続けざまにもう一度。
「写真が欲しい人は後で取りに来てねー」
撮影をした委員長がカメラを下ろしそう声をかけると何事もなかったように生徒たちが捌けていく。ドフラミンゴ先生も軽く挨拶をすると一緒に教室を出て行った。
「ねえ委員長。ドフラミンゴ先生の分、あとで俺が届けに行くよ」
「あ、みょうじくんホント? それじゃあよろしくね」
「うん、任せて」
文化祭の終了を告げるアナウンスが流れて、写真撮影から移行した片付けは案外早く終わってしまった。準備に何日もかけたことを考えると、少し寂しくもあるけれど、それくらいが丁度いいのかもしれない。打ち上げは隣のクラスが差し入れとしてくれたお茶やジュースを紙コップで乾杯する簡単な物だった。
まだざわついている教室を早めに抜け出して、委員長から貰った二枚の写真を見ながら廊下を歩く。にこやかな表情を浮かべるドフラミンゴ先生から少し離れたところで、自分がピースをしながら小さく笑みを浮かべて立っていた。小さな思い出ができたことに自然と口角が上がった。
写真は傷つかないように半透明の薄い袋に入っているけど、それでも持ち方は慎重になってしまう。自分用の一枚は折れないように教科書に挟んで鞄に閉まった。
保健室でドフラミンゴ先生に写真を渡したら俺も帰ろう。だけど、やっぱりクロコダイル先生に会えなかったのは名残惜しくて、つい遠回りをして職員室側の廊下を歩いてしまう。
歩きながら手元の写真に今一度目を落として、誰が映っているのかを確認していると足音が聞こえて顔を上げる。反対側から歩いてきた人物に、思わず目を瞬いた。
「……っ、クロコダイル先生!」
会えないと思っていたクロコダイル先生が、何も持たず気怠そうにして歩いて来る。前に走るなと怒られたばかりだから、早歩きでクロコダイル先生の前まで距離を詰めた。
「クロコダイル先生、ちょっと写真撮りませんか!」
「嫌に決まってんだろ」
「そんなあ!」
クロコダイル先生の目の前にきて口を開けば、先生はすぐに俺の提案に顔をしかめて却下する。
「……そういえば、みょうじのクラスは写真館だったか」
「知ってたなら来てくれればいいのに!」
「違ェよ、ドフラミンゴが写真を撮ってきたって今さっき話してやがったんだ」
「あ、こ、これなんですけど!」
クロコダイル先生の言葉に、手に持っていた写真を差し出す。先生と会えた興奮で手に力がこもったせいか端が少しよれてしまっていて、ドフラミンゴ先生には鞄に閉まった方の写真を渡そうと決意した。
先生は写真を手に取って眺めると、俺と写真の顔を交互に見てくるから緊張で顔が強張ってしまう。
「な、なんでしょう?」
「……アホ面、いや、……今日はご苦労」
「クロコダイル先生こそ! ……お疲れ様で、す……」
なんだか悪口が聞こえた気がするけど聞かないフリをした。
クロコダイル先生は写真を返すと軽く手をあげて、俺が言葉を言い終わる前に早歩きで職員室の方へと行ってしまった。やっぱり写真は撮れなかったけど、最後にクロコダイル先生に会えたのは嬉しい。それだけで、最高の一日になってしまう自分は単純なんだろう。
保健室の扉をノックして、ドフラミンゴ先生の声を聞いてから扉を開ける。中にはドフラミンゴ先生だけで、この学校は保健室の利用が少ないなと思う。それとも、俺が来過ぎているだけなんだろうか。
「ドフラミンゴ先生、昼に撮った写真持ってきましたよ!」
「お、なまえじゃねェか。わざわざ持ってきてくれるとはな」
ドフラミンゴ先生が嬉しそうに出迎えてくれるから、こっちまで気分が上がってしまう。
「これです!あ、違う、こっちじゃなくって……」
持っていた写真を勢いよく差し出したはいいけれど、それが歪んでしまっていることを思い出して、急いで鞄を開く。
「違ェのか?」
「えーっと、こっちはさっきクロコダイル先生と会った時にぐしゃってなっちゃって。あれ、どの教科者に挟んだっけ……」
「あァ、クロコダイルに会えたのか。よかったじゃねェか」
「はい!」
ドフラミンゴ先生の言葉に思わず顔を上げて頷けば、目があった先生が吹き出した。どうして先生が笑っているのかわからず戸惑っていると、なんでもねェよ、と手を振られたので鞄を漁って写真探しを続行する。
「フッフッフッ。いやァ、楽しいぜ」
「めっちゃ楽しかったですよ文化祭!あ、あったあったあった!先生、これどうぞ」
会話が噛み合っていない気もしたけど、写真が見つかったからそんなことはもうどうでも良かった。改めて歪みのないピンとした写真をドフラミンゴ先生に差し出す。
「綺麗に撮れてんな。ワニ野郎には見せたのか?」
「もちろん!クロコダイル先生とも写真撮りたかったんですけど、それは拒否られちゃいました」
「だろうな。アイツそういうの苦手だから」
クロコダイル先生、写真苦手なんだ。薄々そうだろうなとは思っていたけど、まだまだ俺の知らないことは沢山あるみたいだ。ドフラミンゴ先生はさすがクロコダイル先生の腐れ縁と言うべきか、俺の知らないクロコダイル先生をいっぱい知っているから少しずるいと思う。
俺しか知らないクロコダイル先生が見たいけど、今はまだ無理そうだ。まずは情報を得るところから。少しずつ少しずつ、先生との距離を詰めていくんだ。
きっとドフラミンゴ先生は、俺のクロコダイル先生に対する気持ちが面白いんだろう。面白いから、俺に協力してくれる。頼りになる味方だと思う。けれど、ドフラミンゴ先生の力抜きでクロコダイル先生との距離を埋めたいと思うのは我儘なんだろうか。
「なまえ?」
「え、あ!……すいません、ちょっと疲れたみたいで!」
「そりゃァな。おれもクタクタだぜ、今日はゆっくり休め」
「ですね!それじゃ、ドフラミンゴ先生も今日はお疲れ様でした。さようなら!」
「気をつけて帰れよ」
ドフラミンゴ先生は空いている方の手を上げるとひらひらと振って見送ってくれた。それに頭を下げて保健室を出れば、向かいの窓の外はすっかり暗くなっていた。
とりあえず、クロコダイル先生と写真を撮ることを目標にしてみようか。達成できたときのことを考えると、さっきのずるいとか距離だとかがどうでもよくなってしまうから、俺が単純というよりはクロコダイル先生が凄い人なんだろう。
足取りは文化祭が終わったあととは思えないぐらいに軽かった。