昨日の疲れを引き摺りながら今日も職場に向かう。少し寝坊してしまったせいで頭はまだ覚醒しきっていない。
疲労の原因は主にドフラミンゴさんのせいだ。
お店に来るお客さんは、派手な女の子がいるようなお店と違って控えめなお客さんが多い。ドフラミンゴさんみたいなタイプのお客さんは、接客にいつものお客さんの三倍くらいの体力を使う。
今日は常連さんとゆっくり過ごそうと考えながら外を歩いていると、反対側から海軍の人達が歩いてくるのが見えた。どうやら今、この島には王下七武海の一人が来ているらしかった。
七武海、噂には聞いたことがあるけれど実物を見たことはない。どんな人なんだろうと想像を膨らませながら職場に続く道を急いだ。
お店の裏口から入り、店長に挨拶してからさっさと制服に着替える。危うく遅刻をするところだった。
今日はゆっくり準備をする時間もなく店内に顔を出すと、そこにはドフラミンゴさんの姿があった。
「あ」
「よう、今日も出勤か」
「そう、なんですよ」
まさかまた来るとは思わなくて呆気にとられてしまう。
それでもお店に顔を出してくれるのは嬉しいことだ。お金たくさん使ってくれるし。
ドフラミンゴさんは昨日と変わらず、私に一番高いシャンパンを開けてくれた。この人の懐事情は一体どうなっているんだろう。
「そういえば、今この島に王下七武海が来てるらしいですよ」
「……へェ」
シャンパンをグラスに注ぎながら話しかける。ドフラミンゴさんから帰ってきたのは気のない返事で、あまり興味がなさそうだった。
これは話題を変えたほうがいいのだろうか。
そう悩んでいると、カラン、と来店を知らせるベルが鳴る。常連のお客さんで、少し救われた気分になる。
私はドフラミンゴさんに軽く別れの挨拶をしてから常連さんの接客に向かった。
のんびり常連のお客さんと話をしているとなんだか元気になってくる。最近あった出来事をお互いに話して笑いあっていると、お店の女の子からそっと声をかけられた。
「なまえちゃん、あちらのご主人様がなまえちゃんに"ポン"入れてくれましたよ」
「え、誰ですか?」
まさかと思い振り向くとドフラミンゴさんが口元に笑みを携えてこっちを見ていた。
基本的には色んなお客さんのテーブルをまわってお話をするけど、名指しでシャンパンが入ると話は別だ。そのお客さんの傍にしばらくの間つくことになる。
常連さんとのお話を中断してドフラミンゴさんの元に急いで向かう。
「ありがとうございますご主人様!」
「あァ」
ドフラミンゴさんのテーブルにはさっき頼んでくれたシャンパンがまだ半分以上残っていて、新しい物は栓を抜かずに置いておく。
「ご主人様って何をされてる方なんですか?」
昨日から気になっていたことを聞いてみる。実は名のある海賊だったりするんだろうか。いや、でも海軍が今来ているというこの島に敢えて停泊するのはおかしいし。どこかの貴族なのかもしれない。
「フッフッフッ、色々やってるぜ。……まァ、今は人探しだな」
「人探し、ですか」
「あァ。なまえ、こいつを知らねェか?」
ドフラミンゴさんはそう言って、私に一枚の紙を差し出した。
受け取って見てみるとそれは海賊の手配書で、頬が痩けていて黒い髭を生やした柄の悪そうな男の人の写真が大きく載っている。
見覚えは……ない気がする。たぶん。得意の記憶力を発揮しても思い当たる人物はいなかった。
「……知らないですね。お店にも来たことはないですよ」
「フッフッ。そうか、ならいい」
ドフラミンゴさんに手配書を戻す。そうか、ドフラミンゴさんは賞金稼ぎなんだ。大きくて強そうだし、色んな海賊を捕まえてきたに違いない。それなら海軍に興味がなさそうなのも頷ける。
そうこうしている内に、また新しいお客さんの来店を告げるベルが鳴った。
「あ、ちょっと席離れますね。ゆっくりお過ごしください」
「あァ」
軽く会釈をしてドフラミンゴさんに背を向けると、騒がしくなってきた店内を見渡して他のお客さんの対応に向かった。
今日はお店に出ている女の子が少ないから、一人のお客さんとずっとお話している訳にはいかない。
ただでさえ今日は新人の女の子もいるし、その分長く働いている私がサポートをしないといけなかった。
けれど他のお客さんにつく度にドフラミンゴさんは私にシャンパンを入れるから、私は何度もドフラミンゴさんの元へと戻されることなった。
