ようやくもらった連休は気がつけば終わっていた。三日ぶりの労働はいまいちやる気がでてこない。連休中はずっと家に引きこもっていたから、外に出ると太陽の日差しがやけに眩しく感じて煩わしい。

制服に着替え終わって鏡で最終チェックをしていると、「……今日、がんばってね」と店長がよそよそしく声をかけてくるので不思議に思いながらも挨拶をして店内に向かう。
ホールに足を踏み入れると予想に反して店内は静かで、もしや来客なしか?と思ったけど、いた。店の隅にある大人数用のソファー席に、ドフラミンゴさんがいる。そして向かい合うようにして、見たことのないこれまた大きくて人相の悪い黒髪の男の人が不機嫌そうに座っていた。
な、なんか増えてる!
二人がいるエリアからは異様なオーラが醸し出されていて、それ以外はガランとしている。
きっと他のお客さんたちは怖がって帰ってしまったにちがいない。従業員の女の子たちもどう接すればいいかわからないのかカウンターの端で困った顔をしている。さっきの店長の様子にも納得がいった。
声をかけようとそっと二人のほうへ向かう。こんな状況、私だって帰りたい。それでも労働の義務は果たさなければいけないのだ。

「お、おかえりなさいませ!ご主人様♡」
「あァ。見ろワニ野郎、おれの推しだ」
「え?!」
「……推し?」

黒髪の男の人が訝しげに私の顔を見てくる。
血色の悪い顔についた傷痕と鋭い眼光に思わず体が固まってしまう。左腕についている鉤爪が店の照明を受けきらりと光るのがやけに恐ろしい。変なことを言ったらこれで八つ裂きにされてしまいそうだ。
……というか。ドフラミンゴさん、ついに私を推しに?

「あ?知らねェのか、推し」
「…………」

ちがう。これ、覚えたての言葉を使ってみたかっただけだ。
ニヤニヤとしたドフラミンゴさんの挑発めいた口振りに、男の人の顔がより一層険しいものになっていく。お願いだからお店の中で喧嘩とかはしないでほしい。
不穏な空気にいたたまれず、静かに深呼吸をしてから笑顔をつくる。

「お給仕をさせていただいているなまえです♡はじめて…のご帰宅ですよね。お名前は……?」
「…………」
「フッフッフッ、クロコちゃんだ」
「え!かわいいです〜♡クロコご主人様ですね!」
「…………」

私の問いかけに答えたのはドフラミンゴさんだった。クロコちゃんさんは、まずドフラミンゴさんのほうをギロリと睨みつけ、名前に反応した私に対してはげんなりとした顔をしてため息をついてしまう。
まずい、と助けを求めるためドフラミンゴさんに目を向けるも、愉快そうな笑い声をあげるだけで、なんの力にもなってくれないことはすぐに理解できた。
め、めげない!しょげない!へこたれない!どんな時も当たって砕けろ、だ。
姿勢を正したあと、そういえば、とテーブルの上を見る。

「あ、まだお飲み物のご注文はされてないんですね。なにを飲まれますか?」
「……ホットのカフェラテをひとつ」
「いや、ふたつだ」
「はーい、少々お待ちくださいね♡」

クロコちゃんさんの気怠げなオーダーに続くようにしてドフラミンゴさんが告げた注文内容を頭の中で復唱しながらそそくさとカウンターに向かう。エスプレッソマシーンの前で二つのカップを手にした私は、ひとり気合いをいれていた。



で、できた!
はじめて上手にできたかもしれない。完成したカフェラテ入りのカップの表面には綺麗なハートマークが浮かんでいる。
おしゃれなカフェで以前働いていたという後輩の女の子から簡単なラテアートのやり方を教わって以来、ずっと練習していたのだ。
小さい頃から不器用な私にはこれだけで大きな進歩。成長を感じて自然と口角があがってしまう。

「お待たせいたしました〜!」

銀色のトレーに乗せて運んできたカップを、ラテアートが崩れないようにそれぞれテーブルにそっと並べおく。
そわそわと二人の様子を観察する私の期待とは裏腹に、目の前にいる男たちはハートマークに目もくれず、カップの縁に口をつけるとあっという間にラテアートを見るも無惨な様相にした。
わかっていたけど!わかっていたけども。

