「よし、行ってこいなまえ。おれはワニ野郎の部屋にいる」
「おいやめろ」
「仲良くしててくださいねー……」
こちらをいいように使いながら早速言い合いを始める二人が信じられない。ドフラミンゴさんに至っては勝手に私の名前を呼び始める始末。本当にデリカシーがない。
クロコダイルさんからメールがきてまだ三十分ほどしか経っていないはずだけど、疲労がピークに達しそうだ。
それでも怒る気力も湧かず、スルーをしてドフラミンゴさんの部屋のドアを開けた。
こうなったら、とっとと掃除を終わらせて帰ろう。
とは思ったものの。
なんなんだ、これは……。
問題は玄関から始まっていた。乱雑に置かれた質がいいと思われる革靴達。靴を玄関で脱ぐことは知っているらしい。そしてここから見る限りでだけど、床には服やら食べ終わったコンビニ弁当の容器が積まれている。壁際のソファも同じく。
「……うわ、きたな」
「ァあ?汚くねえよ。なあ?クロコダイル」
「おい、おれをその気持ちの悪いクズが住むような部屋に近づけるな」
「だいじょぶだっつの。キレイキレイ」
「そうか、なら舐めてみろ。お前なら簡単だろう?その、"綺麗な"床を舐めるぐらい」
「うおっ!?」
私の言葉に対して、ドフラミンゴさんは機嫌が悪そうに返事をしたものの、すぐさま相手を社長へと変えた。が、ドフラミンゴさんが自分の部屋にクロコダイルさんを押し込もうとしたのが、社長を苛立たせたらしい。
社長は自分より高い位置にあるドフラミンゴさんの頭を右手でガッと掴むと、そのまま力任せに下へと落とした。ドフラミンゴさんは自然と膝をつく形になり、それでも尚力を弱めないクロコダイルさんのおかげでドフラミンゴさんの顔は玄関の床につくかつかないかの位置。ドフラミンゴさんは重力に逆らって頭を必死に上げようとしているが、頭だけではかなわないようだ。さすがです、社長。
「さあ、舐めてみろ。どうした、綺麗なんだろう?」
「……悪かった」
小さな謝罪を耳にしたクロコダイルさんはやっと力を弱めたようで、ドフラミンゴさんはゆっくりと立ち上がった。その横顔が少し青ざめていた気がするのは気のせいだろうか。
「まじビビった……」
気のせいじゃなかったらしい。
「いいか、なまえ。今すぐにこの部屋を掃除しろ」
「は、はぁいっ」
クロコダイルさんの圧倒的な迫力に負け、私は愛想良く返事をするしかなかった。
玄関のわずかなスペースに靴を脱いで置く。正直に言えば土足で上がりたいところだけど、服を踏んだりして無駄な汚れをつけたくはない。
とりあえず、ゴミを捨てることから始めよう。
バケツからゴミ袋を二枚取り出す。燃えるゴミと燃えないゴミ用だ。
ゴミ袋を広げていると視線を感じたので振り向いてみれば、玄関からクロコダイルさんがこっちを見ていた。
「どうしたんです?社長」
「……その袋に」
「ゴミ袋がどうかしました?」
「その袋に2mを超える暑苦しい筋肉布団は入るか?」
「……押し込めば入るんじゃないですか?それか袋をのばすとか」
「そうか。袋を一枚もらうぞ、試してくる」
「え?あ、はい。……あ、布団は可燃ゴミで出しちゃダメですよー!」
粗大ゴミですから。
クロコダイルさんにゴミ袋を一枚手渡すと、足早に外に行ってしまった。
少し経つと外から、
「おい、どうしたクロコダイル。おいやめ……」
などとドフラミンゴさんの焦った声とガサガサと袋の擦れる音が聞こえたが気にしなかった。
「ふう」
ゴミはほとんど捨て終わり、床がだいぶ見えるまでにはなった。
薄っぺらかった何枚ものゴミ袋は、今ではぎっしりとゴミで埋まっている。
後はタオルとかの散らばった衣類を片づけてから、細かいゴミを箒で掃いてしまえばいい。
「よし、あともうちょっ、と……」
まずはこれと、目の前にあったバスタオルを持ち上げたときだ。
目の前にはどぎついピンク色をしたグロテスクな物体。そして鈍く光る銀色の手錠。
大人の玩具です、本当に勘弁してください。
「ひ、ひええぇぇぇぇえ!なんで!なんでこんなものが!」
思わず泣き言を言ってしまう。
