「おかえりなさいませ、ご主人様!」

店内に女の子達の鈴の音のような声が響く。
私服から制服であるメイド服に着替えた私は、出勤の開始時間をのんびりと椅子に座って待っていた。

偉大なる航路のとある島にこの店はある。
昼間はカフェ、夜はバーとして営業するこのお店では店員がメイドとして働き、お客さんをご主人様として扱う独自のコンセプトが売りだ。
お店ができてから一年と少し。可愛らしい制服と頑張り次第でお給料が増えるという言葉につられ、私は開店当初から働いている。
最初はよくグラスを割ったりもしたけど、今ではすっかりベテラン扱いだ。
お店に出る時間が近づき、全身鏡で身だしなみのチェックをしてから仕上げとばかりに頭にフリルのついたカチューシャをつける。
制服はネイビーの膝上丈のワンピースに、ふんだんにフリルが使われた白いエプロン、そして金色の装飾がついた胸元のリボン。足元は黒のニーソックスが絶対だ。リボンは働くメイドのレベルによってデザインと色が違っていて、全ての仕事を覚えた私は一番ランクの高いデザインのリボンをつけている。
鏡の前でにっこり笑って表情を作った。この仕事で一番大事なのは、笑顔とめげないハートなのだ。例え元の性格とは違っても。

可愛らしく飾りつけされた店内に足を踏み入れると、かき入れ時の夜の時間にも関わらずお客さん、もといご主人様は少ない。
カウンター席に座る常連のお客さんに話を聞いてみることにした。

「こんばんは〜。今日は結構静かですねぇ」
「なまえちゃん!それがさぁ、今この島に海軍の連中が来てるらしいんだよ。そのせいだろうな」

なるほど、だからか。海賊達が多く上陸するこの島では、島民であろうと海賊であろうと、変わらず大事なお客様だ。もちろんお店のルールに違反することがあれば容赦なく出入り禁止になるわけだけど。
このお店の店長は元海賊らしくて、普段は裏方ばかりで表には出てこないけど店内で揉め事があるとすぐに駆けつけて解決してくれる。頼りになる店長だ。

それぞれの席をまわってお客さん達とお喋りをしたりドリンクを作りながら過ごしていると、お店の入口にあるベルがカラン、と鳴った。

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

ベルの音が鳴るとそう口にしてしまうのはもはや癖だ。
お客さんとお喋りを中断して入口に顔を向けると、そこにはピンク色のもふもふとしたファーコートを着た大きな男の人が立っていた。
は、派手だ……。
サングラスをかけているせいで顔立ちはよくわからないけど、機嫌のよさそうな口元が印象的だった。
待たせないように、早足で男の人の元へ向かう。
近くで対面すると改めて感じるその大きさにびっくりする。私の身長の二つ分くらいありそう。いや、それ以上か。

「えっと、初めて……のご帰宅ですか?」
「あァ」
「かしこまりました!お席にご案内しますね!」

高い声を出して男の人をテーブル席に案内する。
唯一の取り柄である記憶力でお客さんの顔は大抵覚えているから、初めてだということは見てすぐにわかった。興味津々という顔つきだったのもあるけれど。
その人が座ると椅子やテーブルが小さく見えて少し面白い。
メニューを出してお店のシステムを世界観を崩さないように注意しながら説明する。
ピンク色の男の人は差し出されたメニューを愉快そうに眺めていた。

「ご主人様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「ドフラミンゴだ」
「ドフラミンゴご主人様ですね!」
「……フッフッフッフッ」

男の人、もといドフラミンゴご主人様は声をあげて笑った。なんだか馬鹿にされている気分になって内心むっとするけど笑顔を崩すわけにはいかない。

「私はお給仕381回目のなまえっていいます!よろしくお願いしますね、ご主人様♡」
「一々店に出た回数とか数えてんのか?」
「当然ですよ〜。ご主人様との大切な時間ですからっ」
「…………」

無視ですか。ドフラミンゴさんは100点満点の私の受け答えを受け流し店内の様子を探るように見ていた。

「そ、それでは。今からご主人様に魔法をかけますねっ!」
「あ?魔法だ?」
「はいっ。このお店……違う、この世界では魔法をかけることであなたは私達の真のご主人様へと変身するんです!」
「フッフッ、世界観守れよ」

笑顔のわりに手厳しいご主人様だ。気に入られると面倒なタイプだ。というか、興味本位で来店してもう二度と来ないタイプだ!
それでもめげない。めげてはいけない。こんなお客さんはもう何度も対応してきたから慣れっこだ。

「それじゃあいきますよ〜!萌え、萌え、きゅーん!」
「…………」
「…………」
「フッフッフッフッフッ!」

よかった、気に入ってくれたらしい。



一度奥に引っ込んで、うさぎの耳のついた白いカチューシャを手に戻るとそれをドフラミンゴさんに手渡す。

「これはどうする?」
「ご主人様につけて頂くんです!」
「へェ」

返ってきた言葉は素っ気なかったけど、ドフラミンゴさんは躊躇なく私の手からカチューシャを取るとそれを頭につけてみせた。
この人、案外ノリがいい。

「お似合いです〜!……ところでご主人様、お飲みものはいかがなさいますか?」
「あー、酒はあるか?」
「ありますよ!メニューのこのページがお酒ですね」
「……、テキーラくれ」
「かしこまりました!」