「品が足りねェな。おれはロングスカート派だ」
「ひッ……!」

悔しさに心のシャッターを下ろしそうになっていたとき、つう、と太ももを何かがくすぐるように滑るので驚いて下を見ると、その正体をすぐさま理解した。クロコちゃんさんの鉤爪の先端が私のスカートの裾を軽く持ち上げていたのだ。
こ、この人ドフラミンゴさんと同じことしてる。
しかも品がないってなんだ!こんなに可愛い制服を!確かにロングのメイド服も可愛いけど!
「脚が見えるほうがいい」というドフラミンゴさんの反論をスルーしてサッと距離をとる。短期間で同じセクハラを二度も経験したせいか耐性がつきつつあるのが恨めしい。

「ご主人様〜、私たち触られると魔法が解けてしまうのでそういうのはやめてくださいね〜」
「魔法だと?」
「フッフッ。設定だ、設定」
「くだらねェ」

クロコちゃんさんはそう切り捨てて呆れ混じりに腕を引っ込めた。次また同じことをしたら出禁にしてやる。というかドフラミンゴさんも設定とか言わないでほしい。



「そういえば、ドフラミンゴご主人様は人探しをしてるんですよね、順調ですか?」
「……まァな」
「こんな店に入り浸ってるあたり、真面目に探す気なんてハナからねェだろう」
「下っ端連中が仕事熱心で助かるぜ」

こんな店、という言葉は聞かなかったことにする。クロコちゃんさん、あなたの目の前にいる人はすでに5枚分のポイントカードが貯まっているんですよ、と口から出そうになるのを抑えていると、カラン、とベルが鳴って店のドアが開いた。
そこにはいつもお話している馴染みの常連さんが顔をのぞかせていた。少し控えめだけどいつも笑顔で挨拶してくれる優しい人だ。
すぐにドアのほうへ向かおうとするも、常連さんは私たちがいる店の一角を見ると驚いた様子で目を見開いたあと、顔をしかめてお店をそそくさと出ていってしまった。あの人のあんな顔を見るのははじめてだ。

「あ!もぉ〜、ご主人様たちが怖いオーラばっかり出してるから帰っちゃったじゃないですか!」
「フッフッフッフッ!ほっとけ!」

高らかに笑うドフラミンゴさんとは反対に、クロコちゃんさんは小さく鼻を鳴らすだけだった。
この二人、もうちょっとかわいい格好とかできないのだろうか。でもドフラミンゴさんのピンク色のコートは結構かわいい気がする。私も肌寒くなったら奮発してファーコートとか買っちゃおうかな。
どんな色や形にしようかと頭の中でコーディネートを考えていると、フード担当の従業員に手伝いを求められ急いでキッチンに向かった。


+++


店内は徐々に賑わいを取り戻し始めていた。お客さんはお客さんで推しメイドに会うために必死なのだ。

「……アー、腹が減ったな」

周りを気にせずソファにどかりと座ってくつろぐドフラミンゴさん達を視界の端に映しながら近くのテーブルの片付けをしていると、聞こえてきた言葉に思わず手をとめる。

「そうだ、いま新メニューの試作をしてて。よかったら食べてみませんか?」
「へぇ……じゃあそれにしてくれ。おいワニ野郎、お前はどうする」

ドフラミンゴさんと二人でクロコちゃんさんを見つめる。しばしの沈黙のあと、クロコちゃんさんはそっと口を開いた。

「いただこう」



「おまたせしました!これが新メニューの萌え♡萌えオムライスです!」

白い丸皿に乗ったオムライスを二人分、ドフラミンゴさんとクロコちゃんさんの前に置く。なめらかな黄色に焼きあげられたオムライスの端には、サラダとプチトマトが添えてある。
そして一番のポイントはケチャップで描かれたイラストだ。料理自体はキッチン担当の人が作るけど、このイラストはメイドが描くことになっている。味にうるさいご主人様たちもこれにはキュン間違いなしってわけ。
ドフラミンゴさんのオムライスには特徴的なサングラスににっこりスマイルを。クロコちゃんさんのオムライスには顔の傷跡とへの字口を描いてある。正直、私の絵心ではこれが限界だ。
しかしさっきのラテアートの件といい、この人たちがそのあたりに心を動かされるとは到底思えないけれど。まあ、ハートが大事なのだ。