ついに常連さんは、「今日は忙しそうだから……」とお会計を済ませて帰る支度を初めてしまう。
あぁ……もう来てくれなくなってしまったらどうしよう。申し訳ない気持ちで常連さんの一人を見送った。
私の心配もよそに、ドフラミンゴさんの笑顔は変わらない。
「なァ、昨日言ってたチェキってなんなんだ?」
「あ、チェキっていうのは簡単に言うと写真ですね。その場で現像されるので、すぐに持って帰れるんですよ!しかも女の子のメッセージつきです!」
「写真か」
「一緒に撮りたいメイドさんとかいます?」
「…………」
ドフラミンゴさんの顔が私に向く。
これは……。
「……私と撮ります?」
「あァ」
「や、やった〜!ご主人様との初チェキうれしいです〜!」
それでいいんですか!と言いたくなるけど、ドフラミンゴさんがそう望んでくれているのだ。撮るしかないだろう。
たくさんの女の子がいる中で、こうして私を選んでくれるのは実際嬉しい。やる気にも繋がる。
でも今日は、今日は忙しいんだ。写真を撮るには他の女の子に撮影を頼まないといけないし、撮ったあとはメッセージを書き込む時間もある。つまりその間他のお客さんを放置してしまう時間が増えるということだ。
それでも真摯に向き合わなければ。
こうなったらドフラミンゴさんを私推しにしてやると意気込みながら、お店の端にある撮影ブースへと案内した。
女の子にカメラを頼み、ドフラミンゴさんを見上げる。
「ご主人様、やりたいポーズとかありますか?」
「ねェな」
ないのか。まあ、これでいざポーズを指定されてもなんか違うな、と思ってしまうけど!
「じゃあ私のポーズを真似してくださいね〜!あと、ちょっとしゃがんでくれないと一緒に写れないですよ!」
ドフラミンゴさんは私の話を聞くと素直にしゃがんでくれた。
目線が合って、にっこりと笑顔を向ける。
「おまじないにちなんで、萌え萌えキュンのポーズで撮りましょう!いきますよ〜!」
ドフラミンゴさんにお手本を見せてから二人でカメラのほうを向く。
「萌え、萌え、キュン♡」
一緒に胸元でハートマークを作ると、ちょうどいいタイミングでぱしゃりとカメラから音が鳴った。
昨日から思っていたけど、ドフラミンゴさんはノリがいい。下手に恥ずかしがってやってくれないお客さんよりはマシに思えた。
カメラから出てきた写真がくっきりと二人の姿を映し出すのを待ってから、肩にさげたポシェットに入っているカラーペンを取り出してメッセージを書き込んでいく。
その間にも他のお客さんの接客はしないといけなくて、少し対応してドフラミンゴさんの元に戻る、というのを何度も繰り返した。
閉店時間が近付き、お客さんが少なくなったことでご主人様シャトルランはようやく終わりを迎えた。
写真には「ドフラミンゴご主人様と初チェキ♡」というメッセージと、ドフラミンゴさんと私の頭にうさぎの耳を書き足した。
それを渡すとドフラミンゴさんは愉快そうに笑ってくれて、なんだか安心した気分になる。
ドフラミンゴさんは受け取ったチェキを懐にしまった。
会計をすると今日も結構な額になるけど、ドフラミンゴさんはそれを相変わらずサラッと支払っていく。
ポイントカードは既に三枚目へと切り替わっていた。
「長い時間いてくれてありがとうございました!チェキ、大事にしてくださいね!」
「あー……、おう」
あ、これすぐ失くすな。そう直感が告げるけど、なんだかんだ楽しい時間だった。たくさんのお客さんを捌ききった達成感のほうが大きいけど。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」
ドフラミンゴさんや他のお客さん達を笑顔で見送って、私はこの後に続く閉店作業へと移った。
帰り道。すっかり暗くなった道を歩きながら、私はドフラミンゴさんに見せられた手配書の写真を思い出していた。あの写真の人、身に覚えはないけど少し引っかかることがある。
なんとなく、常連のお客さんに目元が似てるんだよなぁ。いやでも、他はまったく似てないし。写真の人は髭が生えていたけどお客さんには生えてない。
ただの思いすごしか。そう自分を納得させて帰路を急ぐ。
ドフラミンゴさんがまた来てくれたら嬉しい。少しだけそう思った。