テキーラって。よく出るには出るけど、絡まれる印象しかない。この人……はたして良客か、クソ客か。
ドフラミンゴさんが何かしたらすぐに店長を呼ぼうと決意を固めお酒を取りに戻ろうと背中を向ける。
するとスカートの裾の後ろ側がいきなり持ち上がり、ぎょっとして振り向くとドフラミンゴさんが私のワンピースのスカートを捲りあげようとしていた。

「ッ!?も、申し訳ございませんご主人様、私たち触られると魔法が解けちゃうんですよ〜」
「あァ……そういう設定か。凝ってんな」

クソ客。間違いない、この人はクソ客だ。
ぎこちない笑顔でやんわりと注意をするとドフラミンゴさんはスカートから呆気なく手を離した。
ほっ、とするけどさっきから設定とか一々口うるさい人だ。
この人の対応は気をつけないといけない。
私はそう思いながらドリンクを作りに店の裏へと早足で戻った。



頼まれたテキーラを手にして戻ると、ドフラミンゴさんはまたメニューに目を通していた。
机にお酒を置くと声をかけられる。

「なァ、この"ポン"ってのはなんだ?」
「ああ、シャンパンのことですね!推しメイドへのご褒美だとか、お祝いの時にそれを開ける方が多いんですよ」
「……推し?」
「ええっと、この子が好き!という意味というか、熱意というか……そういうのを推しって言うんです」
「なるほどな。とりあけずお前にこれ開けてやるよ」
「え」

ドフラミンゴさんが指差したのは、メニューに載っている一番高いシャンパンだった。バースデーイベントや周年記念で入れてもらったことはあるけれど、何でもない普通の日に入れるお客さんは初めてだ。
私はドフラミンゴさんに心からお礼を言った。
名指しでシャンパンを入れてもらえればその子にお給料が上乗せされるからだ。
今までのクソ客ムーブが私の中で造作のない出来事に変わる。
何度かドフラミンゴさんに頭を下げてから、シャンパンとグラスを取りに急いだ。



「なんと本日、こちらのご主人様から"ポン"を頂きました〜!注目〜!」

シャンパンボトルを抱えながら店内に行き渡る声で言うと、お店にいた他のお客さんやメイド達の視線が集まる。
メイドにシャンパンを入れる理由は様々だけど、いかに自分がそのメイドを好きかアピールするのに使うお客さんが大半だ。お金という対価を払ってそれを見せてくれるお客さんにはこうして周りの注目を集めるのだ。
まあ、ドフラミンゴさんの場合はただの気まぐれなんだろうけど。

「それじゃあいきますよ〜!せーの!」

ポン!と爽快な音が店内に響く。常連のお客さん達やメイド達が拍手をしてくれて、改めていい職場だと感じる。
グラスにシャンパンを注いでドフラミンゴさんに手渡すと、相変わらずのいい笑顔で受け取った。

「お前は飲まねェの?」
「申し訳ございません、私はお酒を飲むと魔法が溶けてしまうから飲めないんですよ〜」
「フッフッ、またそれかよ。少しなら平気だろ」
「こ、困りますご主人様〜!」

飲め、飲まないの応対がしばらく続いて、折れない私にドフラミンゴさんが折れる形になった。こういうのは少しでも許してしまうと後々自分の首を締めることになるのだ。
メイド達が少し心配そうな目を向けてくるが、自分に標的が向くと困るのかすぐに他のお客さんのほうに行ってしまった。

そのあと、ドフラミンゴさんは飲みもしないのに全部の種類のシャンパンを順番に注文していった。テーブルにはシャンパンボトル達がどん、とその存在を主張している。
シャンパンが入る度に声を張り上げていたから喉が少し痛い。それでも今月はお給料が増えると思うと嬉しくなる。お金は大事だ。これが低賃金なら私はここまで続けていない。

「会計してくれ」
「あ、はい!少々お待ちくださいね」

会計用紙とトレーを持って戻る。
本当に払えるのか?という心配もよそに、ドフラミンゴさんは懐から札束を出すとそれをトレイに置いた。



「あ、そうだ!これもらってください」
「……?」

レジでお会計を済ませ、お釣りとお店のポイントカードをドフラミンゴさんに差し出した。

「ポイントカードです。1000ジュエル使うごとに1ポイント溜まって、一定数が溜まると特別なご褒美があるんですよ!」
「紛らわしいから1000ベリーって言えよ」
「……ご主人様は今日たくさんジュエルを使っていらしたので、次に来たときはお好きなメイドとチェキが取れますよ!」

ドフラミンゴさんの突っ込みを聞かなかったことにしてポイントカードの説明をする。チェキという言葉にドフラミンゴさんは頭にはてなマークを浮かべていたが、それはまた来たときに説明すればいい。
まあ、今までの経験からいうとドフラミンゴさんはもう来ないだろうけど。こういう初めて来たその日に大金を使うタイプのお客さんはそういう人ばかりだ。
寂しくはない。出会いがあれば別れもあるのだ。

「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」

お店を出ていくドフラミンゴさんに深々とお辞儀をする。
ドフラミンゴさんは背を向けたまま片手をひらひらと振って去っていった。




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