今日、二年生へと進級した。昨日の天気予報の予想通り、雲ひとつない快晴だ。
一年の頃は新しい事の連続で、とにかく適応しなきゃと必死だった。半年を過ぎれば、新しい事はいつもの事になってしまったんだけど。
夏休みを間近に控えた一年生の七月上旬。自分が同性愛者だと気づいた。
高校一年生にもなれば思春期真っ盛りなわけだ。
クラスの男子が好みの女の子の話や多少際どい話もする中、その場に居ながらも俺は共感も話題を提供することもできずにいた。
薄着になった女子生徒の腕が、胸が、なんて話で盛り上がるクラスメイトに、他の奴らはそんなことを考えているのかと妙に感心してしまった。
自分の目の行き場を思い出してみれば、そこには親しくしているクラスメイトの笑顔だとか、腕まくりをしたシャツから伸びる筋張った腕だとか、そんなのばかりだ。
もしやと思った。けれどその場では周りに合わせて笑うしかなかった。今だって流れを察して笑うだけだ。
一度自分がそうなのではと思うと、そうなんじゃ、そうかもしれない、そうなんだと、自分がそちらの方面であることに肯定的になるのは早かった。
そうすると知りたくなるのが、自分がどこまで『いける』のかということだ。
整っていると言われることのある自身の容姿を最大限に活かし相手を探すものの、一つ前には踏み込めず知識だけを学んでいく日々。特に思うところはない。高校初っ端の青春が、性春じゃなかっただけでもいいほうなんだ。
去年は時間が随分とゆっくりだったように思う。始業式中盤を迎えただだっ広い講堂で、少し姿勢を崩しながら考える。
せめて二年生ぐらいは、何も考えずに高校生活を楽しみたい。どうせ三年になったら、進路だなんだと忙しくなるに決まってるんだし。
校長の長話が終わったようだ。やっと礼をしたので軽く頭を下げて、そろそろ終わりかと講堂の出入り口をちらりと見る。だけど入ったアナウンスは新任の教師の挨拶らしく、並んだ教師の人数を見ると、まだ終わるのは先みたいだ。
好みじゃない、好みじゃない、まぁまぁ、女の人、女の人、少しかっこいい、……あれ。
勝手に頭の中で自らの好みと照らし合わせていると、一際目を引く男の人が出てきた。がっしりとした大きな体と、少し顔色の悪い顔と、後ろに撫でつけた黒い髪。しっかりと男らしさを感じさせる。
周りの生徒は少しざわついていた。顔が怖い、片腕がない、どこのヤクザだよ、なんて。
俺はその先生から目を離せずにいた。好みだった。
司会役の先生が、彼のことを「クロコダイル先生」と呼ぶ。
講堂に入って早々と前から回されてきた教師一覧のプリントで、早速「クロコダイル先生」を見つけ出した。そこに乗っていた顔写真は随分と人相が悪い。
どうやら現代文の担当らしい。二年の現文も見てくれるといいんだけど。
部活動は受け持たないみたいだった。俺も帰宅部だから問題なし。
クロコダイル先生でいっぱいなのは俺くらいみたいだ。周りの生徒は次に前へ出た、金髪でサングラスをかけた保健医、ドフラミンゴ先生に興味を移してしまっていた。
始業式が終わって教室に戻ると、今日のうちに記入しなくちゃいけないプリントに目を通す。選択科目と、委員会立候補の二枚。
まず、選択科目の現代文がクロコダイル先生であることを確認して、早々とそこに丸をつける。
あとは、えっと、どうしようか。
委員会の希望用紙には、保健委員の所に丸をつけた。だって、ドフラミンゴ先生がクロコダイル先生の知り合いみたいだったから。
学年が変わって、ガツガツとした授業が無い日が二日続くと、選んだ選択授業の結果が帰ってきた。
クロコダイル先生が受け持つ現代文の授業は、あまり人気が無かったらしい。厳しそうとか怖そうとか既に顔が怖いとかなんとか。
他の教科とのバランス調整がされた結果、選択の現文は二学年で俺を含めて二十人程度だった。名前と顔を覚えてもらいやすそうだから、俺としてはうれしい限りだ。
そういえば、やっぱりクロコダイル先生とドフラミンゴ先生は元から知り合いらしかった。同年代っぽかったし、ドフラミンゴ先生ならクロコダイル先生のことを何か教えてくれるかもしれない。クロコダイル先生と違って口も軽そうだ、なんて失礼だけど思ってしまう。
本格的な授業が始まって、待っていたとまでは行かないけれど、選択授業も今日から始まる。
座る席、自由だといいな。クロコダイル先生を見やすい席がいいけど、ずっと見てたら気づかれそうだ。それもいいとは思うけど。
指定されていた教室に入ると、既に黒板には机と同じ数の四角が書かれていた。黒板であろう長方形の下に六つずつ歪な正方形が並んでいて、それぞれに二十人分の名前が書いてある。
みょうじの字は探さなくても目に入ってきた。一列目の、右から二番目。
書かれていた俺の名前は、俺が書くよりも綺麗だった。
クロコダイル先生は生徒よりも早く来ていた筈なのに、チャイムと同時に教室に入ってきた。学年主任に呼ばれたらしい。
二十人が席に着いているのを確認して、簡潔すぎるクロコダイル先生の自己紹介が終わるのには三十秒もかからなかった。
黒板に書いてあった席順は荒い手つきで消されてしまった。
けれど直ぐに生徒の点呼を始めるので、つい心構えをしてしまう。
「……みょうじ」
「はい」
ゆっくりと顔をあげて、しっかりと先生を見つめる。クロコダイル先生は俺を一度見ると、俺が瞬きをした間にはもう視線を生徒一覧へと戻していた。
俺の顔を見ただけで、名前を呼んでくれるようになってほしいなんて考えながら、教科書のページをめくった。