けれどこんなことを言っていられないのはわかっている。
ドフラミンゴさんの元に駆けつけてこれは何だと問いつめたって、いたって普通に「バイブに決まってんだろ」と返されるだけ。
今日のこの時間だけでドフラミンゴさんの性格はわかったつもりだったのに。
冷静に、冷静になれ。こんなときこそ冷静にならなくてどうする。
ああ、ドフラミンゴさん怖い。こういうのは隠しておいてほしい。なんか、箱とかに。……そうだ。
私が出した結論は、おもちゃ箱を作ることだった。
「玩具はちゃんとおもちゃ箱に、ってね。ハハッ……」
もう乾いた笑いしか出てこない。箱は上に雑誌が積み重ねてあった空の段ボールを使うことにした。
転がっていたマジックペンで、でかでかと「おもちゃ箱」と書き、一人頷く。
これでいい。子供は決して開いてはいけない大人のおもちゃ箱の完成だ。
念のため箱の側面に「のぞくなきけん」と書いておいた。なかなかにいい出来だろう。大人のおもちゃ箱はあらかじめ空けておいたスペースに収納することにした。
一息つくと、換気のために開けていたドアからドフラミンゴさんが入ってくることに気がついた。あ、社長もくるんですね。もちろん土足で。
「おいなまえ!人をゴミ袋に入れちゃいけませんってお前のとこの社長に言い聞かせろ!」
「人じゃない、筋肉布団だ」
「クロコダイル!てめェはさっきからそればっか言いやがって!」
「ああ、暑苦しい筋肉布団ってドフラミンゴさんのことだったんですね」
「なまえ、今度はもっと大きなゴミ袋を用意しろ。あれじゃ入りきらねェ」
グシャグシャとしわだらけになったゴミ袋をクロコダイルさんから手渡される。ドフラミンゴさんを見ればやけに疲れた様子で。
恐らく先ほどまで、社長が筋肉布団、もといドフラミンゴさんをゴミ袋に詰め込もうとして争っていたのだろう。
私が必死で掃除をしているときにこの二人はなにをやっているんだ。
その後、外は飽きたから座りたいというドフラミンゴさんのわがままを聞き、ソファを片づけたあげくコーヒーまで入れさせられた。
クロコダイルさんはソファに直に座りたくないとこれまたわがままを言い、一枚だけ使われていなかった新品のタオルを敷いて座らせた。ちなみにコーヒーも「そのカップは嫌だ」と言い飲まなかった。
予期せぬ出来事に少し時間が経ってしまったな。
ソファに座ってコーヒーを飲みながらテレビを見るドフラミンゴさんと、置いてあった新聞を読む社長。そんな二人を横目に、バスタオルや衣服を両手に抱え洗濯機に放り込む。ちゃんと色移りしないように種類を分けて。
やっと床を遮る邪魔なものがなくなり、洗濯をしているうちにと箒で床を掃く。
大まかなゴミを掃き終えて、ちりとりで掬いゴミ袋へと入れると次は掃除機だと気合いを入れた。
ゴミと衣服の下から発掘した掃除機のコンセントを入れ電源をつければ『うるせェ』と二人から言われ気分が急降下する。
全てを投げ出したくなる気持ちをグッとこらえ、最後の仕上げと新しい雑巾で床や壁を拭いていく。
少し経てば洗濯機が回り終えたことを知らせたので、広々としたベランダに洗濯物を干していった。残りの洗濯物はドフラミンゴさんに洗ってもらおう。
……終わった。
まず、物が床に散乱していない。床はピカピカだ。素足で上がれるというくらいには綺麗になった。
キッチンはまだ取り切れていない汚れがあるけど、たまっていた洗い物も終わらせた。
もともとこの部屋は物が少なかったみたいで、片づければスッキリとした印象になり満足する。
「終わりました!終わりましたよ!!」
どうだ、と言わんばかりに私はクロコダイルさん達に向かって声をかけた。けれど二人はそんな話など聞いていなかった。お互いに目を合わせ、話始める。
「なあ、クロコダイル。腹減らねェか?」
「お前の意見に賛成しいたくはねェが……確かにそうだな」
ジッ、とこちらを見つめてくる目を、本日何度見たことか。あーあーあー、そういうことですよね!わかってますよ!
「夕飯を作るので買い物に行きます。……ただし、あなた達もです」