「隠し味に私のおまじない入りですよ!」

案の定、ケチャップで描かれたイラストに言及することなく食べ始めるドフラミンゴさんとは反対に、クロコちゃんさんはオムライスを見下ろしたままじっとしている。
え、もしかして感動してくれてる……?
予想だにしないクロコちゃんさんの姿に感激しつつ、ドフラミンゴさんが数回オムライスをスプーンで掬って口に運ぶのを見届けてから声をかける。

「お味はどうです?魔法のおかげでとっても美味しくなってるはずです!」
「普通だな」
「……う〜ん、今日はちょっとパワーが足りなかったかもしれませんね〜!」

二人からいつまでそれを続けるんだという視線をひしひしと感じるが、そんなことを気にしていたらこの仕事は続けられない。
クロコちゃんさんはというと、添えてあるプチトマトを食べるだけで未だオムライスには手をつけずにいる。
ひと口くらいは食べてくれてもいいんですよ。でもそんなに気に入ってくれたのなら私も頑張ってお絵描きした甲斐がある。それに私には、もう一つ秘密兵器があるのだ。

「じゃじゃ〜ん!フードにはなんと私のブロマイド付きです♡」

サプライズと言わんばかりにポシェットから二枚のブロマイドを取り出しテーブルに並べる。写っているのはもちろん私だ。しかも普段のメイド服と違い、特別なチャイナ服仕様である。
ドフラミンゴさんとクロコちゃんさんはブロマイドを手繰りよせると、そこに写る私と実物の私を交互に見てなぜか黙り込んでしまった。

「……な、なんですか?」
「なまえ、お前これ細工でもしてるのか?」
「へ!?……そ、そんなのしてないですよ〜!印刷する前にちょっと顔を小さくして目を大きくして肌を綺麗にしてください、ってお願いしただけです!」
「フフ……やってるな」
「今どきの女の子はみんなやってますよ!」

必死にそう伝えるとドフラミンゴさんが意見を窺うように、ちら、とクロコちゃんさんのほうを見る。

「そういうもんか?」
「雑誌の女が胸を盛るのと一緒だろう」
「あァ……」

ドフラミンゴさんはクロコちゃんさんの言葉に納得した様子でブロマイドをテーブルの上に戻し、残ったオムライスを食べ進めるのだった。



他のテーブルで接客をしているとドフラミンゴさんからお会計の声がかかる。
伝票を確認し金額を伝えにいくと、クロコちゃんさんは席を立ちひと言別れの挨拶を告げて颯爽と店を出て行ってしまった。
あたふたしつつ耳に届くように大きな声でいってらっしゃいませと声をかける。今日は楽しんでもらえただろうか。

「また来てくれますかね?」
「さあな、アイツはもうこの島を出る」
「そんなぁ」
「フッフッフッ!会いてェならお前も海に出ろ、そのほうが早い」

ドフラミンゴさんはそう言って二人分のお金を私に手渡す。どうやら奢りらしい。ドフラミンゴさんが誘ったのだろうし文句もないのだろう。
ポイントカードはというと、どうせ失くしてしまうだろうから私のポシェットに保管することにした。
特徴的な笑い声をあげて店をあとにするドフラミンゴさんの背中を見送り、深々とお辞儀をする。

「いってらっしゃいませ、ご主人様!」



テーブルに残されたドフラミンゴさんのお皿の上は全て綺麗に完食されていた。クロコちゃんさんに出した分はもったいないから私の夜ごはんにしてしまおう。
手早く片付けてテーブルを拭いていると、さっきあげたブロマイドが二枚とも無くなっていることに気がつく。ドフラミンゴさんが持って帰ってくれたのだろうか。ふふ、と誰かの真似をするように思わず小さく笑みがこぼれてしまった。

そうこうしている内に店のベルが鳴り、新しいお客さんがやってくる。今週もなんとか頑張れそうだ。お客さんを出迎えるため、私は軽快な足取りで店の入口へと向かった。




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