次の授業で指定されていたはずの教室に行くと、そこに生徒は一人も居なくて教室も暗いままだった。
いつもここで授業をしてるはずなのに。教室間違えたかな。
職員室に行けば知っている先生が一人くらいは居るだろうと小走りで向かう。スピーカーからチャイムが鳴り響いた。

下の階にある職員室に向かおうと、階段の踊り場に出る。足音が聞こえるから上を見ていれば、下りてきたのはクロコダイル先生だった。
俺を見つけた先生の目が細められる。

「こんな所で何をやってる。授業開始のチャイムは鳴ったが」
「えっと……、二年のみょうじです。教室間違えちゃったみたいで……」
「なら早く行け」
「……その、次の教室がどこか分からなくって、それで職員室まで行って教えてもらおうかなって思いまし、て」

今にも下の階に下りてしまいそうなクロコダイ先生の目が段々と険しくなるのに気押されて、どんどんと声が小さくなっていってしまう。
先生の険しくなった目が、一度閉じてまた開く。そこにさっき感じた怖さはない。

「どの授業だ」
「へ?……あ、生物、です」

そう伝えればクロコダイル先生は持っていたファイルを開くと一枚のプリントを取り出した。少しだけ視線がさまよって、そのあとプリントをこっちに向けてくる。プリントには今日の各学年各クラスの授業がリスト化されていた。

「お前のクラス、今日の生物は視聴覚室だ」
「え、なんで……?」
「おれに聞くんじゃねェ。ちなみに、ここは旧校舎だが視聴覚室があるのは新校舎だ」
「……げ。ええっと、新校舎のどの辺りか、とか聞いて、も?」

最近できたばかりの新校舎にはまだ行くことが少なくて迷わずに行ける自信がなかった。
顔色を窺うように聞けば、深いため息をつかれてしまう。

「……来い。歩きながら話したほうが早い」
「え、え!?」

クロコダイル先生はこちらを見ることもなく、新校舎のほうへ足を進め始めている。
とてもずるい人だと思う。授業なんてどうでもいいから、空き教室で押し倒したい。制服なんか脱ぎ捨てて、したこともないお誘いをしたいくらいには、今この人にときめいている。



生物の次の授業は自習だったから、気楽に過ごせると思っていたけどそういう訳にはいかなかった。別の学校の家庭科の先生が特別授業をしてくれるとかで、家庭科の授業に変わってしまった。しかもその授業の調理実習で、フライパンに腕を掠めて火傷をした。
いいのか悪いのかよくわからない一日だ。
ピリピリと痛む腕と、応急処置として水道に突っ込んだせいで濡れたシャツの袖にげんなりとしながら保健室に向かう。

保健室の扉には、前までなかった小さなホワイトボードが掛けてあった。利用できる時、できない時でどうやら書き換えているみたいだった。右下にはにこにこマークが書かれている。
ボードでドフラミンゴ先生が中に居ることを確認して、軽くノックをしてから扉を開ける。

「失礼します。火傷しちゃったみたいで、冷やすものが欲しいんですが」
「そりゃあ災難だったな。手当てしてやるよ」

扉を開けただけでは存在が掴めなかったドフラミンゴ先生は、カーテンの陰から笑顔で姿を現した。
なんというか、改めて前にするとでかい。あのクロコダイル先生よりも頭一つ分以上はでかい。身長いくつあるんだこの人。
室内にも関わらずサングラスをかけた先生から、これを書いて待ってろ、と保健室の利用者名簿を手渡されたので丸椅子に座って名前と症状を記入した。

座ったままドフラミンゴ先生に腕を見せれば、先生は笑みを深めて口を開いた。

「この程度なら水ぶくれにはならねェだろ。めんどくせェがとりあえずガーゼだけ貼っといてやる」
「お願いします」

発言が随分と上からだけど、触れる手つきは優しかった。
ドフラミンゴ先生が、後ろにある銀色の棚からガーゼやテープを取り出した。そのあとなにかが足りないのか、探るようにして中を覗き込んでいる。

「……ドフラミンゴ先生って、クロコダイル先生と仲良いんですか?」

こっちに背を向けているドフラミンゴ先生に、聞きたかったことを質問する。

「仲良いってわけじゃねェな。腐れ縁ってヤツだ」
「じゃあ、先生はクロコダイル先生が困ってたら助けます?」
「フッフッ、面白いから助けねェ」

なるほど。この人は持ち前の笑顔とは裏腹に薄情な人なのかもしれないと思った。
手当の用具が揃ったのか、椅子に座り直して俺の手を取るドフラミンゴ先生に、また一つ切り出す。

「これはただのお願いなんで、俺からは特別なにかあるとかじゃないんですけど」
「あァ?」

大きな手でちまちまとガーゼを貼り付けていたドフラミンゴ先生が顔をこっちに向ける。

「……クロコダイル先生が欲しいので、協力してくれませんか」
「いいぜ」
「え」
「ワニ野郎にちょっかい出すんだろ。手伝ってやるよ」

そう言って口角をつり上げるドフラミンゴ先生は、やっぱり軽い薄情だと思うんだ。

手当ては終わったけど、ドフラミンゴ先生にちょっと待ってろと言われてそのまま丸椅子に座ったままでいる。言った本人はといえば、さっきから事務机の引き出しをガチャガチャと漁っている。

「おー、あったあった」

座っていた俺の目の前、緑色のタグが付いた鍵がカチャリと揺れる。

「……鍵?」
「これ、三つある保健室の鍵の内の一つなんだよ」
「はあ……」

どういう意味かわからなくて曖昧な相づちを返すと、ドフラミンゴ先生は続けた。

「おれとしては楽できるからこの学校の保健室にずっと居てェんだけど、やっぱり何かと忙しくてな。毎週木曜日なんか、よその学校まで行って研修会に参加しなきゃならねェ」

 言葉の意味を必死に理解しようとする俺に、先生は終始楽しそうだ。

「だからそうすると、代わりの教師を用意しなきゃいけねェわけだ。でもみーんな理由をつけて断りやがる。だがおれは、一番話しかけやすくて係を押し付けるのにはピッタリな野郎を見つけた」

そいつが最後に残った鍵の持ち主だぜ。そう付け足されて、ただ自分の願望だけの答えを口にする。

「…………クロコダイル、せんせい」
「正解。これやるよ。お前次第では、いい道具になるかもなァ」

下を向いていた手のひらをドフラミンゴ先生にひっくり返されて、目の前で揺れていた鍵が置かれた。

手当てと鍵のお礼を言って授業に戻ろうとする俺に対して先生は、ここの保健室は内側から鍵がかけれる、とサラリと言ってのけたのだ。
だから俺も、めでたく保健委員になったのでよろしくお願いしますと笑顔で伝えた。
マジかよ、と笑われたから頷くと、ドフラミンゴ先生は酷く楽しそうに声をあげて笑っていた。




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